第32話:目撃
ゴーン………ゴーン………ゴーン………。
除夜の鐘が遠くから聞こえてくる。
一年を振り返って、ほんといろいろあった。
翔の誕生日を知ってバイトを始めて…。
誕生日は品物が届かなくてバタバタしたな。そして始めてのキス。
クリスマスイブは…。
ボッ!
翔と…初めてしたんだよね。
詩依と衛、雪絵と氷空くんも順調みたいだし、いい方向に向かってるよねっ。
病院に運ばれたお母さんも、すぐ退院して元気にしてる。
そろそろ寝ようかな。
明日…じゃなくて今日は翔と初詣に行くことになってるから、今から楽しみっ!
今度はクリスマスや誕生日の時みたいに待たせないよう、気をつけなくちゃ。
「あけましておめでとうございます」
朝。元日の朝はやっぱりこれだよね。
「
これは家族が使う毎年のお約束ネタ。
最初は戸惑ったけど、もう慣れた。
どうせやめてって言っても聞かないし。
家族で食卓を囲んで、お母さんが去年(昨日)作ったおせち料理と、お雑煮を食べるのが毎年の恒例。
日持ちする塩漬けや煮物、酢の物が中心だけど、中でも好きなのはやっぱり栗きんとん。
芋栗ペーストだけど、栗もしっかり入っていて、お母さんの栗きんとんはやっぱり絶品。
あたしも手伝ったことあるけど、砂糖の加減が結構難しい。
朝から紋付き袴を着た芸人さんたちによる特番が放送されている。
ヘリで初日の出を撮影してたり、漫才してたり、普段はスポットライトが当たらない地方の風景がテレビを賑わせている。
「それじゃ、あたしそろそろ出かけてくるね」
ピキーン。
お父さんが一瞬、険しい顔になる。
「まさか…男…じゃ、ないよな…?」
「違うよ、クラスの仲いい人だよ」
冷や汗を垂らしながらも否定しておく。
ここで男だって知られたら…たぶんお父さんが騒いで…引き止められて、また翔を長いこと待たせてしまう。
お父さんごめんっ!
ふーっ、なんとか外に出られた。
あたしだって学習するんだからっ!
誕生日の時、スマホの電池切れで困ったからモバイル充電器を買ったし、クリスマスの時だって翔に連絡するより家族のところへ行くことを優先したから、待ちぼうけさせてしまったのを身にしみて反省してるっ!
そう何度も翔を待たせてばかりいちゃダメだよねっ!
繰り返してたら、いつかは愛想を尽かされてしまう。
駅について周りを見ると、振り袖姿が結構いる。
さすがにあたしには似合わないかな。
でもでもっ、翔にだったら…見てほしいかもっ!
でもって、翔も黒い紋付き袴姿で…。
両頬に両手を当てて、一人妄想にふけるあたし。
一番恐れていた事態。
電車の人身事故で翔を待たせる…なんて展開もなく、無事待ち合わせ場所に到着した。
けど…。
「甘く見てたわ…」
見渡す限りの人、人、人…。
待ち合わせ場所の設定、明らかにミスったでしょこれ。
翔は駅から少し離れた神社の門前で待ち合わせにしようとしてたけど、あたしは迷いそうだから、駅改札前にしてもらった。
全然学習できてなかった…あたし…?
人の波でもみくちゃになりながらも、翔の姿を探す。
真っ直ぐにすら歩けない。
それどころか普通の歩幅で歩くことすらできないほどの混雑ぶり。
うわーん、こんなんで翔を待たせちゃ悪いよ~っ!
あまり背も高くないから、人の頭越しに周りを確認することもできない。
ガシッ。
突然腕を掴まれた。
まさか、変質者っ!?それとも人違いっ!?
グイグイと引っ張られ、混雑する駅の改札口から連れ出される。
落ち着くのよ緋乃っ!
交番はすぐそこにある。
人目もあるから、知らない人だったら助けを呼ぶ。
人の波に逆らって、引っ張られるままに引っ張られる。
モワッとした人の波から抜けて、やっと圧迫感から開放された。
助けを叫ぶ準備はできている。
振り向いたその人は…。
「よかった。無事に逢えて」
「翔…ありがとう」
そのまま人の波を避けて歩道へ抜ける。
改めて向かいあう。
「あけまして、おめでとうございます」
あたしは深々と頭を下げて挨拶する。
「あけまし………
………やっぱそうくるよね~。
ってうちの家族かっ!
