第40話:決意
両家同意の…婚約者…?
意味が分からなかった。
頭が真っ白になる。
「…そうか…親父、前からなんか怪しい動きをしていると思ったが…」
ゆら、と
「そうきたかよ」
まさか、翔の知らないところで話が…?
「人の気持ちも知らねーで、勝手に話まとめやがって…」
「蹴散らしてやんよ。そんなくだらねー話っ」
ギロリと睨みつける翔。
「ははっ、頼もしい限りだね。
次期…代表…?
まさか…。
「不動産業に手を出すつもりか…親父」
不動産…?
「それは企業秘密だ。ここで言うべきことじゃない」
「それで子同士をくっつけて、事業統合の足がかりにする、か」
話が見えてこない。
「ここで言うことじゃないと何度言えばわかる?」
「当然、納得のいく説明を聞くまでだ」
「お前に選択の自由はない。親として決めたことだ。お前のためを思えばこそ…」
ガッ!
翔は父親の胸ぐらを掴んだ。
「何がお前のためだ…てめぇのためだろうがっ!」
いつも余裕のある翔が、今は全く余裕のなく、珍しく興奮している。
「子は親の所有物じゃねぇ!こんな時だけ『親です』なんて顔してしゃしゃり出ても納得するわけねぇだろっ!!」
「両家で決めたことだ。早くそこの無価値な女とは別れることだ」
ぞくっ!
無価値…あたしが…?
「………言っちゃならねぇことを…言いやがったな…」
「事実だろう?」
さらりと吐き捨てる
「てめぇにとっては無価値だろうと、俺にとってはかけがえのない大切な女だっ!てめぇのモノサシで勝手に決めんじゃねえっ!!俺にとっちゃ
言っちゃった!本人と本人の親の前で言っちゃった!!
「ついでに言っちまえば、たとえ大会社であっても、てめぇの後釜になるつもりなんてサラサラねぇんだよっ!!」
「翔くん」
「なんだよ」
「君の意思などどうでもいいのだよ。これはビジネスの話だ。そこに個人の意思など介入する余地はない」
「…ざけんな…何がビジネスだよ…てめぇらの都合を押し付けてるだけじゃねぇか」
「まあこんなところで立ち話もなんだ。話の続きは車の中でしようじゃないか」
「なら条件がある」
「
「っ!!?」
翔が息を呑んだ。
「じっくり話をするまたとない機会だ。受けるも蹴るも翔くん、君次第だ」
グッと両手に握りこぶしを作る翔。
フルフルと揺れるその腕を見ていられない…。
「あたし、今日はこれで帰るね」
いたたまれなくなったあたしは、自分から身を引くことにした。
「緋乃っ!!」
翔の呼び止めにも振り返らないで、あたしはその場を後にした。
翔が、両家同意のもとで婚約者って…それじゃあたし、どうなっちゃうのっ!?
翔と離れるなんて、絶対イヤッ!!
パタパタと走るあたしを、翔は黙って見送っていた。
はぁ
深くため息をつく翔。
「話を、聞かせてもらおうか」
その瞳には、決意の色が強く出ていた。緋乃を守るという強い決意が。
車の中は運転席と居室が分かれていて、居室は向かい合って座るようになっていた。
「どこから話したものか」
「石動代表、ここは儂が」
翔の親父が口を開く。
「儂の立場は知ってるな。
つまり、親父が次期社長というわけだ。
「製薬会社グループとしては珍しい、他業界への進出を計画した。儂はかねてから不動産業への進出を狙っていた。そこで出会ったのが石動代表だ。年頃の娘がいると聞いて、調べてみれば芽衣くんは翔を好いている。ならば話は早いと考えて話を持ちかけた。最初は資本提携。次に業務提携を経てグループ傘下に統合するというものだ」
「ヘドが出そうな話だな」
悪態をつく翔。
「その前提条件として血縁を作るため翔、お前を芽衣くんと一緒にするという話にした、というわけだ」
「ベタすぎて言葉も出ないぜ」
「これは業界の勢力図が大きく書き換わる、野心的な試みだ」
車は高速道路に入った。
「石動側は単にこの話を受けたわけじゃ無いだろう。多分だが、成長が頭打ちになってるんじゃないか?」
こんな時でも冷静に分析する。
「さらなる成長のため、とだけ言っておこう」
剛三郎が口を開く。
「やはりな」
