第9話 グロリオサの冠を君に

 バリンッと轟音と共に窓が割られた。そこからぞろぞろと、30人弱の集団が入ってくる。

「団体さんだねぇ」

 ユキはくすりと笑って、太腿に黒色のバンドで巻き付けて持ってきていたナイフで、白いドレスを動きやすいように、僅かに切り裂いた。

 レオは薬品が入った試験管を持って、いつでも迫り来る敵に投げられるようにする。

「...こら、行くよナツっ!」

「うわぁ、やっばいね」

「何呑気に言ってんの!?ほら、早くっ!」

 ナツはやって来た"Knight Killers"(かどうかは分からないのだが)に高みの見物といった雰囲気で、フジは早くナツを引っ込めようとわたわたとしている。

 その時更に窓が割って、クロとシロヒが中に乱入してきた。2人は綺麗に床に着地し、シロヒは大鎌をクロはナイフを手に構える。

「いやぁー、楽しめそっ!」

「いい?程々に。やり過ぎない様に」

「保証出来ないなぁ」

 クロは紅い瞳をギラつかせて、ナイフをグッとまた数本握る。シロヒも大鎌を構えたまま、にこりと口角を上げる。

 先に動いたのはクロだった。たっと目にも留まらぬ早さで駆けたかと思うと、手前にいた男の首を後ろから斬った。それからトドメのつもりなのか、腹にも深々と突き刺した。

「レオさん、本当に危なくなったらでいいからね」

「分かった」

 ユキはすっと拳銃を持ち上げ、弾数を確認しながら、迫ってくる相手の急所以外を次々に撃っていく。

 血が床を濡らし、赤くなっていく。

「...っ」

 気持ち悪い。

 レオは気持ち悪さをグッと奥歯を噛みしめて、耐える。皆が頑張ってるのだ、耐えなくてはいけない。

「あはっ!あははははっ!!!」

 クロは次々に敵を死人や怪我人へと変えていく。愉しそうに笑いながら、自らに血を浴びさせて。シロヒも、大鎌を振るって、突っ込んでいくクロのサポートをしている。

「...レオさん、気分悪い?」

「いや、大丈夫」

「そう。...あ、Kくんだ」

 K? とレオが首を傾げると、ユキが戦うクロとシロヒの更に奥の方へ指を差した。

 見てみると、クロとシロヒが攻めていない先でも、倒れている人がいる。人の叫び声や誘導の張り上げる声に掻き消されて、銃声はよく聞こえない。でも、肌で感じて分かる。

 Kが的確に狙撃をしている。

「だいぶ、少なくなったかな?」

「ん」

 ユキは拳銃の弾数を確認する。ナイフに切り替える頃合いを探っているのか、クロやシロヒに任せるだけで充分と思っているのか。レオは前者だろうな、と考える。

「フジ〜、楽しそじゃない?僕らも」

「ダメっ!ふざけたこと言わない!」

 2人が言い合いをしている最中、敵の1人が天井のシャンデリアから床に着地し、ユキとレオの背後へ回って走っていった。

 すぐにユキが声を張り上げた。

「フジくん、そっち行った!」

「はいい?!」

 フジは声に反応し、素早く頭を下げた。ナツはにっこりと笑みを浮かべたまま、真っ直ぐ拳を突き出して男の顔面を殴る。王たる人間がそんなことすると思ってなかったのか、男は目を瞬かせている。

 その間にフジは床に手を付いて、男の腹めがけて下蹴りを放つ。フジが蹴り飛ばした男の背中を、ユキが下から上へ斬った。

「お上手っ!ナツくん、フジくんっ!」

「どーも!」

 ユキはナイフを近くに来ていた男に振るう。

「楽しいかもしれないけど、危ないから下がってて」

「うん、分かってる。行くよ、ナツ」

「分かったよー」

 フジはようやく聞く耳を持ったナツの手を引いて、会場の奥へと走っていった。ユキはその背を確認して、背後にいるレオへと振り向く。

「レオさん!」

「何?」

「二人とも無事出てった!」

「了解」

 そう言われ、改めて目の前の光景に目を移す。

「っら!おらっ!」

「いち、にぃ...。かなり削ったか」

 クロとシロヒは次々と動けない人間を増やしていく。

 先程から続いていたKの狙撃は手を止めている。恐らく、撃ちやすい場所に移動しているのだろう。

「女ぁ.....弱そうだなっ!」

「っ!」

 ガンっと鈍い音を鳴らして、ユキが迫ってきた男のナイフを弾いた。

「弱いものイジメ、かな?」

「確実に潰したいんでね」

「じゃあ俺の相手、貴方にしてもらいましょうか?」

「っ!?」

 シロヒの大鎌が、男の首めがけて振られる。男は身体を反らして何とか避け、ユキはそれに乗じて一歩下がった。くるり、とユキは後ろにいるレオの方を見た。彼の背後、血に濡れて倒れていた男の身体がググッと起き上がるのが確認出来た。

