第16話 想いを背負うアンプロンプチュ

「ここの資料やないなぁ」

 バサバサとレオは資料の束を出して、そこら辺に散らかしていく。その数枚がレオの下にいる男の顔に当たるが、男は起きない。そりゃあそうだ。クロがナイフの柄で殴って気絶させたのだから。

 今回の依頼は、とある資料を廃棄すること。何の資料か説明されたのだが、クロはいつものように覚えきれなかったので、レオについていっている。ここにあるという事は分かってるが、クロ自身は役に立てない。

 とりあえず、襲いかかってくる意志のある人間から、意識を奪うことに専念していた。

 今は、クロはレオと、シロヒとKとユキとでまた二手に分かれてるらしい。

「ここには無さそう?」

「...あぁ。次の部屋に行こか」

 2人でそう話し合い、部屋から丁度出た所だった。

「見つかったー?」

「いや、そっちは?」

「全然だった、それらしいもんは無かったよ。ユキは?」

「私も同じく。ま、でも4階まである訳だし、こればっかりは全部を探さないとね」

「そうだな、行こ」

 クロとレオは階段を上って2階へ行った。2階は1階とは違い、人の気配が一切無い。

「1階にいた人間がここの人間全員だったのか?」

「まっさかぁ!重要資料って言ってたし、そんなハズは無いと思うけど...」

「とりあえずまた分かれて探そうよ」

「そうやな。チームはさっきと同じでええか?」

「そうだね」

「じゃあ俺らはこっちに行くから、レオさん達は反対側からお願い」

「分かった」

「じゃね!」

 3人はさっさと歩いていった。

「じゃ俺らも行こうか。途中で出て来た敵を殴りながらね!」

「...笑顔で言うことやないと思うけど、まぁええか」

 それから小一時間後、5人は落ち合った。誰の手にも何も握られてない。何も無かったようだ。

「無いなぁ」

「また上の階ー?疲れるなぁ」

「...本当に下の階にいた人達で全員なのかな?誰かいたりとか」

「隠れてるってこと?」

「にしては物音が無さすぎるしな」

「だなー」

 5人でそう作戦を立てていると、クロが顔を上げる。そしてある1点を、この階の1室を睨む。しかもクロはナイフを素早く手に持って、そこを睨む。パッと分からないが、彼の行動から事の大きさが分かる。

「どうし、」

 Kがそう訊こうとした時、クロが睨んでいた所から長剣を持った男が現れた。クロはそれをナイフで受け止め、衝撃が逃げきら無かったようで、背後にあった部屋に突っ込んだ。

「クロっ!?」

「っ! レオさん追わないでっ!急いで3階へ行こうっ!」

「っ?!何でっ」

 そうだ。仲間が目の前で襲われたのに、この対応はおかしいとKも思う。でも、シロヒの顔は真面目だ。

「クロくんを助けてここから逃げたとしても、あの人を防ぎながら行くのは厳しい!しかもそんな中で資料を詳しく探すのは無理だ。行くしかないよ、クロくんを信じて。....俺らは無駄な殺しはしない。そうでしょ?」

 シロヒの言葉に3人は言い返せず、納得するしか無かった。〈黄昏の夢〉の理念とも言えるそれが、こんなにも行動を制限するのか。

「それなら早く行こうっ!私とKくんで4階を見に行こっ!」

 ユキはたっと階段を駆け上がっていく。Kも続く。が、

「っ!?」

「ユキっ!」

 ユキの進行は止まり、投げナイフを思い切りユキが投げた。その方向には1階にいた人数の倍程の人間が待ち構えていた。

「先行け!」

「...K、俺らはここを探すから。2人は4階を頼む」

「...っ分かった、ユキ」

「うん」

 Kとユキは4階へと急ぐ。


 レオとシロヒの方にも敵はいた。

「っ!!」

「シロヒくんっ!」

「大丈夫っ!」

 レオはクロと同じデザインのナイフを右へ左へと振るっていく。血を見たくないからか、それとも殺さないようにすることを念頭に置いてるからか、浅く切っていく。薬品も隙を突いて、節約したいのかちょこちょこっと使っている。

 それにしてもこのコンビは少々まずかったかもしれない。

 レオはナイフを扱えるとはいえ、上手いわけじゃないし血を見せたくない。シロヒの大鎌は大回りになるから、レオに当たる可能性も否定出来ない。つまり、かなりサポート系の人間で組んでしまっていた。

「は、早く殺せっ!あの、悪魔の使いだっ!」

 悪魔の使い?どういう事?悪魔だって俺らを言うのはまだ分かるけど、使いってことは...、誰か別の人がいるのか?

