第27話 罪の賛美歌
「...ここだね」
「...まじで?」
「マジで」
クロがそれを見てそう言うのも、無理は無かった。
普通"Knight Killers"を呼ぶ場合、依頼人は人の来ない場所を選びがちだ。〈霧の森〉や路地裏が最たる例だと言えるだろう。
王宮や中流貴族以上の人ならまた違うだろうが、こうやって教会に呼ばれたのは〈黄昏の夢〉にとっては初めてだった。
宗教関係者は、決して人の死を軽んじないからだ。
今回の依頼は、依頼の仲介所でもよく分からないと言われた。だから受けてくれ、と。
警察が時々"Knight Killers"を逮捕する為に、依頼として仲介所に依頼し捕まえるという罠を仕掛けることもある。それに返り討ちを与える為にも、今回は〈黄昏の夢〉がその役目を頼まれた。そんな具合だった。
「...何かありそうやなぁ」
「レオさん、それフラグっぽく聞こえるから止めて」
「でも、行くしかないよ」
「そうだね」
シロヒに同意するように頷いて、Kは重たい扉を押し開ける。
「〈霧の森〉の廃教会とは大違いだね。綺麗だし荒れてない。清潔感がある」
ユキの言う通り、ステンドグラスが色鮮やかに光を浴びて輝き、白いタイルを照らす教会だった。しかし、依頼人の姿は無かった。まだ来ていないようだ。
だが、これだけの施設なら元々この中に人がいてもおかしくないだろう。5人はてっきりこの施設の人が依頼人だと思っていただけに、やや拍子抜けする。
「まだ来てねぇの?」
「時間ピッタリなんやけど」
「まぁまぁ、向こうの都合があるから」
シロヒが2人を宥めている時、クロがパッと何かを探るように辺りを見回した。
「どうしたの?」
「音...」
「音?」
ここには現在、〈黄昏の夢〉の5人しかいない。クロ以外の4人には話しているこの会話しか聞こえていない。しかし、嘘が下手くそなクロが言うわけないもなく、そもそも彼には嘘を吐くメリットがない。
という事は、結論は簡単だ。音の正体がどこかにあるという事だ。
「どこから?」
「...ん?音が2つになった...?まぁいいか。こっち」
クロが音のする方へ4人を導く。
そこは教会にありがちなパイプオルガン。...ではなくその横にある2つの扉だった。両方とも綺麗な装飾が施されている。
「この両方からしてるの?」
「うん。...音の鳴り方がちょっと違うけど」
クロはもしかしたら人知を超えた耳の持ち主なのではないだろうか。4人が聞き取れないものを聞き取るって、凄い能力だと思うのだが。
「んで、どうする?」
「二手だね、じゃんけん?」
「それでいいと思う」
お互いが向き合い、じゃんけんをする。
分かれたのはKとクロとユキ。レオとシロヒという具合だ。じゃんけんで分かれたにも関わらず、年上と年下で上手く分かれている。
「何も無かったらここに戻ってきてね」
「分かってるってば」
「さて、行こっかっ!」
2人と3人は分かれて、それぞれの扉を開けて進んで行く。
レオとシロヒはゆったりとした足取りで、進んで行く。
「しっかし...どうしてこんな所に呼んだんやろうなあ」
「んー...、向こうにも何か考えがあるのかもしれない。...例えば、」
そこでシロヒの声のトーンが少し下がった。
「俺達をバラバラに分散させたかったとかね」
「...やめろ。お前のセリフは案外マジに聞こえるわ」
「あはは、職業病ってやつなのかな?そんなことしか思いつけないや」
シロヒは頭を掻きつつ、苦笑いを浮かべた。
「...?また扉か。どっち進む?」
「そうだね。一応まだ先があるなら見ておこうよ。もしこの先に居たりするかもしれないし」
「了解。よっ、と」
重たい扉を身体をレオは使って押し開ける。すると、また通路が続いていた。
「...ホンマにおるんかな?」
「こればっかりは進まないとね」
レオとシロヒくんは進んでいく。
そこで、ふとシロヒが口を開いた。
「ね、レオさん。聞きたいことがあるんだけどさ」
「...?なんや...?」
「クロくんのこと」
クロのこと。それだけで何を言いたいのか、レオには分かる気がした。
「クロくん、レオさんに心酔し過ぎてる気がする。前の時も、レオさんの為にって突っ込んで行こうとしちゃうし、この間だって運が良かったからいいものの、死んでたっておかしくない。...杞憂だといいけど、いつかクロくんがそういう事で死んでしまいそうで...さ。やっぱ仲間としては心配なんだよね。...ね、レオさんも分かってるでしょ?」
「...まぁな。あれは分かり易過ぎる。バカ正直な奴やからな」
レオは軽く肩をすくめてみせた。
「止められない...?」
