第二章 絵空事 -えそらごと-
01
蒼が開けた扉の先は、また3つの扉があった。影流の言っていた『選べるようにする』というのは、こういった意味だったようだ。
ただし、どの扉が何なのか目印も何も無いので、どれが1番苦しくないかというのはさっぱり分からない。
「......もう適当よ。......どうせ全部入るんだから」
蒼は口に出してそう言い、手近にある1番左端の扉のドアノブに手をかけ、捻る。また眩しい光が蒼の視界を奪い取った。
しばらくすると視界が元に戻り、蒼はまた波音のする海の近くに座り込んでいた。先程の浦島太郎の世界に再び入ってしまったのでは、と一瞬焦ったが、辺りの様子がまた違う所にいるのだ、と理解した。
蒼は尻についた砂を払い、早速小瓶を探して彷徨う。
「...それにしても」
人の気配がしない。前の世界の時もしなかったが、小屋があったり小亀の口から「他の人達」という単語が開けていたので、住人のいる記憶があった。それが今はない。そう考えると少し怖くなり、足の動きが遅くなってしまうが、蒼は勇気を振り絞り、前へ進む。
その時だった。
「お嬢さん」
「え?」
少し嗄れた老人の声が蒼の耳に入る。しかし姿は見えない。
「もしもし、こちらじゃよ」
「え?え?」
「横じゃ」
横には林しか広がっていない。老人の姿は見当たらない。目を凝らしてジッとよく観察しても、老父どころか背の高い男の人も見えない。
「わしはここじゃよ」
声のする方向に目を向けるが、やはり林しかない。という事は、
「木が......喋ってる...?」
「何か問題でも有るかな、お嬢さん」
大有りである。木が喋るなど聞いたこともない。が、実際目の前で話しているし、先程も魚や亀が話していたので、そこまで声を出す程は驚かなかった。
「...えと、何か私に用事ですか?」
「あぁ。実は最近ずっと頭に何か引っかかておるような気がしてのう。自分で揺すろうとしても落ちんし、お嬢さんみたいに自由に動かせる枝が付いて無いのでな。何が引っかかっておるのか、見てもらえんかのう」
「は、はぁ......」
「上っても構わんから、頼んだよ」
蒼は話しかけていた他の木々よりも一回り大きい巨木を見つける。木肌のデコボコに足を引っ掛ける。裸足なのだが、足の裏を怪我する事は無かった。枝から枝へと、蒼は伝っていく。
「よい、しょ」
木が感嘆の声を上げると、蒼の視界が真っ白に染まったのは同時だった。
「キャハハハハっ!!」
「ほらほら、何か言ってみなさいよ」
幼い少女3人が半泣きしている藍に嘲笑し、突き飛ばしら暴言を吐いていた。何の間違いもなく、藍は苛められている。
「馬鹿よねー。心ちゃんに文句言うなんて」
「文句......じゃない」
「はぁ?まだ言うのっ、このっ!」
「やめなさいっ!!」
そこへ鬼の形相をした蒼が3人の元へ駆ける。3人は蒼を見て目を丸くするが、それでも退く事はなく、蒼を睨みつけていた。
「何よ」
「やめて。藍を虐めないでよ」
「うるさいわねぇ」
「やめてって言ってるの。聞こえないの?」
2人共、退く気配はない。やがて睨み合いに耐えられなくなったのか、少女が視線を反らし鼻を鳴らす。それから藍の方を見て、
「いいお姉さんね」
嫌味ったらしく言って、取り巻き2人を連れて帰っていった。蒼はその後ろ姿が見えなくなるまでに 睨み続け、それから藍に近付いた。
「大丈夫?酷いことされたでしょ?」
「...殴られたり蹴られたりされてない。ちょっと言われただけだから」
藍はそう言って曖昧に笑う。それを見て蒼は藍の身体をギュッと抱き締めた。藍は目を瞬かせる。
「よく頑張ったね」
「......ううん。ありがとう蒼ちゃん」
「私は藍のお姉さんよ!これくらいするわ。...次またされたら、すぐ私に言うのよ?私が藍を助けてあげるからっ!私だけはずうっと藍の味方なんだからねっ!」
ニコニコと笑みを見せながら言う蒼に、安堵を見せるように藍は微笑んだ。
「そう、藍はよく苛められていた。理由までは思い出せないけれど、あの子は可愛いし頭も良くて、人並みに運動も出来ていたから、そういう所に目をつけられたのかな。交友関係は、良くなかったのかもしれない」
蒼の意識はこちら側へ戻って来た。
「お嬢さん、大丈夫かね?」
巨木が心配そうに声をかける。
「うん、大丈夫よ」
蒼はするすると木から下りた。
「お嬢さん、どうもありがとう。頭の引っ掛かりは取れたようじゃ」
「良かった。それじゃあ私、探し物があるから」
「まぁ、少し待っておくれお嬢さん。ワシの礼が済んでおらん。お嬢さん、枝の葉を少し摘みなされ」
「え、でも」
「そこにさっき小瓶が落ちた。それに入れると良いじゃろう」
木は蒼の言葉を一切聞き入れる気が無いようだ。蒼は自らの記憶の入っていた小瓶を拾う。中身は無く、少しヒビが入っているが、完全には割れていない。
蒼は近くに落ちていた葉を数枚と、新しく3枚摘み、小瓶に入れる。
「ワシの葉は海水に漬けると薬になる。探し物をするお嬢さんが怪我をしても、それで消毒出来るじゃろう」
「ありがとう...」
「なぁに、ほんの少しの礼じゃ。頑張りなさい」
蒼は巨木に深く頭を下げ、更なる記憶探しへと歩みを進めた。
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