第18話 私は貴方を殺す刃でありたい
一方のレオとシロヒ達もまた、資料を探していた。
「ここら辺かな?」
「チッ...。木の葉を隠すなら森の中...か」
レオとシロヒの目の前には散らかった書類の山が所狭しと積まれている。レオにはどれが何だかさっぱり分からない。
「地道に探すしか無さそうだね」
「はぁ...」
「面倒臭がらないでよ。一応仕事だからさ」
「...はいはい」
シロヒは真面目な青年だ。もしレオなら全部燃やすか、切り刻んで無かったことにするかもしれない。
こんな大量の紙の中から必要なものを取り出すとは...。
全員でやれば何とかなるかもしれないが、この人数じゃあ厳しいものがある。
それに今は時間も大切だ。他の3人の護衛も視野に入れてここから探さないといけない。
「てか、本当にここにあるん?」
「持ち出しては無いんじゃないかな。そういう話は聞いてないし」
「はいはい」
「返事は1回だけ!」
「...はーい」
とにかく今は探すことに専念するか。
遠くの山に手を伸ばした時だった。シュッと風が頬を撫で、一気に風が下から上へと吹き上げてきた。素早くレオが身を引くと、そこから割れて白い風が吹き上げた。
指先と前髪を少し斬っただけで、自身の首まで持ってかれることは無かった。パサリと帽子が床に落ちる。
「レオさっ」
「っ......っ!崩れるっ!!」
ガラガラと音を立てて、向こう側にも積まれていた資料と共に、建物が崩れていく。レオは帽子を素早く取り上げ、シロヒとそこから離れた。建物が崩れて、青空が建物の中なのに見えている。
「レオさんっ!大丈夫っ!?」
「ん...、大丈夫.........」
指先の血を舐めとって、2人は崩れた場所から下を覗く。崩れたのは3階から。つまり、2階から何らかの衝撃があったに違いない。クロが危ないとはすぐに分かった。
「...資料は?」
「もう分かんないよ。全部瓦礫の下だ。...どう説明したもんか」
「ここら辺を調べてなかった時か...。確かにどうしよか」
レオは落ちた帽子を取ってかぶりながら、シロヒに訊ねる。彼は小さく呟いた。
「...一体下で何があったんだ?」
フラフラと、クロは男を殺した部屋から出た。そこでばったりKとユキに出会えた。
「! クロくん?!」
「...Kくん、ユキ」
クロが額の汗を拭った。2人は彼の手に握られている剣を見た。その手に握られている長剣は、クロの物では無いし、血の一つも付着していない。しかし、彼らの目の端には、真っ二つに裂けた血だらけの男の姿が見える。こんな壮絶な自殺は有り得ないのはすぐ分かる。恐らく、確実にクロが殺ったのだろう。
それはそうだとして、さっきの白い風みたいなので...?でもあれは一体...?Kは眉を寄せる。
「...はー」
クロがユラユラと近づいて来て、Kの肩に頭を置いてもたれかかって来た。疲れているようで、息が深くて重い。
「...クロくん?」
クロがこうやってレオ以外にしてるのは、珍しい事だった。ユキもKと同じような事を思い、不思議そうにしてる。
「疲れた」
「へ...、あ、うん」
「クロくん?」
「...ね、他の2人は?無事?俺さ、今身体が鉛見てぇに重いや」
「ね、ここで何があったの?クロくん、さっきの白い風...、あれクロくんが起こしたの?」
Kの質問にクロは少し黙って、口を開いた。
「それ、多分俺のせい。あそこで倒れてる人と一騎打ちして、それでこうなって」
クロはそう気怠げに言って、一気に体重をKにかけてきた。
「...クロくん?」
「寝てる」
「え」
よくよく耳を澄ませると、クロの吐息が寝息に変わってるのが分かった。...もたれかかってるとはいえ、立って寝るなんて...、器用な人間だ。
「とりあえず寝かせてあげよう。Kくんもそのままじゃ辛いでしょ?」
「うん」
ユキに手伝ってもらい、クロを近くにあった瓦礫に寝かせる。よくよく見ると、クロは至る所に怪我していた。右肩は特に酷い。かなり大変だったのが窺える。
