第35話:石動

 しょうと仲直りして一ヶ月が過ぎた。

 

 中間が無くて、期末考査も無事終了。

 これまでの成績は中の上くらいだった。

 もうすぐ春休み。

 みんなで進級の季節がやってきた。


 いろいろとあった一年だったな。

 電車で翔がぶつかってきて、同じクラスで隣の席になって、委員長権限で副委員長に指名されて…。

 翔の濡れ衣を剥がしたお礼のデートで思わず告白したら、中学の卒業式後に告白されて返事できないままの衛が現れて…。

 別荘に行ったり海に行ったり、夏休みの登校日に翔と付き合って…詩依しよまもると付き合って…。

 一番驚いたのは、雪絵ゆきえ氷空そらくんと付き合ってることかな。

 翔の誕生日やクリスマスはトラブルで予定が台無し。

 初詣では翔が唇を奪われて、それが心にひっかかったままのあたしは意地になって、バレンタインデーの放課後に仲直りして…。

 ほんと、いろいろあった。


 二年に上がっても、翔と同じクラスになれるといいな。

 衛が転入してきてすぐ、クラスの女子たちは盛り上がってたけど、夏休み後に詩依と付き合ってることが知られると、あまり騒がなくなった。


 春休み。

 宿題もないし、課題もない。

 予習するにも教材が手元にない。

 思いっきり遊べる貴重な時間。

 あたしは翔といる時間を積み重ねて、幸せを噛み締めている。

 このまま卒業して、いずれは翔と…。


 進級の始業式と入学式。

「うっそー…」

 クラス割りが発表された。

 あたしは二年三組。

 詩依は二年二組。

 雪絵は二年一組。

 衛は二年三組。

 氷空くんは二年二組。

 俊哉としやは二年六組。

 翔は…二年一組。

 つまり一組は翔と雪絵。

 二組は詩依と氷空くん。

 三組はあたしと衛。

 六組は俊哉。


「あーあぁ、見事に離れちゃったねぇ」

「特に俊哉は嫌味なほど離れたな」

 そう。一組から三組までいる中、一人だけ六組。

「言うな」

「さしずめ隔離病室かな」

「るせぇ。へこますぞ雪絵」

「そしたら僕が黙ってないよ」

 雪絵と氷空くんの関係はまだ続いている。ちなみに雪絵の意識を読む力はうしなわれたまま戻る様子すらないという。

 ここにいるカップル三組は、おおっぴらには言わないけど、もう経験済み。

 あたしと翔が最後だったらしい。


「衛、ちょっといいか?」

 翔が衛を呼び出す。

 少し人の少ないところまで移動した。

「頼む。緋乃あけのを守ってやってくれ。向こう一年で一番近くにいるのはお前だから」

「ごめん無理」

「何?」

「忘れたのか?バレンタインの日に、俺は緋乃接触禁止令を詩依から受けたこと」

 そう。

 バレンタインの日に、翔と緋乃の関係を修復するきっかけづくりのため、衛は翔の前で緋乃にキスをした。

 それを見ていた詩依は、緋乃と一切の接触を禁止された。

「あれ、そんなに厳しいものだったのか?その場限りの冗談かと思ってたんだが」

「詩依は本気だな。緋乃にも俺へ話しかけないよう言ってた」

「くっそう…詩依を説得できないかな…」

「難しいと思うな。あれから詩依のべったり具合が加速してるからよ。ただな、緋乃と会話したり物理的に触らなければいいだけだから、変な虫がつくのを追い払うのはセーフだ」

