第5話 I don't want to part with you for a moment.

 怪我のため、レオとKを動かせないことからここに5人は泊まる事になった。

 エリーの部屋にはユキが、レオのいる部屋にはクロ、Kのいる部屋にはシロヒがいる。「心配だから」という事で、側で寝るのだ。仮に違う場所で寝るとしても、待合室しか無いのだが。

「ありがとうございます、エリーさん。泊めてくれて」

 エリーの腕の中のユキが、彼女を見上げながら、そう礼を言う。

 見上げるというだけの仕草だが、それだけでもユキは可愛らしい、とエリーは思う。

 エリーは別にアブノーマルな趣味を持っている訳では無い。女の子好きというわけでも、小さい子ども好きというわけでもない。ただ彼女は、『小さくて可愛いもの』が好きなのだ。それはエリーが女性にしては身長が高い、というコンプレックスを抱いているからに他ならない。

 一方のユキからすれば、凹凸のあるエリーの見た目は、羨ましいものだったりするのだが。

「いいよ、どうせ動かせないんだ」

「そうですね」

 ふわっとユキが微笑む。

「...それにしても、ユキの髪色って珍しいよな。ユキ、〈鬼神種〉じゃないのに、どうしてその色なの?染めてるってわけでも無さそうだし」

「...まぁ、地毛ですね。私からしても光に当たると変わる髪色って珍しいと思います。父も母も、黒なんですけどね。聞く前に死んじゃいましたからね」

 寂しがるような素振りは一切無い。どこか残念がっているようにも見えなかった。しかし何処か少し、彼女表情が硬い気がする。

「そろそろ寝ますね」

「そうか?もう少し話したかったが」

 エリーの言葉を訊きながら、ユキはエリーの腕からするりと抜け出し、もう一つ横のベットに寝転がる。

 そして、毛布をかぶり、

「ふかふか、ですね」

「そうか。良かったな」

 にこりと笑った。

「お休みなさい」

「お休み」

 ユキはそのまま瞳を閉じ、エリーは肩をすくめて布団に入った。

 天使の近くで寝られる事に感謝をしながら、エリーもまた瞳を閉じて、夢の世界へと意識を溶かした。


 Kはポツリと、暗闇の中にいた。

 何処を歩いているのか、分からない。暗い闇だ。

 彼の耳の近くでヒソヒソと囁く声がする。だがそれはすぐに違うと分かる。

 Kの嫌いな、"あいつ"の声だ、囁いてなどない。Kの耳にこびりつくように、その声は響いてくる。

『逃げられると思ってるのか?』

 止めろ、まとわりつく声が。気持ち悪い。

『お前は私の子どもだろう?』

 耳を塞いだ。それでもなお、Kの耳には聞こえてくる。頭に直接侵入しているようだ。

 やめろやめろ!人形じゃない。僕は...、僕という人間だ。玩具でも、道具でも無い!

 Kは必死に耳を塞いだまま、念じる。しかし暗い、暗い闇が、Kの目も思考も覆って、彼を黒く染めていく。

『お前もここの住人になりたて、だな!』

 また声だ。

 しかしそれはKの嫌いな"あいつ"の声じゃない。優しくて温かい、大切な彼の。

『面倒見てやるから』

 白い一筋の光が後ろから差してきて、その方向に振り向いた。


 その瞬間、目が覚めた。

 ぼんやりと視界に見える白い天井は夜のようで仄暗く、電灯の点いていないその部屋は、窓からの月明かりでほのかに明るい。何度かお世話になっているので、エリーの所だとはすぐに分かった。

 てか眼鏡は?他の皆はどこに、

「っ.....」

 少し身じろぎして、痛みで身体を止める。動かない方が良さそうだ、とKはすぐに判断して動きを止めた。

 その時、妙に右手だけ温かい事に気付いた。何故だろうか、とボーッと考えながら見ると、シロヒがKの手を包むように握って、寝ていた。

 シロヒは寝るときに一切イビキとかしない人間なので、見るまで全然気付かなかった。

 ずっと、こうやってくれてたのかな?

「...........?.....K!」

「あ.....」

 さっき少しKが動いたせいで、彼を起こしたようだ。

「ごめ、起こし」

「K、大丈夫か?!痛みは?気分は?」

「大丈夫だよ。ここ、エリーさんのところだよね?」

「うん。レオさんとクロくんはもう1個隣の部屋にいて、ユキはエリーさんの部屋にいる。...心配したけど、無事で良かったよ」

 シロヒが安堵するように息をついた。そして、握ってた手を解いてKの髪の毛を優しく梳いた。Kにとってそれはとても心地いい。

 シロヒがいてくれてるって、分かったから、さっきの悪夢をもう見なくて済みそうだ。そう考えると、またKの意識は落ちた。


 また、Kが寝た。まだ全快してないから、体力を使っているのだろう。

 シロヒは頭を撫でていた手を止め、再びKの手を握ってやる。すると、またぐっとKがシロヒの手を握り返してきた。

 彼が悪夢を見ている時の、癖みたいなものだ。一緒に寝ている時、布団をグッと握ってる姿は幼い頃からよく見ていた。

 この癖をきっとKは知らないのだろう。言わない方がいいだろう、とシロヒは思い、今まで言っていない。

 せめてKがいい夢が見れるように祈りながら、シロヒは強く手を握り返す。そう願いながら一緒にいるから。

 だから、泣かないで。


 一方、2人の隣の病室にレオとクロはいる。

「レオさん...」

 スースーと、定期的な寝息が聞こえる。一応〈鬼神種〉の力が働いているようで、その力のお陰で頬の傷は大分目立たなくなっていた。

 あどけない子どものような顔で眠るレオはクロより1つだけ年上のはずだが、子どもっぽい。言動がやや子どもらしいのもあるが、1番の理由は童顔だからだろうか。

 しかし仕事の時は違う。年相応に下の者を守ろうとし、〈鬼神種〉で小さな傷はすぐに治るからと、人一倍無茶する為、こうしてキャパオーバーになって倒れる。

 レオが傷のわりに倒れるなんて、よくあることだ。〈鬼神種〉は傷の回復を負ったとほぼ同時進行で行う為に、動くだけの体力とは別に治す為にも体力を使うので、疲労が過剰に溜まり倒れてしまう。しかも戦う最中に起こる時もある。

 俺もう、怖くて堪んないんだよね。

 死んで欲しくない。治るまでにやられたら、どうするつもり?1人の時に倒れたら?

