第24話 心狂わせる××
ユキが目を覚ますと、白い天井が見えた。暖かな日差しが射して、そして視界が狭い。
「起きたか」
「......エリーさん?」
「...馬鹿」
エリーのその顔は悲痛に歪んでいて、何が言いたいのか...、ユキは聞かなくても分かった。
「すみません」
「まだ寝てろ」
ぶっきらぼうにそう言われた。確かにまだ疲れててだるくて、眠いかもしれない。
─皆、無事かな?それだけが...心配...。そんな事を考えながらユキは目を閉じた。
「ユキの容態はっ!」
病室から出てきたエリーに開口一番シロヒは訊いてみた。
「大丈夫だ、落ち着いている。出血性ショック死も考えられたが、問題なさそうだ」
「良かった...」
ホッとしたようにレオが安堵の溜息を吐く。
「...ユキの顔、ナイフで斬られたみたいで。そっちの傷はどうですか?」
「最善は尽くした。...左目は戻らない」
全員の頭の中が真っ白に染まった。
──ユキの左目が...治らない...?
「眼球そのものが抉られていた。もう取り戻せない。....本人にはまだ伝えてない」
「起きたのっ!?」
「さっきな。また寝たよ」
「そ、か...」
─そうだ。まだあれからユキと話せてない。どうしてあんな事をしたのか、あそこまで動けたのか。ユキに訊くことは沢山ある。
「何時頃、起きますかね」
「さぁな。シロヒ、手当ての道具を渡すから来い。お前らは病室に入ってもいいが、起こそうとするなよ。精神疲労は取れていても肉体疲労は蓄積されているからな」
エリーはシロヒを引っ張って部屋へ連れて行った。Kとクロ、レオは顔を見合わせて、部屋に入った。
ユキはベットの中でスースーと定期的な寝息を立てていた。顔の左側は包帯が巻かれている。さっきまでの青白い肌はだいぶ赤みを取り戻し、いつものユキの顔に戻っていた。
「...これからどうする?」
「ユキを...ってこと?」
「片目が無い状態で"Knight Killers"続けさすつもりか?危ないやろ」
「でも、僕らはユキのサポートがいるよ。今更サポートを外すのはキツい。それに人数的にも多い方がいいでしょ」
「...それは分かっとるけど、これ以上ユキを傷付けとう無いし。...どうすればいいか」
レオがぐしゃりと髪の毛を掻き乱した。困惑したような、苦々しい顔だ。クロも悩んでいるように見える。─...ユキのこと、どうしたら....。
「...皆?」
「ユキっ!」
ユキが右目をパチパチさせて3人の方を見た。
「...シロヒくん、は?」
「ユキの手当ての道具を貰いに、エリーさんのところにいるよ」
「そか」
ユキは少し安心したように笑った。そして、笑みを崩して少し困ったように眉を寄せて、
「ごめんね」
と呟いた。
それは何に対してか。勝手に王宮に入りに行ったことか、心配させたという感情があるからか。それとも何か、他の事で謝ることがあるのか。
「...何が?」
Kはできるだけいつもの調子で訊いた。
「...色々と」
クスクスとユキは笑って、ふいと視線がそれた
「...ねぇ、質問してもいい?」
「何?」
「...左目、無いでしょ?」
「「「っ!!」」」
一斉に3人は口ごもる。
何故ユキが知っているのか。エリーはまだ何も言ってないと言っていたはすだ。ユキが知ってるはずも無い情報のはず。
「......っ」
「...ビンゴ、かな?」
ユキの笑みは何処か寂しそうに見えた。しかし目の先はハッキリとしていて、その喪失が当然であるかのように見せた。
知っていた、元々起こるべくして失った。そんなふうに、Kには見えてしまう。
「何で、分かったん?」
レオもKと同じくそこに疑問を抱き、そう訊ねる。
彼女は笑みを絶やさずに微笑んだまま、3人の方を向いて言った。
「カン」
「へ?」
「私のカン、よく当たるでしょ?」
いつもと変わらない、おどけた調子でそう言って包帯の方へ手を伸ばそうとしていた。しかし、その手は途中で止まる。
「痛いね」
一方、シロヒはエリーと共に薬品棚の置かれた部屋へ連れて行かれていた。エリーは薬品棚からテキパキと薬品を出していく。
「これは傷口に塗る用だ。一応処置したとはいえ、まだ何が起こるかは分からないからな。それに替えの包帯もいるな」
「あのっ!」
「...何だ?」
エリーは怪訝そうに首を傾げ、シロヒの方へ振り向いた。
「...ユキの目は本当に...」
「...無いぞ。義眼を埋め込もうにも、もう傷口として目が塞がってるからな。もう無理だ」
エリーの情報が嘘だとは思っていない。ただ、信じきれていないだけだ。あまりにも唐突に失われたもので、まだ現実を受け止めきれてない。─多分、そうなだけだ。
「しっかりしろよ」
ポンッとエリーがシロヒの額を小突く。
「お前や他の奴等がしっかりしないと、ユキが余計に気ィ使うだろ。ただでさえ本心を隠すようなアホだ。...不安げな顔を見せれば、きっと強がる」
──そうだ。俺らがしっかりしないといけない...!