 翔は顎に手を当てて考える。

「うーん、仕方ないか…。けど何かあったらすぐ言ってくれ」

「わかった」


 翔は気づかなかった。

 この状況が、これから巻き起こる騒動において、致命的な影響が及ぶことを。

 そして、衛の存在感が際立つ状況が待っていることを。


 それぞれ教室へ行く。

「まも…」

 そうだ。

 あたし、衛と会話しちゃいけないんだった。

 詩依が制限したのは、衛に対してあたしと会話と体の接触だけ。

 でも、それはあたしが話しかけても、衛が話に応じない限り、本人が望まない無視を、あたしにされてしまう。

 詩依のことは大切な友達だし、衛が詩依を大切に思ってる限り、あたしがそれを崩しちゃいけないんだ。

 三組にあたしひとりじゃないのは心強いけど、会話禁止の衛だけだから、実際にはひとりと同じか。

 クラスに溶け込むのは結構きついかも。


 二年は始業式の後で教材を受け取る。

「重い…」

 一年の時に経験したけど、やっぱり重たい。

 放課後になったけど、衛の周りに女子が集まっている。

 けどあたしは衛に構っちゃだめだし…帰るかな。

 明日からまた授業が始まる。

 一年と二・三年で一日ズレがある。


 今日は帰ったらバイトへ行く予定にしていた。

 平日だからか、お店は全体的に空いている。

「緋乃ちゃんは誕生日いつだっけ?」

 先輩女性が話を振ってくる。

「6月6日ですけど、なんですか?」

「もう半年くらい経つわね。あの時は彼氏のプレゼント目的で来たんだっけね」

 そういえばバイトを始めたのは翔の誕生日がきっかけだった。

 あたしの誕生日は6月6日だからもう少し先。

 去年の6月は、たしか翔が単発バイトしたあたりだっけ。

 翔と一緒の時間が嬉しくて、自分の誕生日なんて忘れてたんだよね。

 でも今年はきっと…。

「そうだったね。今はデート代になってるけど」

 って…まだ誕生日のこと、翔に言ってなかった気がする。

 自分で言うのはなんかせがんでるみたいで嫌だな。

 さりげなく誕生日を伝えられるといいんだけど…。


「彼氏、幸せ者だねっ!こんな可愛い彼女じゃ心配ごとも多いと思うけどっ」

「可愛いなんてそんなっ!まだまだ釣り合ってないと言うか…」

「ううん、あの頃よりずっと可愛くなってるよ。やっぱり恋すると女の子は可愛くなるんだね」

 先輩女性はからかうように笑顔で腰をくねらせて軽く当ててきた。

 可愛い…そうなんだ…。

 もっと可愛くなりたいな。


 今日から授業が始まる。

 一年は教材を受け取って帰るはず。

 どんな一年生が入るんだろう?

 席順は出席番号順で、あたしは廊下に近い後ろ側。衛は窓に近い前側。

 隣にいた同窓生とは、心配していたよりもすんなり会話ができた。


 それでもやっぱり翔が心配だから一組に向かった。

 一組の入り口に着いたあたしは、他クラス独特の威圧感というか圧迫感に少し怖気づいてしまう。

 それでも入ったあたしに、目線が注がれる。

 主に女子から。

 ヒソヒソ話をしている女子が気になるけど…。

「緋乃」

 翔が席を立ち、あたしの手を掴んで廊下に出る。

 続いて雪絵も廊下に出てきた。

「緋乃、あまり目立たないほうがいい」

「目立つ?」

「緋乃は翔と付き合ってることで有名なんだから、一組の教室はちょっとまずい」

 翔は気まずそうに

「そうなんだよ。始業式の後、女子たちに囲まれたけど、緋乃と付き合ってることを確認されてな…それからは俺に絡んでくる女子はほとんどいないけど、やっぱり緋乃のことを噂されるのは少し…」

 そっか…。

 やっぱり真っ先に翔が注目されるんだ。

「多分衛も似たような状態だと思う。詩依が来たら注意してあげて」

 そういえば衛も女子たちに囲まれてたっけ。

 結構行動が制限されちゃうな。翔については特に。


「どうしたのぉ?こんなところに集まってぇ?」

「詩依か」

「そっちはどう?」

 雪絵が確認する。

「特に何もないかなぁ。衛と翔は大変かもしれないけどぉ」

「そうね。翔は初日以後、落ち着いたみたいだけど」

「詩依、お願いっ!衛のあたしと会話禁止やめてあげてっ!」

 パンッと拝むように詩依へ頭を下げる。

「だめぇ。ただでさえ緋乃が衛と同じクラスでやきもきしてるんだからぁ」

 ぷいっと不機嫌な顔で拒否される。

 詩依は衛があたしに気持ちを寄せてること、しってるんだよね。

「ところで緋乃は何かの委員やってたりしないか?」

「ううん、特にやってない」

「それならクラスが別になっちゃったし、朝と帰りは一緒に行かないか?」

「うん。もちろんいいよ」


 ちょいちょい。

 袖が引っ張られる。

「今後は呼び出し、LINEでやったほうがいいと思う。クラスが違うと入るだけでも結構緊張する」

「そうだね、雪絵」

 半年前くらい前の時、氷空くんと付き合いだして、よく喋るようになった雪絵にすごく違和感があったけど、今はその違和感も無くなり、心に刺さる話も出なくなった。

 本当に、普通の女の子になったんだね。

「よっ、詩依」

「衛も来たんだぁ?」

「おうよ。いざ離れ離れになると途端に寂しくなるな」

「仕方ないよぉ。同じクラスだったんだからぁ」

 あたしは急に心細くなった。

 衛とは、会話禁止にされちゃったし、これじゃ会話に入っていけない。

 詩依は意外と頑固なところがある。

 前のバレンタインデー以来、こうして一緒にいても衛と会話できない。

 一番近くにいるのに、一番遠くに感じる。

 詩依と衛、お互いに同意のうえでこの状況ができあがってるけど、それにあたしは巻き込まれた格好だった。

 あたしは何度も衛の束縛をやめてと言ってみたけど、絶対に譲ってくれない。

 クラスに溶け込むのは難しくないと思うけど、衛だけは意識的に避けなくちゃならない。

 衛は返事したくてもできないから、あたしを無視するしかない。

 もちろん、LINEや通話履歴もチェックされているらしく、あたしが送っても返事はしてくれなかった。

 いつかは束縛、やめてくれるのかな…?

 別に今更、衛と付き合うことはもちろん、あたしにその気も無い。

 この状況はすごく不便に思う。気軽に相談できる人が近くにいるのに、会話すらできないなんて…。


「どうしたの?緋乃ぉ?」

「ううん、別に何も…」

「衛と会話もできないのは不便だよね」

 雪絵の指摘に、あたしはドキッとする。

「もしかして雪絵…」

「違う。顔見てわかっただけ」

 いつもそう。

 察しただけなのに、雪絵が前に戻ったのではないかと思ってしまう。

「ほんと、同クラなったのに距離が遠いよな」

 衛、詩依のことそこまで大事なんだ…。

 まだあたしのことは諦めてないと言ってた。

 詩依と別れたいなら、約束なんて破ってしまえばいい。

 けどずっと約束を守っている。


「ね、詩依…」

「ダーメぇ」

 あたしの言いたいことを察したのか、言う前に断ってきた。

「まだ何も言ってないじゃない」

「衛とは会話もさせたくないのぉ」

 詩依ってほんと衛には厳しい。

 それだけ、あたしをライバル視してるってことなんだけど…。

 困ったな…。

 衛って人の気持ちに敏感なんだよね。

 あたしでも気づかなかった気持ちに気づかせてくれた。

 前の雪絵とは違った意味で、頼りになる人なんだけど…。


 放課後。

 翔と一緒に帰る大切な時間。

「緋乃、まだ癖が抜けないんだな」

「えっ…?うん」

 そう、わかってる。

 雪絵にしても、護にしても、前と同じ感じを期待してしまう。

 特に雪絵は、雪絵自身も苦しんでいたこと。

 だからこれで良かったはず。

 でも…どこかで期待して、刺さる言葉で気づかせてほしいと思ってしまう。

 今を打開するためにはどうすればいいのか。

 護は仕方ないとはいえ、詩依も少しは妥協すればいいのに。

「護と詩依はお互い同意のうえでやってることだ。俺たちが口出すところじゃないさ」

「もちろんそうだよ…けど…」

「なら、仮に俺が他の女の子と仲良くしてたらどうする?」

「そんなの嫌だよっ!」

 翔はこっちを向く。

「な。詩依の気持ちも同じなんだ。特に緋乃は、護自身が詩依に対して、詩依より好きだとはっきり伝えているから、警戒も強くなるだろ」

 はっ。

 そうだよね…詩依も、こんな不安と戦ってるんだよね。

 でも、なんか心細いな。

 どこか寂しい気持ちを抱えたまま、あたしはこの一年を過ごしていかなければならないことに、プレッシャーを感じていた。


 翌日。

 朝に駅のホームで待つあたし。

 ポロン。

 次の電車で着く、とメッセージが届いた。

 いつもの時間、いつもの車両、いつものドア。

 前もって決めておいて、着く直前にメッセージしてくれる。

 違うクラスになっちゃったからこそ、この時間がとても大切に思えてくる。

 ずっとこのまま、翔と仲良く過ごしていける。ほぼ校内公認の仲になってるわけだし。

 そう思っていた。


「おはよう、緋乃」

「おはよう翔」

 座れるほどではないけど、乗車スペースは十分ある。

 何気ない会話をして、気持ちを共有していた。

 駅についていつもの通学路。

 いつもの恋人つなぎ。

 校門を過ぎ、校舎へ向かう。


「翔ーっ!」

 呼びかける声と同時に、翔の背中へ知らない女の子が飛びかかる。

「おまえっ!まさか…」

 翔はその声に覚えがあるらしい。パッと手を離す。

 顔を確認するまでもなく、誰なのか気づいた。

「うん、一年ぶりっ!」

 背中から離れて、きゃるんっと音が出そうな仕草をする。

 背はあたしと同じくらいだけど、ほっそりしているのに出るとこは出てる…。

 きれいなアッシュブラウンのロングヘア。

 お人形さんみたいな整った顔立ち。


「あたし、一年一組の石動いするぎ芽衣めい。翔の婚約者フィアンセなのっ!よろしくねっ!」


 えっ…?


「え~~~~~~っ!!!?」

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