なぜ言い直したっ!?思いつきかっ!?
「よく見つけてくれたね。あの中で」
心の中でツッコんで、あえてスルーした。
「緋乃だけは、ひと目でわかったよ」
ぽっ。
その笑顔に思わず赤面してしまう。
つい、クリスマスの夜を思い出してしまった。
あたし…翔のものになったんだよね。
「待ってても空くわけじゃないから、行こう」
翔はそう言って手をつないできた。
人で溢れている参道を歩く。
ジャッ、ジャッと踏みしめた小さな石が擦れる音が、耳に飛び込んでくる。
「緋乃はどんなことをお願いするの?」
「今日はお願いなんてしないよ」
「どうして?」
不思議そうに聞いてくる翔。
「初詣は、お祈りするためじゃなくて、去年一年を無事に過ごせたことを感謝する行事だもの。こうして翔といられることを、神様に思いっきり感謝したいな」
あたしはとびっきりの笑顔を向ける。
「そうか。なら俺も緋乃と一緒になれたことに感謝するとしよう」
すごく幸せ。
こうして一緒にいることが、どんな贈り物よりも嬉しい。
鳥居の下まできた。
一礼してくぐる。
冷たい水を
最後に柄杓を立てて、取っ手を水を清めて戻す。
「さすがに水、冷たいね」
苦笑いしながら自分の手で手を暖める。
「こうすれば、暖かいよ」
再び手をつないできた翔。
こういうところが、翔らしい。
つないだ手から伝わってくる温もりと優しさ。
それだけで胸がいっぱいになって、満たされた気分になる。
このままずっと、翔と一緒にいたい。
二人で混雑のなか、賽銭を投げ入れて感謝の気持ちを心で唱える。
この時間が、ずっと続きますように。
混雑しすぎていて、あまりじっとしていられる状態じゃない。
お祈りを済ませて顔を上げたら、翔が肩を抱いてきた。
「終わった?行こう」
「うん」
前の誕生日の時やクリスマスの時を考えると、この状況でのお約束は多分人の波に押されてはぐれること。
あたしも翔の腰に手を回す。
「それじゃ行ってくるね」
お手洗いをみつけて、二人とも寄っていくことになった。
もちろん女子側は行列になっている。
男子側も列はあるけど、進みは早い。
たぶん待たせることになるだろうな。
でもここにいれば、はぐれることはないよね。
翔が早く出てきた。
あたしはまだ行列中。
手をひらひら振って合図する。
翔も手を振り返してくれた。
大丈夫。待たせることにはなっちゃうけど、見えるところにいる。
あたしがお手洗いの建物に入った後…。
翔は周りを見ていて、気になることがあった。
何か様子の変なグループがいた。
女ひとりに男二人がつきまとっていること。
緋乃のトイレはまだかかりそうだし、少し様子を見るだけなら…。
そう思って、様子の変な三人の近くに足を運んだ。
「なあ、いいだろ?少しくらいさ」
女は困った顔をして周囲を見る。
けどこっちに目を向ける人がいない。
助けを呼ぶにしても、助けてくれるまでに何をされるかわからない怖さで、何もできずにいる。
俺は悟った。
これは迷惑行為だと。
「おニィさんがた~、俺の彼女になんか用スか~?」
女の肩に腕を回して男二人を牽制する。
「え…」
驚く女に、俺はこっそり目配せする。
「どこ行ってたの~!?遅いじゃないっ!」
「悪い悪い。ちょっとブラッとしてた間に戻ってるとは思わなくてさ」
どうやら女は話を合わせてくれたようだ。
「で、お二人さんはまだ何か用でも?」
二人はお互い目を合わせて
「ちっ、なんでもねえよ」
吐き捨てて背を向けた。
引き離すようにこっちも背を向けて、人の多いところへ誘導する。
俺は肩に回した腕を離した。
「危なかったな。怪我はないか?」
「うん、ありがとう」
「じゃ」
お手洗いのところまで戻ろうとした時…
腕にまとわりつく何か。
「さっき言ったよね。俺の彼女って。話を合わせたけど、本当の彼女にしてくれないかな?」
少し怪しい瞳で聞いてくる。
「せっかくだけど、今彼女を待ってるから」
「そんなツレナイこと言わないでよ。少しだけでいいから話しよう」
「悪いけど…」
「あら、だったら叫ぼうかしら。あなたに無理やり連れ去られそうになっているって」
ギュッと腕を掴み、離しそうな気配を見せない。
ここで騒ぎを起こされると後が面倒そうだ。緋乃にも迷惑がかかるかもしれない。
「わかったよ。少しだけな」
「やった~。話がわかるじゃんっ!」
グイグイと引っ張られて、人混みの中に消える。
「やっと終わったよ~。女子トイレは長いから嫌になっちゃう」
あれ?
さっきまで翔がそこにいたんだけど、どこ行っちゃったのかな?
何か買いにでも行ってるのかな?
少し待ってみよう。
「ねぇ、あなたいくつなの?」
翔につきまとっている女が質問する。
「16だけど」
「高校生なんだ?大学生くらいかと思ったわ」
前のバイトで濡れ衣を着せられた記憶が甦った。
「あたしは
「
「彼女ってどんな人なの?」
少しげんなりしながら翔は答える。
ずいぶん遅いわね…。
さすがに心配してきた。
まさか…前の仕返しっ!?
どこからかあたしを見ていて、じれったくするあたしを楽しんでるっ!?
いやいや、まさかそんなことをする人じゃないし…。
そうだ電話すればいいんだ。
あたしはスマホを取り出し、電波が立っていて電池も十分あることを確認する。
翔をアドレス帳から呼び出して電話をかける。
「あれ?」
かからない。
電源が入ってないとか、圏外という感じじゃない。
そもそも発信音すらならない。
「あー、混みすぎててだめじゃん。電話もネットもつながらないよ」
誰かの声が耳に飛び込んできた。
そうか、そういうものなんだ…。
仕方ない。もう少し待ってみるか。
一時間が経った。
そういえば誕生日のとき、これくらい待たせちゃったんだよね。
翔、こんな気持でいたんだろうな。
もう少し、待ってみよう。
二時間が経った。
やっぱり電話はつながらないし、やっとつながったメッセージは既読にならない。
でも読み込み中でぐるぐる回っていて、ほんとに隙間と隙間でなんとかつながる程度のまま変わっていない。
さすがに変よね…翔に何かあったんじゃ…。
あたしはその場を離れて探しに行くことにした。
メッセージも念の為に送っておいた。
既読には、やっぱりならない。
電話も呼び出し音すら鳴らない。
おみくじ売り場
売店のある通り
鳥居の通り
参道
混雑している駅
心当たりは全部探してみた。
混んでいるから、そう簡単には見つからないと思うけど、居ても立ってもいられないあたしは小走りで翔の姿を探す。
お手洗いのところにも立ち寄って、翔の姿を探す。
翔っ!?
通りすがる人の中から、それっぽい人を見つけた。
かき分けて、すり抜けてその人に近づいていく。
ふと見えた横顔は、明らかに別人だった。
「なんだ…違った…」
クリスマスの時、あたしは翔をこんな気持ちにさせていたのかな…。
あれから三時間が経っていた。
雅美は相変わらず翔につきまとっている。
「もう十分だろ?そろそろ離してくれ」
翔は苛立ちを隠せなくなった。
緋乃をこれだけ待たせてしまって、多分怒っているだろう。
自分でも四時間待たされた経験はあるが、それとこれとは話が違う。
隙を見て電話しようとしたが、混雑のためつながらないし、ネットも読み込み中のグルグルが出るだけでつながる様子がない。
「そんなに今の彼女がいいの?」
「当たり前だ」
そっぽを向いて答える翔。
「はぁ。もう少し早く出会えていれば、また違ったのかもね」
「もう大概にしてくれっ!どんなに言い寄られても、心に決めた人はひとりだ」
「そっか。わかった。じゃあ…」
雅美は掴んでいた翔の腕を持ち替えた。
肘のあたりを掴んでいる。
あたしは鳥居のあたりで、翔らしき人をやっと見つけた。
思わず声をかけようとした。
けど、信じられない光景がそこにあった。
なんで…なんで…翔が知らない女の人と…一緒にいるの?
ぐいっと翔の腕を下へ引っ張り…腕に引っ張られて下がった顔に、雅美が迫る。
ちゅっ
「なっ!」
無理やり、翔にキスをした。
「これで諦めてあげる。それじゃね、翔くん」
雅美はひらひら手を振って姿を消す。
腕で口を抑えて、呆然と見送る翔。
なんで…なんで…翔が知らない女の人と…キス…してるの…!?
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