第2話 変わらぬ日常

 いい匂いがする。

 Kは目を覚ましてベットの近くの机の上に置かれた眼鏡をかけ、同室の親友シロヒの寝ているベットを見る。そこには誰もいない。グッと背伸びしてベットから降り、リビングに向かうため、ドアノブに手をかけた。そこでドアがきちんと閉められてないのに気づいた。

 シロヒ、寝ぼけてたのかな。Kはそんな事を考えながら、ドアノブを回した。リビングには、

「お、おはよ!もう少しで起こしに行こうとしてたんだ」

「おはよう、シロヒ」

 シロヒがエプロンをつけて、せっせとホットケーキを作っていた。既に出来上がっているホカホカのホットケーキに、Kは目を向ける。綺麗な焼き目のついた、美味しそうなホットケーキだ。

 Kはもう一度伸びをして、

「何か手伝うことは?」

「シロップ出して。あー、あとフォークも」

「分かった」

 シロヒの指示通りに冷蔵庫からテーブルの上にシロップを置き、食器棚から二本のフォークを取り出して、既に置かれている皿の端に置いた。

「ありがと」

「朝ごはん作ってくれたんだから、これくらい当然だろ?」

「...そか」

 シロヒは丸くしていた目を、柔らかな笑みの中に溶かした。

 シロヒは皿へホットケーキをそれぞれ盛り付け終わり、上からシロップをかける。

「いただきます」

「いただきます」

 ほぼ同時に2人は合掌し、もぐもぐと食べて始めていく。

 うん、シロヒの料理は美味しい。Kは食べながらそう思った。

「今日は...、報酬回収か」

「そう...だね」

「面倒くさいなぁ」

「そう言わない」

 金銭の回収は大変な仕事だ。もしかしたら、ある意味単純に殺すよりも大変かもしれない。

 殺害を行なう時は計画を練り充分なシュミレーションをして成功させるが、回収作業は相手次第。依頼を受けるまではヘコヘコしてた人間が、急に「金は払えない」や「そんなのは知らない」と意味の分からない事を言ってくることなんてよくある事なのだ。

 そういう時は脅したり或いはレオが薬を用いて恐喝したりするが、それでも払おうとしない奴も勿論いる。高いだの、そっちが勝手にやっただの、訳わかんないことを言う奴等は分かっていないのだろう。

 その金で、殺した人間の命を買い戻すことは出来ないという事を。

「Kくん、シロヒくん、おはよー...」

 そこへユキが大きな欠伸をしながら部屋から起きてきた。そこで、Kとシロヒの食べているホットケーキを見て、ユキは目を輝かせた。

「シロヒくん、相変わらず料理上手だね」

「ありがとう、ユキ」

「私の分も?」

「冷蔵庫。チンして食べて」

「ん!」

 ユキはいい返事をして、ソファのクッションを抱き抱え、ソファの背もたれ越しにこちらを見る。

「今日は2人?」

 ユキはそう訊ねた。恐らく今日回る金を回収しなくてはいけない人数の事だろうか、とKは予想し、

「午前中に2人、午後に3人だよ」

「ふむ...、大変そうだね」

「しょうがないよ」

 Kは苦笑いを浮かべ、それから「ご馳走様」とシロヒに言う。

「少しゆっくりしてから、行くか」

「うん。...ユキ、ご飯は?」

「二人と一緒に食べるつもり。まぁ、二人が昼まで寝てるようなら先に食べるけど」

「Kー、準備!」

「あぁ、うん」

 シロヒに呼ばれ、Kは部屋へ向かいシロヒとお揃いの茶色いコートを羽織る。Kは仕事をする時は必ずこれを着る。験担ぎみたいな所もある気がする。

「行ってらっしゃい!」

「うん、行ってきます」

「行ってきまーす」

 ユキに手を振りながら、Kとシロヒは家を出た。


 クロはぼんやりと目を開ける。それからやけに狭いと思うと、クロはレオに抱きついて寝てた。それで昨日の出来事を思い出す。

 レオは若干嫌そうに眉を寄せているが、寝息は聞こえているので、まだぐっすり寝ているようだ。

 トクリ、トクリと。彼の心音がクロの体内に侵入してくる。

 それを聞きながら、クロは考えを膨らませていく。


 いつまでこうやって皆と居られるんだろう。いつまで、話していられるんだろう。

 まぁ、人はいつか死ぬものだし、現に今までも俺達は殺してきてるわけで。そういう人たちは皆、嘘みたいな顔して死んでいく。自分だけは死なないって思ってるから。俺もああやって死ぬのかな?まぁ、今までのことを考えるとそうかも。

