第36話:焦燥
こっ…婚約者~っ!?
突然の衝撃発言に、あたしは考えがまったくまとまらなくて慌ててしまう。
ええっ!?
婚約者ってことは、将来のお嫁さんだよねっ!?
あたしは今、翔の彼女で、将来は結婚するかもだけどっ!婚約者がいるってことはあたしはどうなっちゃうのっ!!?
もしかして遊びで付き合われてるっ!?
確かにあたしは結婚を約束されたわけじゃないけど、ゆくゆくはそうなりたいし、ずっと一緒にいたいっ!
どうなってるの~っ!!?
「誰が婚約者だ。このつきまといがっ」
冷静にツッコむ
「つれないこと言わないでよ~。あんなに愛し合った仲じゃないの。それに婚約の返事してくれたし」
「誰がだ、阿呆。あんな生返事程度のことは了承のうちに入らん」
「それに一緒に寝た間柄なんだし」
え、一緒に寝たって…
もしかしてそういうことしたってこと~!?
「いつの話だ。四人で寝ただけだろ」
四人で寝るって…まっ…まさかの、よっ…よんぴー!?
男二人に女二人でとっかえひっかえ…っ!?
翔ってば、そんなことまでしちゃってたの~っ!!?
「空き部屋が無くて、仕方なく民宿一部屋の雑魚寝でよ」
そ、そういうオチ?
「あ、緋乃。紹介する。中学時代の後輩、
俺の彼女っ!
今更ながら、すごく恥ずかしくも甘い響きっ!!
「ふーん、彼女さんなんだ?」
「そっ、そうなのよっ!」
あたしの顔をマジマジと見てくる石動さん。
「えー、ふつー」
ガーン!
わかってる。わかってますとも。
あたし、平凡でフツーな女の子ってことくらい。
「翔の彼女ってもっとモデルさんみたいな人ばっかだったよね?」
そうだったんだ…。え?ばっか?
「あの…元彼女ってたくさんいたの?」
「手をつなぐ程度の段階で別れてばかりだった」
たしか自分から告白して付き合った彼女はいなくて、全員相手から来たんだよね。
「俺もあんときとは違うんだよ」
翔はあたしの肩に腕をかけてくる。
石動さんへ確信に満ちた表情を向けた。
「こいつには、俺から告白したんだ。初めてな」
キューン!
その一言に思わずときめいてしまう。
でも、最初はあたしからだったよね。
その後、告白を無かったことみたいにされて、夏休みの登校日に、翔が返事してくれた。
厳密に翔から告白したというのは違うと思うけど、きっと翔は今まで付き合った人には自分から好きと言わずに付き合い始めたのは想像できる。
「だから諦めろ。俺は緋乃を手放さない」
嬉しい。
翔からそんなこと言ってくれるなんて。
「ふーん」
意味ありげな笑みを浮かべる石動さん。
「変わったんだ?あれから」
変わった。
意味はわかる。
中学の時に何人も付き合って、そのたびフラれて、俊哉が事件を起こして以来誰ともつきあわないって決意のこと。
「だったら、あたしにもまだ可能性はあるよね」
ゾクッ!
広げた手を顔の前に持ってきて、人差し指を唇あたりに添えて、上目遣いで小悪魔みたいな目をして、翔とあたしを見つめる。
「翔がこれからどう変わるか、誰にもわからないよね。あたしと一緒になるかもしれないし」
この娘…普通じゃない。
なにか恐ろしい感じがする。
直感的にそんな気がした。
「悪いな、それはないからほか当たってくれ」
あたしをかばうように石動さんへ背を向け、歩きだす。
「ま、いいわ。今回は挨拶だけってことにしとく。ここで顔を合わせる時間はまだあと二年あるしね」
分かった。
この娘に感じた恐ろしさの正体が。
猛獣が獲物を狙うときのそれ。
「翔…」
「心配するな。あいつには間違っても心を許さない」
「うん…」
けど、あたしは胸騒ぎがする。
なにか、とんでもないことが起きるんじゃないかと予感がしている。
あの余裕、年に不相応な違和感がある。
怖い
あの娘、すごく怖い。
教室に着くと、翔からLINEが送られてきた。
アドレスだけを書いてある。
開いてみると、企業のホームページだった。
不動産業界?
