第8話 愛おしく、愛らしく

「あー、つまんね!せっかく今日は豪華な料理が食えると思ったのに!」

「まぁまぁ仕事だからね」

「分かってるけどさー」

 クロとシロヒはバルコニーの上の少し出っ張った屋根部分に座り、中の様子をぼんやり見ていた。楽しそうなパーティーの様子にクロは羨ましく思った。

 レオとユキが中の潜入警備と聞いた時には、正直クロは羨ましいと思った。仕事内容には興味無い彼だが、ご飯に関しては人並み以上の執着がある。したがって、彼らが美味い食べ飯を食べられる事に羨ましさを抱くのだ。ここで王宮兵士と3人が防げずに中へ侵入してしまったら、対処せねばならないのだが。

「お、あれユキじゃない?...エスコートしてるのは宮内の人かな?」

 シロヒの声にクロも中を見て、シロヒの指差す方向を見る。入口付近、白いドレスに身を包んでいるユキが、茶髪の長髪のカツラを付けた、淡い青いドレスのレオを引っ張っていた。ただ、クロ達にはレオだということが分かっていない。

 青いドレスのレオはヨタヨタしながら、ユキに手を引かれながらついていっている。前髪が流れる時に、琥珀の瞳がクロの目に見えた。そこでようやくクロは、

「レオさん...?」

「ん?レオさんがいた?」

 シロヒはまだ分かっておらず、キョロキョロとしている。

 やば...っ、めっちゃ可愛い...!何あのチョイス、衣装係さん、ナイス過ぎるっ!クロは顔を真っ赤にして、片方の手で口元を押さえ、もう片方の手で屋根をバンバン叩く。

 その行動に、シロヒは肩を震わせて驚く。

「...な、何で悶えてんの?」

「...っ何でも無い」

 クロはこの時ほど、レオの近くに居られない事に悲しみを覚えたことは無かった。


 レオは奇妙な気配を感じ、ぞくりと鳥肌がたった。寒くもないのに、背筋が震える。

「...どうしたの?」

「いや、何か」

「疲れたなら休む?今のところはまだ何も無いみたいだし」

「...そうするか?」

 きっと歩くのが慣れなくて疲れたんだろうな。レオはそう思う事にした。

 ユキは辺りを見回して近くに座れる場所を見つけ、そこに2人で座る。

「いやぁ、足疲れるね。特に大変じゃない?」

「そうやな。...ってユキ辛かったんか?!」

「え、うん。初めてこういう高いヒールの履くし。やっぱブーツとかシューズの方が動きやすくていいよね!」

「...まぁ」

 ユキはニコニコとそう言う。レオはその笑顔をぼうっと見ながら、考える。

 傍から見ると、ユキはとても美人の部類に入るだろう。今日は特にドレスも相まって華やかな印象を周りに与える。周りにもチラチラとユキへ視線を送っている人間は、少なくない。メンバーの意見からすると、ユキの性格のえげつさを知っているので、「あぁ、可哀想だな」と思うだろう。事実、レオもそう思う。

「大丈夫?ボーッとしてるけど」

「えぁ、大丈夫」

「んん、さて私はもうちょいぐるっと見てくるけど、どうする?」

「ここにおるよ。必要以上に動くと足痛めそうやし」

「分かった。ここにいてね。こんな人の多さじゃ、見つけられなさそうだし」

 じゃっと手を振って、ユキは人ごみの中に入っていった。レオは心の中で礼を言い、ぼうっと1人で騒がしい会場を傍観していた。

 その時だった。

「ねぇ君」

「はい?」

「今1人?」

 そこには小綺麗な格好をした男がいた。何故男が男へ声をかけてくるのか、とレオは考えたが、今の自分は女装していたのだと思い出した。

 男はレオへ優しくはにかんで、

「良かったらそこのバルコニーで、一緒にどうかな?」

「え、えと、わ...私は、その、妹...と来てて、ここで待っててって言われてんで。無理...です」

 レオはしおらしい女をイメージし、カツラだとバレないように顔を下げつつ、男へそう言う。男にしては少し高めな声が幸いし、男は違和感を覚える事は無かった。潜入警備としてはかなり上手になっているのだが、今回は下手に出てしまった。

「...少し外すのでもダメかな?」

「妹に、迷惑かけたくないんで」

 うっとおしい。レオは嫌な顔をしないように努めながら、俯いたまま男が離れるのを待つ。

 すると、ガッといきなり男はレオの手首を掴んで、バルコニーに引っ張られる。

「え、ちょっ」

「すぐ終わるから」

 ニコリと男は笑う。ゾッと背筋がまた震える。だが、それは先程とは異なる寒気だった。凄い怖い。怖い怖い。なんで、俺断って、

「やめて!」

 手を振り払おうにも、相手の方が力が強く、払いきれない。

 どうする?どうすればいい?レオは真っ白になりつつ頭で懸命に考えていた、その時だった。


「俺のなんで、勝手に盗らないでよ」


 いつもよりも低いクロの声がレオの耳に入ってくる。運の良い事にクロ達のいたバルコニーにレオは追い詰められていたのだ。襲われかけているレオを助ける為、クロはギュッと背後から彼の細い身体を抱き締める。