 俺には、レオさんしかいないんだよ?頭おかしいかもしれないけど、でもそのくらい俺にとって、レオさんの存在は大きいんだよ。

 クロの目がグッと熱くなって、鼻の奥がツンとして、つうっと涙が頬を伝う。ほんの少し想像するだけで、こんなにも怖くて堪らなくなる。

「クロ.....?」

「っ!れ、レオさん...っ」

「...また、泣いてんの?」

 クロの涙がレオの手に落ちていたみたいで。レオが起きていた。

 ふにゃり、とレオが口角を上げて笑う。きっとクロは心配しているのだろう、とすぐに分かったからだ。

「大丈夫やから」

「...ち、違う」

「?」

「...無茶して、欲しく、なくて」

「...そういうことか」

 どこか納得したようにレオは言った。

 パッと握っていた手は振り解かれ、そっとレオはクロの頬を包み込む。彼の細い指がクロの涙を拭う。

 そしてクロの目線とレオの目線がかち合う。いつもクロを見上げている彼の琥珀の瞳が、真っ直ぐクロを見る。

「俺は皆と違うから。ちょっとやそっとじゃ死なへんて。クロは心配症なだけ」

「...同じだよ」

 同じ言葉を話せて、笑い合える。それは同じだ。

「レオさんも、俺と同じ、人じゃないかさ」

「! ありがと」

 またふにゃっとした、いつもの彼の笑みを見せた。クロの心を安心させる柔らかい笑みだ。

「...今は、夜?」

「ん...、うん」

「はよ寝ろよ。...俺も、寝る」

 レオはクシャクシャとクロの頭を乱雑に撫でて、その目を閉じた。早く回復する分、やはり疲れるのだろう。

 クロも、そっとレオの髪の毛を梳いた。

「お休み、レオさん」


「ありがとうございました」

「もう二度と来ないようにな」

 次の日。起きた2人を連れて、5人は玄関前にいた。彼等を見ながら、エリーはケラケラと笑いながらそう言う。

 いや、少し違う。正しく言うならば、シロヒとK、ユキの後ろにいる、うるさい2人を見ながら、だ。

「歩けるから下ろせっ!」

「心配だからだーめ!」

 足を撃たれてるのが心配だからと、クロがレオをおぶっている。それで2人は文句を言い合ってるのだ。

 2人がこう、ギャーギャーとうるさいのは、3人からすればいつものことなのだが。

「K、肩貸そうか?」

「ん、いやぁ。大丈夫、大丈夫」

「...そう」

「.....えいっ!」

 ユキがKの背中を押した。Kがよろめいて近くにいたシロヒの肩に手を置く。Kが驚いてユキの方を向いた。

「ゆっ」

「Kくん、少しはシロヒくん頼ってあげなよ」

 実に晴れやかな笑みで、ユキはKを見上げた。

「大切な、友達なんでしょ?」

「っ.....、わかった。ごめん、シロヒ」

「いや、いいって」

 家族じゃん。

 シロヒがそう言うとKは目を丸くして、それから苦笑いを浮かべた。

「金は急がねぇよ」

「どうも」

「...おぶられてるからか、レオお前、本当にガキだな」

「っ!? お、おい!クロっ!」

「下ろさなーい!」

 クロは声高らかにケラケラと笑う。レオはその態度にイラッとし、ポカポカとクロの背中を殴っている。でもクロはそれを気にした様子も無く、レオを連れていく。

「では」

「あぁ」

 エリーはヒラヒラと手を振って5人を見送った。

 ユキは、いつ何が起こってもいいように、Kの拳銃を持って家路までを先導する。だが、幸いなことに何も起こらず、無事家に帰ってきた。

 家の中は特に荒れた様子もなく、そのままだ。強盗等は入らなかったらしい。

「...1日いなかっただけなのにね、懐かしい感じ」

「...そうだね」

「レオさん、歩ける?」

「歩けるっての!大丈夫やから...、ったくもう」

「とりあえず、今日は仕事ないし。ゆっくりしよっか?」

 ユキの提案に全員が頷く。

「K、部屋までいい?」

「うん、ありがとう」

「レオさん、部屋で下ろしてあげるね!」

「いや、もうここで下ろせよ...」

 それぞれの部屋に彼等は行った。


 シロヒはKをベットに下ろし、机に貰ったものを置いていく。

「シロヒ」

「ん?あ、これ腹につける薬な」

「あ、ありがと。じゃなくて!その...ごめん」

 突然謝られて、シロヒは小首を傾げる。

「何が?」

「...依頼のこと。ちゃんと見てたら、こんな怪我負ってなかったのに。シロヒを不安にさせることもなかったしさ。あの時、周りを確認してなかったせいで。レオさんにも心に傷を負わせた気がするし。それが申し訳なくて...」

「K...」

「ごめん...」

 Kはペコリと頭を下げた。

「謝るなよ」

「僕の気が収まらなくて」

「...気にしなくてもいいよ。人間、未来が読めるわけじゃないだろ?」

「...っ、そうだけど」

「じゃあいいんだよ!気にしてたら何にも始まらないって!」

 グッと拳を握ってそう言うと、Kは少し苦笑いに近い笑みを浮かべた。

 少し昼寝でもしようかな。シロヒはふとそう思い至り、ベットに向かう。

「ねぇ、シロヒ」

「ん?」

「いつまで、こうやって皆でやれてるかな?」

「どうした、急に?」

「昨日みたいなこと、また起こるかもしれないじゃん?だから、」

 一応、と。Kは苦笑いを浮かべたまま、そう言う。

「そうだなぁ。死ぬ瞬間まで皆と居られたらいいとは思う。誰かが離れるの、寂しいから」

「そうだね」

 家族を持つようになった人は、"Knight Killers"を辞める人が殆どだ。むしろ、彼女さえ作らない人間が多い。現地妻みたいに周りに侍らせる人間もいるが、そんな異常者は片手で足りるくらいしかいない。

「Kはどう思ってんだよ」

「僕もシロヒと同じだよ。だから僕は普通だって、そう思えた。それだけ」

 シロヒとKにはよくあることだ。

 こんなことをしてるからか、何が正しくて悪いのか時々分からなくなることがある。考えすぎかもと思うけど、でもモノサシは必要だ。

 2人は不必要な殺しはしたくないと思っているからだ。

「役に立った?」

「うん。 ありがと」

 Kはそれだけ言って、何も言わなくなった。シロヒは少しだけ背伸びして、ベットに倒れ込んだ。


 一方、レオとクロの部屋では。

「ったく...」

 ベットの上に下ろされたレオは、クロが無理矢理おぶったからか不服そう。

「レオさん、ごめんってば。だって、心配だったんだもん」

「うるさい」

「酷い!」

「当たり前や」

 レオは頬を膨らませて、クロを睨む。

「そんなに心配せんでも、人が大丈夫やって言うてんのに」

「だ、だって...」

「...はぁ」

 レオは溜息を吐いて、クロの額を軽く小突いた。

「安心しぃ」

「...分かった」

 いつもそうだ。余裕ぶってさ。いつもいつも、限界まで我慢して無理して、倒れて。

「じゃあさ、...俺と約束してよ」

「約束?」

 クロの言葉にレオが眉を寄せて首を傾げた。


「俺とさ、一緒に地獄に堕ちてくれる?」


 彼自身でさえも歪んだ、歪なものだとは自覚してる。だが、近くにいて欲しいから。近くに居てくれないと、レオを護れないから。

 それに俺は死ぬまでも、死んでからもずっと、レオさんと笑い合いたいから。

「...当たり前や」

 フッとレオの口角が上がった。ニヤリと、クロを見上げて笑う。

「俺1人でええとこ行くわけ無いやろ。...お前の傍に嫌でも居たる」

「! そうこなくちゃ!」

 殺し過ぎた2人は、こんな約束を交わさなくても地獄に堕ちるだろう。たとえ今から改心したとしても。

 だが、クロは思う。一緒に地獄に堕ちて。俺のセカイに居て。

 レオさんが俺のセカイの中心だから。レオさんのいない世界に"俺"はいないんだ。いる意味も無い。

 レオさんが本気で約束をしてくれてなくてもいい。死んだ後に自我が残るのか、俺知らねぇもん。

 でも、この言葉が鎖として、俺とレオさんを繋ぐなら...、それでいいんだ。

「忘れないでよ?」

「忘れん。忘れられるわけないやろ」

「ん、じゃあこの話は終わり!次は王宮に行く話ししよ!」

「ポジティブやなぁ」

 レオがそう言って苦笑する。クロはそれを見て、胸の内がほっこりするのを感じる。そうだ、彼にはこうやって笑っていて欲しいのだ、と。

 目の届く場所で。どこであっても彼を自分が護れるように。

 それだけが生きる意味だから。

 貴方に負わせてしまった、俺の罪を軽くする方法のハズだから。

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