ピロン。
また翔からLINEがきた。
『石動はここの代表の娘だ』
すごい…、全国展開してるところだし、規模もかなり大きい。
『石動本人は親とあまりうまくいってないらしい。あと親の威光を嫌う傾向もある』
それ、多分本当に怖い人。
親の威光にすがる人は、自分の力ではないものに寄りかかる分、意外に脆くて壊れやすい。
けどそうでない人というのは、しっかり自分を持っていて、芯がしっかりしているから簡単には折れない。
石動さんは多分後者。
高校一年でそんな意識があるなんて…。
怖いよ…翔…。
怖い…。
衛に頼りたい。
でも頼れない。
衛は同じクラスなのに何も話せない。
不安で仕方ない。
休み時間。
すぐ召集がかかった。集まったのはあたし、翔、詩依、
廊下に集まって立ち話をしている。
「翔、婚約の生返事って何?」
「気になるぅ」
「あいつはとにかくマシンガントーク状態でな、もう聞く気がなくてもお構いなし。そんな中でハイハイと聞き流してるときに『結婚してくれる?』って一言サラリとぶっこんできて、それで気付かず勢い任せに生返事したんだ。あんな生返事は無効だよ」
そういうことだったんだ。
「俺はあいつが苦手なんだ。理屈じゃなくて、生理的に受け付けない。」
翔は石動さんが苦手なんだ。
「やっかいなのが来ちゃった」
雪絵が現れた。
「翔、今のあたしはアドバイス無理だけど、全然ノリ変わってないから、十分に用心して」
そっか。雪絵も去年までは意識を読めたから、中学時代のことは把握してるんだ。
「おーっす。何が起きたんだ?」
いつの間にか護も合流した。
今朝のことを話す翔。
「うっわ、翔のおっかけかよ」
「せーんぱいっ!」
向かい合ってたあたしに向かってよろけて近づく翔。
また背中からタックルされたらしい。
「学校案内してくださいっ!」
「話題のアレか」
護はげんなりした様子で、それを見る。
「そう、アレ」
トン。
詩依に肘でつつかれた。
あっ、つい護の言葉に反応しちゃった。
うーっ、ほんとやりづらいよ~。
「俺じゃなくて先生にしてもらえ」
うんざりした口調で石動さんに言う。
「いーのっ、あたしは翔に案内してほしいっ!」
グイグイと引っ張られ
「悪い緋乃、後でな」
押し切られる形で翔が連れて行かれてしまった。
「あー、ありゃ翔の一番苦手そうなタイプだな」
誰へともなく言う。
あたしは喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
「そう。翔は押しの強い人が苦手。特にアレは行き過ぎの筆頭」
そうなんだ…押しの強い人って苦手だったんだ…。
もしあたしが押し強かったら、翔と一緒になることもなかったのか。
むしろあたしは引っ込みすぎてて、最初の出会いなんて会話にすらならなかったっけ。
「ここが三年のフロアだ。特に用はないだろうが」
特に感情のこもってない様子で流す
「来年はここが先輩のフロアになるんですねっ!」
腕にがっしりとしがみついて、胸を押し付ける石動さん。
「離れろ」
翔は少しぐいっと引き剥がすような動きをするが、石動さんは全く動じない。
むしろ意識的に押し付けてきて、さらに強くなった。
「あたし、先輩とずっと一緒にいたいですっ!」
「さっきも言ったが、俺には彼女がいる」
うんざり口調は変わらず。
「あんな彼女のどこがいいんですかぁ!?あたしのほうがずっとお似合いですよぉ!?」
「俺にも選ぶ権利くらいあるだろう」
「ならあたしにも選ぶ権利くらいあるでしょうっ!?」
「悪いが俺はお前を選ばない。お前も選ぶ権利を俺以外の男に使えよ」
「あたしは翔先輩以外に男を選ぶ権利を使いたくないですっ!」
フロアを移動する二人。
キーンコーンカーンコーン…。
「時間切れだ。案内はこれで終わりだ」
「ざーんねん。じゃ、またね」
「もう来るな」
石動は言葉の端々に罠を仕掛けてくることを中学のときにわかっていた翔は、さり気なく入れてくる言葉の罠に気を払っていた。
「今の言葉は聞かなかったことにするねっ!」
「聞けよ」
石動は前もこんな感じだった。
翔がいくら断っても、絶対にくじけない。
中学のときもこの対応に手を焼いて、おそらく石動の手が届かないであろうランクの高校を狙って入ったものの、見事に追いかけられてしまった。
「あーくそ、めんどくせーやつが来ちまったな」
何度も振り返りつつブンブンと手を振る石動の姿を見送った。
護、石動さんのことどう思ったんだろう?
