第一章 幻夢 -げんむ-

01

 少女は眩しい光に気付き、目を開けた。

 そこは先程まで居た青く暗い水面の下のような場所では無く、周りを木々で囲まれ、やや砂の多い土の上に少女は座っている。辺りに建物はないようで、何も建造物は見当たらない。

 少女は立ち上がって、まずはこの林を抜ける事にした。歩いて行く内に、肌を撫でる風に海の匂いが混ざってくるのが分かった。どうやらこの場所は海に近いらしい。

 少しすると、予測通り海に辿り着いた。キラキラと太陽の光を反射して輝いているが、少女にはどうでも良い事だった。どこかに小瓶は無いか、と砂を踏みしめながら探し歩く。そのまま歩いていると、ボロボロになった木の小屋を発見した。

 もしかしたらこの中にあるかもしれない。

 少女は小屋の中に躊躇ためらうことなく入った。

 そこには釣り具と小舟、それと長くて白いガーゼのようなものに、釣り道具の中に収めきれなかったらしい虫の餌がその横に置かれていた。少女はガーゼだけ取り、ポケットにしまった。他にも何か無いか細かく物色するが、めぼしいものは見当たらない。少しだけ肩を落とし、小屋から出た直後だった。

「うー...、痛いよぉ痛いよぉ」

 幼い少年の涙声が少女の耳に届いた。小屋を出てすぐ横へ行って見る。が、そこに少年は居らず、代わりに小さな緑色の小亀がいた。

「うー...うー...」

 しかもこの小亀が声の主だったらしい。人間以外で喋る生き物に少女は目を丸くし、少しだけ恐怖を抱いたが、脳裏に影流の言葉が過ぎった。

『世界にはその世界の住人がいる。その世界毎のルールもあるし、困っている住人もいる』

 この言葉から推測するに、小亀はこの世界の住人という立場なのだろう。普通の、少女が居た常識の世界とは違う、夢にも似た世界の住人なのだ。驚いてしまう方が失礼に当たるかもしれない。

「...どこが痛むの?」

「手の先」

 手の先と言われ、少女は少し戸惑ったが四肢の先だろうと思い、確認していく。すると、手前の右側が汚れていた。少女はそこで先程見つけたガーゼを少しだけ切り、そこへ巻き付ける。

「これでどう?」

「ありがとう...。海水が染みずに済みそうだよ」

 小亀は少女へそう言い、反対の手から小瓶を取り出し、少女の手元へ置いた。少女はそれを見て目を見張る。

 それは少女が探す記憶の入った小瓶だ。小瓶の中はキラキラとした白い色の光が見える。だが、こんなにもすぐに見つけられて良いものなのだろうか。更に影流は、『置いてある』と言っていた。もしかしたら、これは偽物なのかもしれない。だが、手を取らずにはいられなかった。

 そっと手に取り、その小瓶の蓋を開けると、

 白い光が少女の視界を奪った。





 少女の視界に徐々に色が付いていく。

 少女の立っている場所は教室だった。机の大きさからして、小学校高学年くらいだろうか。辺りは夕焼けのせいか、緋色に塗られている。教室にはぼんやりと待つ少女が1人と、作業に没頭しているもう1人少女がいた。白い肌、白いシャツに黒のスカート。髪色は黒く、1つに結われていた。楽しそうに花歌を歌いながら作業を進めていく。

 その時、教室の扉がガラリと開いた。

「蒼ちゃん」

 扉を開けたのは、少女と同じ顔立ちをした短髪の少女。白い肌、白いシャツに黒のスカート。服装まで幼い少女に似ているが、入ってきた少女の方が多めにフリルがあしらわれている。

 同じ顔、同じ背丈、似た服装からこの2人は双子らしい。

「蒼ちゃん....、何してるの?」

「何って......学級委員の仕事よ」

「楽しいの?」

「全然。だから楽しくなるように鼻歌歌ってたの」

「そ、そうなんだ」

「うん、そろそろ帰ろっか......。大分夕方になっちゃったし。...もしかして待たせてた?」

「ううん、待ってないよ。帰ろっ」

「うん、藍」

 一つ結びの少女、蒼は元気よく頷くと、手早く紙とホッチキスを引き出しにしまい、机の横にかけておいたランドセルを背負う。それから短髪の少女、藍の元へ。

「今日のご飯何かなー」

「昨日のカレーの残り...、だと思う」

 2人は仲良く並んで教室から出た。




 その瞬間、また視界は白に染まり、先程居た浜辺に戻っていた。

「.........思い出した」

 ポツリ、と少女の口から声が漏れる。

「私は、島浦蒼しまうらあおい。船坂中学校の2年生で、14歳。家族は4人。双子の妹がいて、名前は藍。引っ込み思案で大人しい、でも優しい妹。......うん、そうだ」

 自らに言い聞かせ、記憶を整理するように呟く。

「......ねぇ」

「うわ!......あ、えと...、ごめん。なにかな?」

 小亀がピョンと跳ねる。

「ボクのお家、案内してあげる。助けてくれた、お礼。君はここの住人みたいに、虐め無いから」

「......貴方のお家」

「海の中っ!竜宮城だよ!」

 そこで蒼の心の中で1つの童話が思い出されていた。浦島太郎。今の蒼は正しく、亀を助けた浦島太郎だ。

「......私、海の中じゃあ死ぬわ。......息出来ないから」

「大丈夫だよ!君はこの世界の住人じゃないから、海の中でも平気だよ。この世界のルールは他から来た人には適用されないから。他の世界はどうなのか、知らないけど」

 小亀はそれだけ言うと、海の中へぺたぺたと進んで行く。どうやら蒼の意志に関係無く連れていくらしい。が、ここに留まっていても意味がない。蒼は小亀の後を追っていく。

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