第12話 酸いも甘いも噛み砕く
それから5人は十字路から帰ってすぐ、リビングに集まる。今日の出来事を含めた情報を元に、二週間後の依頼の調整をする為だ。
本当の所を言えば、依頼人の所へ行ってどういうことなのか問い詰めるべきなのだろうが。それよりも彼らは依頼を完遂してお金を貰う方の利を取ったのだ。それに今が無事なので良いか、というの理由も少なからずある。
今回の調査によって分かったのは、
「やっぱり長距離が撃てるライフルとかグレネードとか欲しいね」
「成程...。Kはどう思うの?」
「俺はそろそろ買ってええと思うけど」
「えー、でも持ち運びに不便だし、高いし、手入れ面倒臭いし」
「いっつもそれやな」
レオは呆れたように肩を竦め、少し溜息を吐く。
「別に、シロヒのところからでも距離はいけるよ」
「若干、バレた時が危ない。そこ、幅が無くて2人の身体付きならかなりギュウギュウになると思うから。仮に外すことがあった時のリスクを考えると、Kくんは離れてた方がいい」
「外さない」
「100%の可能性が無い」
人間のKが、いつもかつも狙った場所を的確に撃てるロボットでは無いことは自明の理だ。どんなことが起こっても早めの対策が取れるように、リスクは最小限に抑えておきたいと、作戦の大筋を立てる担当であるユキは思う。
「へー、色んなのあんだな!」
「そうそう。あ、そこは戦争とかで使う、俺達からすれば使いにくいものだよ。そこじゃなくて、ここまでの銃までだから」
クロとシロヒは話し合いから抜けて、先日"Knight Killers"の知り合いから貰った銃のカタログを見て話している。このカタログは裏社会にしか出回ってない。
レオはKとユキの引かない張り詰めた雰囲気と、クロとシロヒの読書するような穏やかな雰囲気の差を肌で感じていた。
「へーへー、なぁ、K!これとかどーよ?」
クロが何か"イイモノ"でも見つけたのか、真紅の瞳を輝かせ、カタログの貼ってある写真を指さす。
「見た目カッコイイし、折りたたみ式だって!組み立てて使うんだってよ、楽そうじゃね?値段も貯金分を取んなくても買えるっ!」
「...おぉ、凄いな。これだけの性能でその値段って、逆に大丈夫なんかな?」
「本当馬鹿だね、レオさん!大方、大量生産でコストを下げてるってことでしょ。それに、そういう値にするの、店側だし」
「知っとるわっ!」
レオが頬を膨らませて拗ねる。ユキは苦笑いを浮かべ、
「ごめんごめん」
「うるさい」
「いーじゃん、少しからかってもさぁ」
「良くないっ!」
レオはKに噛み付くように言った。
「とりあえず頼んでみようよ。それにユキの作戦は外れたことないし!」
「んー、シロヒがそういうなら」
カタログでスナイパーライフル銃を頼んで数日後。
「うわぁ!凄いなっ!」
使う側のKではなく、クロが感嘆の感想を漏らした。
「組み立て式やな」
「違ったら商品サギだよ」
まあね、とKは言って組み立て式の方法が書かれた紙を睨むように見ながら、組み立てていく。
そのライフル銃は流石新品、キラキラと黒く光輝いている。Kだからこそテキパキと組み立てられているのかもしれない。
「使えそう?」
「大丈夫。もう少し組み立てにかかる時間を削りたいから触っときたいけど」
「日にちはそんなにないけど、それでいいなら」
「うん」
「おい、クロ。あんま触んな」
「えー...」
クロは残念そうに肩をすくめて、組み立てられた銃から離れた。その姿が子どものように見えて、シロヒは僅かに口元を緩ませた。
「? シロヒくん何笑ろうてんの?」
「あ、クロくんが子どもっぽいなぁって」
「なっ」
「シロヒくん、少し違う」
レオはにっと笑って、それからこう続けた。
「クロはガキやから」
クロがレオへ物凄い勢いで反論したのは、言うまでもない。
Kの元に銃が届いて一週間後、ユキは自室でパソコンをいじっていた。この家には今、ユキしかいない。他の皆は出払っている。
正しく言うならば、目標人物の家に向かって配置に着いてる頃、だろうか。
そんな事を考えていると、ピピッと耳のイヤホンが音を鳴らす。繋いだ相手は、Kだ。
『ユキ...聞こえるか?』
「はい、聞こえるよ」
『僕は所定位置に着いたよ。今組み立て中』
続いて、レオ。
『おーい、ユキ!クロと俺、着いた』
「はいはーい」
最後に、シロヒ。
『こちら、シロヒ。着いたよ』
「了解」
準備は整った。
ユキはゆっくりとヘッドフォンを持ち上げ、耳に当てる。ユキはこの感覚が好きだ。これからやる事を考えると、ゾクゾク背筋が震える。
「それでは、オペレーションを始めます!」
『『『『了解!!』』』』
