第7話 嗚呼、愛しの果実よ

「Kっ!準備は!」

「大丈夫!」

「んー。ユキ」

「了解っ」

 ユキはヒラヒラと手を振って、空き缶を二つ投げる。それをシロヒが大鎌で弾いて向きを変えて、Kに飛ばす。それを、

 ダンッ

 Kが撃ち抜く。

「どー?」

 ユキが転がった空き缶の1つを拾い上げ、凹んだ部分を見る。

「うわぁ、結構真ん中じゃない?しかも1発で2個を撃つって、やっぱり凄いねKくん」

「ありがと」

 ユキはシロヒへ空き缶を投げた。彼はそれを受け取り、2つの空き缶からゴム弾を取り除き、Kへ渡す。実弾は割りと値段が高い為、Kの射撃練習の時はゴム弾を使う。

「にしても、練習しないのかあの人たちは」

「起きてるのかも怪しいね」

「まだ寝てるってこと...、クロくんなら有り得そうだけど。レオさんは薬品でも作ってるのかな?前回かなり使っちゃったみたいだし」

「あー、それはあるかも」

 その時、ガチャンと家から何かが割れる音がした。ユキが窓を見て、Kとシロヒで辺りの人影を確認する。

「外は何も無いから、中だね。様子見てくる」

「了解」

 ユキは扉を開けて、スタスタと中へ歩いていった。

「...僕ら、続きする?」

「そうだな。じゃあ軽くやっとくか」

「お、久しぶりだね!」

 Kの眼鏡の奥の双眸が黒く光る。

「物を壊さない程度に、だからな」

「分かってるって」

 Kはペロリと上唇を舐めたかと思うと、一気に距離を詰めて、シロヒの顎めがけて引き金を引いてきた。間一髪、シロヒは身を反らし、大鎌を棒に見立てて真横に押し倒す。Kの身体を倒すまでにはいかなかったが、手首だけでも倒せたなら、自身の身体に弾が当たる心配は無い。

「てか、やるなら!やるって!いえっ!」

「それじゃあ、つまんないじゃん!」

「はぁ...」

 シロヒは呆れ半分の溜息を吐く。それからグッと柄を握り、大鎌をぶんっと振るう。Kが拳銃のグリップで受け止め、その反動で後ろへ飛び退く。

 お互い、程よい間が開いた。

「ひゅー。切れるかと思った」

「言ったろ?ものは壊さないって」

「あ、なにそれ!その気になれば壊せんの?!」

 いや、まぁ、うん。否定はしない。シロヒはそう思ったが何も言わなかった。

「ふぅ...ってあれ?2人とも何してるの?」

「実践訓練っ!」

「成程ー」

 家から出てきたユキは、そのまま玄関前の日陰になる部分に腰を下ろし「頑張ってぇ」と言ってガッツポーズをする。すぐに2人は察する。ユキはもうサボるつもりだ、と。


 整理せなアカンか。

 レオはごちゃごちゃとした薬品棚に目を通して、クロがぐっすり寝ている間にガチャガチャと薬品をいじっていた。よく使う脅し用の強酸の薬や毒薬もそろそろ作り置きがなくなりそうで、それをレオは作るか、と必要な物を探していた。

 ふわぁ、と欠伸をする。今は朝の9時を過ぎた頃。外で発砲音や金属音がする為、K達が身体を動かしているのは、レオにはすぐに分かった。

 カチャンと瓶が触れ合って音が鳴る。レオは慌ててバッとクロの方を見るが、ガーガーとイビキをかいていて、起きるような気配はない。

 ホッと息をついて、もう一度薬品調合用の道具を取り出そうとした時、足元の空き瓶を蹴り落としてしまった。ガチャンと派手な音が鳴る。

 あっ、と思った時にはもう遅い。クロが目を覚まして、眠そうな林檎色の瞳をレオに向けていた。

「わ、悪い...」

「...怪我は?」

「いや、大丈夫」

 レオは心配かけまいと曖昧に笑って、割れた破片に手を伸ばす。その時、ピッと僅かに指先を切ってしまった。

「いてっ」

 つうっと、血が指から手の平の方へと伝ってくる。

「ちょっ!?」

「うわぁ.....、まぁ、大丈夫か。シロヒくんに絆創膏貰いに」

 シロヒのところへ行こうと、レオが部屋の扉に向かおうとした時、ベットから這い出てきたクロが、レオの細い腕を掴む。

「んん?何?」

「...凄い痛い?」

 クロの質問に、レオは何も答えられなかった。

 他の人から見れば、これはほんの少しの小さな傷だ。誰もが痛みを我慢出来るくらいの傷らしいが、レオにはジンジンと鋭い痛みを与えるものだ。しかし絆創膏なんかを貼ったところで、彼の体質上すぐに塞がるのだが。

 そこまでぼんやりと思考を巡らせ、あぁ、クロは勿体ないから貼らなくていいって言ってるのか、という考えに至った。確かに傷口がすぐに塞がるので勿体ない事は確かだ。

「凄い痛いわけやないよ。少し切っただけやし。あ、破片触んなよ。お前も怪我するかもしれんし」

「...うん」

 よし、それなら箒とチリトリを取りに行くか。あれらを使えば、怪我せんやろ。レオがそう思っていた時、クロがペロリとレオの指先に付着した血と傷口を舐めた。レオは肩を震わせてびっくりして、クロを見上げる。

「な、何をっ!」

「え、何って傷口って舐めたら消毒になるって、聞いたから。一応しとこうかなって」

 ニヤリといたずらっ子のような笑みで彼は笑う。レオはその顔を見て、心の底から殴りたい衝動に駆られた。

「二人共、音したけど、大丈夫?」

 ユキは部屋のドアを開けて、2人の部屋の中を見た。そして瓶が割れているのを見て、どこか納得したように、

「...瓶か」

「驚かせたか?」

「んー、少しね。敵が窓割って入ってきたかと思った。怪我は?」

「大丈夫。指切っただけやし...、一応クロに消毒もしてもろうたから」

 それを訊いてユキは少し目を丸くして、にっと笑った。

「へー、クロくんがねー。...珍しいこともあるもんだ」

「あぁ?」

 クロが噛み付きそうな勢いでユキに近づこうとするが、ユキの方が言葉が早い。笑みを浮かべたまま、

「気になるなぁ、すっごく気になる!レオさん、クロくんは消毒液を持ってないのに、どうやって消毒してもらったの?」

 ...あ。とレオは思うと同時に、かぁっと頬が熱くなるのが分かった。

「じゃ仲良く♪」

 バタンと扉が閉まった。レオは何気なく指を見てみると、もう殆ど傷は塞がっていた。

「...レオさーん、片付けないの?」

「あぁ!!そやった!ホウキ!チリトリ!」

「俺も手伝う」

 レオはクロに声をかけられ我に返り、箒とチリトリを取りに行くことにした。


 それから、4日後。5人は依頼の為、王宮前にいた。

「でっかあ!」

「レオさん、目輝かせ過ぎ。おもしろーい」

「Kくん、その棒読み感、レオさん拗ねちゃうよ?」

「うるせ!」

「そんなレオさんも、いいと思うよ!」

「お前はどういう目線で俺を見とんねん!」

 シロヒは自由な4人を無視して、フジに来てもらうように門兵に頼む。しばらくして、慌てた様子でやって来たフジが5人

 のところへ来た。

「すみません、お待たせしましたか?!準備に追われててすぐ来れなくて」

「あー、大丈夫です。そちらは?」

「他の人達に任せてきました。それでは、こちらへ」

 フジの先導の元、王宮内を5人は並んで歩いていく。

「皆さん、若いんですね」

「若い...って言っても20代前なだけなんだけどね」

 フジはKの言葉に成程と呟いて、

「傷の方は大丈夫ですか?」

 そう5人に尋ねてきた。

 5人は驚いて目を丸くした。もうそんな情報がここに流れてきてるのか。さすがは王宮といったところなんだろう。決して侮れない情報力だ。

「大丈夫ー。2週間くらいあれば充分。仕事も肩慣らし程度にしてきてっし!」

 あれを肩慣らしにするっていうのも、酷い話だ。シロヒとKはそう思ったのだが、何も言わ無かった。そういう意味も含めて、やっている事は確かに否めないからだ。

 廊下を歩いて歩いて、二手の道に分かれるところで、フジが立ち止まった。

「まぁ、えと、とりあえず...。ユキさんと...貴方にこれを」

「俺?」

 ユキとレオはフジから折りたたまれた紙を貰う。フジがユキに行く為の道順を説明して、

「行こ!レオさん!」

 ユキがレオの手を引いて片方の道へ歩いて行った。

「で、シロヒさんとクロくんには野外警備を。Kさんには宮兵隊に狙撃手として加わってもらいます。Kさんは狙撃がお上手と聞いたので」

「OK、任せて」

「ではこちらに。2人もついてきて下さい」

 フジに連れられ、3人は王宮内を案内されていく。着いた先は、多種多様な武器が所狭しと置かれた武器庫だった。フジは中を探りながら、

「お3方には屋根上の警備に行ってもらいます。Kさんが狙撃手だと事前に情報を仕入れているんですが、Kさんはどなたですか?」

