第31話 全ては貴方に触れる為に
エリーは机に向かって、資料を書き写していた。最近治療なども多いが、物騒な事が多い為だ。周りから情報を得るのも必要だ。
コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
扉に近づき、覗き穴から外を見る。そこにいた人物に驚き、エリーはすぐに扉を開けた。
「K...?」
「夜分遅くにすみません、エリーさん」
いつもの格好をしたKが立っていた。
「どうしたんだ?」
エリーはKにそう訊ねながら、Kの目の前に紅茶を置く。「ありがとうございます」とKが礼を言って口をつける。
「あの、これが今朝郵便受けに入ってまして」
Kはそう言って、エリーの目の前に茶封筒を置いた。既に開けているようだ。
「...読めと?」
「はい」
それを取り、中身を取り出す。
『久しぶり、コーキ。こうして手紙を書く日が来るとは思ってなかったし、まさかエリーの知り合いになってるとも思ってなかった。
単刀直入に悪いけど、君の成長した姿が見たいんだ。つまり、会いたい。
場所は君が以前訪れた教会の近くにある宿舎みたいな場所だ。赤黒い屋根をしているから、すぐに分かると思う。
いつでも構わないから、来て欲しい。
あぁ、あとエリーによろしく頼むよ。
イザベラより』
「これ....は」
「...知り合いなんですか?イザベラ先生とエリーさんは」
Kの汚れの無い瞳がエリーの目を見据えてきた。
エリーは少し溜息を吐いて、
「...あたしとベラが会ったのは十年以上前の話だ。あたしは親に捨てられて、ベラは貧民街で死にかけていた所を...師匠に助けてもらったんだ」
「エリーさん」
「師匠はあたし達のボロボロになった身体も心も癒してくれた。日常生活に必要な事も全部...。毎日を楽しく過ごしてた。...〈鬼狩り〉政策が始まるまではな」
すっとエリーの声が低くなった。Kは思わず肩を震わせる。それ程までに空気が変わったのを、Kは肌が感じ取る。
「地区によってやり方は様々だったみたいだが、あたし達の所に来た王宮兵士は過激派だったらしくてな。〈鬼神種〉と見なされた師匠は殺された。あたし達を匿ってそのまんまな。...身寄りをまた失ったあたし達は教会に拾われた。それからベラは勉強してエドワード神父に気に入って貰えた。あたしは師匠みたいになりたくて、雪城家で医学を学んだ。道を違えたのは、そこからだ」
「...そう、だったんですか...」
「あぁ。...シロヒはよくあたしに『煙草は身体に悪い』って止めてくれるよな」
「...はい」
シロヒとエリーが会った時のテンプレートみたいなものだ。2人とも出会った当初から変わらずに、そう言葉を交わしている。
「....あたしはこうやって自分の手で死の階段を上るのが、師匠に対する償いになると思ってる。...お前がベラに縋ろうとすることや、クロがレオに依存し続けることと、もしかしたらあまり変わらないかもな。あたしはいつまで経ってもあの人の死に縛られる。そして、あたし自身もそれを受け入れる。...案外、そうやってしか生きられないのかもな」
ふふ、とエリーは笑う。その笑みはどこか悲壮的で自嘲気味だ。Kは何も言えない。言えるわけがない。
Kの知ってる彼女からそんな事、一言も聞かせてくれなかった。
「...すまんな、ありがとう」
「え」
「そろそろ帰れ、K。黙ってここに来てないとは思うが、あいつらが探すとお前も困るだろう?」
──そうだ。下手に探されると僕の事がバレる。それは凄い困る。
「ありがとうございました」
「いいよ」
Kは一礼して、エリーの診療所を後にした。
帰り道、夜風がKの頬を撫でる。Kは手の内にある茶封筒を見つめた。
「これから、どうすれば...」
──他の皆には迷惑をかけられない。それに、この事実を知られたくはない。このまま帰って、もしシロヒが起きていたら...言及されるだろう。シロヒだけならまだいい。でも、レオさんやクロくん、ユキに知られるのは...困る。
──それに、『エリーさんに会いに行っていた』なんて言ったらどうなる?この手紙の内容でさえも知られてしまう。
──それならば、もう行こう。どうせ、会いに行くならば、今から行けばいい。
「待ってて、先生」
ゆっくりとKは、足の方向を家から目的地を変更した。
◆◇◆◇◆◇
チチチ...と鳥のさえずる声が耳に入る。シロヒはゆっくりと身体を起こし、グッと背伸びする。
「ふわぁ......」
んー、ともう一度伸びをして、シロヒは向こう側のベットを見た。Kが寝ているはずだ。
『おはよ、シロヒ』
いつもほぼ同じような時間帯に起きるKが、起きていない。
「K?」
そこでシロヒは異変に気付く。─...中身がない。人がいない?...Kがいない?
「っ!」
シロヒは慌てて部屋の扉を開けて、玄関を見てみる。靴が見当たらない。
「どうしたの、シロヒくん?」
ユキの眠そうな声がシロヒの後ろからした。
「ユキ、Kが」
「Kくん...?」
ユキがこてんと首を傾げる。
ユキに伝える為に、そしてシロヒは改めて事実を確認するように、そう言った。
「Kがいない」
◆◇◆◇◆◇
「Kがいなくなったって、どこに行ったんだよ」「分かんないよ」
起きてきた2人にも事情を説明し、4人で捜索に出る。
「ユキ、調べられへんのか?」
「切られてるの、GPS。調べようにも調べられないよ」
ユキは腹立たしげに口を尖らせてそう言う。─それが出来ていればもっと早く見つけられるのに...。
「...お前ら、朝から仕事か?Kは?寝てんのか?」
その時。聴き馴染みのある声が後ろからかけられた。
「エリーさんじゃん!」
そこには、エリーがいた。片手に買い物袋を抱えている事から朝市からの帰りらしい事が分かる。
「K、見てませんか?朝からいないんです!」
「...Kが?」
エリーの顔が曇る。
「そうなんです。しかもGPSまで切ってて...」
「私が捜索しようにも出来ないの」
「......そうか」
エリーは顔を曇らせたまま、顎に手を当てた。そして、
「聖死教の総本部」
「「「「え?」」」」
4人の声が重なる。
「何ですか、それ?」
「聞いたことのない宗教やなぁ」
「そりゃあそうだ。密教だからな。恐らくそこだ」
「で、でもなんでそんな事知って」
──そう、エリーさんが何故Kの行方を知ってるんだ?どういう事?
「昨日、あたしの家に来たのさ。様子がおかしかったが、まさか...」
エリーも驚いている様で、言葉を失っている。
「...とにかくそこ、行こうぜ」
「そうだね、今のところそこしか考えられないし」
「シロヒくん、行こや」
「うん。...ありがとうございました」
「おぅ、気を付けていけよ。あそこは部外者を嫌う。そして、宗教兵がいる可能性がある。慎重にな」
「はい」
シロヒは一礼して、既に先に進んでいる3人の背を追った。
──K、どうか無事で。
──その時の俺は気付かなかった。
──背後で、決意をしたエリーさんの顔を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます