第25話 消えない傷を残して

「ユキ行くよ!」

「はいはーい」

 ユキはヒラヒラとシロヒに手を振る。Kはゴム弾かどうかを確認してから、ユキに向けて発砲した。

 ユキはすぐに身を低くして躱す。その隙にシロヒが左側からナイフを持って襲いかかる。間一髪のところでユキがそのナイフを受け止める。

 ギチギチと刃どうしが擦れ合う音が鳴り、ユキがシロヒのナイフを弾き飛ばして距離を取る。そこでKがまた2発ほど銃声を響かせる。ユキはそれを避けきって、シロヒの懐へ潜り込む。

 そこで2人の動きが止まった。

「良かったんじゃない?」

「うー、身体が重いなぁ。今の、遅かった気がする」

「そこまでじゃないよ」

「そう、かなぁ?」

 ユキはうーんと唸る。しかし身体はそんなに鈍っていないと思うのだが。何故なら今のでユキは息1つ乱していない。何食わぬ顔で2人と会話してる。

 ──本人は納得してないようだけど。

「もう一回やる?」

 Kは散らばったゴム弾を拾い上げながら訊く。

「そう、だね。早く依頼受けたいからね。サポート役だから前線に出る必要は無いけど...、如何せんパソコンの調子がおかしいからね」

 そう、ユキの力量発揮とも言えるパソコン技術がここ何ヶ月上手く働かなくなっていた。ユキ曰く一時的に政権が変わった時に回線が操作されたのでは、と考えているらしい。ユキが設定して作ったイヤホンの接続機器は問題なく動いているようだから、その可能性が濃いのだという。

 詳しく説明を受けたが、シロヒとレオのみが頷くだけでKとクロにはさっぱりだった。

「K、大丈夫か?」

「うん、全部拾ったと思う。いけるよ」

「...ごめんね、2人とも。付き合わせちゃって」

「気にするなって。仲間だろ?」

 シロヒがそう言うと、ユキはクスッと笑って頷いた。


 ◆◇◆◇◆◇

 先日の1件により、大破した王宮横に牢塔。城に仕える人間が総動員され、修復作業が続けられている。

「センーっ!」

「何?」

「ここの置物大破してるけど」

「捨てろ」

「はいはい」

 フジとセンは目下、牢塔の片付けに追われていた。

 幸いにも王宮内への被害がないのが助かってる。もしこれで王宮にユキが手を伸ばしてたら、修理費がもっと凄まじいことになっていただろう。

「...ナツは?」

「ナツはお母さんのところだよ。様子見に行ってる」

「...そうか」

 センが複雑そうに顔を歪める。

 フジやセンも小さい頃お世話になっていた人なだけに、この事実はかなり辛いものだった。いくら祭り上げられてしまったとはいえ、断ることだって出来たはずなのだ。──あまり断る気も無かったってことが見受けられてしまうのは...、俺だけだろうか?フジはそう思っている。

「...王家って難しいな」

「しょうがねぇよ。野心が無いと王なんてもんはやっていけないのかもしれないな。そんな場所に就いた俺らも俺ら...なんだろうけどなっ、と!」

 ドサッと、センが壊れ物を置いてフジの目を見た。

「そんなに心配なら言ってこいよ」

「っ! でもっ!」

 にっとセンは笑って、ポンッとフジの肩を叩いた。

「...ありがとうっ!」

「おうよっ!」

 フジはセンにそう言って、ナツがいると思われる王宮の奥に当たる後宮へ向かった。


「母さん、失礼します」

 ナツはそう言って部屋に入り、ゆっくり母さんに近付いた。ナツの母はその声の方を向く。でも、目の焦点はナツに合っていない。

「ナツ...なのね」

「はい、僕です」

「...ごめんなさい。私はもう、貴方が見えていません」

 ──いつか、いつかこういう日が来るとは思っていた。

 母の目は治せないものだと、ナツの頭では理解しているのに...。どうしてこんなに苦しくて堪らないんだろう。

「私の...部下になったものが迷惑を掛けたそうね。政権が一時的に変わってしまうほどに。本当に申し訳ないわ」

「...大丈夫です。少し王宮内は荒れましたが、だいぶ落ち着きましたから。まだ完全に戻った、とは言えませんが」

「そう。......ねぇ、ナツ」

「はい」

「この度のこの政権闘争を起こした彼は...どういったことになるのかしら?」

「...恐らく、処刑は免れないかと。僕が再び政権を持ったという事は、相手は謀反を起こした大罪人という位置づけですからね」

 ナツの説明に「やはり...」と母は言った。

「...もしかして、助けられるおつもりだったんですか?」

「出来る事なら。この世界に生まれたものは全て神の御前では平等ですから」

 ──まただ。母さんはいつもこうだ。いるかどうかも分からないカミサマに、どうして心から心酔し切れるの?そのカミサマが母さんを助けてくれたことがあったんですか?無いでしょう?なら、信じる意味ってどこにあるっていうのさ!

 ナツは叫んでやりたい思いを飲み込み、グッと拳を握る。

「...そろそろ、失礼します」

「公務?」

「まぁ、そのようなものです」

 この時だけ、ナツは母の目に感謝した。もしも見えていたら、母は凄く困ったように苦笑いを浮かべるだろうから。

「ではまた」

「ええ」

 ガチャンと重たい扉が閉まった。ナツはふうっと息をつく。

 ──やっぱり無理だ。母さんと分かり合うことなんて。

「ナツ?」

「フジ...」

 フジとナツは偶然にも出会う事が出来た。

 ナツの憔悴しきった顔を見るのは、何十年一緒にいて初めてだったかもしれない。ナツはふらっとフジのところへ来て、もたれ掛かってきた。

「ど、どうした?」

「...分かんない」

「へぁ?」

「母さんは...何であんなにカミサマを信じられているのかが、この世には善人しかいないと思えるのかが分からない。何で?母さんの目は祈ったって治らなかったのに。母さんの目が見えにくくて判断しにくいのを知ってて、騙してきた人間がいるのに。どうしてあそこまで信じられているのかが分かんないよ...」

 ナツはどうやら混乱しているらしいな、とフジは思った。

「...大丈夫?」

「...大丈夫じゃないかも、なーんて」

 ナツはクスッと笑ってフジから少し離れた。

「ごめん急にさ」

「気にしてないからそんなこと。...まだスッキリしてないって顔してるけど」

「...僕には何かに縋る宗教心なんてものは持ち合わせてないから、分からないんだと思う。母さんは父さんが殺されてからずっとカミサマに縋ってるんだ。...僕の知らない内に何かが起きたんだろうな。僕にも分からないことがさ」

「...ナツ」

「いつか、僕が神様に縋る時間が来れば分かるのかな?まぁ、.........絶対に有り得ないけどね」

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