「...どうする?」
「んー、僕は2人探してくるから、ユキはここでクロくんをお願い」
「了解ー」
ユキにクロを任せて、Kはレオとシロヒを探しに出た。
2人、落ちてないといいけど。3階に行こう。Kはそう考えながら階段を上って、すぐ曲がったところで、
「おい!大丈夫かっ!」
「レオさん、シロヒっ!」
2人の声が聞こえて来たので、その方にKは向かう。
「少し怪我してるか...。...ユキとクロくんは?」
「ユキがクロくんを診てる。僕は2人を探しに...。でも良かった、すぐ見つかって」
Kがホッと安堵するのと同時に、レオは逆に血相を変えた。
「く、クロ...っ!どうしたんっ!?」
「お、落ち着いてっ!疲れて寝てるだけだから!」
それを聞いて、レオは「そ、そか...」と呟いた。やはり2人は仲良しだから他のメンバーよりも心配しがちなのかもしれない。
「...な、あの白い風みたいなの、見たよな?」
「あ、2人も見てるんだ。あれ、クロくんがやったらしいよ。戦ってる最中で」
「は?」
「偶然の産物とは言ってたけど」
Kの説明にレオとシロヒは首を傾げる。とりあえずクロから2人に説明した方が早いだろう。説明をする羽目になっているKも、まだ良く分かっていないので、ふわふわした説明になってしまうからだ。
「とにかく下に来て、そこにいるから」
「ん、了解」
クロはひんやりとした冷たい感触にゆっくり目を開けた。
「あ、おはよ」
ユキがクロの額に手を伸ばしていて、そこから冷たい感覚が伝わってくる。
「...何?どういう状況?」
「クロくん、Kくんにもたれかかったまんま寝ちゃったから、ここで寝かせようって。で、私はクロくんの面倒を見てて、Kくんが2人を探しに行ったの。...ちょっと遅いから入れ違えになってるかな?」
「そ...か、悪ぃ」
「いーよ、大丈夫」
ケラケラとユキは楽しげに笑って、額から手を離した。
「ユキ、手ぇ冷てぇのな」
「あー、冷え性だからかな?...んー、おかしいな、私は革手袋してんだけど、クロくん体温高いんじゃない?」
「......大丈夫だ、熱ねぇよ」
「私、エリーさんの所連れてくって言ってないよ?」
うるせぇ。前に熱出した時、問答無用でエリーさんの所に連れてって注射打たせたくせに。忘れないからな、あの恐怖。クロはギッとユキを睨む。
...にしても、
「今回はマジで死ぬかと思った」
「ふぅん、そうなんだ。本当に大変だったんだね」
「あれは強過ぎるよ。それにああいう武器使ったことのない人間に、情けも容赦も無ぇの。...でもレオさんの為に使う命を、ここで使うわけにはいかねぇって思ったから、あれ出来たんだよな。で、生きてる」
...レオという存在は、クロにとってはカミサマみたいなものだった。いつでもクロという存在を救ってくれる、あの日からずっとそうだ。祈っても助けてくれなかった神様とは、全然違う。
「凄い人だよ」
「そっか。...クロくんにとってレオさんは命を賭ける存在なんだね」
「うん、そうだな」
「...そか」
ユキの笑みは曖昧で、微笑んでいるようにもクロへ同情しているようにも見えた。
結局あの後資料は見つけられなかった。依頼内容と異なるからと、シロヒが取り計らったので、〈黄昏の夢〉への報酬は少し減ってしまった。
しかし、こちらにも落ち度はあるので、誰も文句を言わず家路に着いた。
ユキはグッと背伸びをして、部屋へ戻った。
疲れたなぁ。しかも、クロくんが危なかったし。
帰ってきた部屋の中、ユキはまたグッと背伸びをする。今はもう深夜帯。他のメンバーも寝ていたり、武器の手入れだったりとかに時間を使っている頃合いくらいだろう。とりあえず寝ようか、とユキは思った。神経使ったし、眠いし。
『今日はつまらなかったな』
「っ!」
突然、声が頭の中に響いてきた。ユキの中に巣食っている、もうこの世には存在していないはずの人間の声。