「...妹さんと一緒だと」

「俺、ここの宮兵なんで。そういや妹と来るって言ってたよなぁー。ね、レオさん?」

 クロの視線に負けたのか、男は舌打ちしてバルコニーから出て行った。「べーっ」とクロが舌を出して、男を見送った。

「...レオさん、大丈夫?」

 それから未だ震えていたレオの身体を安心させるようにギュッとし、いつもの声の調子にする。それを聞いて、レオは少し安堵する。

「あんがと、助かった」

「ん、いーよいーよこれくらい。てか、レオさん女装してたんだねぇー?」

「.....あ、いやこれは!向こうが頼んできたから、やから着て!!」

「似合ってるー」

 レオがクロの方を見上げると、にっとクロは笑っていた。

「めっちゃ可愛い」

「...嬉しくない」

「そこ!イチャイチャすんなー!」

 屋根の上から含み笑いをしたシロヒの声が振ってきた。見上げると、屋根の上に座って、2人をシロヒが見下ろしていた。

「あそこにいたんか」

「そそ。俺らあそこを守ってんの」

「...全然気付かんかった」

「まぁ、気付かないのがいいんだけどね。じゃ、ナンパに気を付けて」

 シロヒはクロへ手を伸ばす。そこ目掛けてクロはバルコニーの端を駆け、その手を掴む。シロヒはタイミング良くクロの身体を引き上げる。運動神経のよい息の合った2人だから出来る方法だ。

「どうしたの?夜風に当たりたくなっちゃった?」

 ふと聞こえてきた、ユキの声にレオは後ろを向く。

 ユキは不思議そうな顔をしていたが、思い出したようにレオへ淡く赤い飲み物を渡してきた。

「ノンアルコールワインだよっ!...全く、動かないでって言ったのにさ」

「わ、悪い」

「ま、いいよ。レオさん、約束破らないから。多分、予想外のことが起こったんでしょ?そうだねー、例えばクロくんが話しかけてきたとか?」

「違う」

「ありゃりゃ。まぁ、いずれにせよそういうことではありそうだね」

「...変わったとこは?」

「まだ何も。そろそろ起こってもおかしくなくなってきたね」

 ユキは少し口元を緩ませて、空を見上げた。暗闇にポツポツと星の輝く美しい夜だった。ユキはそこではたと思い出す。

「...そう言えば、Kくんはどこ守ってるんだろ」

 ユキは耳につけた銀色の丸いイヤリングに触れた。


 ふわぁ、とKは欠伸をする。暇だなぁ、とぼうっと考えながら、支給されたスナイパーライフル銃を構えたり、辺りを見回したりしていた。

 ちゃんと警備しないといけないんだろう、と頭では分かっているのだが、夜も大分更けて、やや涼しい夜風が吹いてくる。それはKの眠気を誘う。

「何も無い...か」

 もうここまで来ると、トラブルを頼みたくなってくる。面倒だが。

 そこまで考え、本日何度目か分からない欠伸をした。それからまたしばらく、静かな時が流れる。

 そして、それは唐突に失われた。

「がっ!」

 Kの耳に、太い男の声が入ってきた。すぐに身をかがめて声のする方へ、目と銃口を向ける。そこには屋根の上に何かの人間から鮮血が流れ、黒ずくめの格好をした数十人といった人間の頭数が見える。

 一旦退こう。さばき切れる数かもしれないけど、前回の傷もあるし。それにアイツらが避けた弾丸が宮兵さんに当たるのも、ちょっとね。Kは身を翻して、近くの排気口の影に身を隠す。

『Kくんっ!いまどこー』

「...ユキ」

 耳元のイヤフォンのスイッチを入れ、ユキと連絡を取る。一応別れる前に、こっそりと連絡を取る手段を取っておいたのだ。

 Kの声色から何らかの事が起こったのか、とユキは察したようで、

『どうしたの?』

「来たよっ!」

 と言った時だった。窓ガラスが一斉に割られたような轟音が耳を襲う。

『へ?へ?来たのっ!?』

 向こうのユキも焦ってるようだった。会場の方にも何らかの事が起こっているならば、相当だ。

「ごめん、ユキ切る」

 スナイパーライフル銃を構えたまま、宮内に入っていった人間を狙撃出来るように回り込む。

 屋根の上にはいつの間にか、更に死体が辺りに転がっていた。

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