第38話:陰謀
放課後。
「さすがの
昼休みが終わってからすぐに舞い戻ってくると思っていた翔は、意外と言わんばかりの言葉を漏らす。
「このままずっと来てほしくないわ…」
あたしはげんなりしつつ答える。
「ところで
「断った」
「よかった」
「たしか記憶してる限りでは、これまでに25回は軽くな」
………はっ!?
なんか信じられない数字を聞いたような…。
「に…にじうごかい…?」
「あいつはほんと諦めの悪いやつでね、一ヶ月に一度くらいのペースで来るんだよ。学校のイベントでも大声で告ってくるし、連休に入る前も言ってくる」
「気分が盛り上がるからかな?」
げそっとした顔をする
「いや、全校集会で静まった時を狙って…大声で言いやがる」
………恥ずかしいって気持ち、ないの…?
「そんでつまみ出されたことも数回ある。けど全く懲りる様子がない」
「…ずっ、ずいぶん攻める人なのね」
「俺は当時のあいつの成績を知ってた。だからあいつがこられないよう、
なんかいろいろぶっ飛んでる人みたい。
そうして何もなく、ひと月が過ぎたある日の放課後。
石動さんの影に怯え続けていた日々の危機感も少し薄れてきたころ…。
「翔せーんぱいっ!」
「今度はなんだ?」
「ひっどーいっ!一ヶ月も我慢してたんだよっ!?一ヶ月もどうしたんだって心配してくれてもいいじゃないっ!」
うーん、願わくばずっとこのままフェードアウトしてほしかったな。
「何かあってもへこたれるような芽衣じゃないだろ」
「今日の翔いじわる過ぎないっ!?」
「俺がお前に優しくした記憶あるか?」
「いっつも優しいじゃないっ!」
「それは中学の時だろ。あの時とは違うんだよ」
「じゃあ今から行こうっ!中学校へっ!」
「あほか。そういう問題じゃない」
ほんと、翔はブレない。
食い下がる石動さんもブレない。
お互い一歩も譲らないやりとりは続く。
「なんだ?ブランク経て復活したのか」
呆れ顔で現れた
「何よっ!今それどころじゃ…」
「お前さ、自分の気持ちを押し付けてるだけで、相手の気持ちはどこへ置き去りにしてんだ?」
「あなたなんかにわかってたまるものですかっ!」
翔との言い合いをやめて、護につっかかる石動さん。
「まるで去年の俺を見てるみたいだ。届かない思いを押し付けるだけで、思いどおりにいかなければ声を荒げる。ますます気持ちは離れるばかりだ。それがわかるやつは今、目の前にいるんだがな」
石動さんはキョロキョロする。
「まさか、翔先輩のこと?」
「いいや違う。この俺だ。結果、そいつに
翔を指さして言う。
「けどな、俺はそれでいいと思ってる。本気で好きだからこそ、相手の気持ちがどれだけ大切かを思い知った。本気で好きだからこそ、身を引くと決めた。本気で好きだからこそ、諦めると誓った。俺じゃだめなんだ。好きな人を幸せにしてやれないとわかった」
「何よ、かっこつけちゃって」
「なんとでも言え。俺は俺なりにその結論に至った。わがままを言うお嬢様…いや、お子様にはわからんだろーが」
「なんですってーっ!?今なんて言ったのっ!?」
「お子様、と言ったんだけどな。親に好きなおもちゃ買ってもらえなくて駄々こねてる五歳児のそれとかぶって見えている」
護お得意の感情揺さぶり挑発が見事にはまってる。
「ごっ…五歳児って何よっ!?どうせあなた…」
「なー翔。お前にはどう見えてる?」
ふっ。
苦笑いして顔をそむける。
否定はしない。暗に肯定してる。
「~~~~~~~っ!!」
顔を真っ赤にして声にならない声を上げている、石動さんの味方はいない。
もうすっかり護の術中にはまっている。
「というわけだ。本人は否定するつもりも無いらしい」
「翔先輩っ!」
すごい勢いで詰め寄る石動さん。
「教えてくださいっ!先輩のタイプをっ!」
「やだ」
一刀両断だ~。
「なんでですかーっ!?」
