第37話:過去
「
「おはよう。
「一緒に登校しましょっ!」
あたしが隣に居てもお構いなしでひっつく
「ちょっと、邪魔しないでよっ!」
「翔先輩は
悪びれる様子もなく無邪気な笑顔で言い放つ。
「よくないっ!一緒にいる時間が減るじゃないっ!」
「先輩は彼女なんだからいつでも一緒にいられるでしょっ!?」
「だったら一緒の時間を奪わないでよっ!」
最初から喧嘩腰になって言い合うあたしたち。
「やめろ芽衣。前も言ったとおり、お前の気持ちには応えられない。それは今も変わらない」
いいよ翔っ!もっと言ってやって!
「ひどいっ!あたしのこと嫌いになっちゃったのっ!?」
両拳を口に当てて、身を引き気味に涙目になる。いかにもわざとらしい。
ひた、と真顔で石動さんを見る翔。
しばらくウルウルとした目で見ていたけど、フッと真顔に戻る。
「さすがに通じないわね。でも、あたし諦めないから。絶対に」
ゾクッ!
一瞬、鋭い眼光があたしに向けられた。
背筋が凍るような冷たい目線。
くるっと背を向けて遠ざかっていく。
「ね、翔…あの子って一体何なの?」
石動さんが立ち去っていった方を見て言う。
「石動の連中はどうにも反りが合わない。結局は芽衣も石動の家族ってことだ」
「前に不動産の人って教えてくれたよね?」
「ああ、かなり際どいやり方でのし上がってきた奴らなんだ。十年ちょいで全国展開をやってのけた手腕は半端ではない。けど俺はあいつらが嫌いなんだ。人を獲物見つけた蛇みたいな目で見るあいつらが」
少し顔をしかめる翔。
本当に嫌いなんだ…。
確かにほんの数日見ただけでも、あのプッシュを見てきたから納得できる。
「ということは石動さん以外のつながりが?」
「親父が呼ばれた社交界パーティに連れられて、一度だけ話したことがある。文字どおり取って食われそうな勢いだった。ほんと、あいつらだけには関わりたくないぜ」
すごい人たちってことはわかった。
けど翔は心底嫌いなんだね。
あの積極性は見習いたいところだけど、翔はあんな人が嫌いだったんだ。
迫り方が激しいから、少し心配してたけど、そんなに心配しなくて良さそうね。
休み時間
「翔せーんぱい」
「ほら、いい子だから自分の教室に戻った戻った」
廊下で集まったあたしたちの中へしれっと入り込もうとしていた。
あっさりと翔に頭ポンポンされて、両肩を掴まれて回れ右される石動さん。
「ぶー、いいじゃんいても」
少しだけ離れて、そこの壁にもたれかかる。
「芽衣、教室に戻るんだ」
「あたしはあたしの意思でここにいるの。翔には関係ないでしょ」
ツンとそっぽを向いて動こうとしない。
はぁ。
翔が聞こえよがしにため息をつく。
ちょいちょい。
小さく手招きされて、みんなで顔を近づける。
みんなでヒソヒソ話を始めることにした。
気になって仕方ない石動さんは、すり寄るように近づいてくる。
けど、それで聞こえるようなトーンで話してない。
なんとか聞こうとソワソワモゾモゾして、イラつきが目立ってくる。
「ほら、自分の教室に戻ってろ」
翔はまた頭をポンポン撫でて諭す。
その様子はまるで大人が子供を諭すかのようだった。
「ぶー、いじわる~」
休み時間の残りも少なくなってきたためか、立ち去ろうとする石動さん。
ゾクッ!
すれ違いざまに、あたしへ鋭い視線が突き刺さる。
背中に気持ち悪い寒気が走った。
「やれやれ。石動の奴らってみんなあーなのか?」
「まあ、似たり寄ったりだな」
「おお怖ぇ怖ぇ…」
寒気が残るあたしは、護と翔のやり取りを黙って聞いていた。
昼休み
今のあたしにとっては、休み時間は気が休まらない。
多分、あたしがへこたれて翔に近づかなくなるのを狙ってるんだと思う。
でもだからこそ、あたしは絶対に退かない。
退いてあげない。
翔は昼食のトレーを奪われないよう注意しつつ、近づく石動さんを
はぁ、こんなやり取りがずっと続くのかと思うと少し
トレーを守って席に着く翔。
カタン。
「おいっ」
いつの間にか、ちゃっかり石動さんが隣に来ていた。
翔をあたしと石動さんで挟んでいる。
「一緒に食べましょ」
ふぅ。
少し考える翔。
「…好きにしろ」
翔が意外にあっさり折れた。
昼食のトレーがあるし、追い返すのもちょっと難しいか。
「さすが話わっかるーっ」
「だが、緋乃にちょっかい出すのはやめろ」
「わかってるってーっ」
ぐいっと椅子を翔の方へ寄せる石動さん。
その様子を見て、あたしはモヤモヤした気持ちを
ぐりぐり。
「眉間にシワは、似合わないぞ」
えっ!?あたしそんな顔してたっ!?
