第11話 それが揺るぎない思いだから

 一方、シロヒは、

「ここも袋小路になってる...。まるで迷路だ」

 片手を煉瓦の壁に付きながら、辺りを見ていく。

「ユキ、次どの方向に行けばいい?」

 耳につけているイヤホンマイクに声をかける。これでユキと連絡がとれ、またユキが設定してくれれば仲間内でも連絡が取れる。サポート用にとユキが用意してくれた、便利アイテムの1つだ。

「...あれ?」

 いつもならすぐに応じてくれるユキから、何も返ってこない。ザーザーと、ノイズ音がするだけだ。

「あれ?...何かあったのかな?」

 首を傾げていた時だった。ヒュっと目の前からナイフの先が突き出てきた。素早く身体を後ろに引くが、少し頬を切られる。

「っ!?」

「あれれれ?逃がしたかぁ...」

 ニヤニヤと笑みを貼り付けたような男が、シロヒの目の前に現れてきた。シロヒは黙ったまま、グイッと頬の血を拭った。

「貴方、誰ですか?」

「さぁなぁ?とりあえずお前死ぬし」

 敵であることしか分かんないなぁ、その答え。シロヒは苦笑いを浮かべる。そして今ここで何が起こっているのか、とユキへ通信しようとした時、またナイフを振るわれる。

「...っ」

 マズイな、これ不利だ。そんな思いが彼の胸を渦巻く。

 基本、シロヒの武器は大きくて隙の生まれやすいものである為、一瞬の速さが取り柄の武器だ。1発で仕留めるための武器、それが大鎌といっても過言ではない。

 けれど、現状ではお荷物でしかない。小刻みに動いてくる生き物みたいなナイフを、いちいち大鎌で防いでいたら、殺られる。重さや持ち上げる動作分、どうしても遅くなるからだ。

「このっ!」

「うおっと!スキあり!!」

 ガギンっと、何とか身体をひねって、大鎌で守れる範囲に自分自身を入れる。戦いにくいこと、この上ない。Kが狙撃してくれればどれだけ楽にこの戦いが終わるか。皆がバラバラに動いてるから、メンバーの誰かに助けてもらう事もままならない。

「何、キョロキョロ、して、んだよ!」

 バシュッと音を立てても男のナイフが振るわれる。

 クロのナイフ捌きはとても美しく綺麗に空気を斬るが、この男は乱雑で荒々しい。背中に大鎌を背負い直して、ステップを踏むように躱していく。

 今自分がどこにいるのかも分からない。ユキの声があればすぐに分かるのだが。袋小路に追い詰められていない事を祈る。

「おらっ!おらぁっ!あひゃひゃひゃ」

「っ!」

 相手の動きの方が早く、肩に腕にと傷が増えていく。あちこちに気が散ってるからか、実力不足なのか。

 冷静にシロヒの頭が回る。

「死ねっ!死ねっ!!」

「っ」

 そして見えた。この男の殺り方の特徴が。

 グッと踏み込んで身体を前に出す。僅かに男のナイフが下がる。ほぼ同時に左腕に激痛が走った。がそのまま気にせずに、右手で大鎌を振り抜き、そのまま真横に切り裂く。その男の身体は豆腐みたいにあっさりと切れた。

 この男は自分が常に有利であろうとしていたんだ。だから、少し怯んだスキを見逃さず殺った。

 ただそれだけ。

 どさりと、肩と身体が分離した死体が転がった。それを見て今までの疲れと汗がどっと吹き出す。シロヒはその場にしゃがんで、左腕に突き刺さったナイフを引き抜いた。大きく深呼吸をする。

「...血、止めといた方がいいかな」

 ポーチから布を取り出し、左腕に巻き付ける。血の勢いが収まったのを目で確認して、周りを見る。

 その時、パンっと銃声が近くでした。どの方向かと、首をキョロキョロとさせ、

「あっちか」

 グッと足に力を入れて立ち上がり、壁伝いに音の方向へ回り込んだ。

「! シロヒ!」

「シロヒくん」

「2人とも...無事か」

 Kとユキがそこにいた。2人も敵に遭遇していたのだとすぐ分かる。彼らの足元に敵の死体が2つ転がっていたからだ。そして、2人ともが顔や腕、足などに切り傷を負っている。

「シロヒ、腕っ!」

「ん、大丈夫だから。見た目より酷くないし」

「...一応座ってて。2人に連絡取ってみる」

「...いや、ユキ。2人の居場所を教えて。それはすぐに分かるよね。取れるか取れないか分かんない連絡を取り続けるよりもずっと早く」

 「そりゃあ...」とユキが不思議そうに首を傾げる。しかしすぐにそれを調べ、Kはユキにいくつかの質問をする。それを聞いて、ユキはビルの一角を指さした。Kはそれを見て少し頷いて俺の方へ来た。