「少し中のモニタリングをするから待ってね」
ユキはいつもの手つきでプログラムを作動させていく。ピピッという音と共に屋敷全体の見取り図と、金属探知システムによる金属反応の白い丸がその見取り図を動いていく。
それが示す事は、その屋敷にはかなりの人間の数がいるということ。
「うひゃー、結構多いね。100人はいるかもしんない」
『わー、まじかー』
「今回の作戦は、レオさんとクロくんとシロヒくんが侵入して暴れる。それで身を守る為に目標が車に乗り込みに行くと仮定。そこをKくんの狙撃で射殺。...とまぁこんな具合で」
『裏口と表玄関があるけど、どっちから出るとか分かんの?』
「その点はご安心!表玄関の方がいじりやすかったから、表玄関の方を落とす。だから窓から飛び出ない限り裏口から逃げると思う」
『うんうん』
Kの呑気な声が全員に伝わる。こんな時なのに思わず笑顔になりそうな、皆を落ち着かせる声。
「合図は警報音。いい?3人とも殺しちゃダメだからね?」
『分かってるってー』
絶対分かってなさそうなクロからの返答に、ユキは苦笑いを浮かべる。「分かってるの?」と言いたい気持ちを飲み込んで、意識を集中させる。パッと画面が切り替わり、回線が動いていく。キーボード音だけがユキの部屋に響いていく。
あと、もう少しで、始まる。
レオの付けるイヤホンからカチカチカチとキーボード音が鳴り始めてから数秒後、耳が痛いほどの大音量のベルが屋敷中に響き渡っていく。それと同時に窓を割って中に入る。
やっぱりこのベルの音で窓を割る音はかき消されたようだ。誰にも気付かれていない。
次に安全策として、表玄関の方へ薬の小瓶を投げる。それから上に薄めた酸性の液体を垂らしておく。ジュワリと垂れた液がカーペットを僅かに溶かした。どうやらかける薬は誤っていないようだ、とレオは確認した。
その時。ガシャンと派手な音が耳から入る。
すぐに嫌な予感がした。クロだけに音声を繋ぐ。
「おいクロ...、もしかして今入った?」
『お?よく分かったね』
阿呆や、こいつ。バレにくいようにってユキが警報音を鳴らしたの、意味無いやん。
『ね、凄い落としたんだけど何?!』
『俺のとこからもしたぞ!』
『え、何?何かあったの?!』
それからすぐに3人から音声を繋がれ、彼らの戸惑いの声が耳に入ってくる。一方レオはもう、どうにでもなれレベルの境地に達してる。とにかく今は身を隠さないといけない。
『ごめんごめん、俺だわ』
クロが呑気な声で笑いながらそう言う。当然、
『ちょっ?!何やってんの?!!そこいっぱい集まり始めてるよ!レオさん、そっちは?』
「まだ誰も。爆発まではあと1分くらいやな」
『大丈夫ー!殺さなきゃいいんしょ?』
クロの声色はヘラヘラしている。レオは目線を瓶に動かす。しゅーしゅーと音は立っているが、まだ爆発まではいかない。不発してしまった場合のことを考えて、ちゃんと爆発するまでが、レオの担当だ。
一応ユキの方法で塞がれているとはいえ、強引に割って出ていく可能性も捨てられない為だ。
レオは他のメンバーに聞こえないようにしてから、ユキへ繋ぐ。
「ユキ」
『んん?』
「クロの方は、ヤバイ?」
『言ったら行くでしょ?教えないって言ったら?』
ユキの声色に少し笑っているような気がする。いつものことだけど性悪な人間だと、レオは口の中で舌を打つ。
「こっちが終わった後に教えてもろうたんじゃ遅い」
『はいはい。クロくんの方はねぇ、どんどん人が来てる。どんどん動かなくはなってるけど...殺してないよね?これホントに』
ユキの声色は少し引いてる気がするが...、気のせいじゃないよな。絶対。
「分かった、ありがとうな」
「まだバレてないっぽいかな?」
一方、建物の物陰。Kの狙撃が失敗した時の為にシロヒはここに配置されている。建物内からは沢山の野太い悲鳴が聞こえ、他2人が戦ってくれていることを窺わせてくれる。
いつもならばバレても大した支障はきたさないが、今回はバレたら終わりだ。気をつけないといけない。
そうこう考えていると、レオが仕掛けただろう爆発音が鳴った。そして、それとほぼ同じくらいに、今回の目的の人が沢山のお付の人に囲まれながら出てきた。
あーあー、そんなことしても無駄だっての。てか、この屋敷の中にどんだけ人いたんだよ。シロヒは冷静にそう考える。
「にしても、あの人は分かってんのかな?」
自分のしてきた事とか、今日死んでしまう事とか。まぁ、関係ない事だけど。シロヒは冷静に考える。
更に一方、少し離れた建物の一角。Kはそこでスコープを睨みながら目標が来た事を確認する。彼は、沢山のお付の人に囲まれながらやって来た。
『来たみたいだね』
