第32話 罪の味と罰の味
家に帰ってすぐ、エリーに教えて貰った場所をユキに調べてもらい、彼らは聖死教の総本部らしき場所に来た。
そこは、前回依頼を受けて襲撃に遭った教会のすぐ近くに建っており、赤黒い屋根が特徴的な大きな屋敷だった。
「ここ...?」
「みたい、だね」
重い扉を、シロヒは身体を使って開け、中に入る。そこはこの前彼らの訪れた教会と似たような作りになっていた。違うのは、椅子が無いところと、
「マジ、かよ...」
各々武器らしい武器を持った人間達がワラワラと彼らへやって来たところだ。
見た目の格好はバラバラだが、共通しているのは謎のマークが付いた腕輪をはめている事。おおよそ宗教団体のマーク、だろう。
「うわっ!?」
彼らはいきなり武器を振るってきた。シロヒは何とか身を1歩後ろに下げ、避ける。
「シロヒくんっ!俺ら向こうやってるっ!そこよろしく!」
「分かったっ!」
「...あはっ!」
ユキは辺りを見回して、そして僅かに微笑んだ。
「もうっ!何笑ってんのっ!」
「シロヒくんっ!この人達、神官兵とかじゃないド素人だ」
それを聞いてすぐ様クロとレオの方へシロヒは叫ぶ。
「2人ともっ!その人達を殺さないでよっ!!」
「はぁっ!?手加減せぇと?!」
「素人は殺さない。俺らは無差別殺人集団じゃ無いでしょ」
シロヒの言葉にレオは複雑そうに顔を歪めたけど、クロに伝えに行ってくれた。─よし、これで大丈夫。
「ユキっ!」
「なーにーっ!」
「Kと連絡はっ?」
「切られてるよっ!さっき確認したの!向こうから繋いでくれないと、私達からじゃ繋いでも非通知になっちゃう」
──じゃあKにどこまで行ったとか、今どういう状況か伝えられないのか。体力配分を考えた方が良さそうだな。下手に全力を出して、後持たなくなったら困るし。
「おっらあっ!!」
クロは考えも無しに暴れ回る。あれだけの事をしてもなお、体力が保つとは凄いと思っている。クロの身体の造りってどうなってるんだろうか。─...一回エリーさんに頼んで調べておいた方がいいんじゃあ...。
「おい馬鹿。そんないちいち重いの当てたら体力すぐ無いなるわ」
「大丈夫、休めば平気だから!」
「...単純馬鹿」
「聞こえてっからなっとっ!」
「おー、こわこわ」
会話をしながらも近づいてくる人達を手際よく叩きのめしていく。シロヒはKがいるであろう方向へ目を向けた。
「...K」
◆◇◆◇◆◇
Kは教会の最高層にいた。重そうな扉をゆっくりと開けると、
「やっと...会えましたね」
「そうだね」
何も変わらない、Kの目の前にはあの頃のままの先生がそこに立っていた。
「しかし、ここまで早く来るとは想定外だ」
「...先生はどうやって、僕の居場所を見つけたんですか?ここに居たわけでは無いのに...」
「簡単だ。情報屋や探偵を雇ったのさ。すぐに分かったぞ」
先生はニヤリと笑った。─どうやらこういった職に就いた経緯を訊ねる様子は見当たらない。てっきり聞かれるかと思ったんだけど...。ま、でもこの方が楽だからいいや。
「そう、ですか」
「あぁ」
そこで少し会話が途切れる。
「...あの、どうして僕を呼んだんです?会いたい、って」
「そうだな。その事を言わずにやってもらうつもりでいた」
どういう意味だ、とKは首を傾げる。しかし、そんなKの反応を無視して、先生は両手を広げてこう言った。
「さぁ、私を殺してくれ、コーキ」
耳を疑った。
「せ、んせ......?」
「エリーと同じ、私も死にたがりなんだ。だからどんな任務も常に最前線。殺してもらう為にね」
Kは目を覆って、耳も塞いでしまいたかった。しかし、そんな事をしたら確実に殺される。師弟の関係であっても、この人は容赦なんてしないだろう。Kはコートの内側のグリップに手を当て、早撃ちが出来るように構える。
「私達が信仰しているこの聖死教の信者は、過去に何らかの罪を犯した人間が密かに信仰しているものだ。私もエリーもそういう過去を持っている。そんな信者はどうすれば自分の罪を浄化されつつ死ぬことが出来るか。それを神から神託を受けたり、自らが考えたりする宗教なんだ」
