第29話 最初で最期の告白を

「よしっ!」

 クロが玄関で黒のブーツの靴紐を締めている所に、寝起きのKがかち合った。

「あれ?クロくん、何処かお出掛け?レオさんは一緒じゃないの?」

「フジに会うんだ。だからレオさんは起こしてない」

 朝の10時過ぎ程。クロはいつもより早起きして出かける支度をしていた。王宮で執事をしている彼の友人のフジに会うためだ。

「あ、フジくんに私元気って伝えといて」

「おー」

「忘れ物してない?」

 シロヒにそう言われ、クロはもう一度鞄の中を確認する。

「あっ!」

 忘れ物をしていた。財布。なかなか重要なものを忘れかけていた。クロがいつも使っている鞄では無かった為か、入ってなかったようだ。

「ありがとシロヒくんっ!」

「どういたしまして」

 忘れ物を取りに、部屋へ一旦戻る。そこで見たのは、いつの間に起きて机に向かっていたのかは不明だが、レオが机の上に突っ伏して寝ていた。

 クロは音を立てないように、ゆっくり近づいてみる。

「クロ......阿呆ぉ......」

 むにゃむにゃと、クロの暴言を寝言にして口に出している。

「...どんな夢見てんのさ」

 いつもの事か、とレオの頬を指先で少し撫でる。男とは思えないほどきめ細やかな滑らかな肌は、女みたいだなぁと思った。──...言ったら怒るな。殴られるわ。

 撫でたせいか、レオはムッと嫌そうに顔を歪めたが、起きる事はなく、元の寝顔に戻った。

 ──思えば、こうまじまじと見たことないな、寝顔って。よく一緒に寝てたくせに、な。

「...童顔だなぁ」

 ──本当に子どもっていうか、うーん...馬鹿だから言葉が上手く出ねぇ。

 ──この人は、かなりのものを背負って生きてる。〈鬼神種〉という周りから理不尽に疎まれる存在で、でもその回復能力を使って俺達を身を呈して守ってくれる。....どうして1人でやろうとするんだろう。

 ふわり、と風が吹いて、レオの髪の毛がユラユラと揺れてクロの手を少し撫でる。

 ──俺にとってはね、レオさん。レオさんがそういう事するの、すげー嫌。不死身じゃないんだよ、ただ普通の人より傷の治りが早いだけじゃん。じゃ、それが間に合わなかったら?レオさん、死ぬんだよ?それが嫌なんだ。レオさんが俺の目の前にいないと、心は凄い不安になって、生きてるかなって思っちゃう。


 俺の心が弱いだけ?でも、それでもさ、生きてては欲しいんだ。


 上手く言葉に出来ないから伝えていない。言わないといけないとは分かっている。どうしたらいいのだろうか。

「......なにしてんの?」

「っわ!?」

 いつの間にやら、起きていたレオから慌ててクロは手を離す。レオは目の下を擦りながら、欠伸をする。─眠そうな目もガキっぽい...、じゃなくて。

「...いつから起きてたの?」

「...さっき」

 ──あ、これ本当にさっき起きたな。

「何で、頬、触ってたんや...?」

「あー...何となく?」

「そか」

 特に気にも留められず、レオはまた机に突っ伏した。でも、ふとクロの方に目だけ動かして、

「気ぃ付けて......行けよ」

「! うん」

 もう一度クシャクシャとレオのクセ毛を撫で、クロは部屋を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇


 クロとの待ち合わせは、決まった時間に決まった場所。少し早めに行き、そこで席を2つ取り、1人でちびちびとコーヒーを飲んでいると、クロがやって来た。

 にっとフジに笑いかけ、席に座った。そして、ウェイターにソーダを頼む。それから一息ついて、

「よ、久しぶり」

「ん、久しぶりだな」

「向こうはどう?ヤバイのか?」

「んー...何とかやってるよ。ナツもああ見えて敏腕ってやつだからね。...やる気とやり方がちょっと、ってだけだから」

「成程な」

 またにっとクロは笑って、杯をあおった。中は酒ではなくソーダだが。

「そっちは?」

「変わんねぇよ。...Kがちょっとって感じだけど」

「Kさんに何か?」

「....本人曰く、人を殺した犯罪者になったってよ」

 それを聞いてフジは首を傾げるしか無かった。

 言うのは少しフジ自身もどうかとは思うが、"Knight Killers"ってそういうものだと思っている。人を殺していないものに就いているならまだ分かるけど。彼らのチームは所謂世間一般的な殺し屋だと言って間違いないだろうし、それなりの殺しの腕を王宮警護を頼んだ際にはお世話になってる為、その言葉は違和感しか持っていない。