「あたしは難しいこと、よくわからないけど、翔を好きって気持ちに変わりはないから、こういう事情は気にしないで」
「芽衣、言ったはずだ。俺は緋乃を決して手放さないと。そしてお前の気持ちに応えることはない」
「それは緋乃くんが生きていればの話だろうがな」
「緋乃に手ぇ出してみろ。必ず取り返しのつかない後悔をさせてやる。俺は彼女のためなら命なんて惜しくない」
ギッと剛三郎を睨みつける。
「やれやれ、その思いが芽衣に向いてくれていればどれだけ楽だったか」
「今日のことは宣戦布告と受け取った。だが俺は俺の愛する女を守り抜く」
ふぅ。
ため息をつく剛三郎。
これであっさり引くとは思えない。
おそらく全面戦争になるだろう。
パッと思いつくだけで、20くらいの手口が頭に浮かんだ。
そしてそれぞれに対策を思い巡らす。
「今日はゆっくり寝て、じっくりと考え直してくれたまえ」
再考の余地なんてあるわけがない。
俺は緋乃を守る。
自宅のタワーマンション近くで車を降りた翔は、なぜかそのまま乗っていった親父を見送った。
「で、石動代表」
車に乗ったままの代表二人の話を、その娘一人が聞いていた。
「なんだね?
「そちらの調子はどうなのかな?」
ピクッ
剛三郎の顔がわずかに動いた。
「なぁに、問題ない。
財務諸表とは会社の家計簿みたいなものだ。
投資家や株主が気にする重要な情報源でもある。
「提携、合併に向けて株式を買っているが、二割からなかなか進まない。売りに出ないのはどういうことだ?」
「それが株主の意思というものだ。売買の基本は需要と供給。需要があっても供給が追いつかないことなどザラにあるだろう。それに、そこに限界を感じたからこそ今回の縁談を提携の後押しにすると決めたばかりではないか」
「そうだったな」
(あと少しなのだ…あと少し耐えしのげば、御代HDの財源で立て直せる。それまでは何が何でも持ちこたえなければ…)
剛三郎は腹の
スマホを取り出し、電話をかける。
「もしもし、
『おう、翔だな。どうした?』
「お前に頼みたいことがある」
翔は護に、緋乃と離れてからあったことを話した。
『具体的に動き出しやがったか』
「学校ではお前が一番近くにいる。できる範囲で構わないから、緋乃を守ってほしいんだ」
『わかった。様子が違ったり、変な虫が付きそうだったら対応する』
「それと、朝は一緒に登校してほしい」
『そりゃ無理だ。俺は緋乃と連絡とっちゃならねぇからな』
「わかってる。だから俺が緋乃と話をつける。会話もできないだろうけど、一緒にいて守ってやってほしいんだ」
『わぁったよ。ただし緋乃には挨拶もできないって言っておいてくれ』
「助かる。またあとで連絡する」
ピッ。
電話を切る。
そのまますぐ緋乃に電話をかける。
翌日。
昨日、翔から電話があった。
わけは話せないけど、護を自宅前に待たせるから、一緒に登校してくれって。
あたしは自宅のドアを開けると、そこに護がいた。
キィ。
門を開けて、あたしは護の傍まで行く。
お互い、何も言わずに歩き出す。
「護、返事はしなくていいから、聞いて」
「………」
「昨日、石動さんが…翔と石動さんを婚約者にするって、翔と石動さんの親が現れたの…それで、翔は両親と話をするため車に乗ったみたいで…何を話したかわからないけど、それから翔の電話が来て…護と一緒に登校するよう言ってきた」
護は何も答えない。
答えてはいけない。
あたしと会話してはいけない。
「護、聞いたんだよね。何があったのか…翔があたしにわけも話さずにやることって、多分あたしが聞いたらショックで立ち直れないくらいの何かがあると思う…」
駅に近づいていた。
「あたし、翔を信じてる…けど、怖い………翔が…遠くに行っちゃいそうで…」
護は、そこまで
つい弱音を吐いちゃったけど、それでも護は一切答えない。
詩依とも、話し合わなくちゃ。護と会話できるように…。
「だーめぇ」
翔が手回しして、護と登校する事情を話したけど、詩依の答えは変わらなかった。