「...何それ...」
狂ってる、とは言えなかった。そんな事を言えば、今までその宗教に縋り付いていた先生を蔑ろにしてしまうと思ったから。
「エリーは自分で自分の身体に悪影響を与えることで罪の浄化になると考え、実行している。煙草を吸い続けて、肺も呼吸機器もボロボロにして死ぬつもりなんでしょうね。それが私には他人に殺される事、になってるだけよ。ほら、コーキ。いつまでモタモタしてるんだ?早く引き金を...」
「...何で。何で僕に殺し方や撃ち方を教えてくれたんですか?この為...なんですか?」
「そうだよ。それにお前だけではない。布教しに行って金を稼ぐ時、家庭教師として教えた子どもには全員教えてる。いつか会う機会があったら、殺してもらおうと思ってな」
──最悪だ。...何だ、僕だけが特別なんかじゃない。先生は僕と同じ。
──自分が一番可愛いんだ。
「もう無駄話はいいだろ?」
先生の顔が歪んで見えてしまう。涙なのか、それとも別の何かなのか。分からない。
ゆっくりと、拳銃を取り出した。弾は既に入っている。後はもう引き金を引いてしまうだけ。それで、何もかもが終わる。
「いい子だ」
──褒めないで、笑わないで、抵抗して。嫌だって、止めてって。じゃないと、もう撃つことしか出来ない。
「...やだ」
「...コーキ、これで君が罪を感じる必要なんて無い。好きな所を撃ち抜いてくれ。そして私は神の元へ行ける。お前が引き金を...、神のもとへの切符を渡してくれるだけでいいんだ」
後戻りは既に出来ないものになっていた。Kはグッと奥歯を噛む。
──これをすれば先生が救われる?そんなもの単なる言い訳みたいなもので。でも、先生は心の底からそれを望んでいる。それは弟子である僕が叶えるべきで。後悔する事をその手でするの?しなくちゃいけないんだよ。望んでいるんだ、先生は。救いの手を、胸を撃ち抜く弾丸を。
「......ごめんなさい」
Kは引き金を引いた。
パン
Kの視界が白くなって、赤が滲んでいった。
◆◇◆◇◆◇
「くっそ!キリがねぇっ!!」
クロがナイフで男の腹部を浅く切り裂く。シロヒも大鎌で相手の肩を浅く斬って、床に押し倒す。レオは薬品をぶっかけて相手の肌を焼いて、ユキはナイフで次々と切りつけていく。
彼らは重要な事を忘れていた。4人で敵の相手をした所で、ここは言わば敵の本拠地。代わりの人間が次々と彼らに襲いかかってくる。体力や、物資にだって限界がある。
「Kは大丈夫なんやろうなぁ!」
「Kだから、大丈夫っ!!」
更に言えば、ここの人達は殺す必要の無い人間だ。したがって、皆手加減して行動している。更に目の前の事よりもKの安否を気にしてしまってる時点で相当やばいだろう。集中力が欠け始めている証拠だ。
「っと!」
「っホンマっ!きりがなっ!?」
敵に引っつかまれて、レオの身体が木箱に叩きつけられた。ドゴンッと凄まじい音が鳴る。どうやら気絶していた男が目を覚まし、隙をついてきたようだ。
「レオさんっ!」
「けほっ!...げほっ!」
どうやら無事そうだ。心配症なシロヒでもあまり心配がないのは〈鬼神種〉の力が働くと思うからだ。
「っ!この、邪魔、だってのっ!!」
「ちょっ、大丈夫なのっ!?」
レオの口の端から流れる血と苦悶の表情がその痛みを訴える。
「っ」
ユキが敵を振り切り、レオの元へ駆け寄った時だった。ユキの左側の気絶していたと思っていた人間の手が僅かに動いたのをシロヒは見逃さなかった。
「ユキっ!左っ!!」
「え」
もしユキの左目が機能していたら防げたかもしれないその攻撃は、ユキを壁に叩きつけた。幸い、そこまでの距離はなく、また衝撃は少なくかったらしく、骨の折れた音等はしなかった。
クロもシロヒも早く2人に駆け寄りたいが、敵がその行く手を阻む。
「くそっ!」
