第23話 蒼雨が降る心
「そんなことしなくてもいいのに」
「一応だってば!心配なんだもん」
「ナツは心配性だなぁ」
「何?センは僕に殴られたいの?」
「ゴメンナサイ」
「ほら、じゃあ言っていこうよ」
「僕からね。僕は夏目、夏目青葉」
「俺は藤谷南だよ」
「千石秀」
「私は、ユウキ。雪城有希」
「へー、皆いい呪だなぁ」
「そう?私はなんか男の子っぽい名前で好きじゃ無いんだよなぁ」
「そう?ユキに似合う名前だと思うけど」
「あ!フジがユキを口説いてるっ!」
「くど...っ!?口説いてないよっ!てかそんな言葉いつ覚えたんだよっ!」
「前に王宮に吟遊詩人のお兄さんが来た時。違うの?」
「ち、違うよっ!」
「えー、違うのー?」
「へ、ええと...?」
「「「ふふ、あははははは!!」」」
◆◇◆◇◆◇
「ユキっ!」
「早く来いよ!」
「うん、今行くよ」
ユキは王宮に仕える御三家の1つである雪城家の娘として生まれた。それなりに裕福な暮らしをしていたと思う。ナツ、フジ、センは所謂幼馴染みだった。毎日、とは言えないがよく庭で遊んでたことはユキの色褪せない楽しかった思い出の1つだ。写真も撮ってもらった事もある。
だが、ユキにとっては遊び終わった後が地獄ではあったんだが。
ユキの家には父と兄がいた。母親は父の研究に耐えきれなくなり、ユキを産んだと同時に家から逃げたらしい。それもあってなのか、父はとても熱心に研究に打ち込んでいた。一方、兄は〈鬼神種〉と呼ばれる雪城家特有の血を引いていた。ユキは母親に似たようでそんなものは何一つ持ってなかった。
したがってよく蔑まれていたのはユキの記憶の大半を占めてる。楽しい家族の思い出なんか、無い。
それを埋めたかったのかもしれない。本当に彼らとはよく遊んだ。
だが、その日は唐突にやって来た。いつものように遊びに行く支度をしていたユキの身体を父が引き止めてきたのだ。
「...父さん?」
「今日からナツくん達には会うな」
「っ!?」
意味が分からなかった。
「...分からないって顔をしてるな。簡単だ。雪城家の尊い研究に、お前が選ばれたからだ。有難いと思えよ?私達がその血液型で〈鬼神種〉の力を持たないままで産まれたお前に、存在意義をくれてやるんだからな」
「嬉しくなんかないっ!私は皆と、っあっ!!」
パンッと頬を叩かれた。痛みがじわじわと頬から伝わってくる。でも泣かずに、ギッとユキは父を睨んだ。
「なんだその目は。...今更もう遅い。来いっ!」
「やだっ!離してっ!」
父の手を振りほどこうとしても、無理だ。子どもの手じゃ、子どもの力じゃ大人には勝てない。
「ここにいろっ!」
「っ!」
ガチャンと牢の扉を締められた。冷たい石の感触がユキの頬から這ってくる。
「......ナツくん、フジくん、センくん......」
3人の笑顔が脳裏に浮かんで、消えて。涙がこみ上げてきて、苦しくて。
沢山零れた。止まらなかった。
その日から、ユキは薬を飲まされて注射を打たれて、痛くて辛くて悲しかった。
牢屋の中で1人で寝て、寒くて寒くて。しかし誰にも相談なんて出来るわけもなく。会いたいのに...、会えないことがユキにとっては何より辛かった。
それに、これに耐えたらちゃんと愛してくれると思った。「よく頑張った」って褒めてくれて、愛されるとユキは思っていた。
黒かった髪の毛が瞳と同じ蒼い色になったのはいつからなのだろう。頭の中で男の人の声がし出したのはいつからなのだろう。分からない。
その事は父には内緒にした。言ったらまた何かをされるんじゃないか。そう思ったからだ。