「あ、僕だよ」

 Kがそう言うと、フジは頷いて彼へ王宮兵士に支給する用のスナイパーライフル銃をKへ投げ渡す。Kは軽くそれを触り、フジに視線を戻した。

「それを使って王宮兵士達と共に南側をお願いします」

「了解しました」

 Kはしっかりと頷いた。

「俺らは?」

「クロとシロヒさんには、各バルコニー付近の警備を頼みます。そこから侵入するのが、所謂"よくある手"なので」

「成程なぁ。...ところでレオさんとユキはどこの警備になるんだよ?」

「お2人は、」


 一方、4人と別れたレオとユキ。ユキに手を引かれながら、レオは迷路のような場所を通っていた。しばらくして、ユキがフジから渡された紙をレオに手渡した。

「中見てみて」

「え?」

 いいから、とユキはニヤニヤしながらレオに手紙を開けさせようと促す。レオは訝しげに顔を顰めたが、文面を見る。

 その中身は、壮絶だった。あまりのことにレオの口から漏れた言葉は、

「何で...」

「まあまあ、そう肩を落とさ」

「落とすわ!」

 レオは噛み付くようにユキにそう言った。その反応に、ユキは小さく肩をすくめた。

「何で...っ!何で俺が女装すんだよ!」

「しー。ここの造りからして侵入者がすぐ分かるように、声響く造りしてるよ?折角フジくんが配慮して私達だけにしたのにさ。自分からバラしていくの?」

「っ!」

 ユキの察しの通り、フジは事実そういう意味を込めて、2人だけで歩かせていた。そしてユキの言う通り、広くて響き渡るような造りをしているここならば、耳のいい人間ならばすぐに聞きつけてしまうだろう。

 レオはチッと口の中で舌を打つ。今更何を言った所で変わらないのだ。諦めるしかない。

「...てか、ユキ凄いな」

「ん?何が?」

「聞いただけで、どこに衣装部屋の場所が分かるとか。俺、全部同じに見える」

「あー、そういうこと」

 ユキは納得したように頷いた。

 どこもかしこも絵や置かれてるものは違っても、レオにはどこに今いるのかなんてさっぱり分からない。方向音痴でもないレオがこうなのだ。ユキはそれを難なくスラスラと通っていく。

「まぁ、サポートとして街の地図を見るから、かな?脳内で勝手に地図が出来てるんだよね。まぁ、それと勘かな?」

「か、勘」

「うん、あ、着いたよ!」

 迷子にならずに着いたことに対する嬉しさ半面、これからのことに関して、レオの脳内には暗雲が立ち込める。

 顔に出る明らかな不服そうな顔をしたレオを見て、ユキは面白そうに笑った。

「大丈夫、レオさん似合うから」

「嬉しくないっ!」

 ブツブツと未だ文句を言う彼を連れ、ユキは近くに居たメイドの女性に紙と共に、衣装部屋の利用の話をする。すると、話を聞いていたらしいメイドに案内され、それぞれ試着室のようなものに入れられた。

 それから、一時間半後。まずユキが試着室から出る。白いワンピースのようなドレスで、腰の辺りには紅いリボンとピンク色の薔薇の飾りが付いている。美しい彼女にとても映えるドレスだった。

 ユキが出て来てからほんの少しして、ゆっくりとレオが出てきた。

「レオさん?あ、...レオちゃん?」

「...わざわざ言い直すな、馬鹿」

 レオは顔を赤くしたまま、カツラの茶色い髪の毛を掻き上げた。元々華奢な身体つきのせいか、女装に全く違和感がない。

 勿論、ドレスのデザインも女装がバレないように助長している。男特有の腕の太さを誤魔化せるように、服の袖がふわりとしていて、淡い青色のドレスもそれに合わせてふわふわとしている。何にも知らない人が見れば、確実に可愛い"女の子"として見えるだろう。

「クロくんにでも見せてあげたら?」

「馬鹿にされるし、それに気が散るやろ?」

「似合うって言いそうだけど」

「出来ることなら、言われん方がええんやけど」

 ユキは口を尖らせるレオへ笑いかけて、手を差し伸ばす。彼は不服そうにその手を取った。ユキはヒールで歩きにくそうなレオを手助けながら、パーティー会場へ歩いていく。

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