「ありがとうございます」
◆◇◆◇◆◇
「無理に動かすな!」
「大丈夫だよ」
ユキは少し頬を膨らませて、それでも忠告は聞くようで手を元に戻した。
「何で...、左目のこと知ってんの?誰も教えてないし...カンなんてもんで当たらないだろ」
「......んー、何て言えばいいかな。...私ね、殺したいって思ってても思ってなくても、ずっと頭の中でね声がしてたの。で、その声がね、片目と引換に助けてくれるって言ったから。皆が助かってて、片方の傷が酷いってことは、そうかなって」
ユキの頭の中でそんなことが行われていたのか。3人は知らなかった。
「...っ!か、勝手にそんなこと1人で決めてんじゃねーよっ!!」
ずっと今まで無言だったクロがせきを切ったように喋り出した。ユキは少し困ったように眉を寄せて、
「ごめん」
「いっつも1人で考えてやって!そんなに俺らは信用無いかよっ!!?」
「クロっ!」
「特に目なんて、無くなったら困るだろうがっ!!」
レオの言うことを素直に聞くクロでも、余程怒ってるのかその制止を聞かない。今までの苛立ちを込めた彼は、まさに鬼の形相といった感じで、ユキを見下ろしていた。
「...だって」
「あぁ?」
「だって皆が大切なんだもん!大好きなんだよ!」
ガバッとユキが勢いよく布団から起き上がった。痛みで顔を歪めるが、それもお構い無しにクロを睨みあげている。この口喧嘩を止めようにも、2人がKとレオの制止をまるで聞かない。
「失いたくないのっ!大切だから!守ろうとすることはいけないことなの?!.....っ私は、皆のためなら死ぬ覚悟だってあるから!」
「っ!死ぬこと失うこと全部、俺らの為になると思うなよ!馬鹿っ!!」
「......っ」
ユキの顔が苦々しく歪んだ。
「無くなったらもう...取り戻せないだろ!」
「クロくんには分かんないよっ!いつもいつも信じてた人間を自分の手で殺すんだ。でも、皆はそんな私でも受け入れてくれたからっ!なら私もそれに見合うことをするべきだからっ!」
「おい、2人とも何言い合いし、」
救世主、シロヒがやって来た。言い合いをしている2人、狼狽えているKとレオを見て、溜息をつく。
「2人とも落ち着いて」
「止めんなよ、シロヒくんっ!この馬鹿にっ!」
「ユキは怪我人だってのっ!」
「関係ねぇよ!考え方の話をしてんだっ!」
「...クロくんだって、同じだ」
「あ?」
ユキはジッとクロを見た。冷たい鋭い視線で。
「レオさんの為なら...死ぬくせに」
「っ!」
グッとクロが黙り込んだ。ユキはその反応を見て、ふいと顔を背ける。
「...ごめん、言い過ぎた」
「...別に」
部屋の中に沈黙だけが流れていた。
「最悪な雰囲気だな」
「...エリーさん」
「ユキ、気分はどうだ?」
「この状況で最高です、って答えないですよ」
「それもそうだな」
エリーは肩をすくめ、ユキの左目に触れた。ピクリとユキの身体が動く。
「痛むか?」
「少し...」
「シロヒに痛み止めや傷薬を渡してる。包帯は自分、替えにくければ誰かにやってもらえ」
「はい...」
「片目で動くことに慣れたら仕事をしろよ。じゃないと死ぬぞ?」
「...善処させてもらいます」
ユキとクロくんを引き離すのと、ユキの身体を休ませるためにシロヒ達は病室から出た。
「クロくんっ!」
「...悪かったと思ってるよ。でも!...俺は間違ってねぇよ」
そっぽを向いて、クロはそう言った。
「だって!だってさ!かっ、勝手にそんな重要なことを決めてっ!片目を失くして。困んのは...!困んのはユキだろ!?」
何も言えなかった。ここまで彼が真剣に仲間の事を考えてるとは思っていなかったからだ。──いつもヘラヘラして、笑ってるから...。
「ずっと死ぬまで〈黄昏の夢〉で活動し続けるわけじゃないかもしれないだろ!?それなのに...、それなのにっ!」
「うるせぇ」
「いだっ!?」
エリーがクロの頭を強く叩いた。
「クロ、そんな事本人が一番よく分かってるんだ。お前がそう口に出すことじゃねぇよ」
「っ...」
結局、ユキはこのままエリーの所にいても何の意味もない、みたいな事を言われて帰ってくることになった。多分、腕の良いエリーの最善が尽くされた状態でも、治せないからもう帰っていいってことなんだと、シロヒは思った。