そして、唐突にやって来た。
どのくらい日が経ったのだろう。1年は経ってないとは分かる。そんな取り留めのない考えを寝そべって巡らせていた。やけに外がうるさい。何故だろうか。ナツが逃げ出したなのだろうか。
「起きなさい、起きなさい!」
その時だった。突然男の人の声がし、ユキは起き上がる。その人はここに似つかわしくない格好をしていた。
ユキはこの人物を知っている。...ナツの父だ。
「へ....」
「良かった...、起きていたのか」
ナツの父がカチャカチャと牢屋の扉をいじると、牢が開いた。ナツの父はユキの元にやって来た。
「...どうしたんですか?」
ユキがそう疑問を口にするのと、ナツの父がユキの身体を抱きしめたのは同じだった。
「済まないな、今まで気付いてあげられなくて。もっと、早くにあの研究に気付いていれば...、こんな所に君は入れられなかったし、そんな事には...」
「...っ」
そうか。この人は知ったんだ。父の研究のことを。ユキがここに軟禁されていることも。
「...ユキくん、ここから出なさい」
「で、でもここから父さんに見つからずに出るなんて...無理ですよ」
「...いや、可能だ。ここはねキリングと呼ばれる雪城家の人が脱出路を作った特別な牢なんだ。確か...ここら辺をっと」
ナツの父が柱の近くの石畳の1つを持ち上げると、穴が現れた。大人が通れるくらい広めの大きな穴だ。
「ここから逃げなさい」
「でも!」
「いいから早く、君のお父さんには言っておくから」
彼は優しく、ユキに笑いかけてくれた。
「生きなさい」
「...ありがとうございます」
ユキは一礼して、その穴に潜った。そこは大きめの余裕がわりとある洞穴だった。進むべき道へ。ユキは這っていった。
ユキがあの抜け穴から抜け出し、まず目にしたものは大量の本と資料。武器を磨く為のスペース、寝るスペースもあった。
『おお、俺のアジトじゃねぇか』
内側の声がまた響いた。大分ユキも順応してきたのか、その声に違和感を感じなくなっていた。
ここが、キリング=ジャックのアジト。研究職から離れた殺人鬼の家。
『ここに入るには雪城家の血が必要だ。つまり、今入れるのはお前だけってことさ』
「この資料の山は?」
『俺も一応とはいえ雪城家の人間だぜ?少しばかり研究もしていた。まぁ、殺しに関わることばかりだけどな』
資料を1つ手に取る。とても精巧な人体が描かれていた。この人は絵が上手だったようだ。文字らしい文字は見当たらない。
「文字は?」
『読めはするが、あまり書けない。自分の名前くらいだな』
「...そうなんだ」
『で、これからどうする?』
これから、か。
とりあえずもう王宮には帰れないだろう。ナツの父も「来るな」と言っていた。と、するとここで過ごすしか方法が無さそうだ。そう考えると、悲しくなった。
「でも生きなきゃ」
もう一度、3人に会うために。そして、ナツの父が生かしてくれた、この命を無駄にしないために。
「...外に出てみよう」
埃を払いながら、扉を開けた。辺りはガレキや草で覆われていて、ほぼ半壊している建物が多い。こんな場所にこの人はいたのか。
「おい」
「っ!」
突然、声をかけられた。
そこにいたのはユキ2人分くらいの長身の男。腰には宮兵の人達が持っていたような剣を携えていた。髪色は黒。同じくらいに目も黒い。じっとユキを見ている。
「...1人か?」
「へ、あ......はい」
ユキがこくこくと頷くと「そうか」とその人は言った。
「...〈鬼狩り〉ではぐれたのか?」
〈鬼狩り〉?
