第28話 断罪という名の救済

「あの...」

 王宮へ、女は突然やって来た。

 綺麗な茶髪のフジより5つほど上に見える大人びた女性。偶然王宮に入る為の門で仕事をしていた彼へその人は話しかけてきた。

「どうしましたか?迷われましたか?」

 フジは話しかけられたのでそう返す。

 現に、初めてここに入国した人だとだいぶ入り組んでいる街なので、迷うことも珍しくない。したがって、国で1番大きいこの王宮を目印に来る人も少なくはない。その手の人間だと思っていたのだ。

 だが、彼女はフジの予想だにしない言葉を口にした。


「ナツ王様の婚約者になりたいのです」

 ◆◇◆◇◆◇


「どうも...、初めまして。...えーと、イザベラさん?だよね?」

「はい」

「えーと...、君が僕の婚約者になりたいって...聞いたというか、聞かされたんだけど。本気で言ってるの?」

 ナツがニヤリと笑った。

「はい」

 イザベラと名乗った女性はやわりと頷く。

 ──こんな人....いるんだなぁ。フジは感嘆していた。

「フジ」

「っ!は、はいっ!」

「...何ぼーっとしてたの?ちょっと外してもらってもいい?扉の前で待っててよ」

「へ...あのでも」

「大丈夫、女に殺されるほどヤワじゃないよ」

「...分かりました」

 ──ナツも一応真剣に話すってことかな?

 フジは一礼して部屋を後にした。

 ナツは完全にフジが出て行ったのを確認して、イザベラの前にチェス盤を置いて、並べていく。彼女はその様子を不思議そうに眺めていた。

「あの...、一体何を...?」

「そろそろ本性出したらどう?」

 ナツはニコリと笑って彼女の目を見た。しかし、彼女は貼り付けたような笑みを止めない。引っ剥がすと簡単に自分が出てしまうからかもしれない。

「大丈夫、僕しかいないから。フジ...あぁあの執事にも言わないし。言っちゃうとこうやってまた遊んでるの怒られるから」

「どうして分かったんです?」

「ん?」

「本性があるって」

「ま、一応オウサマだからねぇ。見る目があるって事かな」

 ナツがそう言ってウインクすると、イザベラはクスクスと笑った。

「どうして僕の婚約者に?」

「我らが父様、エドワード様の神託です。ナツ王様の妃となって、国と宗教を栄えさせよ、と。そうすればこの国は愛と平和に包み込まれると」

 宗教。愛と平和。


『人は皆平等なのですから』

 ナツの苦手な母の声が頭を掠めた。この人もどんな宗教か知らないけど心酔しているらしいと察する。

「...ふうん、そう」

「はい。ですから私は貴方の妃になりたいのです。勿論、悪い思いはさせません。寂しい思いもさせる事はありません。貴方に私は尽くします。でも、それ以上に私は神にも尽くします」

 ──あぁ、頭痛がする。この人と僕は馬が合わないと思う。

「じゃあ、僕とチェス勝負しよう。出来るよね?」

「え、まぁ、はい」

「じゃ、やろう」

「あ、あの私の話、」

「僕に勝てたら君の条件、全部飲んであげる」

 ピタリ、と女の動きが止まった。

「悪い条件では無いんじゃない。このゲームに勝てればだけどね」

「やります」

 即答。やはり魅力的に感じるのだろう。受けた時点で勝敗は決まりきったものなのだが。


 ◆◇◆◇◆◇


 ──.....何話してるのかな。まさかナツもあの人に一目惚れしちゃって結婚話に花が咲いちゃったりしてるのかな?てことは結婚式の式代とか来賓方へのお金とか...大変な事に。しかも派手好きナツの事だ。盛大にやりたいとか言いそうだなぁ...。

 フジが悶々と結婚式の予算について考えていたその時、扉が開いてイザベラが出て来た。

「あ、終わりましたか。お送りしますよ」

「...大丈夫です」

「え?」

「道覚えてますから、大丈夫です」

 ──いやそう言われても。何されるか分かんないし。

 本音が飛び出そうになるのを、フジは何とか堪らえる。

「フジ、俺がその人を送るから」

「セン」

「任せろ!」

 そこへ偶然いたセンがイザベラをさり気なくエスコートし、あっさりと連れてった。

「フジ」

「ナツ、どうしたの?」

「いやぁ、疲れたよ本当に」

「...結婚?」

「はぁ?あんな得体のしれない人間を将来の相手に選ぶわけないだろ」

 よく考えてみればそうだった。

「何だって?あの人」

「んー...内緒。言わないでって言われたしさ」

「何それ」

「約束はちゃーんと守るのが紳士でしょ?」


 ◆◇◆◇◆◇


 ザァザァ、と。雨の降る音がして、雨が頬に当たる、

 ──失敗してしまった。折角、"我らが父様"が私に命じて下さった事だったのに...。あの方はどんな顔をされるのだろう。怒られてしまうのだろうか。

「イザベラ様」

「どうしましたか?」

「エドワード様が殺されました。眼鏡の若者に。遺体は既にこちらで回収しています」

 ──......え?死んだ?あの方が、"我らが父様"にお仕えする御方が?

 それを聞いて、イザベラは心から祝福した。ようやく、彼に許しが下ったのだと。

「...見間違いでは、無いのですよね?」

「はい」

 だが唐突な事の大きさに衝撃のあまり、くらりと眩暈がした。

 ──今朝、あんなにも私に気さくに声をかけて下さったのに。あの方に仕えることが、まだ私の生きるべき意味だったのに。

「分かりました、参りましょう」

「はい」

 ──お終いね、私も。確か、この街で私はコーキに教えていたんだっけ。

「ねぇ、私の頼みを聞いて下さる?家に帰ってからでいいから」

「はい、何なりと」

「手紙を書いたら、月島家の長男に届けてくれる?そこにいなかったらいる場所を探して、手紙を届けて欲しいの」

「かしこまりました」

 男はイザベラに恭しく一礼する。そうだろう。たった今、"我らが父様"に仕えていた最高聖職者がいなくなった為、イザベラがこの聖死教の教祖になったのだから。

 ザァザァ、と。雨に打たれながら、イザベラと男は帰り道を歩いていく。

 これからの思いに、イザベラは心の中で鼻歌を歌いながら。神のもとへと、確かに歩いていく。

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