独占欲
保健室の包帯お姉さん。皮膚のドロドロ隠してる。近付き触れたら、お姉さんの包帯へ早変わり。
1階女子トイレの3番目。くるくる回ってトントントン。ガチャリと開いて、花子さんとこんにちは。そのまま手を引かれ別世界。
2階の理科室の骨格標本。1時の鐘がゴーンゴーン。それを合図にカタカタカタカタ動き出す。
3階の音楽室はぺちゃくちゃ口うるさい肖像画達。時々軽やかなピアノの音が鳴る。
廊下の見回りズル美さん。上半身で這いずって、捕まえた人間、ぱくぱくぱく。
中庭に住み着く黒猫さん。殺した校長探す為、今日も瞳を輝かす。
体育館の白井さん。素敵な歌声響かせて、魅せられた貴方はお友達?
これぞ、姫神学園七不思議。すべて体験したならば、もう、戻れない。
◆◇◆◇◆◇
姫神学園には七不思議が実在する。七不思議は霊感の強い人間には、目視する事が出来、更に強ければ会話をする事も可能なのだという。
だがそれは今は噂と化し、信じている人間もいない。ある男子生徒3人を覗いては。
夕方の学園の旧校舎。男子生徒3人は今は学習室となっている、学習室とは名ばかりの空き教室へ向かっていた。
1人は3人の中で1番背が高く細身の、ガラの悪い茶髪の生徒。小学生のような純真さを9割以上含んだ煌めく黒の瞳を持っている。
もう1人は3人の中で1番背の低い、全体的に色素の薄い生徒。茶髪の青年よりも更に薄い茶髪と茶目をしている。
更にもう1人は、3人の中で1番臆病らしい綺麗な黒髪黒目の生徒。
3人が学習室に入ると、
「よぉ、よく来たな」
中に既にいた白装束の男が声をかけた。その横には、おかっぱ頭に膝丈の赤いスカートを履いた愛らしい小学生くらいの幼女がいた。
彼らは七不思議に語られる怪談達だ。
男は『体育館の白井さん』と呼ばれる七不思議のシロ。幼女は『トイレの花子さん』と呼ばれる七不思議の花子だ。2人共、この3人の生徒と知り合いだった。
というのも、彼らが以前悪ノリで七不思議探検に来た際に、彼ら七不思議達が驚かした相手であったのだ。その際にシロの探す刀に込められた力を食おうと、謎の化け物〈怪異〉が襲ってきた。
それを七不思議達と協力して防いだ3人は、学園に伝わる歌通り全ての七不思議を体験した為に、『見えていない世界には戻れなくなった』。そして昼間でも容赦なく出て来れる彼らと、3人は奇妙な奇縁で結ばれ、視える為に『暇だから構え。じゃないと呪い殺す(笑)』と脅され、時々こうして昼間に話す事がある。
「...なぁ」
「ん?なんだ、なーさん」
なーさんと呼ばれた背の低い生徒は、辺りをキョロキョロと見回し、シロに訊ねる。
「ノワールは?」
「まだここに来てないわよ。多分、まだ中庭か...、それか今こっちに来てるんじゃない?」
「...そか。ヒノくん、フジくん。俺ちょっと探してくるわ。話したいことがあるから」
「あ、おいちょっと」
ヒノと呼ばれた背の高い生徒は彼を引き止めようとしたが、なーさんはそれを振り切って去っていった。
「なんだ...?ここで待って話せばいいじゃんか」
「2人きりで話したい...って事なんじゃない?」
フジと呼ばれた黒髪の生徒は、少し苛立ちを見せるヒノに笑いかけた。
「...さて、じゃあアイツらが戻るまでのんびりするかー」
なーさんは新校舎と旧校舎にある中庭に足を運んだ。
「ノワール...、おるかー」
なーさんは他人の目を気にしながら、呼びかける。
ノワールとは、この中庭に住み着く黒猫の七不思議の名前だ。
「ノワール」
なーさんがもう1度呼びかける。しかし、何も答えは返って来なかった。彼が肩を落とした時。
「にゃあ」
愛らしい猫の鳴き声がなーさんの耳に入ってきた。鳴き声の方を向くと、美しい黒の毛並みをした猫がいた。青い右目と、檸檬色と呼ぶにふさわしい黄色い瞳の、オッドアイをした黒猫だ。
「どうしたの、なーさん」
先程までの猫らしい鳴き声はどこへやら。はっきりと人間の言葉で、なーさんへ語りかける。
なーさんは近くにあるベンチ代わりの岩に腰掛ける。ノワールはその彼の傍に歩み寄った。
「てか、おったなら早う返事せぇや」
「いやぁ、他人の目を気にしながら探す姿が面白くてさぁ!」
愛らしい見た目をしているが、性格までは愛らしくはない。なーさんはそう思った。
「...なぁ、ノワール」
「んんー?」
なーさんはそう言って、ノワールへ紙袋を渡した。それを見てノワールは身体をふるふると振るった。
すると、身体が大きくなり、なーさんの目線の高さの背丈をした黒で統一された服を身にまとう少女に変貌する。
「なぁに?それ」
「えーから、開けてみぃ」
なーさんにそう言われ、ノワールは小首を傾げながらも、その紙袋を開けた。
「これ......、首輪?」
「チョーカーって言うんや」
「ちょーかー...?」