「ねぇ、シロヒ。大鎌振れる?」

「振れる。利き手をやられたわけじゃないから」

「クロくん、助けに行ける?」

 その言葉を聞いて、シロヒはKの意図を読んだ。ユキを見てみると少し眉を寄せているので、渋々承諾したのだろう。

「いける」

「ねぇ、それで返り討ちにあったりとか、流れ弾に当たっちゃうとか無いの?」

「だから、シロヒの素早さが必要だってこと!」

 Kはシロヒへにっと笑いかけた。


 クロは男の振るうナイフを避けつつ、

「このっ!このっ!」

 ひたすらに振るう。ブンッブンッと空気を裂く音はしても、肉を斬る音はしない。体力の無駄遣いは避けたいのだが、それは逃れられないようだ。

「っふ」

「逃げてんじゃねーよ!」

「っわ!」

 いくらクロが馬鹿とはいえども、体力は馬鹿にあるわけじゃない。限界というものがある。

 弾いても切りかかっても、相手はその上を読んで躱して攻めてくる。

「クロくん!」

「シロヒくんっ!?」

 その時、クロの耳にシロヒの声がした。しかし、クロからはその姿は見えない。

 ただ、その男の腹が裂けて白銀に光る刃がその腹から見えた。鮮血が美しく、赤い雨のように地面に降り注いで、染み込んでいった。上半身と下半身が真っ二つになった男は、息をすることも動くこともなく、地面に落ちた。

 クロは血の舞う美しい光景に、息を付いて目に焼き付けていた。男の倒れた後ろには、肩で息をしているシロヒが居た。

「無事かっ!」

「シロヒくんこそ!つか、この人は何なのさ?急に殺しに来たってことは"Knight Killers"のチームの1つなんだろうけどさ。こんなケーサツ見たことねぇし」

「ん、それは俺も分かってないから、Kかユキに会ったときに聞いて」

「ほいほい」

 シロヒに伝えていないという事は、大したことじゃないのか。

「...じゃない! シロヒくん!レオさんどこか知ってるっ!?」

「知ってる。こっちっ!」

 シロヒに導かれたまま、クロはレオの元へ向かう。


 レオは男と接戦を繰り広げていた。2人はほぼ同じタイミングでくるりと回り、ガチャンと銃口がレオの額に、レオのナイフは相手の首筋に当たる。お互い動かずに睨み合いだけが続く。

「ほぅ...やるなぁガキ」

「ガキやない!大人やボケっ!」

 そう言うと、男は少し目を丸くしてレオを舐め回すようにジロジロと見始めた。

 その視線がレオには気持ち悪く、思わず眉を寄せてしまう。

「ガキ...じゃない、だと?」

「20やからな!童顔なだけや!」

 失礼極まりないっ!流石にガキは酷いからなっ!いくら背も低いからって、馬鹿にしていいもんじゃないし!

 レオは思いつく限り、この男への悪口を口の中で唱えた。

「悪ぃな。ピアスも何にも無ぇから、まだそこまで年いってないと思ってたからよ」

「...ピアスは駄目って言われてんで」

「ん?女がいるクチか?」

 女など、出来た事は無い。そんな事を言えばまた馬鹿にされると、レオは黙っておいた。

 ピアスをしてみたいと思い、開けようとした事はある。しかし、それはクロの『やめて、レオさん。お願い』という言葉によって出来なくなってしまったのだ。更にもう一つ理由があるとすれば、身体のあらゆる傷を治す〈鬼神種〉であるレオが仮に開けたとしても、塞がってしまうだろうと言われたからだ。

 レオがすっかり黙りこくっていると、

「...まぁ、いずれにせよ殺させてもらう」

「っ!」

 殺される。瞬時に感じた恐怖に身を引いて、ナイフをぐるっと回して突く。

「ふふっ」

『レオさん!』

 その時、イヤホンから切羽詰まったようなユキの声が入ってきた。

「っユキっ!?」

『十字路のところまで走って早くっ!その人に構わないで!』

「っ分かった」

「何1人言言ってんの?お坊ちゃんよぉ!」

 ユキの指示通り、レオは一歩身を引いて走る。

 十字路...十字路っ!あった!

 十字路を見つけたその時。銃声と共に、右足から激痛が走り、思わず走るのを止めて壁にもたれかかる。

『レオさん?!』

 レオの進行が急に遅くなったことをおかしいと思ったのか、ユキの焦った声が耳に届く。だが、それも遠くなる。イヤホンが俺の耳から外れたからだ。

「逃がさねぇぞっ!」

 追っ手が俺に追いついてしまった。仕方なく、ナイフを再び装備した。

 その様子を、クロとシロヒは身を隠して見ていた。今にも飛び出してしまいそうなクロを、シロヒが両手で掴んで何とか制している。そして更にユキの声でも制する。

『クロくん!勝手に動かないで!』

「でもっ!」

 レオさんが危ない。そう考えるだけでクロの頭が白くなる。

 ユキの耳にKから連絡が入る。

『ユキ、後ろは取った』

『了解。...クロくん、五秒でどこまで行ける?』

「え」

『五秒で行けるなら、レオさんのとこに行ってもいい。私がスタートダッシュのカウントするから』

「いや、ユキ!それはクロくんも撃たれる可能性が」

『早く助けたいんでしょ、レオさんを』

 クロはレオの方を見る。足からは血が流れ、ズボンをじんわりと赤く染めている。どこから銃弾が飛んできたのか分かってない感じようだ。ただ目の前の人間に集中してる。

「話に乗った」

『ん、分かった。クロくんはレオさんを担いで直進。その先は行き止まりになってるから安心して。シロヒくんはレオさんが相手してる人の相手を。Kくんは狙撃手を狙撃後、もしシロヒくんがまだ殺り合ってるようならその人の狙撃を』

「分かった」

『失敗は許されないからね。それではカウントを開始します。5 4 3 2 1!』

 カウントの声と同時にクロは駆け出す。発砲音が2つ耳に入ってくる。気にせずに、レオの腕をつかんで走り抜ける。

「え、おいっ!」

 ユキが言っていた場所でクロはピタリと止まって、レオの方を向く。そして彼の肩を抱いた。

「足大丈夫っ!?」

「いや、痛いけど。まぁ、歩くのには問題無いで?」

 そんな調子で言うレオに、クロはホッと安堵の溜息を吐く。その2人の雰囲気を壊すように、ユキが皆に連絡を入れる。

『作戦成功。クロくんの元に集まろうか』

 その連絡があってすぐにシロヒが、その次にユキがやって来た。

「2人とも!」

「大丈夫かっ!」

 その2人を見て、Kの姿がどこにも見当たらない事に気付く。大方、レオを襲ってた敵を狙撃した為、銃の後始末をしているのだろう。

 シロヒがレオの傷に気付く。

「レオさん、怪我っ!」

「あー、これくらい平気やって。多分だいぶ塞がってるはずやから。てか、シロヒくんの方こそ大丈夫か?」

 レオはシロヒに心配そうに言う。そう、シロヒも同じくらい怪我をしているのだ。シロヒは自分のこと棚に上げすぎる節がある、とクロは思った。

「Kくん、も少しでここに来るって」

「じゃあもう少し待機だね」

 シロヒくんは壁にもたれかかって、汗で額に張り付いた髪の毛を搔き上げた。ユキもユキで伸びをしてリラックスモードに入っている。そんな2人を見て、クロは横目でレオを見て口を開く。

「ね、レオさん」

「ん?」

「傷見せて」

「...嫌だ。大丈夫やって言うとるやろって、人の話をっ!」

 レオの言い分を無視して、ズボンの裾を捲り上げて、傷を診る。確かにレオの言う通り、傷口はほぼ塞がっていた。

 良かった、とまた安堵の溜息を吐く。どうやら彼らの使用していた銃弾は貫通力の高いものだったようだ。もし銃弾が身体の中に入ったまま傷が塞がっていたら、エリーの元で抉り出さないといけなくなる。痛みに敏感なレオには、それは地獄でしかない。

「ん...満足」

「満足、やない!急にすんな!」

 だって心配なんだもん。そんな言葉をかければまた拗ねられそうだ、とクロは思ったが、

「俺だって心配してるの」

「気持ちだけでええ。行動はいらん」

 ...ですよねぇー。

「ごめん、遅くなっちゃって」

「お疲れ様」

 Kが銃の入ったバックを背負いながら4人のところに来た。

「んで、あの人達何なん?」

「私のことを殺しに来た人が言ってたことには、依頼してきた警察の人がある人達にも依頼していた。で、私達と同じように下調べをしに来た。で、明らかに同じような場所を調べていた私達が、同じ依頼を受けてることに感づいたのかな。だから、殺しちゃって取り分を独り占め...ってところかな?どう、説明になってる?」

「まぁ、大体は。つまり、俺らが早く返事をしなかったから、依頼人がもう一つのチームに頼んでた。...その事実が俺らに伝えられ無かった」

「平たく言うとそうだね」

 成程、と3人は思い、唯一クロは眉を寄せる。分かったような、分からないような気分だ。しかし皆が生きているという現実があるのならいい。

 死んだ人間のことなんて構ってられないし、記憶の中に留める必要なんてない。クロは少なくともそう思っている。

「どうする?まだここら辺うろつく?」

「いや、もしかしたら銃声聞いた人が警察を呼ぶかもしれないから、一応帰ろう。...それに今日だけでも十分情報得られたから」

「まぁ、そういうことなら。さっさと帰るか」

 シロヒはウンウンと頷いて、立ち上がった。レオはクロの横でぴょんぴょん跳ねる。恐らくどのくらい身体が回復しているのか、それを体感する為だろう。

「心配ならおぶるよ?」

「っ!必要ない」

「そんな酷く言わないでよ。冗談だって!」

 ヘラヘラと。クロはレオに笑いかける。

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