 ここの関係者とは別の。シロヒは冷静に判断する。

「シロヒくん、後ろっ!」

「っ!」

 後ろにいた人間を大鎌の軸の先で突いて押し倒し、気絶した男から長剣を奪い取る。こっちの方が使いやすいだろう。

「...クロくん、無事で」

 そう願いながらシロヒは剣を振るう。


 一方、時少し遡り、

「よく気付いたな」

 男に押されるまま、クロはどこかの部屋に投げ込まれた。素早く起き上がり、男からの反撃に備える。

 他の皆は来ないか、...良かった。今の内に資料を探してもらう方が絶対いい、とクロも思っている。こいつに追いかけられながらは無理だ、 と。直感だが、この人物は強いだろう。

「音が聞こえたんだよ。...鞘から剣を抜いた音がさ。もう少しそういうとこ、敏感になった方がいいんじゃね?」

 そう言うと、男は驚いたようで目を丸くした。それから、僅かに口角を上げた。それは、笑いかけてる笑みだ。馬鹿にされているように感じ、クロはむっと顔を顰める。

「耳がいいんだな」

「耳だけじゃなく、目もいいぜおっさん」

「ははは、そのようだな。ま、本気で殺らせて貰おう。その為に雇われたわけだからな」

 この人も"Knight Killers"なのか。でここに俺らが忍び込む事をここの奴等は知って、護衛としてこの男を雇った...ってことか?面倒くさい奴を雇ったな...。つか、アンタらがちゃんとそれを渡せば『殺される』なーんてドキドキは持たないのにな。

 今更、もう遅いのだが。

「さて、と」

 男はそう言うと、剣を少し振って一気に駆けてきた。クロはナイフで切っ先を反らさせ、もう片方のナイフで男の腹部を浅く切る。ピッと、小さく赤い雫が散るが、浅い。

 致命傷には至ってない。

 が、男の方も負けてない。それよりもクロの強運がここで効力を発揮したのか、予想が当たってしまっていたようで、この人物は強かった。一撃一撃がずっしりと重く、ナイフの刃がボロボロに取れるのではないかと思ってしまう。素早く切り返して切り返して、攻撃のチャンスを伺う。

 クロは避けながら、躱す為に床をよく見てみると、やや白骨化したような死体が隅に転がっている。...もしかしてここは、元々別のなにかが...?

「何に気を取られてるっ!?」

「っ!!っらぁっ!!」

 首元めがけてきた剣を避け、その代償か右肩に刃が滑る。クロは痛みに少し顔を歪めるが、出来る限りそれが軽傷に見えるように、すぐさま何でもないような顔に切り替える。

「やるなぁ...」

 そう言うと、急に男は手に持っていた剣をカランとクロの目の前に転がしてきた。

「これ...」

「それで決着をつけよう」

 どういうことか、と訊く前に男は近くの白骨化した死体から剥ぎ取った剣を抜いて、クロを見ていた。その目はさっきとは違い、真剣にクロを見据えている。

 こりゃあ本気で殺らないと、絶対死ぬな。てか俺、こういう長めの剣、使ったこと無いんだけど。クロは剣を観察しながらそう考える。

 とりあえず男と同じように鞘から出した。キラリと光を浴びて、刀身が白銀に光る。

 男も同じく鞘から剣を抜いていた。そして、刀身の向きを色々変えて、微笑んでいた。

「ふふ、久しぶりに血が唸るわ...」

「...はぁ」

 あのーどう間合いを取ればいいんですかー?シロヒくんならまだ上手く使いこなせそうだけど!俺ド素人だからね?!

 クロがそんな文句を言う暇もなかった。男はスッと間合いを詰めて来たかと思うと、斜めに斬り上げてきた。反射的に刃の部分で防ぐ。ガンッと鈍い音がして、クロの手にビリビリと衝撃が伝ってくる。

 この人...やっぱり力強い。しかもさっきよりもそれが増してる。クロは瞬時に感じ取り、少し下がって間合いを取る。

「ほう...、今のをその剣を折らずに受け止めたか」

「どーも!」

 とにかく少し広めに間合いを取ればいいだろう。普段扱うナイフよりも剣は大きいので、間合いを少し大きめにとるべきだろうと、クロは経験上感じ取っていた。

「っらぁっ!」

 ブンっと剣を振るって、男に斬り掛かる。だが、あっさりと受け流される。

「ちっ!」

「何だ...ド素人か」

「そうだよっ!悪いかよっ!」

 いーっ、と煽るように歯を見せると、男の剣の切っ先がクロの首に向く。

「まぁいい。殺すからな」

 よくねぇよ!

 そんな心からの叫びも無視して、左へ右へと剣がクロの首を掻き切ろうと、彼の首に向かってくる。まだ避けきれる早さだが、これ以上早くなったら確実に殺られると直感する。

 つうっと汗がクロの背筋を伝っていく。...嫌な汗だった。

「...本気で、殺りますか」


 そう、俺が死んだら誰がレオさんを助けるんだよっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る