ノワールは紙袋から、黒いチョーカーを取り出す。真ん中に紫色の六芒星の飾りの付いた、シンプルなデザインのチョーカーだ。
「これ...ボクに?」
「おぅ。前...、死にかけた時に助けてくれたから」
協力して〈怪異〉を倒す際、喰われかけたなーさんを、ノワールが助けた事があった。それをノワールは思い出し、苦笑いを浮かべる。
「全然良かったのに...。でも、ま、ありがとうっ!」
早速ノワールはチョーカーを付けようとする。しかし、鏡もなくぴったり付けないといけないので、1人で付けるのに難航していた。
なーさんは溜息を吐いて、ノワールの手からチョーカーを取る。
「後ろ向け。付けたる」
「わ!本当にありがとう。なーさん優しいなあ」
なーさんはあっさりとノワールの首にチョーカーを付けて、その彼女を見てにんまりと笑った。その笑みに彼女は眉を顰(ひそ)める。
「な、なに...?これ本当は塩が振ってあって?」
「ンなわけあるか!塩って、お前そんなんで死なへんやろ」
「まー、そうなんですけどねー!」
ノワールはニパッと明るい笑みを見せた。なーさんはそんな彼女の冗談に苦笑いをして頭をくしゃくしゃと撫でる。
「よし、そろそろ小規模教室に向かうか。肩乗るか?」
「うん!」
ノワールはまた身体を振るい、小さな黒猫に戻った。そしてなーさんの肩に乗り、皆のいる小規模教室に向かった。
◆◇◆◇◆◇
姫神学園の夜。それは七不思議達が意志を持って動き出し、学園を襲おうとする〈怪異〉を倒したり、あるいは今日のように音楽室に集まって、今日見た面白い人間の話をして楽しむのだ。
そしてその音楽室には、喋る肖像画やノワール、シロに花子は勿論、保健室に住んでいる、はち切れんばかりの胸筋が覗くナース服に身を包んだ、包帯女男のみぃ。胸元まで長い黒髪が印象的な、下半身の無い女生徒の姿形をした女好きのテケテケ、ズル美。理科室を見守る最年長の骨格標本、セバスチャン。
「あら?どうしたの、ノワちゃん。可愛いもの付けてるじゃない」
「わー!本当だ」
自身の声を無理矢理甲高くしたような、ある種不気味さを含んだ声音で、みぃはノワールにそう言う。花子に抱きつくズル美もこくこくと頷いた。
「えへへー、いいでしょ!なーさんに貰ったのさっ!」
「なーさん、背伸びぬ男」「可哀想な男」「前それを歌に乗せて言ったら、アイツ睨んできた」「それ怖い」
肖像画達は口々になーさんに対する事を話す。それに皆は苦笑いをした。
「それにしても....、チョーカーとはね...。ノワール、それの意味知ってるの?」
「意味?」
花子の意味深な言葉に、ノワールは首を傾ける。花子はふうっと息を吐き、
「知らないのね」
「うん、知らない。教えて」
「ノワールさん。それは自身で考えて知る方がよろしいかと」
セバスチャンが軽く笑いながらそう言う。シロも同意見だと頷いた。
「うーむ...。じゃあちょっと考えてくる」
そう言って、ノワールは音楽室から出て、自らの縄張りである中庭へと向かった。夕方、なーさんの座っていた岩の上にちょこんと飛び乗る。
「考える...」
ノワールはふるふると身体を振るって、人間の姿へと変貌する。そして、首に付けられたチョーカーに触れる。
考える事は嫌いじゃない。七不思議になってからも、こうして長く考えられる議題を探して、暇潰しによく考えていた事もあったからだ。
考える時は、何となくノワールは人間になって顎に手を置き、考える。
「チョーカー...首...、首輪」
何故チョーカーを付けるのか。やはり、お洒落なのではないか?それ以上の含んだ意味があるとは、ノワールには思えなかった。
そこに花子が通りかかったのが見えた。
「花子ー!会合は?」
「会は解散したのよ。やっぱり1人でも欠けたら楽しくないそうよ」
花子はそう言って、それから「分かった?」と付け足してきた。ノワールは首を振る。それに花子は息を吐いて、
「所有物...。首輪があると、誰かのものだって分かるでしょ?」
それだけ言って、縄張りである女子トイレへと戻っていった。
「は、え、あ...?」
それはつまり、なーさんはノワールを自分のもとだと主張する為に、このチョーカーを渡してきたのか。それならば、付けた時のあの笑い方にも納得がいく。
「ま、まじかー...」
真相にたどり着いたノワールは、一気に顔を朱に染める。
明日からどんな顔をして会えば良いのか。
ノワールは熱くなる頬を手で仰ぎながら、星の降り出した美しい夜空を見上げた。
「...同じ空、見てるんだよねぇ」
ノワールはギッと夜空を睨み、流れ星を見ながら、すうっと息を吸って、
「なーさんの馬鹿っ!!!!!!」
大声で空に文句を言った。スッキリした顔をしてから、ノワールは猫の姿に戻る。そして、明日は本人に言ってやろうと、決心した。
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