第3話 死ぬ間際の美しき光を
依頼の受理方法は様々だ。
ネット界隈は珍しい事だが、主にはちょっとした掲示板から得たり、知り合いなどから受けたりすることもある。手紙という手段も珍しくない。それは多岐に渡る。
「...えとね、〈霧の森〉の教会だね。今はもう使われてない廃墟の」
「あー、あそこか」
クロが納得したように頷く。
「じゃあまた分かれていくか」
今日彼等のこなす依頼は2つ。教会で依頼の受理。そして、王宮で依頼の受理。比較的楽な仕事であると言えるだろう。計画等を練る必要の無い事柄だけだからだ。
「王宮なんて堅苦しいところ僕好きじゃないから、教会は僕が行くよ」
「...俺が、Kについてく」
「お、珍しい組み合わせ」
そう言うとレオは「そうやろ」と言う。クロはがやや不服そうに口を尖らせているが、文句は言わないで黙っている。
「じゃあ、クロくんは俺と一緒に城行きだ」
「はーい。...ユキはまた留守番?」
「うん、留守番。いつものことでしょ」
ユキはにっと笑った。それからその会話を遮るように、Kがパンパンと手を叩いた。
「よし、それじゃあしっかりね!」
「じゃねーと死ぬしな」
「そんなこと言わんでええねん」
「確かに」
5人で笑い合う、とても幸せで楽しい時間。
だがユキの頭の中は別のことを考えていく。大した、大きな仕事では無いのに。何でか、胸騒ぎがする。どうして、不安が、
「...ユキ?」
「あ、えと、何?」
「いや、ボーッとしてたから」
「あ、ごめんごめん」
ユキはまたへらっと笑う。これから仕事をする4人を不安にさせないように。
一方、ニコールディア王国中心部に据えられている王宮の中にある、国王の部屋。若き国王に仕える若き執事はそこにいた。彼はいつも通り定刻に起きてこない国王をいつものように起こしに来ていた。案の定、部屋に入ると、積まれた資料と膨らんだ毛布を見て、またいつものように溜息を吐く。そして、彼へ近付いて思い切り身体を揺する。
「ナツ!起きろって、ナツ!」
名前を呼びながら、ユサユサと幼馴染みの肩を揺らす。寝起きが悪い彼は、そっとのことじゃまず起きない。
執事である青年、フジは黒い髪の毛を掻きあげて、今朝2度目の溜息を吐く。
「ったく...こいつは...っ!」
すっと息を吸って、
「起きろっ!馬鹿ナツ!!」
「う、うぇぇ.....、まだ寝てたいって...ぇ」
青年は、モゾモゾと中で身体を動かしている。仕方ないのでフジは布団を取り上げた。
「あーっ!僕の布団っ」
「起きろっ!今度は飯を取り上げるぞ!」
そう言うと、このニコールディア王国の若き王、ナツはようやく身体を起こした。まだ眠たそうに瞳の下を擦ってはいるが。
その間にフジは今日着る服を出したり、履く靴を持ってきたりと忙しい。というのも、ナツが信用のおけるフジともう1人の人間以外に、近くに人を置こうとしない為、必然的に仕事が多くなってしまっているのだ。
「んー...今日の予定は?」
「今日の予定は、新しく作られる工場の視察に、依頼してた人達が来るから、その人たちとお話しないとね」
「...もうそんな日かぁ...。うー、今日も大変そー...」
うぇぇ、とまたナツが嫌そうに顔を顰める。...とても一国の王とは思えない態度だ。彼に仕える身である執事のフジがそう言うのはどうかと思うが。
だが、ナツは"智将"と他国の人々に言わしめるほど、頭がいい。裏の人間と手を組むのを嫌がる王が多い中で、程よい繋がりを保っている。それに、汚れ仕事も必要ならば自らの手ですることもある。
「フジー、あのさ、今日さ懐かしい夢を見たんだよ」
「ん?」
「昔の四人で遊ぶ夢。懐かしくない?」
「あぁ、確かに懐かしい夢だな」
フジはナツに同意する。
ナツは黒い目を少し伏せて、寂しそうに笑った。
「また、前みたいに遊べるかな?」
「...無理かもね」
「かなぁ?」
どんな答えを俺に求めてたんだ?フジはそう考えながら、ナツを見た。だが、いつものようにヘラヘラと笑うナツの顔からじゃあ分からなかった。
シロヒとクロは大きくそびえ立つ王宮前にいた。
「でっけぇなぁ、無駄に」
「そういう事は口に出さないでよね、今から入るんだから」
シロヒがそう咎めると、クロは「はーい」と素直に返事した。
2人は王宮前の門兵のいる関門へ行き、依頼の書かれた手紙と共に、「あの、すみません。こういう者なんですけど」とシロヒが言って渡す。
門兵は訝しげな、疑うような顔をした。だがすぐに、確認を取ってくれて、それから少し待っててくれと2人へ告げる。
しばらくして、
「お待たせしました」
黒髪に紫の瞳の黒いスーツを着た好青年が、中から出てきた。優しそうな、いい人そうな人柄があらゆる所から滲み出てる。彼は静かに一礼し、ニコリと人当たりの良い笑みを浮かべた。
「俺はフジと言います。えと、〈黄昏の夢〉の方々で間違い無いですよね?」
「はい。こちらはクロで、俺はシロヒと言います。全員で来れなくてすみません。他のメンバーはそれぞれ仕事がありまして」
「いいですよ、構いません」
フジはニコニコと笑いながら、クロに一礼して、
「クロ...?」
「あ、フジじゃん!」
「え、2人、知り合い?」
「あーうん。俺、時々街をぶらぶらするんだけど、その時、たまたま会ってさ。親しい人が外に出られないから、外での珍しい話を教えてくれって頼まれて。で、お礼もしてくれるって言うからさ!そこで知り合ってる」
「成程...」
「王宮に勤めてるなんて、知らなかったけど!」
「一応、企業秘密みたいなとこあるからね」
シロヒは感心してしまう。王宮の仕事も大変なんだなぁ、と。
「とりあえず王の元に案内するので、ついてきてください」
フジの先導の元、2人は王宮内に入る。
中はキラキラと光り輝いて、正しく王宮と呼ぶにふさわしい荘厳さを抱いている。煌びやかな物が廊下のあちらこちらに大量に置かれている。絵画も、飾っており美しさに拍車をかけているようだ。そして何より、広い。方向音痴じゃない人間でも、道を覚えないと迷うだろう。そんな場所をフジはスタスタと歩いていく。
歩いて歩いて、フジが一つの茶色い大きな扉の前で立ち止まった。
コンコンコンとフジがノックをして、中に入る。遅れて2人も中へ入る。
「やぁ、どうも。こんにちはー」
中には、へらっと笑い手をヒラヒラと振る茶髪の青年が、彼よりも遥かに大きな赤褐色の椅子に座っていた。切れ長な細い黒い瞳が、クロとシロヒを見る。彼の前には、既にいくつかの駒が置かれたチェスの盤が置かれてる。
「はじめまして、俺はシロヒです」
「クロでーす」
「よろしく、僕はナツだよ。フジ、お疲れ様」
「まぁ、仕事だしね」とフジは苦笑しながら、ナツへそう言った。
「まずは来てくれてありがとう。本当は頼む側の僕らが行くべきなのに、こういう立場だからさ」
ナツは眉を下げて笑う。
態度は年相応の、ややフランクな青年という印象をシロヒは受ける。"王様"というこの国の元首であり、権力を握っている人間に、あまり見えない。
「あ、そこの椅子に座っていいですよ」
「どうも」
フジの促した、ナツの目の前に用意された椅子に座る。余った3席をフジはテキパキと片付けていく。その時だった。ナツがあっさりと口を開いて、
「君たちの話は聞いてるよー。随分殺ってるんだってねぇ?」
コトンっとチェスの駒が音を立てた。
「...まぁ、そういう職業なので」
先程までの穏やかな雰囲気がガラリと変わる。シロヒの隣のクロがナツの言い方にイラついてるのが、シロヒの肌にビリビリ伝わる。
ここで怒らせるのは、マズい。シロヒは冷静に、クロの様子を確認しながら言葉を紡ぐ。
「あぁ、別に君達を否定してはないよ?君達みたいな人間がいないと、色々困る人間もいるからね。それに、今回はその腕を買ってお願いするんだもん。変な事言わないよ」
クスクスと愉しそうに笑う声が、徐々に黒くなり始めた。
「それじゃあ執事。説明お願い♪」
「はいはい、国王様」
ナツがフジへ、ニコリと笑いかける。その笑顔は楽しそうな笑みというよりは、すっと腹の底を冷やすような、恐怖を与える笑みだった。
「えー、今回〈黄昏の夢〉に頼むことは、三週間後に行われるパーティーの護衛役として、王を守って頂きたいのです」
「...護衛?ここにはたくさんの傭兵がいんだろ?」
「今、左大臣のセンってのが周辺の国を回って外交してるんだけど、そっちに人を多くやりすぎちゃって。で、少しここの警備が手薄になるなぁって所に、君たちを配置したいの」
「場所、そこへ配置する人間はこちらが決めますが、報酬もそれ相応のものをお渡しいたしますし、裏でもこういうレッテルがあるといいと思うのですが」
確かに、とシロヒは思った。王国からの依頼を達成したとなると、次の依頼から凄いことになりそうだ。
「どうかな?」
パチンッとチェスの駒が小気味よい音を立てた。「チェックメイト!」とナツが嬉しそうに声を上げる。それをフジが嗜めた。
「分かりました。受けます」
「他の三人にに言わなくていいの?」
「分かってくれると思うよ。この仕事、多分楽だ」
「シロヒくんがそう言うなら...」
クロは興味が無いのか、生返事だ。クロとしては、メンバー全員が無事に達成出来るような依頼であれば、何でもいいと思っているからである。
「ありがとうございます。あんまりこの話はポンポンと色々な方にしたくないので。目星を付けていた方々に決まって、我々もほっとしています」
「あ!それじゃあ親睦の意味も含めて、一緒に夕飯でもどう?時間潰せる場所、沢山あるしさ!」
「あ、あの、すみません、それは...」
シロヒがそう言って続けてセリフを吐くと、2人は目を丸くした。
「夕飯は"家族"皆で食べる約束なんで...」
フジは2人を見送り、またナツの元に戻る。出した椅子やら何やらと、資料の催促の為だ。部屋へ戻ると、ナツは口を尖らせて、チェスの駒を手の内で転がしている。余程、彼等に断られたことが悲しいのだろう、とフジは思った。
「ナツ、そんなこともあるって」
「分かってるよ!別に、僕の思い通りにならないことに腹を立ててるわけではないし。ただ...」
「ただ?」
「...家族とご飯とか、そういうのいいなぁって思って。無いからさ、親と食べたことなんて」
寂しそうに、ナツの黒い瞳が伏せる。フジは小さく溜息をついて、ナツの頭を優しく撫でてやる。
「一緒に食べよーか?」
「!…いい」
「...俺、家族じゃないのかなぁ?俺は、ナツやセンと食べたいと思うけど」
「...どうしても?」
「うん、どうしても」
そう言ってやると、「仕方ないなぁ」とナツは眉を下げて笑う。
昔から意地っ張りだからなぁ、ナツは。フジはそう思ったが、言わなかった。
一方、〈黄昏の夢〉の家で留守番をしているユキは、家の掃除等をしていた。
その時。ピンポーンと。来客を知らせるチャイムが鳴った。
「はーい、どちら様ですか?」
チャイム、人。依頼人か、別の敵意を持った人物か。ユキは素早くそこまで考え、護身用のナイフを取り、扉を開けた。
そこには、年配の警官と青年の警官の二人組がいた。
「...君は、"Knight Killers"の一チームの人間で間違い無いね?」
「...急に警察官が何の用ですか?」
ユキは微笑みながら、しかし確実に仕留める準備をする。もし、〈黄昏の夢〉の逮捕なら、"逮捕しに来た"という証拠は消さないといけない。
「い、依頼です!ほ、本当に依頼です!」
「...捕まえに来た、というわけでは無いんですね?」
「そうならすぐに発砲してる。君たちの腕は、死体処理を行なわされてる我々がよく知っている」
「そうですね」
隙は見せられない。が、言葉に嘘はなさそうだ。ユキはそう判断し、家の中に招き入れた。
「いい家だね、こじんまりとして。ここで暮らしているのかい、他のメンバーと」
「はい。まぁそれに、それ相応の金額が入りますからね、あ、飲めない紅茶ありますか?」
「無いよ。ストレートでいい」
「はいはい」
慣れた手つきでカップとティーパックを取り出す。水を沸かして、注いで、二人に渡す。
「熱いですから、気をつけて」
「ど、どうも」
「そんなにオドオドしなくても、無差別に殺しはしませんよ。新人さんですか?」
「ま、まぁはい」
「そうですか。じゃあこれから頑張って下さいね。で、依頼は?」
「...この彼を知っていますか?」
目の前の年上の警察官が写真を見せてきた。そこに映っているのは、妙に高級感あるスーツとネクタイに身を包み、彼自身もそこそこの人数のボディーガードに囲まれている。体型はやや太め。
ユキは少し考えて、それが別の地区の最近地区長になった人間だと思い出した。数ヵ月前にニュースで言われていたはずだから、まだ記憶に新しい情報だった。
「この人を殺すんですね?」
「ああそうだ。孤児院を抱える地区には、孤児院施設者に対して払わなくてはいけない補助金があるんだが、それを横領しているとの報告があった」
「横領...タチ悪いですねー」
「警察からの注意にも答えず、私服を肥やすだけなら無能な人間でも出来ます。大事なのは自治です。ですから、彼の行為を止めるためにも!」
「止める...ね」
止めることは出来る。しかし、これが根本的な解決じゃないことを分かっているのだろうか。
邪魔者を排除していって残るものは、自分だけだ。
「お願い出来るかい?」
「...少しメンバーと話してみます。ここに電話番号書いてもらっていいですか?私の方から連絡します」
「分かった」
年上の警察官がメモに電話番号を記して、年下の警察官を連れて帰っていった。
さて、どうしようか。皆に相談しないとなぁ。そう考えながら、ユキは洗濯物を干すために、外に出た。
王宮からの帰り道、クロとシロヒがのんびりとこれからどうするかを話していると、白い建物から一人の白衣を着た女性が現れた。彼女は面倒臭そうに金髪の髪の毛を掻きあげて、それからポケットからライターと煙草を出して、咥えた。
「エリーさんだ!」
クロがそう元気良く声をかけると、紫の瞳が2人の方を向く。そして、ひらりと彼女は手を振った。
「よぉ、黄昏のクソガキども。今日は2人でお出かけか?」
ニコニコとエリーはクロとシロヒへ笑いかけ、煙草を地面に投げ捨てて、火を足で消した。
「相変わらず煙草を吸ってるんですね」
「ンだよ、また止めろって言うのか?あたしは寿命を少しでも減らそうとしてんだっての。こんな腐って終わってる世界から、さっさと居なくなるためにな」
「...いつもそれですね」
当たり前だ、とエリーはにっと笑う。
エリーはこの場所で闇医者として働いている、いつも煙草を吸い、目を引く赤いスカートが特徴的な女性だ。シロヒにとっては更に、手当ての仕方を教えてくれた人でもある。
「あー、少しでも死に近づけてりゃいいんだけどな」
「死にたがりだなぁ」
「まぁな。他の奴らによろしく頼むぞ。気ぃつけて帰れよ」
エリーは手を振って、彼女の家のある建物の中に入っていった。
「いつも通りだな、あの人」
「まぁ、そうだね」
「凄い人なんだけどなあー」
クロは苦笑する。
そう、この世界をエリーは権力を持つ誰かに侵害されずに生きている。誰かに消されることも無く、自らの意思を貫いて。
「さ、帰ろっか?」
「うん」
エリーの家と〈黄昏の夢〉の家は割りと近くにあり、ものの数十分で〈黄昏の夢〉の家へ2人は着いた。クロが勢いよく扉を開ける。
「あ、お帰りー」
ユキはニコッとクロとシロヒに笑いかけた。シロヒはリビングをキョロキョロと見回す。
「...あれ?2人まだ帰ってないの?」
「うん、...遠くないし依頼の受理だけなはずなんだけど」
それを聞いて、クロとシロヒは一気に不安な気持ちが募る。
しばらくたっても、レオとKの帰ってくる気配がない。そわそわしていたクロが耐えきれず立ち上がった。
「...俺、行ってくる!」
「ちょっ、クロくん!!」
クロが外に出て行こうとするので、シロヒが慌てて止める。
「なーんーでー!いーかーせーて!!」
「相手が困るだろ!向こうからしたら、Kとレオさんが〈黄昏の夢〉なわけで。しかも、殺人頼むんだよ?精神が尖ってて2人に危害を加えるかもしれないじゃないか!」
「心配じゃないの?」
うっ、と言葉が詰まる。シロヒもまた、心配なのは事実であるからだ。ただ行こうとしないのは、そんな考えがあって、2人に迷惑をかけたくないからだ。
「...心配だけど、さ」
「じゃあ行こうよ!」
「...教会って言っても隠れられるところあるし、そこから盗み見すればいいじゃない?別に入らなくても廃墟なわけだから、中見れる場所あるんじゃない?」
ユキがそう言って、赤銅のパーカーを羽織って部屋から出て来た。外出する際の彼女の服装だ。
「シロヒくん、待っててもいいけど?」
「...行く。2人だけじゃあもっと心配だから」
「はぁ?何それっ!」
クロが不服そうに声を出す。ユキは、それをまぁまぁと宥めた。
「さ、行こっか」
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