第26話 燻る紫の煙
「買ってくるもんは?俺聞いてないから」
「威張って言うな。夕飯の具材やろうが。とにかく店までは俺が案内するから、はぐれんなよ?」
「レオさんの方がこの人混みに埋もれそうだけど」
「何か言うたか?んん?」
「な、ナニモ」
クロとレオは商店街に買い出しに来ていた。他の3人は、ユキのリハビリの方に手を回してる。
片目が無くなったから、物の見え方が変わってるらしい。それをできる限り最小限に抑えるんだという。クロにはやや難しくてちょっとよく分からなかった。
そんなことを考えてる時だった。レオの目の前にいた女が人混みに押されて、身体のバランスを崩したようで、いなくなった。いや、正しく言えば、居なくなったように見えた。どうやらコケてしまったらしい。
レオも気付いた様子で、その女に近づいて、
「っと、大丈夫ですか?」
「は、はい」
レオが女の手を掴んで立ち上がらせる。
「ここら辺は人が多いから、気ィつけて」
レオの不思議な口調に彼女は目を瞬かせたけど、頭を下げて「どうも」と言った。
その時、クロはレオを見る女の瞳を見た。あれは...。
「そんじゃ」
「あ、あの!」
「...はい?」
「...れ、連絡先!...教えて貰ってもいいですか?」
「はぁ」
─あー、やっぱり。恋する乙女の...って感じだったんだよね。目がさ。
「お、お礼っ!お礼したくて!」
「あー、ええですよ。別にお礼してもらいたくてしたわけやないですから」
「おーイケメン」
「うるさい」
レオは少しムスッとしてクロを見上げる。─いや別に俺、馬鹿にも貶してもないと思うけど?あー...茶化されるのが嫌なのか。クロはニヤッと笑った。
「ほら、もう行くっ!」
「.......っ」
「...ちょっと待ってて」
─これは流石にちょっとねぇ。
レオを少し待たせて、女の目を覗けるように背をかがめる。彼女は少しクロの行動に不思議そうに顔をしかめた。そして彼女に聞こえるくらいの声で、
「残念。レオさんは俺のだから」
「っ!?」
ビクッと女は目を丸くしてクロを見上げた。──驚いたかなぁ。勿論、ほんの冗談だけど。
──ごめんね。レオを俺の目の届かない場所へ持っていく可能性がある人は、誰でも皆、...俺の敵になるからさ。
「じゃ、ばいばーい」
ヒラヒラと彼女に手を振って、クロはレオの横につく。レオはそれを見てから、クロの歩くスピードに合わせてくれた。
「...何か言ってたろ?」
「ん?レオさんをナンパしないでねって言ったの」
「...ナンパ?」
「気付いてなかったんだ。相変わらず鈍いなぁ」
「あぁ?」
「もー、睨まないでよ」
ケラケラと、クロは笑う。「何やそれ」と呆れたようにレオは言った。
「ほら、もう気にしないで早く行こうよ」
「...はいはい」
レオはまた呆れたように眉を寄せて、それでもついてきた。
──そう、レオさんはそのままで、何も知らなくていいから。
──俺のセカイにいてくれるだけで、いいから。
「すみません」
帰り際、また背後から女の人から声をかけられる。─...どうして今日はこうやって話しかけられるんやろう。何か、変なもんが憑いてるとか?
そんな事を考えながらも振り返ってみると、レオよりも年齢が高めに見える茶髪の綺麗な女性が少し困った様子でクロとレオを見ていた。
レオがそんな事を考えながら、ボーッとしてしまう。そこをすかさずクロが、
「何ー、お姉さん?」
「あの...、この近くにいるはずのエリーっていう人の元へ行きたいんですけど。その、道が分からなくなっちゃって...」
「「エリー」」
2人の頭の中は、いつもお世話になっているエリーが出てくる。
「知ってるんですか?」
「ま、まぁちょっとお世話になったりしてるからさ。...俺らが考えている人と一致していればだけど」
「特徴を教えてもろてもいいですか?」
「金髪の髪をした、今も多分使ってると思うんですけど、片眼鏡を左にしてます」
──あ、絶対そうだ。エリーさんだ。
クロに目配せして、クロはそれに気付いて頷いた。
「ついてきて。教えるよ」
「あ、ありがとうございます!」
女は嬉しそうにはにかんだ。
エリーの住んでいる場所は、クロとレオの住んでいる場所の帰り道にあるので通ることは通る。それから程なくして、
「ここです」
「こんな場所に...。ありがとうございました。お礼に差し上げるものなんて無いんですけど...」
「ええですよ。それでは」
──送ったからもうええやろ。
レオは女性に一礼してさっさと帰路につく。クロは少し遅れてついてきた。
「ね、レオさん。びっくりしなかった?」
「ん?」
「エリーさんに知り合いがいるってさ!あの人、俺友達とかいないと思ってた」
「しっつれいな奴やなぁ。エリーさんにメスで切り刻まれろ」
「レオさんの言葉の方がナイフ状だよっ!」
クロはそう言って口を尖らす。レオはニッと笑って、
「当たり前やん」
─さて、早く帰ろう。他3人が待ち兼ねてるだろうから。
◆◇◆◇◆◇
チリンチリン。エリーの家に来客の知らせを告げる鐘が鳴った。
エリーの頭にパッと出てきたのはまた〈黄昏の夢〉だった。それから他のチームやお得意さんと呼ぶべき人間の顔を浮かべる。
─...面倒臭いな。仕方ないが。
「はーい、今行く」
「久しぶりー!エリーっ!」
──...この声!?
エリーはすぐに自室から飛び出し、玄関に向かった。そこには懐かしいエリーの旧友が笑顔で立っていた。
「ベラ...」
「元気そうね、エリー」
「何しにまたここに来たんだ、ベラ?それにその口の聞き方...」
「しょうがないの。我らが父様にこの国の実権を手中に収めろとのこと。口調を普段から気を使ってここへ来たの。そしたらもう戻らなくなったわ。エリーの口調が懐かしいもの」
「そうかよ」
──今度は何を考えているんだ、あの人は。世界征服か何かか?馬鹿馬鹿しい。
「まぁそれ以外の目的も少しはあるんだけど...ね」
「ふうん、まぁ興味無いな」
「まぁ酷い。でもエリーらしいわね、そのサバサバした感じ!10年前の貴方と何も変わらない。...煙草を吸うようになってたのは想定外だけど」
「あたしもお前が外国への布教活動隊の1員になるとは思ってなかったな。ここで家庭教師や薬剤師をやるもんだと思ってたから。だからあたしと雪城家に入ったり、金稼ぎの為にどこだっけ...」
「月島家の家庭教師したこと、あったわねー」
「それだ。まぁそうやってここに落ち着くもんだと思ってたから」
「だってこんな素晴らしい宗教、知らない方が不幸よ。だから私はこの国の王の妃としてこの宗教を広めていくつもり。そうすれば"Knight Killers"なんていうのも消えるし、世界は愛と平和に包まれるはずだから」
エリーは反吐が出そうになった。
元々ベラは宗教心がどの信者よりもすこぶる高かった。エリーもあの時は一応信者だったが、こうやってここで何年も生活してると、あの場所で習ったことが嘘だったのだと分かる。
──カミサマというものは、この世には存在しないと。
だが、彼女は盲目的に神を信じている。だから周りの人間に何らかの不幸が起これば、それは"彼らの罪に罰が下った"ということになる。楽で簡単な方法だが、それが誤りであることを彼女は認めない。
「ねぇ、エリー」
「ん?」
「もう一度、戻って来ない?」
「...悪いな。私はもう、そっちに行く気はねぇよ」
──面倒事にも巻き込まれたくないし。
「そっか...、じゃあまたね。久しぶりに会えてよかった」
「あぁまたな」
「ええ、じゃあね」
イザベラはすくっと立ち、扉を開けて去っていった。
急な来客。そして嫌な予感。イザベラが帰ってきたということは、"我らが父様"も帰ってきているってことになるのに気付く。
「何か起きなきゃいいけど」
白衣のポケットから煙草とライターを取り出し、煙草の先に火をつけて口に咥える。
紫煙が
ユラユラ、ユラユラと。
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