冷静に、冷静に。また身体を取られてしまう。それは、彼らの命を危険に晒すということだ。
「...何?『起きてる』の?」
『そうだな。おい、本当にアレでお前は満足してるのか?』
「満足?とにかく死人があまり出なかったのはいい事だと思ってるけど?」
『俺は良くねぇよ。殺り足りない。...前みたいにさ、ここの奴等を殺してもいいだろ?』
「っ!だ、だめっ!!あの人達は殺させないから」
『拠点にするところがあればいいんだろう?それなら、代わりはいくらでもいるだろ?いいじゃねぇか。前は...、あっさり奪われてくれたのによ』
彼がそう言った時だった。全身に激痛が走り、意識が消えかける。
なんとか保つも、ユキの目の前には、あの顔がちらつく。
最悪だ。そう思った時にはもう、
「ふぃー....」
風呂上がりで濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、背伸びをする。程よい疲れがシロヒの身体中を駆け回る。
その時だった。ユキの部屋から怒声に近い声が聞こえた。シロヒは不思議に思い、
「ユキー、入るよ?」
扉を開けた時だった。急に部屋の中に引き込まれて、シロヒは床に押し付けられる。
「っ!?」
慌てて素早く起き上がろうとするも、起き上がれない。ユキの力で押さえつけられているとは思えない強さだ。
髪の毛に隠れていたユキの瞳が見える。
ユキの瞳がギラついている。狂気的とはまさにこういう事だろう。窓から入る月明かりに照らされ、蒼い髪の毛が神秘的な光を灯す。
「ユキ...っ!」
「どうして...、いつもいつもっ!貴方は...っ!」
目はシロヒを見てるけど、中身はシロヒを見てない。別のなにかに目を向けている。首にかけられた手がグッと、またシロヒの首に力を入れてきた。
「私も...耐えてるんだ...。暴力も注射も、貴方の声も...っ!何で...、何で何で何で何で何で何で何で」
つうっと、
「...っ!?」
ユキの左目から一筋の涙が零れていた。苦しそうに辛そうに彼女の表情が歪んでいる。
「私は...、『愛してる』って......、言われたかった、だけ、なのに...」
「っ......!」
ヤバい、意識が...。
その時。シロヒの足がユキのベットの近くにある丸机を倒し、派手な音が鳴った。
「もー...何かあっ、っ!?!ユキっ!!」
その音に気付いたKがユキの部屋へやって来た。助かった、とシロヒは安堵した。
「ユキっ!」
「..................あ」
パッとユキの目が変わった。いつもの、明るく気さくなユキの瞳だ。
「げほ、けほけほっ、...さんきゅー」
「ん」
「...わ、たし、...っ、シロヒくっ」
「ユキ、落ち着いて」
取り乱しているユキの肩を掴んで、シロヒは落ち着かせる。
「ご、ごめんなさいごめんなさい......っ」
「大丈夫だから......っと」
ユキの肩から力が抜けたのが分かる。どうやら気を失ってしまったらしい。シロヒは軽いユキを抱き上げた。
「シロヒ...?」
「エリーさんのとこ、連れてく」
「おい、何かあったんか?」
「ふわぁぁ...」
神妙な面持ちのレオと、目の下を擦っているクロがそこにいた。2人はユキがぐったりしているのを見て、
「ちょっ、大丈夫なんかっ!?」
「エリーさんのとこ行くのかっ!?!」
アワアワと慌て出す。何だこの人達、面白い。シロヒのそう思ったが何も言わなかった。
「落ち着いて2人とも。ユキ、またなっちゃったから、一応エリーさんのとこに連れてくの」
「「あ、そう」」
2人はそれを聞いて一安心したように息をついた。
「行こうか」
「うん」
「俺らも行く」
「そうそう!」
やっぱそうなるよな。
シロヒは仲間の温かさを隠すように、肩をすくめた。
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