「あのな、タイプを教えたところでどうなる?教えたとおりのタイプを演じるのか?演じてるその姿を好きになれと言うつもりか?」
「ぐっ…」
「確かにアイドルや役者は演じている。だがそれはショービジネスだからこそ演じてる姿を見せているわけだし、見てる側もそれは納得して見ているわけだ。だが恋愛はどうだ?ショービジネスとは違う。本音でぶつかりあって、それでも相手を受け入れてこそだろう?」
翔の言うことに、護が続けた。
「さらに言ってしまえば、俺が付き合ってる
「何よっ!黙って聞いてればきれいごとばかりっ!世の中そんなきれいごとばかりで通用するほど甘くないんだからっ!」
ふぅ。
翔がため息をつく。
「芽衣、やっぱりお前は
少し冷めた目で石動さんを見る翔。
石動さんが口を開けば開くほど、心の距離も開いていってるみたい。
もうロマンスあふれる展開って空気とは、ほど遠い。
ほとんど口論になっている。
護は狙ってやってるんだろうけど。
あのバレンタイデーの仲直りのときもそう。
本人に、本心を気づかせる誘導がすごくうまい。
その手口はいつも同じ。
相手を感情的にさせて、考える余裕を奪った上ですかさず切り込んでくる。
その感情的にさせる挑発がやたらとうまい。
「あんたっ!本気でその人を好きで付き合ってるのっ!?そんなの本当に好きとは言わないでしょっ!?」
「そりゃごもっとも」
護があっさり認めた。けど多分…。
「今の緋乃は、俺にとってアイドルみたいなものだ。寄り添ってほしい人と、外野から見ていたい人とは別だろう?アイドルを俺の嫁発言する人もいるけど、実際一緒にいたらイメージはガラッと変わるはずだ。そういうところが恋と憧れの違いだ」
やっぱり言い返した。
「なによそのねんねな幻想主義は。いっそ緋乃を奪おうって
「これでも現実的な落とし所に落としたつもりだけどな。少なくとも周りも見ないで自分のワガママを押し通したがる子供よりは、ずっと現実を見ていると思っているけどな」
「単なる現実逃避じゃない。一番以外は全部ビリと同じよ」
「なんとでも言え。本気でぶつかってこうなったんだから、満足はしてなくとも納得はしている」
「話にならないわ。時間の無駄だったわね。夢見がちなヘタレに興味は無いわ。さよならっ!」
「護、ありがとう。あたしのために言ってくれて。返事はいらないわ」
そう。
あたしから護に対して会話禁止ではない。
護からあたしに対しての会話を禁止されている。
だから一方的に伝えることは、約束を破ったことにはならない。
「でもあたし、やっぱり翔が一番なの」
あたしは少し
「だから、護を傷つけたことはとても後悔してる。それでもこうして気にかけてくれるのは嬉しいし、同時に気まずくも感じてる。前は
あたしは顔を上げて護を見る。
「だから、ありがとうっ!」
目いっぱいの笑顔で返した。
護は顔を赤くしている。翔の肩をぽんと叩き、
「翔、緋乃に伝えてくれ。俺にできることはなんでもやってやるってな」
「わかった」
伝える必要なんてない。
目の前で聞いてるんだから。
そうか…こうして三者で、伝えるって形なら詩依の会話禁止にもかからない。
けど、必ずもうひとりには聞かれるってことだから、二人だけで話したい内容は難しいか…。
一歩前進したけど、喉の奥にひっかかるようなもどかしさは消えそうにない。
やっと引いた石動さんの姿を見送って、帰ることにした。
ピッ。
認証カードをかざして自動ドアが開く。
エレベーターの中でも認証カードをかざすと、自動で降りるフロアが確定する。
このタワーマンションは自動化が進んでいて、簡単ながらも別の操作をしなければ他のフロアとの接触はない。
もちろんドアもカード認証で開く。
靴を脱ぎ散らかして、ドタドタと部屋に飛び込む芽衣。
「何よ何よっ!寄ってたかってあたしを馬鹿にしてっ!翔まであたしを子供扱いするなんてっ!」
バンッ!
