Knight Killers~黄昏を纏ふ者達~

本田玲臨

第1話 黄昏の夢

 ある者は彼らのことをこう言う。自らの障害を取り除いてくれる天使である、と。 また、ある者は彼らのことをこう言う。大切な人を奪った悪魔である、と。

 そしてまた、彼らは彼ら自身のことをこう言う。自分たちはどちらにせよ死神であろう、と。


 四方を小高い山で囲まれた天然の要塞を抱く国、ニコールディア王国。他国とは違う数々の特徴を持つその国には"knight killers"と呼ばれるある存在がいる。

 彼らは主に人を殺すことを生業とする、所謂殺し屋だ。これを名乗る者は多く、少人数でチームを組んで、この仕事をしている者もいる。

 国はこのことを黙認している。勿論、警察などには犯行現場を見つけたら逮捕するように言ってはいる。が、指名手配も、それに対する対応策も敷かれていない。

 国自体も彼らに殺しの依頼することがあるからだ。


 どんな身分の人間でも、金を積まれれば殺す。

 それが"knight killers"だ。


 これは、そんな彼らの物語。


 そんなニコールディア王国の北地区の裏路地にて。1人の男を取り囲むようにして3人の男がいた。

 1人は口元に薄く笑みを浮かべている、黒い髪に紅いルビー色の瞳をした高身長で細身な青年。片手には銀色に光る物を持っている。もう1人は、不機嫌そうに眉を寄せている、薄い琥珀色の髪と瞳をした、隣に立つ青年の顎辺り程のやや低めの身長の青年。彼は腕を組んで、目の前の男に視線を注いでいた。そんな2人に取り囲まれている男は怯えきった顔をした、黒髪黒目の中肉中背の中年。自分よりも年下に見える2人に対して、必死に口を動かして何かを懇願している。

 しかし、男の願いは2人の青年の心には届かなかったらしい。

 黒髪の青年が手に持っていた鋭い刃を持つナイフで、彼の首を思い切り裂いた。その傷口から勢いよく、紅い鮮血が飛び散った。

 琥珀色の髪色をした青年にとって、血は大嫌いだった。普通の人間であるならば、血液というものは苦手であるべきなのだが。しかし、彼の仕事上苦手・嫌いであると、周りに迷惑を掛けるので非常に困る。が、彼はすぐに好きになれるような単純な人間では無かった。

 そんな血嫌いな彼を気遣ってか、男を切り裂き終わった黒髪の青年は死体と化した男を道の端に転がした。それで、男の傷口は見えなくなった。

「....あの、私はどうすれば...?」

 そこへひょこりと、3人だけしかいなかった路地に、不釣り合いな上品な服装をした女性が現れた。琥珀色の髪色をした青年は振り向いて、

「あぁ、こっちで適当にやるんで。だから気にしないで、帰って貰って結構ですよ。依頼料は受け取ってますし」

 彼がそう言うと、依頼主であった女性は小声で感謝の言葉を吐いて、この場所から去っていった。

 また琥珀色の髪色をした青年はぼんやりと考える。

 この仕事をしていると、人は見かけによらないな、という事が実感させられる。今殺した男性も冴えないとはいえ、優しそうな顔していた。が、かなりの女性を誑かしていたらしいと聞く。

 この人は今日死ぬ事を知っていたんだろうか。だがそれさえも、口を無くしたこの男には語れないのだ。

「...何ボーッとしてんの、レオさん」

「あ、悪ぃ」

「いや、いいけどさ」

 ケラケラと、黒髪の青年は白い歯を見せて笑う。昔から変わらない彼の笑い方だ、とレオと呼ばれた青年は思う。

 ふわふわっとした琥珀色の髪に、琥珀の瞳を持つ青年の名はレオ。どこにでも居そうな普通の顔...、よりはやや童顔で女顔と呼ばれる顔立ちをしている。トレードマークとなりつつある黒のハンチング帽を、彼はまた深くかぶり直した。彼のお気に入りで、この仕事をし始めた時に買ってから、ずっと被ってる代物だ。

 そんな彼の横にいる背の高い青年の名は、クロ。闇夜に溶け込むほど黒い髪の毛に、ツヤツヤとしたルビーを連想させる紅い瞳。レオよりもやや白い肌は夜の闇に浮く。黒いパーカーを羽織り、左耳の小さく紅い丸い形をしたピアスをしている。

「で、どーすんの、これ?」

「そうやなぁ...、国が何とかしてくれるやろ」

 レオが答えると、ふーんとクロから生返事が返ってきた。興味が無いのか、早く家に帰りたいとかそんなことを考えてんだろう、とレオは考える。

 あっさりとレオがクロの考えのメドが付けられるのは、2人の付き合いが長く、またクロの考え方が単純だからかもしれない。当たっているかどうかは無視したものになるが。

 クロは自らの手に付着した赤い液体を見て、僅かに眉を寄せた。

 クロは血が舞う様子を美しいと言うが、流れているものや染み付いたもの、ただの赤い液体となった血液は好きではない。レオからすると、その考えの意味が分からない。

「ごめん、レオさん。またやっちゃったわ」

 レオはクロの言葉の意味がすぐ分かった。

 クロと仕事をする際、彼がいつもレオに言うテンプレートのような台詞。レオが血が嫌いなことを知っているが故の、クロの口から零れる謝罪の言葉だ。

「気にせんでええって。しゃあないんやからさ」

 レオのこのセリフもまたテンプレートだ。それでもこう言うと、クロは嬉しそうに笑って「そっか」と呟く。

 気づくと、レオはいつも通りの口調に戻っていた。

 メンバーと話す時や、親しい間柄の人にだけ、彼はこの訛り調子で喋る。下手に訛りの強い言葉で話すと、貧乏人だと依頼人に馬鹿にされ、時折足元見られることもあるからだ。

「じゃあ戻るか」

「おー」

 こうして彼らは家に帰る。

 これが彼ら、〈黄昏の夢〉の仕事だ。


 死体の転がった路地から逃げ、入り組んだ狭い路地を抜けると、少し広い草地にポツンと明かりの点いた一軒家が建っている。この長い四角形の形をした1階建ての薄い灰色に塗られた建物が、〈黄昏の夢〉の家だ。

