第13話 思い出と共に眠れない
「クロが起きん」
レオは全員に向かってそう言う。
前回、Kとシロヒが行ったので今日はクロとユキが報酬回収に行く日なのだが、クロがテコでも起きない。ボコボコとは言わないまでも叩き起こそうとしても、全く起きない。
「そっかぁ...、何?撃ち殺す?」
「K、物騒だよ...。やめて」
「んー、でもクロくんが起きるのを待っててもねー。時間も決まっちゃってるからね。私1人で行くよ」
「え、ユキ。俺がついてくで?」
レオがそう言うと、ユキは少し眉を寄せ首を振った。
「大丈夫っ!私1人で行けるって。ナイフも拳銃も持ってくし。それにこの1件だけでしょ?サクッと終わるよ。それに今回は私は家から指示出しただけだし、これくらいはしないとね。クロくんも疲れてるんだよ、しょーがないって」
ユキは外出用の赤銅色のパーカーを着直して、黒いポーチを腰に付けた。
「じゃ、行ってくるね!クロくんには貸一つって言っといてっ!」
「はいはい」
ユキはヒラヒラと手を振って行ってしまった。ふと、Kの方へ目線を移すと、ユキの出ていった玄関ではなく窓を見ていた。
「どうした?」
「...雲多いなって」
窓の外の景色を見る。どんよりとした雲が立ち込めていた。
「......雨が降る前にユキ帰ってくるといいな」
とある喫茶店にユキは依頼を昨日の持ってきた警察の方と待ち合わせていた。先に着いて席に座って少しすると、彼はやって来た。
「やぁ、お久しぶりですね」
「世間話をしてる暇はないんだ。ほらこれで、いいか?」
「はい、確かに」
ユエはふわりと形の良い笑みで笑って、鞄に乱雑に投げられた札束の入った茶封筒を入れる。
「ありがとうございました」
「いえいえ、これが仕事ですから」
「そう言ってくださると」
「ただ一つ、いいですか?」
「はい?」
ユキはずいっと彼に顔を近づけて、笑いかける。
「そうやって欲のままに動くと、周りから誰もいなくなりますよ?一人ぼっち」
その作り込まれた笑顔にぞっとし、びくりと彼は身体を震わせた。
「ふふ、ではまた」
「...あぁ」
ユキは彼に一礼して、その喫茶店を後にした。
これで少しでもあの人が改心するといいんだけど。あ、されたら仕事減っちゃうから駄目なのかな?ま、いっか。ユキは頭の後ろで腕を組む。
それからふと、空を見上げる。どんよりとした空模様だ。雨が降りそうな雰囲気をしていた。
...傘は持ってきていないし早く帰ろう。ユキは足を少し早足にした。
帰り道の少し建物がゴチャゴチャした道。北方向は割とスッキリしているが、この〈霧の森〉近くの道は建物が乱雑に建てられているのか、入り組んでいるのが特徴だ。
ここで気を付けないといけないのは、この建物は大抵空き家で、誰が住処にしているのかも分からない。そして、隠れ蓑にもなるし、スナイパーを置くのにも適した場所。警察でさえここの犯罪は見逃したいと思うほどだ。
典型的な例をそのまま使ってる奴も、今いるようだが。
ガチャリという音が重なる。ユキはナイフを後ろについてきていた女へ、銃口は上から頭を狙っている人間に向けた。
「流石、見込んだだけあるわ」
女は唇を緩ませた。
「何か用ですか?オネーサン?」
ユキはそう言いながら、彼女の特徴を押さえていく。
高く結わえられた燃えるような赤髪に、黒い瞳。...胸もある。いや、気にしてはいないが。
「私はカラス。今貴方を狙ってるのはハトよ」
「鳥の名前ですか。...いい名前ですね」
「どうも、とりあえずそれ、下ろしてくれる?私達、貴方を殺しに来たわけじゃ無いのよ」
...信じた方が良さそう、かな?