翔に
けど聞けない。
翔に聞いてもらうしかないかな?
『衛に、石動さんのことどう思ったか聞いてくれる?』
送信っと。
ピロン。
『自分でっ…て、衛と会話禁止だったな。ちょっと待ってて』
少しして、衛がスマホをポチポチしている姿があった。
なんか変だよね、この構図。
すぐそばにいるのに、遠い人みたいになってる。
これ、早くなんとかならないかな…。
ピロン。
翔から転送されてきた。
『あれは要注意だ。今のところは安全だと思うけど。俺は緋乃に直接手助けできないが、できる範囲でフォローさせてもらう』
やっぱり、衛から見ても要注意なんだね。
昼休み。
みんなで学食へ行く。
「せんぱーい!一緒に食べよっ!」
早速石動さんがやって来た。
「ダメ」
あっさり翔が拒否する。
「ぶー」
ふてくされる石動さん。
ホッ。
こうして翔がしっかり止めてくれるなら安心かな。
翔が食券と引き換えて、トレーを持ち上げようとした瞬間…
「これ運んどくねっ!」
一瞬の隙をついて翔のトレーを奪った石動さんは、追いかける翔をかわしつつ二人席にトレーを置く。
既に一人分のトレーが先に置いてあった。
「一緒に食べよっ!」
「あのな、こういう嫌がらせはやめろよ」
珍しく翔がイラついた様子で石動さんを責める。
トレーを奪い返しにかかる翔だけど、石動さんは譲らない。
「ちょっと!やめなさいよ!」
もう見ていられなくて、あたしがその場に駆け寄った。
「なによ、あなた翔の何なのよ」
「翔の彼女よ」
「あら、彼女だからといって、翔の行動を決める権利なんてないわよね?」
「あなたこそ勝手に人のものをどうこうする権利なんてないわよね?」
「ふふふ、彼女という割には随分余裕がないみたいじゃない。自信無いの?」
小悪魔な顔を見せる石動さん。
「あるわよっ!翔があたしを…」
「やめろ、緋乃っ!」
「絶対裏切らないって!」
翔の制止も間に合わず、ついあたしは口走ってしまった。
「あは、言ったわね。ならあたしがこうして一緒に食事してても、裏切ることにはならないわね」
うっ…。
しまった、やられた。
「緋乃、こんなとこでケンカはやめよう。今日のところはみんなで食べててくれないか?」
胸の奥で煮えるような何かがこみ上げてくる。
あんな啖呵切った手前、食い下がってもなんか惨めに思うし、翔がそういうなら、今日のところは仕方ないか。
「分かった…じゃあ今日だけは」
「ありがとー、水無月先輩っ!」
なんか済し崩しにされた気がするけど、今日だけ…今日だけ。
「やられちゃったぁ?」
「緋乃チョロすぎ」
「まんまとやられたね」
「………」
席に戻ってすぐ、詩依と雪絵と氷空くんに茶化されるあたし。
衛はしゃべらない。
ほんと、調子狂うわね。
翔を見ると二人で話をしながら食事している。
はたから見て、翔は面白くなさそうにしている。
本当に嫌いなんだ。
それほど心配無いかな。
そういえば石動さんは、あたしの知らない翔をいっぱい知ってるんだよね。
中学の二年間。
雪絵は三年。しかも意識読みできたから、本人が思い出したくないことまで全部。
俊哉に至っては小学生からずっとだったはず。
みんな、あたしの知らない翔を知ってるんだよね。
もちろん、あたしだけが知ってる翔の顔もある。
けど、好きな人のことは全部知りたい。
あたしだけが知ってる翔を積み重ねたい。
翔のぜんぶを、あたしだけが知りたい。
独り占めしたい。
「どしたの、緋乃?」
はっ。
つい翔のことを考えて浸ってしまっていた。
「なんでもないよ」
「もうあたしはしっかり伝えてくれないとわからないから、あまり抱え込まないでね」
「うん、ありがとう。雪絵」
今、一番相談したいのは衛なんだけど、無理だよね。
あたしは無意識のうちに、翔と仲直りさせてくれた衛に対しての依存度が強くなっていた。
「衛、石動さんはどうするの?」
「今のところは様子見だ。だがエスカレートするなら何か手を打たないとな」
衛から直接アドバイスや手出しは期待できない分、詩依や雪絵に相談したほうがいいかな。
焦りと苛立ちの中で、あたしは今後のことを考えていた。
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