「護、今朝緋乃と会話してないでしょうねぇ?」
「してない」
「あたしはしたい。だからこうして詩依に許してもらおうと…」
「事情はわかったけど、だめぇ」
ぷいっと顔を逸らされる。
「俺からも頼む」
「翔…」
いつの間にかそこにいた翔がまっすぐに見つめていた。
「石動のやつらは手段を選ばないで迫ってくるはずだ。その時…俺がいないとき、緋乃のそばに護がいてくれるなら安心だ。頼む」
詩依は少し鼻白む。
「どんなに頼まれてもダメェ」
「詩依、護はこれまで約束を破ってない。それほどまでに詩依を大切に思ってるんだよっ!?あたしだって護のことはしっかりふったし、護も詩依との約束を破らずにここまできてるっ!今更あたしたちがどうなるわけでもないわっ!お願い詩依っ!!」
詩依は引くに引けない状態になっているだけだと思う。
もちろん、護を試している意図もあるのだろうけど、意地になってるだけってことはわかる。
「いやなのぉっ!護が緋乃と話してる姿を見るだけでぇっ!ただそれだけで不安なのぉっ!」
少し涙目になっている詩依。
そっか…。
あたしだって翔と石動さんの話してるところだって見たくない。
婚約者に認められちゃったから、なおさら。
同じ気持ちを、詩依も抱えているんだ。
「そんなこと言わずにさ…」
「もういいよ、翔」
食い下がろうとするのを、あたしが止める。
「緋乃…」
「あたしも、翔が石動さんと話してるの、見るの嫌だもん。詩依も同じ気持ちなんだよ。だから待ってる。詩依が許してくれるまで…ずっと」
くるっと翻って、その場を離れる。
「…あっ」
詩依が何かを言いかけたけど、構わずに教室へ戻った。
ぽんぽん。
「詩依、気持ちはわかる。けど石動が現れてから状況は悪化の一途をたどっている。本当に緋乃を大切に思うなら、護のことを許してやってほしい。俺たちの中では緋乃と一番近くで過ごしている護を」
翔は詩依の頭を撫でながら告げた。
「………」
けど詩依は翔の言葉に答えなかった。
(わかってるぅ…二人がどんな気持ちなのかぁ…。頭ではわかってるぅ。けど心が許してくれないのぉ…)
教室に戻りながら、そんな
翔と衛はその場に残り、立ち話を続けていた。
「翔、今朝の緋乃だけどな…かなり不安がってたぞ。返事するわけにはいかないからただ聞いてただけだが、お前が遠くに行っちゃう気がしてると」
「辛いのはわかってる。だが常にそばで守ってやれるわけじゃない。同じクラスのお前だけが頼りなんだ」
「わかってる。緋乃に触らない、話さない、でやれる範囲の保護はしておく」
詩依は内心、この状況に心が揺らいでいた。
けど、あの日に緋乃の唇を奪ったことが強く記憶に残っていて、護を許す気にはなれないまま、現状を維持するしかなかった。
翔は今日がやけに静かなことに危機感を覚えていた。
「芽衣のやつ、今日は来ないか。だがそれが
何事もなく放課後になった。
あたしはバイトで遅くなって、すっかり夜になっていた。
………間違いない。尾けられてる。誰かは知らないけど…。
途中で気がついて、あたしは帰りの道をわざと遠回りになるよう変えた。
普通に帰るなら選ばないであろう回り道をしているけど、視線を感じる。
………あれ?
さっきまで感じてた視線がなくなった。
気がつくと、何か寒気がする感じがない。
何があったんだろう?
「緋乃、無事か?」
「翔…?」
暗がりから姿を現したのは、紛れもなく翔だった。
「何が…あったの?」
「そこの角で、緋乃を尾けていた不審者を
やっぱり…尾けられてた…。
「一人だったし不意打ちにしたから、かろうじてやり過ごせた」
不安でたまらない。
知りたい…何が起きてるのか…。
「お願い、翔…教えて…石動さんと何があったのっ!?護には教えたんでしょ!?」
「緋乃は心配するな。お前は必ず俺が守り抜く」
「うん…」
でも…不安だった。
こんなことがまだ起きるなら、いずれ翔とあたしは…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます