さくらの日とペンギン炭酸水
空付 碧
第1話
珍しく、朝早く目が覚めた。春が来て、日が早くなったせいかもしれない。のそのそと起き上がると、ぬいぐるみと目が合った。くたびれたうさぎに、おはようと挨拶をする。
今日はさくらの日らしい。確かに日中暖かくなって、桜が満開になる日が前倒しになるだろう。こういう日が続くと、やっと体の不調から解放されていく。どうしても冬から春に変わる時は、体調を崩しがちだ。
崩しがしといえば、くず餅が食べたくなる。わらび餅でもいい。私の好物だ。桜餅の次においしい。今日はスーパーで安価のくず餅と桜餅を買って帰ろう。
体調を崩してから、ろくに会社にも出勤出来ていなかった。今日は早く目が覚めたこともあって、普段より早く出勤準備が出来た。気合を入れるために、炭酸水を一気飲みする。糖分の入っていない、オレンジ味の炭酸だ。私のお気に入りだった。
頭痛薬を携帯して、家を出る。ウグイスが、『ホーーホケ』と中途半端に鳴いている。もっと練習が必要だ。頑張ろうウグイスくん。私は家の前の下り坂を歩いていく。私の通勤する会社は小さな炭酸水を製造するところだ。ペンギンが、炭酸水を作っている。
大事な日に限って忘れ物をするものだ。私は財布を忘れた。バスに乗るには定期券を括りつけているからいいのだが、そして昼ごはんも持参しているから、寄り道しなければ大丈夫なのだが、桜餅を忘れるはめになった。ちがう、くず餅だ。なんという失敗だろう。私はお勤め中のペンギンに話しかける。
「桜餅とくず餅、どっちを買うべきだと思います?」
クア、とペンギンは鳴く。桜餅か。昼休みに、どこかに小銭はないものかと、カバンを必死で漁ったら、特売品4つ入りの桜餅を変える程度の金額が集まった。どれだけカバンの中に小銭を落としていたのかという失力感と、どうにか午後ももちこたえるぞとやる気が湧いてくる。
ペンギンたちは良好のようだった。最近受けた健康診断も難なく通過していたし、それぞれ4種類の炭酸水を作るために難なく働いてくれている。ペンギンの飛び込んだ時の気泡と、羽に蓄えられた空気が、澄んだ炭酸を生み出していく。私は飼育係だ。最近入社した男性社員はまだ慣れずにペンギンたちの様子をただ見ているだけだが、私達はペンギンがいかに気持ちよく過ごして貰うか。そして美味しい炭酸水を作ってもらうために配慮しなければならない。栄養たっぷりのまるまる太ったアジを食べさせたり、排泄物の速やかな片付けを行う仕事だ。
ここではペンギンとのコミュニケーションを怠っては行けない。ペンギンが水槽が気になるといえば、きれいに拭き取ってストレスなく過ごしてもらう。今日はそんなに泳ぎたくないといえば、励ましたりする。
「どうやったら、コミュニケーション取れるんすか」
新入社員に聞かれたけれど、こればかりはニュアンスだとしか言えなかった。今日はさくらの日だと付け加えてみると、はぁ、と生返事が返って生きた。まだペンギンの方がいい反応をしてくれる。
「桜餅を買って帰るんですよ」
クエア、と返答があった。近くのコンビニで割引してるらしい。さすが情報通のペンギンだ。私はペンギンが転ばない生地のタオルで足元を拭いてやりながら、定時を待った。私のお気に入りの炭酸水は、今日水槽から瓶詰めされる。
本当に、コンビニに桜餅は売っていた。4つ入りのパックで、しかも3割引だ。私はペンギンに感謝しながら、レジにたった。帰り道、桜の花が咲いていた。立ち止まって、パックからひとつ餅を取り出す。葉の香りが鼻に抜けて、もち米の食感とあんこが口に広がる。桜の枝が風に揺れた。
ペンギンも桜を見れば素敵なのに。私に桜餅の情報をくれたペンギンは、桜を知らないままだった。
さくらの日とペンギン炭酸水 空付 碧 @learine
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