第20話 世界が崩れる音がした
ナツは感じ取っていた。最近どうもおかしい、と。
ただしそれは、見た目のおかしさではなくて、中身のおかしさだ。どこか皆、変にナツによそよそしく振る舞っている気がするのだ。─まるで、関わりたくないみたいな。
「気にしすぎじゃないか?」
パチンッとセンが置いたチェスの駒が音を立てた。
今はつかの間の休息。ナツはセンとチェス勝負をしていた。フジは資料の整理だという。
「気にしすぎかなぁ?それでも何となくここ数ヶ月で変わってる気がするんだ。雰囲気がね」
「うーん、特に怪しい話は聞かないけどな。何なら調べようか?」
「...うーん、でもそれをするとさ、周りを信用してないと思わないかな?他の奴等がさ」
そう、この"オウサマ"という地位は兎角、ナツを縛り付ける面倒臭いものだった。何か国民にとって不利益なことが起こってしまえばナツのせい。クーデターでも起きてしまえば、それはナツの政策が悪いのだと罵られる。他人の顔色を常に窺わないといけないんだ。
面倒臭い。
「そう言わないの。お前が頑張らねぇと駄目なんだよ」
「...分かってるし。チェックメイト」
「はっ!?」
「ほら、センの負けだよ」
「く、...くそ」
センは苦々しげに歯噛みをして、どこか逆転出来ないかと模索している。そんなことしても無駄だと毎回言うのだが、センは諦めが悪い。
「2人して何してんの?またチェス?」
フジの呆れたような声が聞こえてきて、顔を上げる。いつの間にか近くにフジがいた。
「なぁフジっ!もう俺勝てないかっ!?」
「あー、...うん無理」
「.......ソウデスカ」
完全に諦めたようで、センはがくんと肩を落とした。
「ねぇ、フジ」
「ん?」
「...最近どうもおかしい気がする。フジはどう思う?」
ナツの言葉にフジは少し複雑そうな顔をした。
「何かある?」
「...少しね。よそよそしい雰囲気があるのは感じてる。それに、目つきが何というか...、前とは違う気がする。昔馴染の人達が最近辞めがちなのも少しね」
「そうだったのかよっ!」
「え?セン知らなかったの?あんなに外交してるくらいだから人の雰囲気には敏感だと思ってたのに」
「...馬鹿にしてるだろ」
「してないしてない!」
フジはブンブンと首を振って否定する。
しかし、ナツの頭の中は既に違う事を考えていた。センは放っておいて、フジも感じているこの雰囲気の変化は何かが起こる予兆と言ってもいいかもしれない。
「ねぇ2人とも」
「「ん?」」
声が重なる。なんだこいつら、仲良しか。ナツは黙っておく。
「僕がこの世の中で信用してるのは、2人だけなんだ」
「急にどうした?」
「だから、出来る限り近くにいて欲しい。仕事がある時はそっちに行ったので構わないから。それ以外は少し...、この雰囲気が消えるまでは護衛についてくれないかな?」
ナツの言葉に2人は顔を見合わせて、でもすぐに頷いた。
「勿論」「一応仕えてるからね」
2人は口々にそう言って笑った。ナツも釣られるように笑う。
これが思い過ごしで、杞憂だといいのだが。
ナツはチェス盤の上にある自陣の黒いキングを取り上げ、元の配置に戻した。
◆◇◆◇◆◇
あれ、あの人は...。
ナツに護衛を頼まれてから数週間後、王宮内にあの人がいた。あの人とは、前にここに関税に関して交渉しに来て、ナツがチェスでボコボコにした貿易商の人。入れた報告は聞いてない気がするんだけど。しかも、あの方向はナツの母がいらっしゃる場所に行くはずだ。
単なる一貿易商の人間が何をしに行くつもりなのだろうか。嫌な予感がした。
「すみません」
その時、その貿易商に偶然通りかかったと思われるセンが話しかけた。センが対応するなら大丈夫だろう。仕事に戻ろうとした瞬間。
「なっ!?」
その時唐突にした焦ったセンの声。フジはそれに「何があったの?」と声をかけようとして、
「動くな」
後頭部に銃口を突きつけられた。
フジには抵抗する手段もないので、ゆっくりと手を上げる。
「...貴方達は一体。それにどうやって拳銃をここに持ち込んだ?」
「気づいてねぇの?お前らは裏切られたのさ」
─裏切り...?そんな、嘘だろっ!?
「来いっ!」
男に銃口を押し当てられたまま、フジは前へと進む。そこにはセンもいた。センは既に手首を縛られていて、フジの方に助けを乞うように目を向けた。
ただフジにもどうすることも出来ない。
「さぁ、来てもらおうか!旧王政の始まりだっ!」
引きずられるようにして、2人は王の間へ連れていかれた。そこには、公務をしているナツがいるはずだ。
しかも2人以外の護衛をつけない彼のことだ。1人でこなしているのだろう。
「失礼します、と言え。向こうが俺達の声で剣を持ったら厄介だからな」
「っ...嫌です」
「お友達が死ぬぞ」
チラリとフジが横目で見ると、首筋にナイフの刃を突きつけられたセンが目に入る。グッと奥歯を噛んで、
「...ナツ、俺だけど」
「んー」
その声を聞いて男達が強引に扉を開けた。
「...どういうこと?」
聴き馴染みのある、ナツの声。顔を上げると、ナツの驚いた顔がフジの目に映る。ナツの顔はすぐに軽蔑するように変わった。
「何か用かな?それと、お前らさっさとその2人を離しなよ」
「まだ分からないのかい?ナツ王。君は裏切られたのさ。...クーデターだよ」
貿易商は低い声で嘲笑うようにそう言った。そして、声高らかに告げる。
「ナツ王の政権を壊し、新たに旧制の政権に交代させてもらう!!」
「「なっ!?」」
フジとセンの声が重なる。ナツは顔を変えず、ただ見下ろしていた。それに苛立ったのか、男の1人が近付き、
「偉そうに睨んでんじゃねぇよっ!」
「ナツっ!」
頬を殴られ、つうっとナツの頬から血が少しだけ流れる。ナツはそれを拭い、ギッと相手を睨む。
「このっ!離せってのっ!!」
フジもセンも何とか逃げ出そうとするが、振り解けない。この国の宮兵はやはり強いらしい。仮にどちらか1人だけが逃げ出せて、ナツを連れていけても、どちらかを置いていくことになる。それをナツが許すか?勿論、否だ。
つまり、八方塞がりの状態だ。
「...痛いんだけど」
その時、ナツがたった一言発した。それだけでスッと辺りの空気が冷えた気がした。
ナツの方に目を向けると、彼の目は笑ってなかった。フジとセンには分かる。彼が完全に...、ブチ切れている。
「誰の陰謀に乗ったかは知らないけどさぁ。僕に牙を剥くってことはさ...、分かってるんだよねぇ?」
ゆるり、とナツはちゃんと真っ直ぐ立ち、相手を見下ろす。物理的にも精神的にも、見下している。
「今ならまだ許してあげるよ?僕を傷つけただけだから。でもフジやセンに傷付けてみなよ。生き地獄をお前らに見せてあげる」
ふわりと、ナツは彼らに笑いかけた。だが、その笑みは人を射抜き殺せるほど鋭く、目の奥は一切笑っていない。
「う、うるさいっ!このッ!!」
「っあっ!?」
「「センっ!」」
「げほっ、だ、大、丈夫っ!」
腹を殴られたセンは少し咳き込みながらそう言う。
「...ふうん。お前らの考えはよく分かった」
「っナツっ!駄目っ!」
「フジ...?」
そう、駄目だ。今の状況は極めて不利だ。
「この人数じゃあナツがやられるよ。...ナツに怪我を負わせたくない」
「...フジ」
「ふんっ!分かってるなぁ」
「っあ」
グッとフジは髪の毛を引っ張られ、無理やり顔をあの貿易商に向けるハメになる。彼はニヤニヤと笑いながら、
「アンタは頭がいいんだな。命乞いをすれば仲間にしてやってもいいぜ?」
「...はは、ご冗談を。俺が一生使えるのはナツだけですよ?」
フジはそう言って、睨みつけた。男は舌打ちすると、フジの頬を引っぱたいてきた。じいんと鈍い痛みが走る。
「連れてけ」
「っ!センっ!フジっ!」
「ナツっ!!」
ナツに向かって伸ばしたい手は、縛られていて伸びることは無い。
そうして、人の波にナツの身体は飲まれていった。
◆◇◆◇◆◇
シロヒは街の様子がおかしいと感じた。どこか慌てているような雰囲気が漂っている。
「どうしたんだろう?」
「さぁ?俺らんとこテレビなんて無いからなぁ。何なら俺ちょっと聞いてこようか?シロヒくん、それ選んでてよ」
「あ、ごめんありがとう」
「いいってば!」
クロと街に買い出しに来ていたシロヒは、そう礼を言って、野菜を選んでいく。少しして、
「シロヒくん!」
かなり焦った声のクロが戻って来た。
「どうだって?」
「政権交代だって!ナツさんのお母さんが政権を取ったらしいよ。クーデターだって」
「え?!」
そんな重大な事が知らない間に起こってたのか。これは大変なことになった。
もし、"Knight Killers"に法規制なんかが引かれるようになったら、5人の活動にも制限がかかることになる。
「K達に早く伝えないとな」
「うん」
買い物もそこそこに済ませて、シロヒとクロは帰路に着いた。
「たっだいまーっ!」
「ただいま」
家に着いて玄関を開けると、
「おー、お帰りー」
「お疲れ様ー」
「お帰りなさーい」
3人が口々にそう言った。
「ねぇねぇ!ビックニュースっ!!」
「うるさ、少しは落ち着けや」
「政権交代だって!」
「「「は?」」」
3人の声が見事に綺麗にハモる。そりゃそうなるよな。シロヒはそう思いながら、買ってきたものを片付ける。
「何でもクーデターが起きたらしくて。ナツさんのお母さんが政権を取ったらしいよ」
「...ねぇ、シロヒくん。ナツくん達はどうなの?殺されたとか、幽閉されてるとかさ」
「さぁ、俺はそんな話は聞いてないから死んでないとは思うけど。クロくんどうなの?」
「俺も聞いてないっ!」
クロの言葉を聞いて、ユキはどこか安心したような顔つきになった。
「それがどうしたの?」
「何でもないよっ!ほら、ご飯作ろ?」
ユキはパッと明るい顔をして、キッチンへと早足で歩いて行った。
その時、シロヒは何か違和感を感じていた。それが何であるかを追求しないまま、
「はいはい、作ろうか」
放置してしまったのだ。
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