「....男だと思ってたけど、女もいたんだなぁ」
「っう!」
男が近付いて、ユキの顎を掴んで、乱暴に顔を上げさせる。ユキの顔は苦痛で歪んでいる。
「しかもなかなかの美人じゃねぇ?いいなぁ」
ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべて、ユキの顎のラインを撫でた。
その時、ユキはカッと目を見開き、男の指に噛み付いた。男の手が離れる。
「いってええええっ!!?」
「っそ、そんな、汚い手でっ!触んなっ!」
「っ!このアマっ!!」
男はすくっと立ち上がり、足をユキに振り下ろし始めた。怒りも加わってか、勢いが違う。ユキは頭を守るように身体を丸くし、その蹴りから身を守る。
「ユキっ!」
「死ね死ねしねしねしねしっ」
そこで男の言葉が止まった。
「はっ......はっ......」
レオが男の背中を斬りあげたからだ。ドサリと男の身体が倒れる。完全に動かなくなったのを見て、レオがユキを起こした。
「大丈夫か?」
「けほ...っ。レオさんこそ」
「ん?もう平気。ピンピンしてるで?」
「相変わらず凄い再生能力だね。私も他人の事言えないけどさ」
ユキは肩をすくめて言う。
「シロヒくん!」
「分かってるっ!」
とにかく目先の事を、最善の選択を。大丈夫、Kは無事だ。
──だからまず、俺らが助かんないと。
◆◇◆◇◆◇
「エリーさんっ!」
「いっってぇっ!」
エリーは銃弾を受けた箇所を押さえ、左肩から血を流している。それでもKを庇うように、前に立つ。
「...何するの、エリー」
先生の声が少し低くなった。それはそうだ。待ち望んでいた瞬間を奪われて、邪魔されたのだ。─少し怒ってもしょうがないのかもしれない。
「...こっちのセリフだ、ベラ。コイツらをここに呼んで何してるんだ」
「私が招待状を送ったのはコーキだけ。後は勝手にここに来てるの。他の信者の遊び道具にしても問題無いでしょ?」
──遊び道具...!?もしかして、皆ここに気付いて...っ?しかも危ないっ!?
イザベラの言葉が確かなら、この宗教は犯罪者が信じるようなニュアンスで言っいたはずだ。
──どうしよう。僕のせいだ。僕の為に戦ってくれるから。
「ふうん、そうかよ。...なぁ、この国で死ぬの、諦めてくれねぇか?」
「っ!!?ど、どういう」
「ここにいる奴らはあたしの...友人なのさ。だから傷つけて欲しくねぇし、勝手に利用して欲しくねぇし、道具扱いも許さねぇ。分かるか?」
「...私は友達じゃないの?」
「昔のお前は、な。ただ、今の胸糞悪いお前へ友人とは認められないなぁ」
「エリーさんっ!」
「黙っとけ。KもKだよ。師匠だからって理由で何でもしようとすんな。し終わって後悔して苦しんで、その傷を負うのは他でもないお前だけだ。シロヒやクロ、レオやユキも心配するだろうが」
エリーにそう言われてハッとする。
Kにはもう、大切な人達がいる。その人たちに迷惑はかけちゃいけないというのに。──やはり僕は目先のことしか考えられないんだ。
『いいんじゃないか?人間、未来なんて読めないんだから』
ふと、Kの脳裏にシロヒの言葉が聞こえる。─そっか、そうだよね。未来は分からないんだ。目先のことしか考えられないのは仕方の無いこと。これが最善だと信じるんだ。信じなくちゃいけない。
──時間は早い。くよくよする暇なんて無いんだ。
「エリー、本当に私は友達だと思ってた」
「お生憎様だな」
エリーはニヤッと笑った。そして、白衣からメスを取り出す。
「来いよ、"治療"してやるから」
「私は神のもとへ行くのよっ!アンタは邪魔者なのよっ!エリカっ!!」
「っ!」
素早く拳銃を抜いて、イザベラのふくらはぎを撃つ。イザベラはびくりと身体を震わせて、その場に蹲った。エリーが驚いてKの方を見る。
「...おい、K」
「...これが僕の選択です」
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