ユキはゆっくりと、ナイフと拳銃を元に戻す。
「今日は貴方に話を持ってきたの。ね、私達のチームに入らない?」
「...?」
「私達も"Knight Killers"のチームの一つなの。メンバーは私とハト、ツグミとスズメって子がいるの。全員女よ」
「はぁ」
「どうかしら?」
カラスは小首を傾げて、ユキの目を見る。
「...すみません。私は、」
「〈黄昏の夢〉に入ってるのは知ってるわ。私達はその前の、〈蒼月の弓矢〉に貴方がいた時から狙ってたのよ。まぁ、引き抜こうとしたんだけど、その前にあの事件が起きちゃったからね。しかも、貴方!あの事件があっても生きてるって強運の持ち主でしょう?だからさらに気になってたのよ!」
ぐらり、と。目の前の景色が歪んだ気がした。ドクリドクリと、ユキの耳に心臓の音がうるさく聞こえ始めた。頭の中が、過去を再生し出す。
血に濡れた床、ナイフ、自分自身。そして、仲間達。真っ赤に染まった手の平。それを見たくなくて、手の平を黒の革手袋で覆うことにしたんだ。
ユキは鳥肌を立たせる。
「...どう?」
「......私は、私は〈黄昏の夢〉の人間です。他のチームに入ることも無いし、私はあそこでこそ実力を発揮できてると思ってますから。お話は嬉しいですけど、断らせてください」
ユキは一礼して、さっさとその場から離れようとする。
「それじゃ気を付けて。〈鬼神種〉を抱え込んだ人間は長生き出来ないらしいから」
誰のことを言っているのか、彼女はすぐ分かった。
「お言葉ですけど、それでもいいんです。私は好きであそこにいるんですから」
レオさんのことをよく知らない人が、そんなこと言わないでよ。クロくんもKくんもシロヒくんも皆、彼が大好きなんだから。だから悪く言わないで。
「では」
その時だった。パパパンと繋がって4発、音が聞こえたと同時に、ユキの身体に痛みが駆け抜ける。思わずユキはへたりこんで、痛みの原因に触れる。
ズキリと右腕が痛んだ。
「これで許してあげるわ」
カラスはクスッと笑って去っていった。ユキの右腕が赤く染まっていく。目の前がグルグルと回る、歪む。
あ、私血の量が少ないって...。エリーさんが...、
グッと力を入れて立ち上がり、ふらふらとした足取りでユキは家へ向かう。
早く家に帰らないと。
「...遅いね」
「だなー」
ユキの帰りを待つ4人は心配になり始めていた。彼女は昼間に報酬回収に行って、もうとっくに帰っていてもいい時間帯なのだが、まだ帰っていない。
「...トラブルに巻き込まれた...とか」
「縁起でもないこと言うな」
「そだなー」
ケラケラとクロは笑っているが、心配そうな顔をしている。
「...探しに行こう」
「K」
「いくら何でも遅すぎるよ。何かあったんだよ、きっと。それにユキ傘持っていって無いし」
その時だった。ピピ、ピピとレオの端末が鳴る。レオは冷静に、しかし素早くスピーカーモードにして通話ボタンを押す。
『ごめん、今日帰れないや』
ザァザァと雨音がレオの入ってくる。外にいるのか。
「どこにおるん?俺らが迎えに」
『何処か...分かんない。意識がぼんやりしてて、そしたら違う小道に入ってて。今だから遠回りしてるはず』
「...は?何で」
レオの意見はもっともだった。ユキが少し乾いた笑い声を漏らして、
『右腕、撃たれたから』
撃た......れた?レオの頭の中が真っ白に染まっていく。
「ちょっ、ユキっ!?それ大丈っ!?」
「...切れてる」
「うわぁ...本格的にヤバイやつだ」
「...シロヒ、ここに残って手当ての準備をお願い。クロくん、レオさん、僕と一緒に探しに行こう」
Kの指示に従って、4人は動いていく。
「じゃあ道なりに進んでいくわ」
「俺は少し遠いとこ」
「2人の探さないとこを僕は行くねっ!」
3人は散り散りに走っていった。シロヒもユキの手当てがすぐに出来るように準備をしていく。エリーに少しだけだが習っていて良かったと思った。
ユキの部屋に入り、準備を進めていく。その時、ベットの隅に伏せておいてある写真立てが目に入った。それが気になってシロヒは見てみた。
幼い頃の思い出の1枚だ。どこかの庭で4人の子どもが思い思いのポーズを取っている。とてもキラキラした笑顔、この内のどれかがユキなのだろう。そこで、シロヒは写真に映っている場所に見覚えがあるような気がした。
とりあえず今は手当ての準備を。写真立てを元に戻し、机の上に大量に薬品やら何やらを置いていく。
大丈夫だ。きっと皆が見つけてくれる。
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