第3話 ベルはまな板
ザウティスの横にタロウが打った銃弾が通る。勢いでもう一発を打つとザウティスの腹を貫通した。ザウティスが倒れる。数十秒間か沈黙が訪れる。その間にタロウを乗せたアサヒはその試合場の上をぐるぐると回っている。そしてそのタロウは銃を抱えたまま唖然としながら体を脱力していた。銃を持つ力を緩めると元のクラリネットに戻る。頭が回らない中、下の状況を確認すると皆が目を見開かせて口を半開きにしている。取り巻きも目をかっ開かせていた。ふとザウティスを見ると腹部から深紅の血が円状に広がっていっているのに気づいた。頭が急速に動く。下へ下ろして、というようにアサヒの首をチョンチョンとつついて指で下を指すとジャックの声が聞こえた。
"いいのか?降りたら何かされるかもしれないんだぞ?"
タロウはそれでもいいよジャックに伝えると朝日がそれを感知したかのように下へと降下していった。足を下ろして石の試合場にその身を乗せると教師がハッ、と我に返って周りを見渡し、タロウを見るなり顔を真っ赤にしてそのタロウの元へと一歩一歩力強く踏みよってクラリネットを持っていた手の手首を持ち上げた。
「お前!ザウティスになんてことをしたんだ!!なんで銃を使ったんだ!!!……あー、これで何かあったらお前のせいだからな!!」
教師が余った手で思い切り振りかぶり、タロウの頬を叩こうとした時、尖った猫のような高い声が聞こえた。
「先生、銃使っちゃダメって言ってませんでしたよね?あとザウティス君を心配するなら救護室に連れてったほうがいいのではないのでしょうか?」
声のした方を向くとそこに女子生徒がおり、遠くてよくわからなかったが青みのかかったグレーの色をした長い髪を持っていた。気取った感じはなく、つり上がった金の瞳がしっかりと教師を捉えていた。その教師はばつが悪そうに振り上げた手を下ろして持ち上げていたタロウの手首を離す。
「おい!救護係!!早くザウティスを連れてってやれ!!」
「……すみません、自分が救護係です………。」
「もう一人いないのか!?」
「僕一人で十分だって言ってたじゃないですか……。」
タロウが目をそらすと教師が舌打ちをする。編入した時、丁度新学期だったため後期の係決めをしていなかったので係決めをしたのだがその時から皆に虐げられていたため、一人だけ余った救護係に無理やり入れさせられた。試合場の入り口付近にある準備室に行って担架を持ってくると、一人では無理なのでな誰か助けに回ってもらおうかと呼びかけようとすると先ほどの金の猫目の女子生徒が駆け寄ってきた。
「私も手伝うわ。」
そう言うとザウティスの体を掛け声をかけたあとに担架に乗せて、二人で救護室に向かった。アサヒは何か感じたのだろうか、どこかに飛んで行ってしまった。そしてクラリネットはマウスピースにキャップを付けて解体してから向かった。
試合場を抜けると一気に緊張感が抜け、肩を脱力をした。すると女子生徒がタロウの目をじっと見て言う。
「黒髪に青目なんて珍しいわね。どこ出身なの?」
「えっと、北東部の方にあるエイザ村のところからだよ。」
「エイザ村……ね。あそこは元最強竜騎士の出身地だったはずね。確かに彼も黒髪青目だったわ。けど……あそこって。」
「うん………、魔物たちの戦争に巻き込まれた場所だよ。」
女子生徒は顔を暗くしているが、タロウは今ので少し魔物に対する恨みが溢れ出そうになってしまったのを抑えているといきなり静かになった。女子とはあまり話したことがなく、同年代の女子とは特に話したことはなかったので免疫がなく、アセアセとしているとふと女子生徒の胸が目に入った。………まな板、そう感じると一気に冷静になった。それに女子生徒が気づいたのか急に顔をこわばらせていた。
「えっと、貴方はどこ出身なんですか?」
「ベルでいいわ。私は帝都の隣の町、イズエットから来たの。タロウは知っているかしら?」
「イズエットは知ってるけど、タロウって、なんで知ってるの?」
「自己紹介で言ってたじゃないの。クラスメイトの名前を忘れるわけないじゃない。」
ベルの言葉にジーンときた。正直、自分の名前を覚えていてくれる人なんていないだろうと思っていたが覚えている人がいるとは、と胸と違って嬉しかった。
「さあ、急ぐわよ。」
ベルがそう言うとタロウが一度頷いて掛け声を合わせながら急いで向かった。
そんなこんなしていると庭からすぐに入れる救護室の入り口に着いた。すみません、と言うと救護室から物音が聞こえ、扉の近くまでに音が近づくとゆっくり開いた。そこには眼鏡をかけたイケメンが出てきた。
「なんですか……、って早く入れてください!」
ジト目をしたイケメンの顔が一気に焦りの表情に変わった。タロウもザウティスを見ると担架にたくさんの血がついていたのに気づく。急いで救護室に入ると、声を合わせてベッドの上に担架を置いた。するとイケメンの校医が小さなレンズを持ってザウティスの腹部を見た。
「これは誰が撃ったんだ?」
「……僕です。」
校医が二度タロウを見るとえ、とつぶやいた。タロウを見たまま体が固まっている校医にベルが叱りつけた。
「先生!早くしてください!ザウティス君が死んでしまいます!!」
校医がそれにびくり、と体を震わすと、止血するためにタオルを数枚持ってきた。服をめくらず、制服の上からそのタオルで押さえて止血していると校医がタロウに質問した。
「なあ、ミヤザワよ。銃で撃ったんだと思うがどのくらいの距離で撃ったんだ?」
「あまりわからないんですけど、試合場の上空から撃ちました。」
この言葉だけ聞くと明らかに犯罪者のような発言だが、模擬試験では何があっても責任は自分にあるというルールがあり、たとえ死んでしまったとしても何もできることはない。ただ有力な貴族たちを除いて。そしてザウティスはどの有力貴族の次期当主だ。何かあっては困るのはこの学校とタロウだけだ。タロウもそのことを分かり始めると一気に顔が青ざめて行った。やばいやばいやばいと、と唇を引きつらせるとベルが我慢できなさそうに校医に聞いた。
「魔法、使っていいですか……?」
眉間にしわを寄せて体を震わせていると校医が何か気づいたかのようにああ!と目を見開かせるとお願いするよ、と止血するために使っていたタオルを離すと、ベルが腹部の場所に両手をかざして目を閉じて、ゆっくりと唱えた。
『ボディ・ベリー・クローズ・ヒール』
そういうとベルの髪が青みのかかったグレーの髪が舞い上がり、青白く光りだし、何もないところから風が吹き始めた。タロウがザウティスの腹部を見ると一気に傷が塞いでいく。それに驚いていると、魔法というものは終わり、止血されてさらに傷が消え、青ざめた顔ではなく、普通の顔色のザウティスがそこにいた。
「さすが、回復魔法に特化しているイズエット家のものだね。」
当たり前よ、とベルが腕を組んでいるとザウティスが目を開ける。するとそのザウティスがタロウを見るなりすぐに起き上がって目にたくさんの涙を浮かばせながら叫んだ。
「ごめん!タロウ!!暴力をし続けてしまって!!俺はタロウのことがあまり気に入らなくて悪いことをしていたんだ!!ごめんな!!」
ザウティスの素直な言葉にタロウは拍子抜けしていた。
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