カバンを投げつけているけど、投げつけた先がしっかり定位置なあたりは行儀がいいと言うべきか言わざるべきか。
「あのザンメン、好き放題言いたいだけ言ってくれちゃってっ!あたしを誰だと思って…」
いいかけて、自分で言ったことを思い出した。
(あたしだって石動になりたくなったわけじゃないわっ!子は生まれてくる親を選べないんだからっ!)
「そうよ…石動だからって、あたしが偉いんじゃない。たった一代でここまで来た親が偉いんであって…それが余計に
はぁはぁと肩で息をして、頭に登った血がまだ冷めない。
「確かに家族とはうまくいってないし、パパは勝手に決めてきて、勝手に従えと無茶ぶりしてくるし、ホント嫌いっ!」
このタワーマンションへの引っ越しもそうだった。
受験でテンパってる時に、明後日引っ越すと告げられて大喧嘩したけど、契約の関係で結局出ていかざるを得なくて、ほとんど
「パパは確かにできる人だけど…やり方は人の都合なんて関係なくて、自分の都合だけを押し付けてくるっ!ホンット頭くるわっ!」
芽衣は気づいていない。
そのやり方に幼少の頃から振り回されてきたから、自分の行動も知らず知らずのうちに感化されていることを。
ボフッ。
ベッドに身を投げて、湯気が立ちそうな自分の頭を冷やそうと目を閉じる。
そのまま寝入っていたけど、夜になってパパが帰ってきた。
ドアの向こうに気配がした。
「芽衣、ちょっと来なさい」
「パパ…?」
芽衣は父に呼ばれて、不機嫌そうな顔でリビングのソファにどっかと座る。
「何よ、どうせロクでもないことでしょ?」
「大切な話だ。お前にとっても、石動家にとってもな」
真剣な眼差しを向ける父。
「その言い方、やっぱりロクでもない話だよね。今度は海外に留学でもさせようとでも言い出すわけ?
「まあそう言うな。お前にとっても決して悪い話ではないはずだ」
「もったいぶらずにハッキリ言ったらどう?」
腕を組み、足を交差させて、あからさまに不機嫌な態度を見せる芽衣。
「芽衣、お前に
……………。
「はぁっ!?何!?」
不機嫌を通り越して、もはや呆れた顔をする。
「だから、お前に婚約者ができた。話はもう進んでいる」
「冗談じゃないわっ!何勝手に決めてきてるのよっ!?あたしの意思は関係ないのっ!?」
芽衣はソファから立ち上がり、父を見下ろす。
相変わらず人の都合を無視した物言いに、帰ってから思い返したことが重なった。
「あたしにはね、心に決めている人がいるのっ!パパがなんと言おうとも、あたしの気持ちは変えられないからねっ!!先方には断っておいてっ!!」
背を向けてリビングから出ていこうとする。
「そうか、残念だな。先方は熱烈な姿勢なんだが」
あっさり引こうとする父に違和感を覚える芽衣。
この家は、一度決めるとまるで戦車の進軍のように突っ切るものだったけど、いつの間にこんなあっさりと…?
「だが、考えておいてくれ。これは相手の写真だ」
やっぱり、と思いつつ目線だけを向ける。
いつもそうだ。引いたと見せかけて、結局押し通す。石動家のいつものやり方。
ピッと芽衣に写真をブーメランみたいに投げた。
シュルルと音を立てて空気を切り裂き、芽衣をめがけて一枚の写真が真っ直ぐな美しいラインを描いて飛んでいく。
芽衣は指先で鮮やかにキャッチすると、写真を見もせずに
「たとえ誰であってもあたしの気持ちは変わらないわ!今度からは話を進める前に当人の…」
言いかけて、その写真に芽衣の視線は釘付けになる。
驚きと戸惑いが複雑に入り混じった顔。
フッ
芽衣の口元は笑みの形に変わる。
「パパ…」
目を細めて不敵な笑みを浮かべる芽衣だが、父は表情を変えない。
芽衣は肩越しに鋭い視線を父に向けた。
「この話、必ず押し通して。どんな手を使ってでも。方法は任せるわ」
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