「無理やろ。そうしてしもうたらきっと、クロは生きへんやろ。そして俺も...多分生きられへんと思う。もうあいつから与えられる優しさが、俺の心に常に満たされてへんと、何か怖い。...何かが終わってしまう気がする。...我ながらかっなりお笑い草やろ?」
「いや...、そういう形もあると思うから。じゃあ皆で抑えていこうね」
「あぁ」
一方、Kとクロとユキの入った扉の方では、恐れもなくズンズンと先へ進んでいた。
「...人の気配がしないね」
「本当にね。不気味なくらい静か」
「大丈夫だって!てか、誰もいねぇのに何であんなにあそこ綺麗だったんだろうな」
「さぁね。ところでクロくん音はどう?まだ聞こえるの?」
「......聞こえない。え?いつの間に...?」
「...大丈夫かな、2人の方も」
バランスよく分かれているとはいえ、心配なものは心配だ。しかもユキはまだ全快とは決して言えない。クロとKでユキの視力分のサポートしないといけない。
「ドア...か」
「開けて進む?それとも一旦戻る?」
「進もうぜ。この次がもし行き止まりじゃなくてレオさん達の方がハズレだったらさ、またここに来なくちゃいけないじゃん?それって面倒臭いっしょ?」
「それもそうだね。...よ、っと」
Kがグッと身体を使って押し開けた。
その部屋は最初に入った部屋と似た造りだった。違うのは祈る人間が座る為の椅子がないのと、パイプオルガンが無いところぐらいだろうか。それ以外は同じに見えた。
太陽の明かりを受けて光るステンドグラス、真ん中には十字架にかけられた神様の姿。こういうのに詳しい人間が見れば違うのかもしれないが、少なくとも無神論者を宣言するクロには分からない。
「凄い装飾...」
「だね。〈霧の森〉も昔はあんな感じだったのかな?」
「そうですよ」
突然。誰かの声に3人はそれぞれの武器を持ってその方向を見る。
真正面の神のかけられた十字架の横。そこから灰色の髪をした男が出てきた。
見たところ武器なんかを持っているようには見えない。神父らしい格好をした柔らかい目の男だ。
「貴方は...誰ですか?」
「まずは神の御前でそのような人を殺める道具を見せるのは止めて頂けますかな?」
「人の質問に答える気も無いってこ」
ユキの言葉が終わるか終わらないかで、3つの影が現れ出た。上の方に潜んでいたらしく、上から飛びかかってきた。
「きゃっ!!」
「わぁっ!?」
「2人ともっ?!っわっ!」
Kとユキが押さえ込まれる。それに気を取られてクロも首を押さえられて、床に倒される。
「私の名はエドワード。御三方....、どうもすまないね」
「このっ!離せってのっ!」
Kは懸命に抜け出そうと暴れる。
「うるせぇな、この女っ!」
バコンとユキを抑えていた男がユキの腹と頭を殴った。
「ユキっ!」
「けほけほっ!だい、じょぶ」
ユキの包帯は外れかかって、目の傷が見え隠れしている。
「てめぇらっ!!このっ!」
クロも抵抗するが、それをも押さえられてしまう。
「神の御前でそう攻撃をするな」
エドワードと名乗った神父は白髪混じりの頭を掻き、苦笑しながらそう言った。
「ただでさえ君達は神のお意思に背いた行動をしているのだ。罪に塗れたお前達を、ここでわざわざ神に示さずとも良い」
「カミなんていねぇよっ!」
「クロく、」
「成程...。君らは罪に汚れすぎて神の光が見えていないようだな」
ケッとクロが悪態づくように唾を吐いて見せた。
「俺らの何を知ってんだよ...神父さんよぉ?」
「知ってるとも。他人に罪を擦り付けたと感じ、その人を命を懸けて守ることで自らの罪が浄化されると信じ込んでいる男。信用や信頼を全て殺す事でしか返す事が出来ない女。そしてそちらの青年は有名資産家の、行方不明とされている月島くんだろう?」
「「「っ!!」」」
「...何処からそんな情報を...」
「てめ、人を馬鹿にして!」
「事実だろう?紛れもなく」
そう言われて3人は黙るしか無かった。この男に全て知られている。
Kは内心焦りを見せていた。──シロヒしか知らない事なのに...、どうしてその事を。
「...はっ。全部表面だけだろ、知ってるの。俺でも神に祈った事はあるけど、救われなかったよ、何にもな!だから...、俺の心を救ってくれた人を信じてる。俺の神様は、あんたらの信じてるカミサマじゃない。レオさんだけだ。だから、俺の命を盾にして守る理由がある」
Kには、クロの言葉が何処か遠い場所で聞いてる感覚がしていた。
──知ってる?知られてしまっている?どうする?連れ戻されたく無い。逃げる?いやまた捕まる。今の僕がいるのは、姉さん達が手助けしてくれたから。まだあの人にも会えていないのに、連れ戻される?それは嫌だ。許されないことだ。そんなの...耐えられない。じゃあ、どうすればいい?
Kにとっては、その答えは明白だった。
「っ!?」
Kは抑えていた人物を振り払い、瞬時にコートから取った拳銃のグリップでこめかみを殴り、そのまま銃口を神父へと向けた。
「エドワード様っ!」
「焦るな。お前らは今すぐここから逃げるのだ。この事を伝えよ」
「っ!はっ!」
男達はユキとクロくんから手を離して、逃げていった。
「Kくんっ!?」
「K...?」
「...僕の事、どれくらい知ってる?」
「神が見ていらしたものなら全て、と答えようか?」
「真面目に答えろっ!!」
引き金に置いたKの指に力がこもる。
「...伝えるつもりなのか?なぁっ!!」
「...本当に君らは私利私欲の為にしかその身体を利用しないのだな。今だってその銃口を私に向けているのは、知られたくない"生きている"事実を消す為だろう?」
──そうさ、そうだよ。知られたら何もかもが、崩れて失われる。今までの楽しい時間が、何もかも...。泡のように何も無くなってしまう。それが嫌だから。
こうして、消そうとしている。
「...仕事以外の殺しは好きでないのではないのか?」
「...時と場合によりけり...ですよ」
狙いが震える。ガチガチとKの奥歯が鳴る。
思えば...。これはKにとって初めて、かもしれない。依頼以外で、自分の意思で殺そうとする事が。
「何処で僕の事を知った?」
「.........イザベラ・ミランディナ。知っているだろう?」
「イザ、ベラ.........先生?」
『コーキ』
鮮明にKの脳裏で声がした。
──イザベラ先生。...先生っ!
「先生が生きてるのっ!何処でっ!?」
「質問の多い子どもだ。何処でも良いだろう?」
「...教えてくれないなら、もういいよ。生きてるのが分かったから。貴方は...僕が殺す。僕は...あの人に会うまで、見つかるわけにはいかないんだ、絶対に」
「お、おいK」
クロの焦った声がKには聞こえる。だが、最早どうでもいい。
──殺さないと。殺さないと殺さないと。
「他人の事などどうでもいい。自分の為に他人を好きなように動かす......。罪の塊だな」
「そうかもね...」
──どこまでも救われない。僕が何かを奪い続ける魂なら、それでも構わない。
──あの人に会えるなら、皆といられるなら、それでいいから。
邪魔をするな。
「パン」
◆◇◆◇◆◇
「っ!?銃声音っ!?」
「隣...、K達っ!」
「戻るぞっ!」
銃声に驚き、シロヒとレオさんは来た道を急いで戻る。だが扉が重く開けるのに時間が取られてしまう。
早く行きたい気持ちがそれを塞き止めてしまう。焦れったくてたまらない。
「くそっ!」
「着いたっ!隣っ!」
急いで3人が入っていった扉を開けて入っていく。そして、そこの最後の扉を開けた。
「クロっ!Kっ!ユキっ!」
「レオさんっ!」
座り込んでいるクロ。震えた手で銃口を向けているK。包帯がだいぶ崩れたユキ。3人とも怪我が酷い。
「クロっ!」
「レオさーん!大丈夫?」
ヒラヒラとレオにクロは手を振る。「馬鹿」とレオは溜息混じりに言い、クロの頭を撫でていた。シロヒもKとユキに近づく。
「ユキ、大丈夫?」
「大丈夫、問題無いよ」
「そっか。...K?」
Kの視線の先。額を撃ち抜かれて倒れている...、神父らしき人物の死体が転がっていた。いつもなら応じるシロヒの呼びかけにも応じず、彼は呆然とその死体を眺めていた。
「K?」
「...シロヒ、僕初めて自分の意思で人を殺した」
「K?どないして」
「今までは依頼人の為とか、仲間の為とか...そんな目的でやってたけど。今回は僕は自分の身の安全の為に...、この人を殺した」
Kの瞳が悲しそうに辛そうに、歪んでいる。
「何があったんだよ、ここで」
「...イザベラ先生、だってさ」
シロヒは目を見張った。
──イザベラ...!?それって、Kが探してるっていう先生じゃなかったっけ?初めてあの日、Kと会った時にそう言っていた。
「...良かったのか。情報を消して」
「...その人の安否よりも、自分が大切になったから」
「...っ」
シロヒには、何て言葉をかければいいのか分からない。下手なセリフを吐いてしまえば、Kの心の傷がもっともっと深くなってしまうだろう。─じゃあ、どうしてあげたらいい?
彼の心を救うには、どうすれば、
「...馬鹿じゃねーの?自分を守らねぇ人間なんていねぇよ」
「...クロくん」
「普通だよ普通。誰を助けるにも守るにも自分の身体が無いと困るし」
ヘラヘラと軽い調子でクロがそう言う。彼だからこそ保てる間が少し開く。
「珍しくクロくんが真面目な事言ってるー」
「あぁ?」
「ふふ、馬鹿にしてないよ?」
ユキはクロへ笑いかけてから、Kの方を見た。
「深く考えないで。君にとっては自分の為に殺したということでも、視点を変えれば全然違う。もし君が撃たずに彼を生かしたままだったら、私とクロくん、死んでたかもよ?それにその人が拳銃を持ってて、Kくんの早撃ちされてたら...、Kくん死んでるよ?まぁ、要は物は考えようってこと!」
「確かにクロやユキの言う通り。Kの複雑な気持ちも分かるけど、生きる為にはしゃあないこともある」
「...ありがとう」
Kは曖昧そうにそう笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます