第10話 ぶちまけた赤に微笑んで
「E110と...」
ユキは警官に頼まれた依頼の下調べに仲間と共に来ていた。他のメンバーの動きを金属探知付き追跡アプリと地図アプリを使って、特殊な警備網抜け用の地図を書いていく作業をしていく。
普段は1人で見回るのだが、今回の狙いは地区長を勤めるほどの功名を持つ人間だ。どういう経路を使うのか完璧に読み切れないので、とりあえず沢山見て回る事にした。
「...なぁ」
「はい?」
背後から男に声をかけられた。シロヒやや低めくらいの身長に、少しぽっちゃり体型の男だ。見た目もパッとしない。何とも言えない顔面だ、とユキは女なりに審査した。
とにかく警官や政府の人間、また同業者では無さそうだ。
「何か私に用ですか?」
至極丁寧に訊いてやる。
「い、いやぁ、一人ならさ!俺と遊ばない?」
「一人じゃないし、忙しいので無理です」
「連れいるの?男?女?」
「男です」
「...チッ」
諦めたのか、男はあっさりとユキから去っていった。思わずふうっと溜息が出る。
「さて、と。本腰を入れますか」
私は少し場所を変えることにした。声をかけられるのは、こういった作業の際には面倒な事になるからだ。
「.....あれ?」
ふと、手元の金属探知付きアプリの方を見てみる。1つ、2つと範囲エリア内に増えていっている。しかも、メンバーの近くへと進んで行くのが分かった。
「これ、まさか...」
ユキは手近にある白い点の表示を目指して、ユキは端末の電源を切り、その方向へ向かうことにした。
一方、その頃入り組んだ十字路にて、
「どうなってんだ?」
クロは小首を傾げながら、飛んできたナイフを避ける。
彼の目の前に突然現れた男は、彼を見つけるやいなや、急に襲いかかってきたのだ。クロの記憶を探るが顔見知りでもないし、大方また依頼人の敵を討つという事か、とクロは自分の中で説明付けた。
でも、邪魔なのは確かだ。
「...どけってば」
「そうはいかねぇのさ」
クロはチッと舌打ちして、ナイフを両手に持つ。今までの経験による勘と男の持つ目付きから察するに、相当の手練の人間だとすぐに分かる。目の前で今から起ころうとする戦闘よりも、戦いの苦手なレオの事が、クロにとっては気がかりだった。
「...どかねぇなら押し通るまでだ。...後悔すんなよ、おっさん」
「こっちのセリフだ、坊主っ!!」
ぐっと前に姿勢を倒して、クロは長身の身体を小さくする。そして、そのまま駆ける。ダンっと踏み込んで、片方の手を喉に向け、もう一方を腹に向けて一閃する。
しかしこれよりも早く男は後ろへ避けた。戦闘が長引く事が容易に分かり、クロは顔を歪めた。
「大人しく殺されろっ!」
「断る」
男の拳がクロの肩を掠める。それだけで僅かに服が切れ、肩が痛みを発する。よく見てみると、彼の拳にはトゲの付いたリングを嵌めていて、どうやらそのトゲの先で浅く切ったみたいだ。
「...毒でも塗っていれば良かったな」
「止めてよなー。俺、死にたくねぇし」
そう、少なくともレオさんがこの世から消えるまではね。生きてないといけないから。クロは自嘲気味に自分自身に笑いかけた。
「俺もだよ」
来る。
ぐっとナイフを下腹部と胸部辺りに構え、守りの姿勢を取った。
迷路を抜け出すには、右手を付きながら行くと良い。そうすれば、いつか出口に辿り着く。レオはどこかで聞いた話を思い出しながら、右手を付きながら歩く。
「おっ!」
その時だった。レオの歩いていた道の前から、男が現れた。裏街でたまたま出会った人間かと思いきや、その男はいきなりレオへナイフを振るってきた。
「っ!?」
レオは慌てて飛び退く。レオはすぐに踵を返し、来た道を戻る。
「ったく...どうなってっ!」
とにかくレオは逃げる事に専念する。来た道をどんどん戻るが、突然ヒュっと曲がり角から伸びてきた太腕とナイフを、素早く身を引いて何とか避け切る。...回り込まれていたようだ。