それが何なのかユキには分からなかった。ずっと地下牢に入れられていたから、外の事情なんて知らなかったのだ。ナツの父の新しい政策なのかもしれない。
「え、と...そうです」
「そうか...。〈鬼狩り〉のせいで随分人生狂わされた人間もいるが、お前もか」
何かを考えるように、男はユキの瞳を覗き込んできた。
「...なぁ小娘。お前さ、人殺しになれるか?」
「え?」
「無理なら無理と言ってくれ。...俺は"Knight Killers"の〈蒼月の弓矢〉の人間だ」
"Knight Killers"。それを知らない人はいないだろう。さらにユキは本を読んでもっと詳しく知っていた。どんな職業なのか、どうして出来たのか、仕組みなども。
「...なったら生きていけますか?」
「そうかもな」
「ならなります。私は、生きていかなくちゃならないから」
〈蒼月の弓矢〉に引き取られたユキは、そこで彼らのサポート役として生活していた。ここはユキが本で知っていた"Knight Killers"とは違い、殺しだけで生計を立ててはいなかった。元々メンバーの沢山いるチームだったので、沢山の方法で稼いだお金を平等に分けて、それで暮らしてた。
ユキは殺人業のサポート役ではあったのだが。
それと、〈蒼月の弓矢〉で働くようになってから、キリングの声もあまり聞こえなくなっていた。もしかしたら消えてくれたのかも、とユキは喜んだりもした。
毎日が楽しかった。でも、そんなものは虚構に過ぎなかった。
ある日。突然ユキは意識を失ってしまった。そして、再び目が覚めたそこは惨状だった。
「え?」
血に濡れた床。転がってる、見るも無残な死体と化したチームメイト達。親しい人間以外を入れないこのチームに敵は立ち入れない。じゃあ誰が...。いや...。
そうか......。敵じゃない、私が...殺ったんだ。
『やぁ、目が醒めたか?』
どこか含みのある笑い声が聞こえた。聞き間違えることなんてない。...、キリングの声だ。
「貴方の仕業...だよね?」
『もう耐えきれなくてなぁ。これでもわりと頑張った方だぜ?今までずっとずっとずうっと殺したくてたまらない思いを無視してここまで押さえ込んで来たんだぜ?そりゃあ爆発しちまうだろ?...忘れてたとは言わせない』
言えない。ユキはこの鬼を飼い殺していたと思っていただけ。本当はそんな事なんてなかった。あの時から何にも変わってなかったんのだ。
『死ぬか?そうすりゃ俺ともオサラバ...だぜ?』
出来ないことを知っていて、彼はそう言う。
グッと奥歯を噛んで、近くに転がっていたナイフが手を伸ばし、手の甲に突き刺した。元々赤く塗られていた手が、さらに赤くなっていく。
痛みがユキの頭に入ってくる。
『...やめろ。地味にそれ、痛いから』
「...貴方に痛みを与えたかったから」
『へぇ。じゃあユキ、これからどうする?また俺らだけだ』
もう声を無視することにした。フラフラとした足取りのまま、ユキは〈蒼月の弓矢〉を後にした。
「雨だ...」
ザァザァと。傘が無いから、雨に打たれる。足元がフラフラする。目の前が霞む。ユキはぼんやりと考える。お腹が空いたなぁ。それに...辛い。
ユキは意志とは関係無く、手を汚したのだ。誰もずっと殺さなかったから、ユキの中のキリングが耐えきれずに殺ったんだ。
もう無理だ。ユキは倒れてしまった。意識が朦朧としてる。でもこれでいいのかもしれない。何も愛されずにただ、心も身体も痛くてたまらなかった。このまま死んだ方が楽なんじゃないか、と。
「ちょっ!大丈夫?!」
誰かに抱き上げられた。
「意識ある?」
人。人人人人人人人人。赤くなってない、まだ生きてる人だ。
「あ、やぁ...っ!」
拒絶しようと、また殺してしまわないように手を払おうとする。でも力無く、それは彼に受け止められた。
シロヒは手を伸ばしたその手を払われてしまう。どうして払われたのか、分からなかった。