帰ってきてからも、ユキはどこか寂しさを孕んだ瞳をしていた。
「元気ないよね、ユキ」
「やっぱりKもそう思うか」
シロヒとKの部屋。2人は顔を見合わせてそう話す。
「どうしたらいいかな」
「......んー」
ユキにとって一番嬉しく思えることとは何か。
「......ねぇ手紙、王宮に送れないかな」
「それ、いいんじゃない?ここの住所向こうは知らないし、それに3人ならここの事を警察に言うこともないだろ」
それにユキは3人の幼馴染みだ。懐かしい友達に会えば、何か変わるかもしれない。
そうと決まれば早速、手紙を書こう。
それから数日後、5人の家に、
「手紙ありがとうございました」
3人は訪れに来た。
「ユキっ!」
「ナツくん、フジくん、センくん!」
ユキは酷く驚いていた。まさかここにこの3人が来るとは思わなかったんだろう。シロヒも手紙を出した張本人だが、これほどに早く来るとは思ってなかった。
「どうして...シロヒくん...」
「プレゼント」
「!...ありがとう」
ユキは嬉しそうに笑った。─思えば久しぶりに見た、作ってない笑顔かもしれない。
「...ごめんユキ。俺のせいで...左目を...」
「! いいのに、気にしないでよ...私のミスだし。それに過信のせいでもあるんだからさ」
「で、でも...俺らを助けに来たせいで...さ。気にするに決まってるだろっ!」
「...あはは、だよねー」
何となく、いつものユキじゃない気がする。懐かしい、自分の過去を知ってる人達に囲まれてるからだろうか。
「ったく...いっつも無茶してさ」
センがペンッとユキの額を小突いた。
「...でさ、それ治らないの?」
「うんまぁ...、治らないよ。エリーさんっていうお医者さんに見てもらってたけど、その人曰く無理だって。でもその代わり殺人衝動を消せたと思えば、まぁプラマイゼロかなって」
ユキは何でも無いようにそう言う。
「宮廷医師が帰ってきたら、」
「...もえ左目は塞がったから、義眼を埋め込むのは厳しいと思うよ。気持ちは嬉しいけど、もう無理だと思う」
「...俺が見つける」
「ナツ」
「今の技術で無理なだけだよ。僕が勉強して見つけるから。...面倒臭がりな僕だから折れることもあるかもしれないけど、フジやセンに助けてもらって見つけるから」
ナツの目はしっかりとユキを見ていた。ユキは少しだけ、ほんの少しだけ眉を寄せた。そしてただ笑った。
それがもう無理なんだと、取り戻せないんだと、ユキは真実を言うのを止めたのだ。あくまでもナツの意見を尊重することに、そちらを優先した。
「楽しみにしてるね」
──そう、ユキはナツ達を罪の意識に縛ることにしたんだ。
似てるな、とシロヒは思った。レオに縋るクロと、それを知っていて何も言わないレオ。
彼らの関係は縄目のように力強くて、周りが解いて楽にしてあげようにも、もう手遅れなまでにキツくなってる。そうなる前に2人が気付いて距離を置けば、また違うものになっていたかも知れない。
もう戻せないと知っているユキ、ユキの左目を奪った罪悪感を背負って生きていくナツ。2人はどうなるのだろうか。─でも、きっと...。
──他人の俺じゃあ、どうしようもないことだ。
「ナツ、もうそろそろ...」
「...うん、じゃあね。ユキ」
「ユキ、また手紙でも送ってよ」
「うん、そうさせてもらうよ」
「...シロヒさん、ありがとうございました。ユキのこと、お願いします」
ナツはそう言って、シロヒへ一礼して外へ出て行った。センとフジも口々にお礼を言ってくれて、部屋から出て行った。それからユキはポツリと呟いた。
「...私は狡い奴だよ」
「...ユキ」
「分かってるのにさ、それを知らないふりして頼んで。...彼らが私のことを気に留めてくれることが嬉しいから...」
ユキが苦々しげに笑った。─いや、どこか自分を嘲笑っているようにも見える。
「あんなにクロくんに言った所で、結局私も同じなんだよ」
「ユキ、そんなこと」
「ありがとう!シロヒくん!...元気出たよ」
ユキはにっと口角を上げて、笑った。
「落ち込んでばかりはいられない。向き合わなくちゃ...いけないよね!」
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