レオはチッと口の中で舌を打つ。自分の浅はかさがとても腹立たしい。
「あんた...誰や」
「それはこっちのセリフだ。...君の動きからして、おおよそ依頼人はあの警官だろうが」
そのセリフで『依頼した人は警官だ』と、ユキが言っていたのを思い出した。頭を捻る。何故、レオ達を彼らが殺そうとしてくるのか。
「その顔は分かってないという顔か。君は下っ端...というところか。これは参ったな」
その言葉の調子と言い方にレオは腹を立てる。レオは薬瓶を手に持った。レオは苛立ちを悟られないように冷淡な声で、
「...他に仲間は、いるんですか?」
「私の部下を送っているよ。今のところ個々で殺り合ってるのかな。詳しくは知らないよ」
どうやら全面的に殺し合いをするようだ、とレオは察した。...分かり易いその言葉にレオはニヤリと口角を上げた。
レオはクロから貰ったナイフを引き抜き、一歩後ろに後退する。ゆっくり、男が距離を詰めてくる。後ろを向いて逃げてきたばかりだったので、姿までよく見てなかったが、レオはここで男をまじまじと見ることになる。
年齢は〈黄昏の夢〉のメンバーよりかなり上だが、40代前半といったところだろう。ガタイの良い身体に、レオの持つナイフと同じ大きさのこのナイフも小さく見える。目つきは柔和だが、その内に秘められたぎらついたものが、微かに見え隠れする。
「...俺には貴方を殺す、依頼も動機もないですよ」
「だから殺したくない、と?甘い奴だ。人間、生きる為に何かを殺すことは常だろう?動機がいるか?」
「...っそれとこれとは話は別です。とにかく、俺は無駄に血を、」
「君は〈鬼神種〉だそうだね。〈鬼狩り〉から逃げおおせた数少ない人物の1人。政府にその身を渡せば、確実に金が入りそうだね。噂によると死ににくいそうだし」
グッと息が詰まりそうになる。そして改めて自分自身の存在の異質性を思い知る。この血はこんなにも俺を縛り付けて、他人の目を変えてしまうものなのだ、と。
「それは...動機になりますね」
今までの冷淡な声の調子にも、妙に熱が篭ってしまう。ナイフを持っている手も震えてくる。この震えは怒りか恐怖か。いや、そんなものは今のレオにはどうでも良かった。
この人間は...殺す。
ユキは懸命にクロやレオへ音声を繋ごうとする。がしかし、
「もう...どうなってんの?!」
レオもクロもユキの通信に応じない。2人ともイヤホン外れてるのか、と考えるが、そんな偶然が起こりうるのは極めて低い。恐らく既に襲われているのだろう。
「Kくんは!.....Kくんもか...」
Kにも応答するが、返答は無い。完全に切れてる。どうすればいいのだろうか。
ユキは深呼吸をして、それから画面に目を戻す。金属反応は8つ。4つはK達だろうから、敵は3人という事になる。しかしそうであるならば、1人くらい連絡が取れそうなものではある。
その時、ピクリと身体が鋭い視線が刺さる。それに反応し、振り向きざまに腰から投げナイフを振り抜き、それを受け止める。ギンっと金属音が鳴った。
ユキは投げナイフを主に使ってる。クロの使うナイフは人を裂く為のものなので、投げナイフとは異なるものを使う。近距離から中距離程の攻撃範囲だ。ユキは逆に、拳銃や投げナイフといった、近距離からある程度の長距離を攻撃範囲とするものを使う。女であるが故、力任せでは勝てない。頭脳とほんの少しの体力で勝つのが、ユキの戦い方だった。
「ほう...やるな」
「女だからって甘く見て欲しく無いですね!っと!」
ガキンとナイフを弾いて、間を開ける。その時に素早く画面を消し、端末をポーチにしまう。
「君みたいな奴がいたから、彼らに会いにくかったのか」
「...っ貴方達は一体...」
「名乗るほどの人間でも無いよ。ただ、君達と依頼が被ってしまっただけさ。だから、君達に死んでもらいたい」
男の殺気がさらに強まる。喉が締められているようなほど、だ。息苦しくてたまらない。だが、それを気取られないように目を睨む。
「綺麗なお嬢さんだが、済まないね。死んでもらうよ」
「...お生憎。そう言われてさらっと死んじゃうほど、弱い子じゃありませんので!」
ユキは手の内にあったナイフを男に向かって投げる。男の視線と意識が投げたものに向かってる隙に間合いを詰め、もう1本の投げナイフで下から上へ斬りあげる。だが男の反応が早く、服の裾を斬るだけで終わる。
ユキは思わずチッと舌を打つ。
「早いねっ!」
男のナイフがブンッと振るわれ、ユキの首を斬りにくる。ナイフで何とか受け止めて衝撃を外へと受け流す。もう少し遅れてたらこれが壊れてそのまま首斬られてた。
「判断がいいな」
「どーも!このっ」
『殺せ』
唐突に。ユキの頭の中で〈声〉が鳴り始める。ユキは顔を顰め、その声を意識の外へ追いやろうとする。
しかし、投げナイフはユキの意志とは違う方向に動こうとする。
『殺せ殺せ...血を浴びろ』
「っ...」
男のナイフを弾いては受け流し、弾いては受け流しを繰り返す。その単純作業の中でその声が喜色の声色を上げる。
『何故欲を抑える?本当は殺したくて殺したくてたまらないくせに。殺りたくて殺りたくてたまらないくせに』
突然、投げナイフがユキの意志とは全く違う方向に向かった。
「っ?!」
人の動ける早さを明らかに超えた早さで、投げナイフの刃先が男の持つナイフから男の腹へと変更する。男が驚いて当然かもしれない。彼の持つナイフがユキの頬と髪の毛を少し斬った。そして、そのナイフはカランと地面に落ちる。
素早くナイフの柄を足で押さえ、取れないようにする。
「...凄い早さだな...」
違う。あれはユキ自身の力じゃない。これは、呪われてしまった力だ。
「だが、」
キラリと、男の胸元から銀に光る短刀が見えた。ユキの直感が訴える。これは危険である、と。しかしあまりの速さと唐突の事に避けきれな、
「ユキっ!!」
Kの声と銃声が鳴った。男の胸から短刀がこぼれた。
「K.......くん」
「大丈夫か?!」
「大丈夫」
頬に伝う汗と血を拭い、ユキは男の短刀を触る。そこで危険であると直感した理由がわかる。胸筋と背筋を使って短刀を飛ばす、というなかなか面白い仕掛けの道具だったようだ。
「...この人たちは一体」
「目的が一緒らしいけど」
「どういうこと?」
「...つまり、商売敵ってこ」
「っ?!ユキっ!」
Kが声を上げたのと、ユキのこめかみに硬い何かが押し当てられたのは同時だった。
ユキの後ろ、Kが先程まで相手をしていた男がこめかみに黒光りする拳銃の銃口があてがわれた。
ユキはすっと笑みを消して、ゆっくり手を挙げた。
「ひゃー、全然気づかなかった」
「ふざせてんじゃねぇぞ、女」
「ふざけてるわけじゃないけど」
「ユキっ!」
Kは銃口を男に向ける。男がまたグリッとユキのこめかみに銃口を押し付けた。
「おら、殺されたく無かったらその銃を下ろせ」
Kはギリッと歯噛みする。このままだとユキが殺されてしまう。それだけは絶対に阻止しないといけない。でも、Kがこれを下ろしてしまえば、2人とも絶対に殺られるだろう。
「...別に撃ってもいいですよ?...血でこの気に入ってる服を汚すのは惜しいですけどねっ!」
「あ?!」
ユキは身体を一気に反転させ、男の拳銃を手から奪い取り、身体を押し倒した。
「ふふ、甘いなぁ。女だから弱いとでも思ってんの?」
ユキは目の前の男に拳銃を突きつけたまま、笑う。
「っ!」
ユキが動く。優しく微笑んだまま、男の額に銃口を突き付ける。
「バァイ♪」
パンッと乾いた音と、男の額から血が噴くのは同時だった。
「ふー...っ」
「お、おい大丈夫?」
「え、あ、うん。大丈夫だよ」
何でもないように、へらりとユキは笑った。
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