02
海水が素足に当たり、冷たい水の感触が伝わってくる。ふくらはぎ、腰、腹回り、腕、首、頭。どんどん浸っていった。が、小亀の言っていた通り、息苦しくない。外とは何も変わりなく呼吸が出来る。小亀はスイスイ泳いでいく。
「.....本当、不思議」
蒼は辺りの光景に目を動かす。美しい透き通る水に、色鮮やかな魚達が群れを成して泳いでいる。水の流れに合わせて、海藻がゆらゆらと揺れ、足に当たる細かい白の砂の感触も心地よかった。
しばらく歩いていると、
「あ、見えてきたよ」
竜宮城の朱塗りの屋根が見えてきた。更にどんどん進んで行くと、大金持ちのお屋敷のような立派な建物が建っていた。
朱色に塗られた屋根、壁や柱。金箔が所々貼られているようで、水の中でもキラキラと煌めきを見せている。確かに「絵にも描けない美しさ」だ。蒼が絵が上手かったかどうかは定かでは無いのだが。
「ボクですー!帰りましたー!」
大きな扉の前で小亀が体を震わせる程の大声で叫ぶ。すると、ゆっくりと扉が開き、小亀と蒼が通れる程の広さに扉が開いた。
「行こう」
「え、えぇ」
小亀の後を、蒼はただひたすらに歩いていく。
中もまた外と同様に、華やかな造りだった。通路のあちらこちらに輝く朱色の珊瑚が飾られ、今まで見ていた魚より一回り大きく、キラキラとした鱗をした魚が忙しそうに動いていた。
「ねぇ」
「うん?」
「ボク、乙姫様に君の事伝えてくるから。少しあそこの部屋で待っててくれる?本があるから退屈しないと思うよ」
子亀の前足の先、薄暗い明かりの部屋がある。蒼は特に疑問を抱く事なく、その部屋へ入った。
「うわぁ...!」
中には子亀が言っていた通り、大量の本が本棚に入れられ所狭しと置かれていた。水の中では紙がふやけてしまうのでは無いだろうか、と疑問を抱くが、すぐにそれを放棄した。その理由は恐らく、蒼が水中でも呼吸出来ているのと同じ。そういうルールだから、だろう。
蒼は適当に1冊取って見る。そこには草書体で古語がつらつらと書かれている。
「何、これ?」
蒼はそれを手に取り、文面を読む。
『大好きなんて言葉じゃ足りない。
愛してるの 』
その紙にはたった2文しか書かれていなかった。ここの住人のものなのだろうか。ガーゼのようにまた何かに使えるかもしれないと考え、一応蒼は持っておく事にした。それから見る本どれもが古めかしく、現代人である蒼が読むにはとても時間を要するものしかなかった。本棚を全体の半分まで回った所で、
「失礼します」
青いヒレが特徴的な魚が蒼の元へやって来た。
「えと...、小亀の付き添いで。あの、」
「分かっています。宴の準備が出来ましたのでお呼びに来ました」
「う、宴っ!?」
「はい。お客様がいらっしゃった時には必ず。さぁ、こちらへどうぞ」
今度は蒼が青いヒレの魚の後ろを歩く。程なくして2人の会場に着く。そこには沢山の魚たちが泳ぎ、海藻で作られたサラダや貝の和え物などを持って、これまた美しい色をした魚の元へ、それらを運んでいく。蒼は目で先程の子亀を探す。彼はすぐに見つかった。
綺麗な桃色の尾ひれと鱗を持っているが、それは下半身のみ。上半身は蒼と同じ、人間である。人魚だ。美しい漆黒の髪色には貝殻の装飾が付けられている。だが、目元から口の少し上までは白い布で隠され、口だけが見える。しかし、それだけでも美人の雰囲気を感じる。
「すみません、あの人は」
「乙姫様です。この竜宮城で1番お美しい方でございます」
「あの人が...」
「さぁ、お客様。こちらへ」
青いヒレの魚に連れられて、蒼は指定された席に座る。そこは乙姫様の右横だった。斜めの角度からならば、顔が覗けると思ったが、その顔は見えなかった。
「この度はありがとうございました」
蒼が視線を向けている事に気付いたのか、凜とした声で乙姫様が蒼へ声をかける。
「この小亀は私のペットでして...。この子から貴方の話を聞きました。手当てをしてくださったそうで。本当に感謝しています。遠慮せず、どうぞごゆっくりなさってください」
「は、はい。ありがとうございます」
蒼はそれだけ言い、目の前の料理に目を向けた。どれも色合いが美しく美味しそうだ。蒼は箸を手に取り、サラダを一口食べる。予想通り、やはり美味しかった。
そこで蒼はある事に気付く。
「ここに箸あるんだ...」
「ボクのひぃひぃおじいちゃんの頃に、君みたいなここに来た人がいるんだよ。その人がそれ使ってたんだって」
子亀の言い方からすると、ここは浦島太郎の何百年も後の世界、らしい。蒼は納得して再び料理を口に運ぶ。
「た、大変ですっ!」
それから蒼が3口程料理を運んだ時だった。入ってきた大きな扉を力強く開け、赤いヒレの魚が慌てふためいた様子で中へ泳いできた。
「どうしたのです?」
「そ、それが...!厨房で料理人のキイロノサカナが、殺されていたのです!!」
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