「レオさんっ!後ろに」

 ユキに唐突にそう言われ、レオは何も考えずに左側に転がる。すると、先程まで居た床にサーベルが突き刺さった。

「ちっ!このっ!」

 男は床に刺さったサーベルを抜き、レオへ突く。レオは素早くそれを護身用のナイフを取り出して、受け止める。ギチギチと刃が擦れて、嫌な金属音が鳴る。

「っ!レオさんに手ぇ出すなっての!」

「っあ」

 クロが素早く横から入ってきて、男の身体を蹴り飛ばした。

「クロっ!」

「大丈夫、ユキの近くに居て」

「お、おお」

 クロはニッと笑って、転がっていった男の元へ駆けていった。レオはそれを見送り、ユキの近くに行く。ユキはレオへいたずらっ子のような笑みを浮かべ、

「随分、内装が大変なことになったね」

「...やね」

 確かに、大変なことになっていた。壁や床は銃弾や剣の斬撃によってボロボロで、料理があちこちに踏み潰され、汚れと化している。高級感漂うシャンデリアは、もう今にもちょっとした衝撃で落ちそうだった。レオの目から見ても、全て改築した方が安くつきそうだと思える程の壮絶さだ。

「ほっ よっ と はっ」

 シロヒはリズム良く、相手の技を避けて大鎌を振っていく。クロも小刻みにナイフを振るって応戦している。Kの狙撃はまた始まった。ユキはレオと共に、ナツ達を追いかけないように、彼らの逃げた道の行く手を阻む。

 それから、数時間後。何とかその場を鎮圧することに成功した。

 ナツを部屋へ押し込めたフジは戻って来て、兵士達に会場の撤収作業の指令を出した後、5人の元へやって来た。そして、ペコリと一礼した。

「今日はありがとうございました」

「い、いやそれはいいんですけど。...その、僕らが壊しちゃったものとかって...」

 Kは部屋の所々に残る戦闘の生々しい爪痕を指差した。確かに、それらは明らかに彼らによるものではあるので、彼らが払うのが正当ではある。一応とはいえ、壊した側には入るわけなのだから。

「いいですよ、構いません」

「やったじゃん!ラッ」

「ええんですか?...見た感じ、結構な額やと思うんですけど」

「私に至ってはドレス破いたしね!」

 ユキは自信満々に胸を反らして、発言する。

「王からの命令ですから、気にしないでください」

「すみません、本当に」

「じゃあ、ここの話も尽きませんし、とりあえず報酬の話をしましょうか」

 フジはにこりと笑って、封筒をKに渡した。見た目からして、かなり厚めだ。相当な額が入ってそうだと窺える。

「...ナツくんは?」

「あぁ。一応全員取り押さえたとはいえ、何が起こるか分からないからね。安全な場所に今はいる。大丈夫」

「そっか!」

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 シロヒがそう言うと、クロは少し残念そうにパーティー会場を名残惜しそうに見た。どうやら、まだ料理のこと諦めていなかったらしい。

「...帰るかー」

「そうやな」

 5人はフジに礼を言い、別れた。

「あ」

 そして王宮から出て、ユキが思い出したように声を上げた。

「どうしたんだよ?」

「そう、Kくんに依頼のこと、貰ってたのを言い忘れてたの思い出して」

「僕に?許可いいって言ってるのに」

「まぁ、一応ね」

 ユキは僅かにはにかんで、

「警察の人に頼まれたものなんだけど」

 帰り道に、先日の依頼内容を語り始めた。


 フジは5人を見送り、ナツを隠し部屋からいつもの部屋へと連れて帰る。

「はー、疲れたっ!でも、ちょっと楽しかったなあっ!」

 バフっとナツがベットに飛び込んだ。そして、しばらく枕に顔を埋めてゴロゴロしたかと思うと、急にまた顔を上げフジを見た。

「...フジ。あの〈黄昏の夢〉のユキって子さ、僕らと知り合いなのかな?」

「ん、...いや。どうだろう?少なくとも、見知った顔っぽい感じは持たなかったけど」

「......あの時、僕言わなかったけどさ、親しげに言ってたよね。『ナツくん、フジくん』ってさ」

 ナツにそう言われ、フジは確かにと頷く。あまりにも自然に言われすぎていて、全く違和感を抱かなかったのだ。クロがフジの名前を呼び捨てで呼ぶように、ユキもまた彼らを君付けで呼んでいた。