 どうやら残りのメンバーはまだ起きてくれているらしい。

「たっだいまー!」

 バンっとクロが勢いよく扉を開ける。

「おー、お疲れさん!怪我とかはしてないか?」

 にっと口角を上げたのは、レオと同い年の好青年、シロヒ。しかし名前に反して、漆黒の黒髪にエメラルドのような深い碧の瞳と、白くない。髪の毛に至っては、碧のメッシュを入れている。だが第一に安否を聞いてくるところからしても、優しくしっかりした人柄が見える。

「ふわぁー...、お帰りなさーい」

 欠伸をしつつ彼らにそう言う少女は、ユキ。日差しを受けるとやや蒼くなる珍しい髪色に、深い海を連想させるサファイアのような蒼の目。〈黄昏の夢〉の中で唯一の女性だ。弁が立ち、どこか小馬鹿にした態度をよく取る。しかし、それだけの実力を持っている人物でもある。

「無事でよかった。遅いから返り討ちに合ったかなって」

 サラリとそんな酷いことを言う黒縁眼鏡をかけた男は、K。黒髪に黒目、服はシロヒとお揃いの茶色のコート以外は黒だけの、黒だらけの男。厄介なのは無自覚に人の心を抉ってくるところだろうか。

「ほら、早く席に着いて」

「まだ食ってなかったのかよ?」

「ほら、夕飯は皆で、でしょ?お腹空いたよー」

 レオとクロは目を合わせて、それから三人に笑いかけた。

「自分の分は自分でよそおってねー」

「よっしゃ!じゃ俺先なー」

「あ、ズルいよ!私たち、待ってたのに!」

「あははは」

 お互いがお互いにとって、本当に楽しく賑やかで居心地のいいと思っている、そんな場所だ。


 夕飯を食べ終わり、レオとクロは自らの部屋へ行く。5人で暮らすには広いとはいえ、部屋数の少ないこの家は、リビングと風呂場等の洗面所、それ以外に使える部屋は四部屋のみだ。したがって、レオとクロ、シロヒとK、ユキ、倉庫でこの四部屋を割っている。

 レオとクロの部屋はさっぱりとした、必要最低限のものしか無かった。2人の寝る二段ベッドと、レオの武器である薬を調合する為の机と薬棚、本棚が置かれているだけだ。

「ふー、疲れたぁ!」

 クロはタッと走って、レオのベットの方に倒れ込む。

「おい、上に上がれや。俺が寝れん」

「...やだ、ダルい。動きたくない!」

 こいつは...!

  レオは口の中で何度か舌打ちをする。

「じゃあ俺が上使うけど、ええんよな?」

「.......一緒に寝よーよ」

「はい?」

「ほら、昔一緒に寝てたじゃん」

 クロはバフバフと敷布団を叩いてレオを呼ぶ。

 レオはチッと舌を打つ。そんなもの、昔の話だ。今の年齢を考えれば、とてもそんな事をしようとは思えない、というか思わない。

「...男二人で一つはキツい」

「大丈夫、レオさん小柄じゃん」

 レオはその発言にイラッときた。

 確かにクロの比べれば背丈は小さいが、それでも普通の人と比べたら身長はある...と、レオは思っている。

「...ほら早く!」

「っわ」

 グッと手を引かれ、レオは半ば強引にクロの腕の中に収められる。

「...暑い、狭い」

「俺は昔を思い出して、凄ぇ落ち着くけどなあ。...立場は逆だけど」

 ニヤニヤと自慢げにクロは笑っている。

 あぁ、確かに、とレオはぼんやりと昔を思い出す。寝ている時、レオは決まってクロの頭を撫でて慰めていた。お腹空いたって、痛いって泣くのを、止めさせたかったから。頭を撫でて、「大丈夫だ」って、クロにもレオ自身にも言い聞かせてた。

「ふふ、落ち着くー」

「...気持ち悪」

「酷っ!?まぁ、いつものレオさんらしいか。だって子どものときにやってもらったことって、落ち着くもんだって。レオさんの匂いとかさ」

 レオはいよいよ身の危険を感じ始めた。

「レオさんがいい兄ちゃん過ぎるんだって」

「は?」

「ホモとかゲイとか思ってたしょ?」

 否定はしなかった。沈黙は肯定だ。クロは笑みを浮かべたまま、レオの頭を優しく撫でた。

「兄ちゃんみたいてか、兄ちゃんだよな」

「...じゃあお前を撫でてやる」

 レオは素早くガッと手を伸ばすが、それをクロが防ぐ。

「甘えてよ、恩返ししたいから」

 その笑顔にレオは胸を詰まらせた。その顔は、クロが時たまに見せる我儘を言っている時の顔だ。

 レオはその顔に昔から弱かった。

「...分かった。今日だけ、今日だけやかんな!」

 レオがそう言って顔を上げると、クロは既に寝ていた。若干の苛立ちを覚えるが、何故だかどうしても彼は憎めなかった。

 軽く溜息を吐き苦笑いを浮かべて、彼の腕の中で目を閉じる。

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