03
ぼんやりとした視界には、ゆらゆらと揺れる水面が見えた。やや青みがかった暗闇の世界。そこは蒼のよく知っている世界だ。
「気が付いたか」
蒼はこてんと首を横にすると、白いベンチの座る部分と影流の後頭部が見えた。
そこで、蒼は自身の身体がベンチに寝かされ、影流がベンチにもたれかかっている事に気が付いた。
「...少し助けるのが遅くなって済まなかった」
「いえ...。あの、私...、あれで死んで」
「いや、君は魂でしかない。肉体に損傷はしていないが精神的損傷が大きい。もう少しここでゆっくりしてから行った方が良い。急ぐ事も重要だが、焦らず慎重に行く事も大切だ。自分の身体を大切にな」
「...ありがとうございます」
蒼は小さく礼を言い、目を身体へと向けた。身体には傷1つ残っていなかった。
しかし、蒼の記憶にはしっかり残っている。歯が腕に食い込んだ瞬間。骨のもげる音。美味しそうに食べる咀嚼音。傷口から体液の代わりに染み込んでくる海水。
思い出したくもないが、あまりの事にその光景が目の裏にちらつく。
「...ちゃんと治したはずだが、どこが変か?」
「え...あ、いや、......。本当に起こった事なのかどうか、少し信じられなくて...。というか、影流さんが私の怪我を治してくれてんですか?」
「まぁ、そうだけど...。なんだ、放っておいた方が良かったか?」
「いえ!そ、そういうわけでは!」
「冗談だ」
「う...、笑えないです」
「ふふ、そうか」
影流の小さな笑い声が、蒼の耳に心地よく入ってくる。
「...影流さんって、お母さんとかお父さんとか、どういう人なんですか?」
「へ、あ......。父、はいない。母......みたいな人はいた」
「そうなんですか」
「母は私の師だった。とても強く優しく、聡明な人だった。私に読み書きや魔法の使い方、仕事の方法も教えてくれた」
「へぇ...!」
「蒼の両親はどういう人なんだ?」
「私の両親。父はとっても忙しい人で、でも家族の事は凄く大切にしてくれる優しくていい人です。母は怒ったらとっても怖いけど、いつもはふわふわしてて優しい。私の事をちゃんと見てくれる人です」
「それは、...とっても蒼のことを大切にしてるんだな」
「はいっ!...じゃあ影流さんのお友達ってどういう人なんですか?」
蒼はニコニコと影流に訊ねる。だが、返答は返ってこない。まずい事を訊いてしまったか、と蒼は首を横に向けて影流を見るも、頭が見えるだけで表情は分からない。
「......私の友人は皆、寿命で死んだ。私と違って、彼らの生命は有限だから。同じ時は生きられなかった。ま、そういう運命だと割り切っていたけど」
先程と何も変わらない声色でそう言う。
「...そろそろ大丈夫じゃないか?」
「え」
「身体、起こしてみろ」
影流に促されるまま、蒼はゆっくりと半身を起こす。特に身体の違和感は無い。
「頭が傷んだり、身体が動かしにくいとかはあるか?」
「いえ特に。大丈夫そうです」
「そうか」
影流はゆっくり腰を上げ、蒼に手を差し伸べる。蒼はその手を握り、ベンチから立ち上がる。
「うん、本当に大丈夫そうだな」
「はい」
「それじゃあ次の世界も頑張って来い」
「はい」
蒼はしっかりと頷いて、影流の後ろにある扉へと向かい、その扉に手をかけて開く。そこには先程と同じく3つの扉が並んでいる。蒼は真ん中のドアノブに手をかけて回し、白い光に包み込まれた。
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