 誰かに切り刻まれてグチャグチャにされて、そこら辺に捨てられて、次の日ゴミ回収で捨てられてしまう。そんな死に方でも、おかしくはない。


 トクリ、トクリと。レオの心音がクロの身体に染みる。


 レオさんも、いつか死ぬんだよな。俺より先かな後かな、どうなんだろ?もし、先に死んだら、俺笑っちゃうかもなぁ。「何ヘマしてんの!」って。そしたらきっと笑いながら、「ごめんごめん」って。


 温かい何かがクロの頬に伝った。それが液体であることに気づき、涙と気づくのに彼は少し時間がかかった。


 え、俺、「もしも」の話で泣いてんの?涙腺弱っ!


 そう心の中でクロ自身を茶化しても、彼の涙は止まらない。ぽたりと、その雫がレオの頬に一粒落ちた。

「ん.....んん」

「ごめ.....、起こした?」

 クロが訊くと、「大丈夫や」とクロの顔を見てレオは言い、そして彼の顔を見て驚いたみたいように目を丸くした。

 目、赤くなってんのかな。クロはそんな事をぼんやりと考えた。

「...泣いたの?」

「いや、まぁ、」

 少し、クロは言葉を濁す。

「なんで?」

「...考えてたら自然と。何か、うん、本当に」

 ブツブツと言葉をぶつ切りにしながら、レオに言う。レオは分からないようにしてたいたけど、手を伸ばして、クロの頭を優しくポンポンと叩いた。

「そんな時もあるって」

「そか」

「あぁ」

 レオは、ふにゃりと寝ぼけたままの状態で笑い、また寝た。

 クロもグッと伸びをして、先程の形に寝直した。今日くらい、だれも怒らないだろうと自分に言い聞かせながら。


「よし!」

 ユキはパンパンと軽く手を叩いた。洗濯物も干し終えて、次はあの二人を起こすか、とユキは伸びをして部屋へ向かう。

 長年共に暮らしていると、遠慮する気持ちは薄れてしまい、いつものようにノックせずに2人の部屋に入る。

「そろそろご飯食べ...よ?」

 ユキは目を疑った。2人が二段ベッドなの下で仲良く2人で寝ている。2人の仲の良さは知っているが、いい年をした青年2人でこのベットは小さいのではないだろうか。そんな事を考え、改めて起こそうと手を伸ばすが、

「...いい顔して寝てるなあ」

 その手を引っ込めた。

「しょーがないか」

 ゆっくり離れてドアを閉め、ユキは時間を見る。時間的にも、そろそろ朝ご飯を食べたい時間帯だ。

 シロヒくんのホットケーキ食べたい。うん、食べよう。

 ユキは1人でうんうんと頷き、言われた通りに冷蔵庫からホットケーキを取り出して、レンジに入れる。

 そこでガチャとドアの開く音がした。振り返ると、レオが欠伸をしつつ立っていた。

「...はよ」

「おー、おはよ。シロヒくんのホットケーキあるから自分でやって。クロくんは?」

「まだ寝とる。うー...眠い...」

 レオはゴシゴシと目を擦りながら、洗面所へ行った。目を覚まさせる為に洗顔しに行ったのだろう。すぐに戻って来た。

「...2人は?」

「昨日の報酬を貰いに行ってる。外で昼は食べてくるって」

「あ、そうやったな」

「はい、じゃあご飯は自分で用意して。冷蔵庫にあるから」

 そこでタイミング良くチンとレンジが音を鳴らした。ユキはレンジからホットケーキを取り出して、「どうぞ」とレオにジェスチャーした。レオも冷蔵庫からそれを取り出し、レンジに入れる。

 ユキはもう食べてしまおうか、と思ったが、流石に1人では無いので、少し待つ事にした。ほんの少ししてレンジがまた音を鳴らし、机には2人の朝食が並んだ。

「「いただきます」」

 2人はきちんとそう言って、ホットケーキを食べていく。

「んー、美味しいわ」

「だよね。シロヒくん、本当に料理上手だと思う」

 二人でそう話していると、

「ふわぁぁぁ...」

 ゴシゴシと瞼を擦りながら、クロが起きてきた。

「...ご飯、食べたい」

「はいはい。用意するから待ってて」

 ユキの言葉に、従順に頷いて、指定されているわけではないが、いつもの定位置の椅子に座る。ユキは最後の残されたクロの冷たいホットケーキに手を伸ばし、レンジに入れる。

「眠たそーな顔...」

「くそねみーけど、でも寝たら、今日もう起きねぇ気がしたから」

「はいどーぞ!」

 皿に盛りつけたホットケーキをクロの前に置くと、カッと寝ぼけていたクロの目が見開いた。匂いの良さに目が覚めた...、という感じだ。確かに、このホットケーキはとてもいい匂いをしている。