「どういうこと?」

「詳しくは内緒ってさ」

 ──...クロじゃ理解出来ないと思われたのかな?それとも隠しただけ?...前者が怪しいなぁ。

「あんなに悩まなくてもいいのになっ」

「どうしてさ?...そういう事に何か思うのって悩むんじゃない?だって奪ってるって事が」

「頼まれるような事してる奴らが悪いし、俺らに殺されても仕方無い奴だって事だろ?それに頼んできた奴だっていつか見返りは来るだろうし。...それは俺らも同じだけどさ。だから俺は少なくとも迷わねぇし、悩まねぇ。レオさんが生きてくれてたら、それでいいから」

 屈託のない、だからこそ何処か狂った想いを抱えているのが分かる笑みだ。でもフジには言えない。それは彼の心を抉る事になるのは分かってるから。

「ふーん」

「それ、聞いてるっ!?」

「聞いてる聞いてる」

「...どーだか」

「そこは信じてよっ!」

 フジがそう言っても、「どーだろーなー、あやしいなー」と馬鹿にしてくる。─あぁ、もう!

 フジはムスッと頬を膨らませると、やはり彼はニヤニヤと笑うのだ。


 ◆◇◆◇◆◇


 夕飯の支度もそこそこし終わり、そっとシロヒは自室の扉を開ける。

 Kは朝、郵便受けを見に行ってからはずっと部屋にこもっていた。シロヒは下手に言葉をかけることも出来ずに、ズルズルと昼ご飯も扉の前に置いて、今日を過ごしていた。

 ──だけど、勇気を持たなくてはいけない。いつまでも弱い俺じゃ駄目だ。

「...K?」

「...シロヒ」

 Kが眼鏡をかけた。─...今まで外していたのは眠る為?それとも...泣いていたから邪魔になった?

「大丈夫、か?」

 どんな言葉をかければ慰められるのか。それとも何も言わないのがいいのか。シロヒには分からない。彼にとって、人の心とは本当によく分からないもので、言葉というものは傷付けるものだから。

 ──怖い。誰かに嫌われるのが。何もいないと扱われるようになる事が。だから、俺は臆病なんだ。

「...ね、シロヒ。ここ来て」

「お、おぅ」

 シロヒはそっと近付き、Kのベットの横に腰掛ける。

「...あのさ、この歳になってこう言うの、恥ずかしいけど、さ」

「ん?」

「一緒に、居てよ」

 Kの瞳が揺れている。ユラユラと。

「勿論。むしろそれだけでいいのか?」

 こくり、とKは頷く。そして何処か嬉しそうにはにかんだ。

 ──何も声をかけられなくて、でも心の傷は癒して欲しくて、手を伸ばしたい。心の中がいつもそうやってモヤモヤしてグチャグチャして、結局何も出来ないんだ。


 ──俺は、無力だ。


「シロヒ」

「ん?」

「僕は、皆と違ったんだね」

「...どういうこと?」

「皆と同じものを背負ってるって思ってた。でも、違ったんだ。僕は心の何処かでセーブしてたんだ。皆のためとか、任務の為っていう意味を勝手に付けてさ。...そうやって自分を守ってた」

「今は、違う?」

「うん。僕はもう犯罪者だ。戻れない」

 言葉の調子はいつもと変わらない。顔色も何処かおかしな様子は見当たらない。しかし、心は深く傷付けられてるんじゃないだろうか。

「...俺も同じだよ」

「うん。みーんな、かな?」

 くすくす、とKは笑う。

「ありがとう」

「何が」

「シロヒが居てくれるから、僕は助かってるよ」

 そんな事なんてない。

「そうか」

 そんな事言えない。



「ふわぁ...」

 真夜中。

 少し目が冴えたユキはキッチンで水を飲んでいた。どうせ冴えてしまったなら、パソコンの調子でも診ておこうと思ったからだ。

 その時。ガチャっと扉の開く音がした。ほぼ条件反射のように、素早くユキは頭を下げた。そろり、と目だけキッチンから出して、玄関の方へ目を向けた。

 そこにいたのは、

「K......くん?」

 身支度を整えて、どこかへ出ていったKだった。

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