「緋乃、顔に出過ぎ」
「あたしにもやってーっ」
取り合わないで食べ始める翔。
「えーっ!?スルーっ!?ほらほら、これ似合うと思うっ!?」
くしゃくしゃにした眉間を見せつける石動さんだけど、あくまで取り合わない翔。
「一緒に食べるかはともかく、話に加わっていいかは何も言ってない」
「むーっ!」
膨れ面になるも、取り合わないつもりみたい。
翔がここまで苦手意識を出すのって初めてかも。
「ははっ、これは石動の負けだな」
「うるさいわね。このザンメン」
「はい?ザンメンって何?」
「ザンネンイケメン。略してザンメン」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…。
突然詩依から謎の地鳴りが聞こえた気がした。これずいぶん久々かな。
「石動さぁん、そのお蕎麦をもっと美味しくする気なぁい?」
詩依が一味唐辛子とラー油のビンを手に、引きつった笑顔で問いかける。
怖っ!!
笑顔で本当の感情を隠してきた詩依だけど、それがこんな形で再び現れるなんてっ!?
「いえ、遠慮しとくわ。これで十分美味しいから」
「遠慮しないでぇ。一気にドバッと行くわよぉ」
ビンの蓋を全部外してスタンバってる詩依に、させまいと食器をガードする石動さん。
「言い過ぎたわ。さっきのは取り消す」
「ならおおまけにまけて、半分にしてあげるからぁ。ほらほらぁ」
この詩依、昔を思い出したな。
あらゆる感情を笑顔で覆いかぶせていたあの頃。
けど今はそうじゃない。
大きすぎる怒りを、あえて笑顔にすることで深さを現している。
「まっ…」
いけない。
護と会話禁止だった。
護も、なんか言ってやってと言おうとしたけど、話しかけても絶対に無視される。
「芽衣」
「何なにっ!?翔せんぱいっ!?」
「言っていいことと悪い事の区別が事前につかないようじゃ、石動家失格だな」
キッと眉を釣り上げる石動さん。
「冗談っ!あたしだって石動になりたくなったわけじゃないわっ!子は生まれてくる親を選べないんだからっ!」
あれ?
自分の家に不満があるのかな?
「それでも石動の英才教育を受けてきたんだろ?自分の積み重ねを否定するか。ならそれもまたよし。それとも芽衣なりの反抗とでも言うつもりか?」
「うるさいっ!」
声を荒げ始めた。
「親とうまくいってないってのは本当らしいな。見ていれば察しはつくが」
翔が挑発してる…。珍しいな。
「あなたこそ親同士が不仲で離婚してるくせに、何を偉そうなっ…!!」
ギッ!!
「っ!」
虎も思わず怯むほどの鋭い目線にたじろぐ石動さん。
表情が強張り、さっきまでの勢いが嘘のように鳴りを潜める。
ガタッ。
石動さんが食べ始めたばかりのランチトレーを持って席を立つ。
「あたしとしたことが熱くなりすぎたかな。あっちで頭冷やしてくるわ」
背を向けて離れた席へ腰を下ろす。
「謝りもしない、か。どうやら非を認めることを恐れてるようだな」
後ろ姿を見送って、護が漏らす。
「石動家とはそういう家風だ。だからなおさら好きになれない」
「で、あの反省状態はいつまで持続するんだ?」
「長くてせいぜい30分だな」
護の質問にあっさり答える翔。
「短かっ!」
「うふふふっ、それじゃ一味二本立てをお見舞いしますかぁ」
「もういい詩依。やめとけ」
両手に一味を持って、コワい笑顔でゆらりと席を立とうとする詩依を止める護。
そりゃ彼氏を残念呼ばわりされちゃ怒るよね。
護も十分に素敵なんだけど、翔を残念と言われちゃあたしが黙ってられないよ。
詩依の憤りも納得する。
たぶん一年生だろう。
昨日の時点ですでにあったけど、こっちを見て密かに沸き立っている女子たちがいるのは結構気になる。
明らかに翔と護を見ている。
うー、あたしって翔と釣り合ってるかな~。
あたしが翔の彼女って知られたらなんて思われるんだろう?
二年ではもう知られて広まって落ち着いてるけど、一年はまだなんだよね。
「どうした、緋乃?」
「えっ?ううん、なんでもない」
護はそのやり取りをみて、何か気づいたみたい。
「な、翔。食べ終わってトレー置いたら、そこで待っていてくれ」
これってもしかして…。
「今度は何を企んでるんだ?」
「その説明は後にしてくれ。二人のためにもな」
詩依はNG判定しない。
これはセーフなんだ。
あたしたちはそのまま石動さん不在のまま落ち着いて食べていた。
「で、なんだ?護」
トレーを片付けて、その場で待っているあたしたち。
「食堂を出るまで緋乃と手をつないでろ。もちろん恋人つなぎでな。こっちも詩依と手をつなぐ」
やっぱりーっ!
「なんでそんなことを…」
「出る頃には気づく。いいからやってみ」
護の狙いはわかってる。
「…わかった」
少々不満げだけど、何を意味しているかは理解できていないようだ。
「じゃ、緋乃」
「うん」
きゅっ。
とても大きながっしりした手の感触が、あたしの指と指の間にまで感じる。
なんか恥ずかしいっ!
どよっ…。
食堂にいる一年と思われる女子たちがざわめく。
すごい視線を感じるっ!
恥ずかしすぎて消えちゃいたいっ!
つい顔が赤くなってしまう。
「なるほどな。一年女子に対するアピールだったか」
食堂を出てちょっとしてから手を離し、護の意図を理解した翔。
「そういうことだ。これですぐ広まるだろうし、それで静かになるだろう」
ほんと、護ってさり気ない気遣いがとても素敵なんだよね。
夏に転入してきたときはかなりトゲがあったけど、詩依と付き合ってからは、優しい中学の頃を思い出す。
いや、もっと柔らかくなった。
衛のことは詩依からだいたい聞いたけど、それだけじゃない何かがある。
けどもう、それは聞けない。
少なくとも本人からは。
翔と石動さんの関係、やっと見えてきた。
本当に苦手なんだ。
いつかあの積極性に気持ちが少しでも揺らぐかと思ったけど、石動さんについては心配なさそうだな。
「緋乃」
「何?」
「芽衣は確かに敵意剥き出しで危険な気配はするけど、直接危害は加えてこないから、そこは安心していい。直接手を出してきたらさすがに俺も黙ってない。そこはわかってるようだ」
確かに、ここ数日が慌ただしかったから、少し心配だった。
けど、思い起こしてみると直接の手出しは無かった。
その点についてだけは、安心してもよさそうかな。
それに翔が苦手としてるから、そっちの心配もないけど、それだけに邪魔されることは多そうだな。
次の休み時間
「ねぇ翔。どうして石動さんに追い回されてるの?」
「本人に聞かないとなんともな。けど本人曰く、俺が雪絵の窮地を救ったのが特に印象的だったらしい」
「あの件ね」
「うひゃっ!」
いつの間にか後ろにいた雪絵に驚いてしまった。
「あの件は中学校でも話題になって、二年になってもまだ翔の逸話として語られたっけ」
「半年もあれば静かになると思ったけど、ならなかったよな」
「なんの話なの?」
翔と雪絵が代わるがわる教えてくれた。
中学校で雪絵がテストでオール100点を取ったけど、カンニング疑惑をかけられて、雪絵を邪魔に思った同級生に濡れ衣を着せられて、翔がその濡れ衣を剥がしたことについて。
そっか。テスト用紙も人の意識が介在するから、その意識…つまり答えを読み取っちゃって、わかることをそのまま書いたら100点になっちゃうんだよね。
「そうだったの。交際疑惑までかけられちゃったんだ?」
「ああ、別に構わなかったけどな」
「あたしは全部わかってた」
本当に付き合ってたりしてなかったのかな…?
「緋乃、あの時のあたしは恋愛に全く興味なかったこと、忘れてない?」
そうだった。
今の雪絵は人の意識を読めない。
だからその人に興味を持つ。
興味は恋愛に欠かせない要素の一つ。
雪絵、本当に変わったんだね。
あたしも、変わらなきゃ。
翔に似合う女の子として。
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