02
少女は傘を差しながら、雨の降る公園を走っていた。時刻はもうすぐ8時に差し掛かろうとしている。このような幼い中学生くらいの少女が出歩いているのは珍しい。少女はひたすらに走り続ける。
少女はこの公園の1番の目玉である、大きな池に来た。
ここは昼間はカップルや仲の良い女子生徒、或いは観光客がボートに乗って、鯉や亀、その他の水鳥を見る、街でも数少ない観光場所の1つだ。だが、夜なので昼間の騒がしさは形(なり)を潜めている。
少女はキョロキョロと必死に辺りを見回し、目的の人物を見つけた。
その人物がいたのは、ボートを繋いでおく桟橋だ。雨が降っているにも関わらず傘も差さず、水面を見ている。少女は走りながら声を上げる。
「藍っ!」
その声に桟橋にいた藍は肩を震わせ、傘を差した蒼を見つめた。
蒼は桟橋まで辿り着き、下を向いて息を整えてから藍へ笑いかけた。
「もう!凄く心配したんだからね!藍が部活がいつも終わって帰ってくる時間過ぎてさ。学校に電話しても「いない」、って言われて。私、藍が誘拐されたんじゃないかって、不安だったんだから。今日は2人ともいないから本当に...。でも、見つけられてよかった。ほら、風邪引いちゃうよ?急いで帰ろ?ね?」
「......何で、どうしてここに来たの?」
雨による寒さのせいか、驚きのせいか。藍の声は低く冷たく、震えていた。
「姉の勘...ってやつかもね!ほら、藍」
「...私、帰らない」
「え...?」
藍の言葉に蒼は首を傾ける。
そこで初めて藍は顔を上げ、蒼を見た。その黒の双眸は、雨と涙で濡れていた。初めて藍は蒼を睨みつけ、蒼は藍のその目に困惑する。
「どうして?ねぇ、帰ろ?」
「私、今から、死ぬ」
ポツリポツリと呟いた言葉に、蒼は目を丸くした。
「な、何言ってるの藍...!死ぬってそんな...っ!何、また小学生の時みたいに友達に何か嫌な事言われてるの?それとも母さんや父さんがまた私と藍を比べたような事を言ったの?それとも私...?ねぇ、言ってくれなきゃ、私...分からないよ」
「...もう、嫌なの全部。誰も見てくれない。お父さんやお母さんは蒼ちゃんより劣った娘としか見てない。クラスメイトも双子なのに違うんだね...って。......蒼ちゃんには分からないでしょ?」
その声色に蒼は震えた。憎しみと悲しみが入り混じったような、喉の奥から出ている声。
「蒼ちゃんは比べられた事...無いでしょ?そんな経験、無いでしょ?私は生まれてからずっとそうなの!!」
「あ......い」
その姿は、いつもの藍では無かった。少しオドオドしていて怒る事などなく、周りに優しく蒼をよく頼る、そんな子であった。
だが、蒼にも言えなかった内なる声が、彼女にもあったのだ。
成績優秀、スポーツ万能。優しい彼氏もいる。しっかり者で頼られる蒼への強い劣等感が、ずっと彼女の心を巣食っていたのだ。
「ご、ごめん...。私、お姉さんなのに、気付けなくて...」
「当然だよ。蒼ちゃんなら一生味わわないと思うから。...どれだけ蒼ちゃんに負けてばっかり。好きだった人も、蒼ちゃんの事が好きで...。同じ顔した双子なのに、何が違うんだろうね」
「藍......」
「私、蒼ちゃん嫌い。大嫌いだよ」
この流れから言われる事は覚悟していた。だが、藍の口から言葉として飛び出すと、グッと胸が締め付けられる。痛い。
「私に無いものを持ってる藍ちゃんが、大ッ嫌いっ!憎い...のかもね」
藍は悲しげに笑って、黒のワンピースのポケットからカッターナイフを取り出す。刃を出して、その先を蒼へ向けた。蒼は何も言えず、立ち尽くすだけだ。
ザァザァ、ザァザァと。雨が2人に降り注ぐ。
「でもね、蒼ちゃん」
「.........?」
「一番嫌いなのは、何も悪くない蒼ちゃんをそんな目でしか見る事の出来ない自分が、一番嫌い」
蒼に向けられていた切っ先が、ぐるりと藍の方へ向く。蒼は傘を投げ捨てて、藍の元へ全力で駆け、体当たりをする。
そして、2人は派手な水飛沫を立てて、池の中へ落ちてしまった。
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