第19話 I can't stop crying.

 5人はエリーのいる場所へ向かい、エリーはユキを寝かせて、それからシロヒがユキの状態の説明をした。

「んで、あたしのところにこんな時間に来たって訳か」

「す、すみません」

「いいよ。その代わり代金はそれなりに貰うがね」

 エリーがニヤリと笑う。シロヒはそれに礼を言うことしか出来なかった。

「ユキの容態は?」

「健康体ではあるけど、中身がグシャグシャしてるんだろうな。あたしがそれを共有することは出来ないが」

 エリーはベットで寝ているユキを少し撫で、何かを考えるように表情を変えた。

「アイツら、起きてるか?」

「た、多分起きてますよ」

「成程」

 エリーはそれだけ言うと、シロヒと共にユキの病室から出た。そこにはシロヒ以外の3人がいた。エリーが出てくると、Kが開口一番に、

「大丈夫ですか?」

「問題ねぇよ」

 そこでエリーは言葉を区切り、そして、

「お前らに言うことがある」

「え?何っ!?」

「あたしと...ユキのことだ」

「...どういうことですか?」

 エリーは少し、少しだけ複雑そうに顔を歪めたが、すぐに元の無表情に変わり、

「あたしの医術は、雪城家と呼ばれる王家に仕える御三家の一つに入ってた時に身につけたんだ。雪城家は御三家の中でも、医療や人体研究を取り扱ってたんだ。...ユキは覚えてないだろうけど、あの子とあたしは少し面識がある」

 エリーは懐かしそうに目を細めた。

「雪城家当主のユキの父親の研究テーマは、人体強化方法だったんだ。どういう事をすれば普通の人が...〈鬼神種〉に相当する力を手に入れられるか」

「っ!.......そんな事を」

 レオが苦々しそうに顔を歪めた。レオがこういった類いの力の異質さをよく知ってるからだろう。

「...その話から推測すると、ユキの身体は〈鬼神種〉になってるってこと?」

「いや、多分違うだろう。ユキは〈鬼神種〉の力は得てない。表向きは人体研究をしていたのかも知れないが、裏では何か違う事をしていて...、ユキを使っていたとかな」

「そんな...」

 エリーにそう言っても、彼らはユキのことは何にも分かってない。彼らは必要以上に相手の過去に踏み込もうとしないからだ。だから、否定も肯定も何にも出来ない。

「ユキは...俺らを殺すんですか?いつか...」

「さぁな。本人も分かってないんだろ。だから何も言わない」

 ナイフで自らを傷付け、痛みでその気持ちを押し殺す。

 どういう気持ちで、ずっと明るく笑いかけてくれてたんだろうか。辛い事も、痛みも飲み込んで。強がっている彼女に...気付けなかった事に、シロヒは奥歯を噛み締めた。

「...どうしたらいいかな、ユキ」

「まぁ、理性で抑えられているなら多分大丈夫だろう」

「あの!エリーさん!...ユキの...治せますか?」

「ユキを治せるかどうか?」

「はい」

「なんだお前、好きなのかよ?」

「違いますよっ!...そのユキが前に衝動を起こした時に、それが収まった後で...、またいつかこういうことをしたら仲間である俺達に殺して欲しいと」

 エリーは興味深そうに「へぇ」と相槌を打った。

「だから、その...」

「...まぁ、あたしは薬をあんまり作れねぇし、精神的なアレもさっぱり分からねぇ。だからあたしに頼まれてもなぁ」

「そう、ですか」

「あぁ」

 そこでエリーはフッと息を吐いて、

「だが、少なくとも...お前らが支えになってやれよ」

「っ!...はいっ」

「よし。じゃ、あたしは寝るからお前らで好きなようにしてろ」

 エリーはヒラリと手を振って、自室らしき場所に入っていった。

「部屋、入ってる?」

「そ、やな」

「うん」

 全員の意見の一致の元、4人はユキの病室に入る。スースーと穏やかな寝息を立てて、ユキは気持ち良さそうに眠ってた。とても、先程までシロヒの首を絞めようとしていた人間には思えない。

「まさか、そんなことだったなんてね」

「単なる病気やなくて、仕組まれたもんやったとはなぁ」

「本当に...」

「...みんな?」

 そこでユキが目を覚ましたらしく、声を発した。ユキはキョロキョロと視線を動かし、シロヒに目を合わせたかと思うと、ハッとした顔になった。自分のしてしまったことを思い出したからだろう。

「...シロヒくん、ごめん。皆も...ごめん」

 グッとユキは顔を歪めながら起き上がった。

「寝てていいって」

「んん....大丈夫だから」

「...なぁ」

 クロが口を開く。けれど、何と言うか決めてなかったのか、少しわたわたして、

「無事で良かった...」

 クロはユキの頭をクシャクシャと掻き撫でた。

「...ねぇユキ」

「ん?」

「...僕ら、エリーさんからユキのこと、ちょっと聞いたんだ。本当はユキの口から聞くべき何だろうけど、それをまずは...ごめん」

 Kが頭を下げた。レオやクロ、シロヒも驚いた。彼がそんな話をするなんて言っていなかったし、言うつもりも無いと思っていたからだ。

「いいよ...。いつか、いつかバレると思ってたし」

 クスリとユキは微笑んだ。

「で、その、あのさ。...辛い時とか苦しい時とか...笑わないで。僕らに頼って欲しいんだ」

 Kの言葉を聞いて、ユキは目を丸くして笑みを止めた。

「そりゃあ、頼るのって急には難しいけどさ。僕らだって、ユキを支えられるよ?...だからさ、1人で抱え込まないでよ。辛かったから言って。...大丈夫、幻滅なんてしないし、耐えられるよ」

「うん、そうだな、ユキ」

「ユキの泣いたとこ、見たことない」

「それに、辛い事ない人間なんていねぇよ」

「...みんな...っ」

 グッとユキが奥歯を噛んだのを見た。そしてポタリと、小さな涙が彼女の手の平に落ちた。

「...っ、こわ、い...」

「うん...っ」



「シロヒくん、こわし、...かけ、て...。そんな、自分...嫌で...っ、たまらなくて!...でも、治らなくて...っ」



 怖い。それがユキの本心だった。



「...大丈夫、治る方法きっとあるって」

「ある、かなぁ...っ?怖い...っこわ、いよぉ...っ」

 ポロポロと、今までの想いを零すようにユキは涙を流し続けた。

「大丈夫だよ、治るから」

「そうそう!」


「俺達で、見つけてみせるよ」

「.......あり、がとう」


 ユキがエリーの場所から退院してから数週間後、薬品関連の本に目を通していた時だった。

「ねぇ、レオさん。私についてきて欲しいの。だめ、かな?」

 そう言われた。

 ユキにそうやって頼まれるのは仕事以外では全然無かっただけに、レオはその申し出はとても驚いた。

「ええけど、どこまで?」

「〈霧の森〉まで」

〈霧の森〉と聞いて、前にKと行ったことを思い出す。廃れたボロボロの廃村と化しているあの場所に一体何の用事があるのか。

「ん?レオさん、ユキとどっか行くの?俺もついていこうか?」

「クロくんはだめー。...秘密だからね」

 ユキはクロにそう言って、レオの手を引いて家から出て、〈霧の森〉へと向かう。

「ホンマにどこに」

「まぁまぁ、お楽しみだよ!」

 ユキに手を引かれるまま、〈霧の森〉の半壊した建物へとレオとユキは辿り着いた。

 ユキはそこでナイフを取り出し、おもむろに自身の革手袋で隠れていない手の甲部分を切りつけた。

「ユキっ!?」

「いてて...、まぁ見ててよ」

 ユキがその血液をひん曲がった扉のドアノブに垂らすと、カチリと音が鳴った。ユキはドアノブを回して開いたのを確認して、止血をした。そして、扉を開けた。

 まず鼻先に本独特の匂いが掠める。そして、目の前に大量の本と暗闇の中にある本棚が見えた。

「入ってよ」

「お、おぉ...」

 入ってすぐの階段を降り、少し下がった床に足を下ろす。まさか、ボロボロの建物の中身がこんな風になっているとは、レオは目を丸くする。恐らく、説明されない限り誰も気付かないだろう。

「ここは...」

「どう?凄くないかな?」

「ようこそ、レオさん。ここは私の先祖の研究室なの。ここで昔に人体研究が行なわれてた」

「...それは」

「エリーさんからもう聞いてるかな?私の家はね...、時々〈鬼神種〉が生まれる血筋だったの。父は...最初の〈鬼狩り〉で、兄もそれに続いて...」

「それって!?」

 レオは過去の記憶はない。推測になるが、恐らく両親のどちらかが〈鬼神種〉でその血を受け継いでいるはずだと思っている。そして今ユキの発した言葉。ということは、ユキも〈鬼神種〉の一種で、それで人格を2つ持っているのだろうか。しかしそうすると、レオみたいに傷が早く治らないことの説明がつかない。

「...私にはその血が継げてないの。兄さんが全部持っていっちゃったからかもね」

 ユキはパラパラと机の上に置かれた紙をめくる。

 それにしても、この場所は圧巻だ。所狭しと本が置かれ、あちらこちらにユキの先祖の人の手記らしきものが置かれている。そして、血だまりの後が...、少し見える。

「で、どうして俺をここに?」

「レオさんの役に立つかなって。知りたいでしょ?〈鬼神種〉のことを深く...さ?ここに入るには、暗号ロックの代わりに私の血液が必要になるけど、レオさんのためならいいよ。好きに使っていいから」


「...ユキ、お前何モンや」

 乾いた笑い声に混じえたレオの冗談に、ユキはクスリと微笑んだ。

「勿論、"Knight Killers"の〈黄昏の夢〉のユキだよ」

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