「ごめん、なさい。私は、ひと、怖くて」
彼女はゴチャゴチャとよく分からないことを言っていた。シロヒはその時見逃さなかった。彼女の背中や腕に痛々しい傷跡があること。両親に暴力行為を振られていたのだろうか。
Kみたいに。
「君名前は?その傷は、どうしたの?」
「..."Knight Killers"」
「え」
"Knight Killers"のこと、知っているということは。依頼人ということだろうか。
「こっちに来て、傘入って。雨に濡れるよ」
「...っ濡れていいです」
「そんな訳ないだろ」
グッと彼女を引き寄せて、シロヒは家に帰る。
家に帰ったら、まぁ当然だが、
「...え、何してんのシロヒ」
「そんな奴とは知らんかった」
「シロヒがそんなガツガツした奴だとは」
「違うから!事情は後で説明するから、とりあえず君は風呂に入っておいでよ」
彼女はゆっくりとした足取りで、シロヒが指さした方向に行った。
「シャワー浴びて来いよ、ってこと?ロリコン変態」
「違うんだって!」
「じゃあ早よ説明せぇや」
「帰り道で倒れてたから。それに"Knight Killers"って言ってたし、暴力の跡とかあったし、依頼に来るまでに倒れた人だと思って」
「そういうことね」
Kは納得してくれたようだが、レオとクロはニヤニヤと笑ってる。シロヒは直感する。あ、これネチネチネタにされる奴だ。
「痩せすぎだけど、綺麗な子だったよな、レオさん」
「うん。俺もそう思う」
「だからもう!」
シロヒが必死に抗議するのを尻目に、彼女はそこから出てきた。
「あ、ありがとうございました」
そして、一礼してくれた。
「えと、名前は?」
「ユキです」
「君はここに何をって、まぁシロヒが連れてきたんだけど。それまでは?」
「...私元々別の"Knight Killers"に所属してて、あ、サポート役ですけど。そこで私あの、たまたま外に出ててその時に仲間が襲われて...。皆死んじゃって」
「そっか......」
"Knight Killers"に入っててその傷があるということは、チーム内で喧嘩などをしたのだろうか。女の子相手に酷い事をするな、と剣をは思った。
ユキの声は淡々としているが、その口は震えている。
「...大変やったな」
「...シロヒ、さんでしたか?ありがとうございました。私なんかを助けてくれて」
「あぁ、いや。普通だよ」
面と向かって照れているのか、シロヒは頭を掻いている。
「...ね、これも何かの縁だしさ。僕らの所に来ない?」
「お、マジで?!とうとうサポート役入れんの?」
「...?」
「あー...俺らも"Knight Killers"なんだ。 〈黄昏の夢〉っていうチームなの」
それを聞いてユキは目を丸くした。確かにこんな縁もなかなか無いだろう。
「実力があるなら、ここで発揮できるよ」
「実力...発揮...」
「ここならそれが出来る」
Kはにっと笑った。
「どうしたい?」
「分かりました。受けさせてください、その話」
こうしてユキは〈黄昏の夢〉の仲間になった。
◆◇◆◇◆◇
こうなったから言えるのかもしれない。
きっとクロとユキは似ていると思う。守るべき対象が個人であるか、大勢であるかの違いしかない。歪んでいてそれでいて明確なベクトルは、他人の身体も自分の身体もボロボロにするかもしれない。
それでもいい。
結局、これは自己満足の世界だ。自分勝手なものだ。その人を縛り付けて、自分も縛り付ける。
何が正しいのか。そもそも正しいとは何なのか。答えなんて要らないんだ。
私は皆を守るよ。だって、だってね。
親に見放された時みたいに、また見放されたくない。怖い。誰かに捨てられることが、愛されないことが、周りに誰もいなくなるのが。
嘘も真実も何もかも。塗り潰して、私は私を偽り続ける。
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