「うん。一応距離を」
『了解。...目標は 300』
「OK」
ゆっくりと照準を合わせ、スコープを覗く。シロヒの大鎌が月明かりを帯びて光っている様子も、周りのお付きの人達が慌てている様子も、Kには手に取るようによく見える。
『200』
だんだん人が増えている。人数で防ごうっていう作戦なのだろうか。しかしそれは無意味である事を彼らは知らない。貫通力が低いものならまだ救いがあるかもしれないが、Kが用意したの貫通力が高い。
『100』
今まで頭の中でシュミレーションをしたのを思い出す。目を細め、スコープの十字に集中する。シロヒの手が僅かに触れた。
『そろそろ』
「OK」
引き金に指を置く。そしてターゲットが出て来たその瞬間、躊躇いなく引き金を引いた。
消音装置が付いているので、音は少ししか流れない。プシュッという空気音が漏れるくらいだ。すぐにバシャっと倒れる音がした。
『ナイス』
「ん、ありがと」
どうやら成功したらしい。急いで回収作業に入り、銃を担いでその場から逃げる。色々と厄介なことが起こる前に。
「あっははははははっ!!!!」
クロは注意を引きつける役も兼ね、高らかに笑い声を上げて、人を次々と斬っていく。殺さない程度に浅く、しかし返り討ちが出来ないように何度も。
血が舞う。自らの手で美しく、美しく。花びらが舞うように綺麗な赤が舞っている。その快感にうち震えた。
「このっ!」
黒光りする拳銃がクロへ向けられる。だが、それに対する恐怖さえも、今のクロにはスリルが増してゾクゾクするだけのものだった。
あは、ヤバイ、ちょー楽しくなってきた!
「クロっ!」
がしかし、彼の意識がレオの声によって現実に引き戻される。
目を向けると、銃を持っていた男の後ろにレオがいた。レオは素早く薬品の瓶の蓋を開けて、男にかけた。男は悶えて、ゴロゴロと床を転がる。
「何してんの?!」
「あー...ごめん」
「ごめん、やない!ええか?何事にもっ!?」
そこで唐突に言葉が途切れ、ビクンとレオさんの身体が震えた。
どうしたんだ?と思い彼を注視すると、ふくらはぎから血が流れていた。深くナイフが突き刺さっている。
「レオさ」
「だ、いじょうぶ。耐えられる、から」
フルフルと震え、自身の身体を支えて貰うもうにクロに寄りかかってきた。
〈鬼神種〉であるレオは痛覚が酷い。ちょっとした舐めれば治りそうな傷も、裂かれるように痛むらしい。クロや他の人間には一生分からないものだ。だから、その代わりに傷の塞がりは早いのだ。
「...大丈夫」
「...?。痛みが引いてきたから、塞がって来たかも...」
ゆっくりとクロから離れ、レオは足を見ている。ズボンに血の跡は付いているけど、もう広がっていない。
その光景に男達が震えた声で告げた。
「...き、鬼神......」
「...っ」
「化け物の血が......。まだ生きてんのか......」
「っ!」
「お前っ!」
レオさんを化け物?何も知らねぇくせに。そういう血を持って生まれただけで、彼ほど優しい人はいないのに。何も知らねぇくせに、何も知らねぇくせに!
グッとクロが拳を握ったのを、レオは気付いてそれを包み込んだ。
「やめな」
「でもっ!」
「ええんやって。俺はそんなもんやって。...他の人から見るとな」
レオが目を伏せた。彼の〈鬼神種〉というレッテルは、血を抜き変えない限り、彼の身体を支配するものだ。クロ1人の力じゃどうにもならない。
「ここは全部やったんか?」
「...ん」
「そかそか、よーやった」
『よーやった、じゃないよレオさん』
「...聞いとったんか」
ユキの声に、少しだけレオの眉が不服そうに寄る。
『うん。とは言ってもついさっき2人に繋いだって感じ。今の今までKくんとシロヒくんの方に集中してたから』
ケラケラとユキは笑っている。
『任務達成。Kくん達にはもう伝えてるから心配しなくてもいいよ、ゆっくり帰ってきて。あ、警察に見つからないように』
「はいはい」
それでブツっと通信が切れた。
「そしたら行くか」
「おう......レオさん」
「ん?」
訊ねてきたクロの方をレオは見上げる。もう足は良さそうだが、心配なのでヒョイとレオを担ぎ上げた。
「は?」
「よし、じゃあ行こう」
「いや待て。俺もう大丈夫やって!下ろせっ!」
「高いところから飛び降りたりは無理っしょっ?」
クロはにっと笑う。レオは逃れようとジタバタともがくが、無意味だ。クロの方が体格上レオより力がある。
二人は幼い頃に戻ったように口喧嘩をしながら、その場から逃げる。
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