「...まぁ、"Knight Killers"の人間だし。礼儀の正しい人間ばかりでは無いだろうから、しょうがないのかもしれないね」

「うーん...」

 ナツはやはり勘の鋭い人間だ。こういった場面では改めて、ちゃんとした王であるのだと認識させられる。こういった時もあるので、普段もしっかりしてくれればなぁ、とフジは常々思うのだ。

「でも、急にどうしたの?その子が気になるって」

 フジが訊ねると、ナツは僅かに瞳を震わせた。それは、言おうか言わまいか悩む時の、ほんの僅かな揺らぎである、とフジは知っている。

「...あの子、ユキに似てるから。少し気になっただけ」

「...あー、確かにな」

 ユキ。

 このニコールディア王国には、王を手助けする為の補佐役を排出する御三家が存在する。だが、ナツの父である先代の王が、〈鬼狩り〉という〈鬼神種〉廃絶政策を打ち出した際、御三家の内の一家である大臣を排出する雪城家が潰れてしまった。そこの家の娘と、彼らは幼馴染みだったのだ。その娘の名前を、ユキという。

 ナツは秘密裏に今でも『ユキ』を探している。それは、雪城家の再興の為であり、幼馴染みを救い出したいという思いからだった。

 フジはナツへ愛想笑いを浮かべた。

「でも、他人の空似だろ」

「...だよね」

 実の所を言うと、フジ自身も彼女と記憶の中の幼い『ユキ』が重なってしまうのだ。が、あまりにも期待を抱き過ぎると、痛い目に遭うのではないかと警戒心を抱いてしまう。

 特にナツに至っては、彼女がいなくなった当時には、フジを寄せつけないほどに塞ぎ込んでしまった時がある。あまり、ナツに必要以上の期待を抱かせたくないと、フジはその日から気を付けているのだ。

 また傷ついたナツを見たくはないから。

「ね、フジ」

「......ん?」

 そんな事に思考を巡らせていた為、僅かに反応が遅れてしまった。しかし、ナツはそれを気にした様子は無い。ナツは少しだけ微笑み、

「チェスの相手、してよ」

「...センの帰り待った方がいいと思うけど。俺弱いし」

「...今は、フジに相手してもらいたい気分なの」

 俺はナツの我が儘には弱いんだよな。フジはそう思いながら、言われた通りにチェス盤をいつも置いてある場所へと取りに向かった。

 パーティー会場に使われた箇所が崩壊して4日後、

「たっだいまー!」

 元気な声と共に、バンっと勢いよくナツの部屋の扉が開いた。

 ちょうど、ナツとフジが先日の件についての資料に真剣に目を通していただけに、その空気感は2人と摩擦を生む。フジははぁっと溜息を吐き、

「丁寧に開けろってば。ホコリが舞うだろ」

「悪い悪い」

 彼は緑の髪を掻いて、笑った。反省の色は一切見えない。

「お疲れ様、セン」

 ナツがそう労うように言うと、「おぅ!」とセンは返した。

 彼らの幼馴染みの1人で、外交官かつ国を支える左大臣。それがセンのポジションだ。ナツとはまた違ったうるさ過ぎるほどの元気の良さはあるものの、しっかりと気配り目配りが出来、何かに気がつくのも早い。2人にとっては気さくで頼れる存在だ。

「ところでさ」

「何?」

「これ、どういうこと?」

 センはにこやかに笑って、1枚のかなり長い領収書をナツへ突きつけてきた。

「え、パーティー会場に使った場所の修理代☆」

 ナツもセンに負けないくらい笑い、ウインクまでして見せた。その様子にセンは肩を落として、

「...国家財政...火の車だよ...」

「ご、ごめん」

「フジは悪くないよ。...もう工事は」

「発注済みー」

「今すぐ取り消せ!削れる部分があるかもしれないだろ!」

「んー、厳しいと思うけど」

「どうして俺を待たない!」

「センが来るまで待ってたら、そこから侵入してくる奴がいるかもしんないでしょ!」

 フジが声を荒らげてそう言うと、センは暫く考えて納得したように頷いた。どうやらそこは盲点だったらしい。

 頭は良いのだが、相変わらず変なとこが抜けてる。フジは本日何度目かの溜息を吐いた。

「他の国の様子は?」

「あー、まとめてる!」

 センはナツの机にレポートを、フジの目で数えてざっと30枚くらいを置いた。その瞬間、ナツの表情が一気に曇る。

「嫌がらせ?」

「否定しない」

 ケロッとした調子でセンは笑う。フジは助けの目で見てくるナツの視線に気付き、先手を打った。

「...頑張って」

「ええっ?!手伝ってよ!」

「自分の仕事だよねっ?!」

「いーじゃん、少しくらい!」

「少しじゃねーもん!」

 彼らはやや不毛な言い争いを暫く続けた。

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