 そして、彼はがっついて食べ始めた。

「めっちゃ美味っ!」

「分かったから落ち着いて食え。誰も盗らへんから」

 決まり文句だな。ユキは思ったが、口には出さない。

「分かってるけどさ、ついつい?」

「何で私たちに聞くのか、分かんないんだけど」

「そうやな」

「あれ、てか他の二人は?」

「依頼料貰いに行ってる」

「あー...そういえば言ってた気がスル...」

「言うてたからな」

「そうだねぇ。...寝てたの?」

「いや...、起きてたと思う」

 すぐに起きてたと反論出来ないのは、既にクロは寝ていた事は確実だ。

 ユキはその事について茶化そうかと考えたが、何も言わずに代わりにニコリと、音の付くような笑みを浮かべて2人を見た。

「それじゃあ食べたら家のこと、手伝ってね♡」

 少し間があって、

「「はい」」

 2人が返事をした。


「えーと、これで全部だっけ?」

「うん、多分」

 シロヒとKは今までの案件を数えて確認する。

「クロくんとレオさんは今頃起きてんのかなあ?」

「そうじゃないか?昨日は二人が多めにやってくれたから、俺ら帰ってから寝れたわけだし」

「まぁ、夜食べてなかったから起きたんだけど」

 Kはニコリと笑ってそう言う。

「じゃあ、昼ご飯食べに行くか」

「あ、どうせなら報酬の金を使おうよ。僕らの昼食分、それから引いたらいいだけだし」

「そうだな」

 金銭管理は主にKが担当している。したがってちょっぴり誤魔化すことだって、彼には出来る。しかし、Kは決してそんな事はしない。シロヒはそれをきちんと理解している。

「さて、何食おうか?」

「いろいろあるからなぁ」

 他愛のない会話も久しぶりかも。シロヒは懐かしい気分に浸りながら、Kの隣を歩く。

 そして、丁度良さそうな店を見つけた。そこに入り、各々が食べたい物を頼む。しばらくして、2人の頼んだ料理が届いてから、「いただきます」と合掌し、2人は料理を食べていく。

「んー、美味しい!」

「そうだな」

「...こうやって二人だけで食べるの、久しぶりだね」

 Kはそう言いながら、なかなかにウッとくるような見た目をした肉を、何でもないようにもぐもぐと食べている。Kは見た目はスラリとした細身だが、食べても太りにくい体質らしく、メンバーの中では大食いなクロと張る程によく食べる。

「まぁ、大体皆と食べるからな」

 仕事がないときは、あの家で全員で食べるのが〈黄昏の夢〉の暗黙のルールの1つだ。特に夕飯は一緒に食べよう、という事にしている。"Knight Killers"の仕事は夜が主な時間帯になる。したがって、夕飯がいつ最期の晩餐になるか分からない。そういう理由で、夕飯だけは全員で食べる事にしているのだ。

 シロヒも、ガーリックパンを一口頬張る。そしてその美味しさに内心感動する。

「本当に、いいよね」

「んぁ?」

「皆でご飯食べるの」

「...そうだなぁ」

「昔、こんなこと想像してた?」

「いんやぁ」

「だよね」

 ケラケラと、Kは楽しげに笑う。釣られてシロヒも微笑む。仕事終わりの、つかの間休息、というやつだろう。それでもこうやって笑えるのはいいことだ、とシロヒは思った。

 ずっと皆で笑い合えたらいい。シロヒはそう思っている。

「ふー、ご馳走様」

「!? 早っ!!? ちゃんと噛んで食べたか?」

「ちゃんと噛んだよ!」

「それならいいけど」

 シロヒはKを待たせるのは悪い気がし、先程よりもスピードを上げて、昼食を食べ終えた。

 それから2人で家の近くの市場に向かった。いい掘り出し物があれば、それを買うために。野菜の売られている店の前で、シロヒとKは、2つのトマトを見比べていた。

「...本当に違うの、それ?」

「違うよ!?この艶とか大きさとか」

「ふぅん...」

「たく...。Kも料理が上手なんだから、こういうの知ってたら、さらに美味しくなると思うよ」

「いやまぁ、僕は作れればそれでいいからね」

 こだわりのない奴だなぁ、とシロヒは思ったが言わなかった。

〈黄昏の夢〉では、ご飯の用意は毎食当番制にしている。ただし、料理を全てゲテモノに変えてしまうクロは除くが。夕飯は誰が当番だろうか、とそんな事を考えながら、シロヒは辺りを見た。

 商店街は賑やかだ。人々の楽しそうな笑い声、嬉しそうな笑顔、平和そのものといった雰囲気が漂っている。他の国よりは随分とこの国は豊かであると街頭テレビのニュースでやっていたが、どの国にもやはり貧富の差は出てしまう。そして、"Knight Killers"のような闇の人間が増えていく。

 止められない、負の連鎖だ。

「...シロヒ?」

「え、あ、悪い」

 シロヒがへらっと笑った時だった。

「うわっ!」

 ばっと陰に隠れていたらしい男が、シロヒの持っていた鞄を奪って走って逃げていった。

 ひったくりか。冷静にシロヒは思考を働かせる。

「ごめんっ!Kっ!」

「大丈夫っ!」

 Kはヒラヒラと手を振って、男の後を追っていった。

 メンバーの中で1番速いクロよりは足が遅いと言っても、常人よりはずっと速い。仮に子どもがやってたとしたならば容赦はするかもしれないが、今回は大人。彼等に手加減などはない。

 最初は離れていた距離もあっという間に追いつき、Kは相手に対して回り込んで先に行くのを防ごうとしているようだった。しかしそこを、小さな男の子が横切ってきた。

「どけガキっ!!」

「っ!?」

「っ! そこから動かないで君っ!」

 Kの声に反応して、男の子はその場に立ちすくんで目を閉じた。シロヒもKのすることが分からないので、嫌な汗がつうっと背に流れる。

 Kはしゃがんで足を伸ばし、男の足を右方向に払いかけた。男はバランスを崩して倒れる。Kは男の手から鞄を取り上げて、男にぶつからないように、素早く男の子を抱き上げる。

 あっという間の出来事だったが、男の子と男が衝突する事態は免れた。

「大丈夫?」

「う、うん!」

「そうかそうか。怖い思いさせてごめんな」

 Kは男の子を下ろして、数度頭を撫でてやると、男の子は嬉しそうに笑って去っていった。それから周りからKの行動に対する賞賛の声が上がる。Kは嬉しそうに照れ臭そうに頬を掻いた。

 Kがひったくりから鞄を取り戻している間に誰かが呼んでいたようで、程なくして警察が来て、男は犯罪者として引き渡されていった。

「ごめん、お疲れ」

「どういたしまして」

 Kはシロヒへ鞄を差し出した。それで彼は会計を済ませていく。店の人が中に入っていった時に、Kがつんつんとシロヒの背中をつついてきた。

「ん?」

「...それだけ?」

 少し口を尖らせた彼を見て、シロヒは目を丸くして、それから思わず口元を緩ませた。

 先程のかっこいい行動をした人と同一人物とは思えない。変なところは子どものまんまだ。そう頭で考えつつシロヒは口元の緩みがバレないように、片手で口元を隠し、

「はいはい」

 ポンポンと頭を撫でてやると、Kは嬉しそうにはにかんだ。

「さて、帰ろうか」

「ん」

 店の人から買ったものの入った袋を受け取り、2人は家路についた。


 クロとレオに家の中の掃き掃除を任せ、ユキはこれから帰ってくるであろう2人の荷物をスムーズに冷蔵庫に入るように、冷蔵庫の中身を整理していた。

「よしよし、こんなもんか」

「ただいまー」

「お帰りー」

「お帰りなさい」

 Kとシロヒが帰ってきた。ユキの予想通り、シロヒは商店街で買い物もしてきていた。ユキは彼から袋を受け取り、早速整理した冷蔵庫へ収めていく。

「じゃあ、僕はお金分けてくるね」

 Kはそれだけ言うと、部屋に入っていった。

 報酬金額を分けるのはKの仕事だ。基本入ってきたお金はメンバー全員で使うのが殆どだが、全員均等にお小遣いが出るようにKが調節している。

「どうやった?」

 レオがシロヒへそう訊ねる。シロヒは苦笑いを浮かべて、

「今回の人達は渋らずにすぐ...って感じかな。まぁ、いい人たちだった...のかな?」

 その返事にレオは静かに頷いて、

「そかそか。お疲れ様」

 労いの言葉をかけた。

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