第31話:聖夜
「それじゃ緋乃、行ってきます」
「いってらっしゃい」
今日はクリスマスイブ。朝から出かける母を見送った。
あたしはお昼を過ぎてから待ち合わせ。
お父さんも昼前に出かけていった。
喜んでくれるかな…
あたしはプレゼントの包みを眺めて、想いをはせる。
どこかのカフェに寄るかもしれないから、お昼は軽くすませよう。
自分でサラダとパン一切れを三角にしたたまごサンドを作って食べた。
そろそろ出かけようかな。
あたしはプレゼントとスマホを手にとって、カバンにしまおうとしたその時…。
RRRRRR…RRRRRR…。
家の電話が鳴った。
一階に降りて電話を取る。
「はい、
「
「ええっ!!?」
慌てふためいた父の電話に驚いた後に病院の場所を聞いて、あたしはカバンを持って何駅か離れた病院へ急いで向かう。
「あの、水無月ですが、母が運ばれたと聞いてきました」
「はい。先程ご家族がお見えになりました。どうぞ」
意外とあっさり通してくれた。
「お母さんっ!!」
「あら、緋乃もきたのね」
いつも調子で母が迎える。
「おっ、早かったな緋乃」
ずるっ。
なんか父も母も緊張感の無い様子だった。
「脳震盪っ!?」
落ち着いて今日の出来事を聞いた。
階段で人とぶつかって、数段だけ転げ落ちて、頭を打って脳震盪を起こしたという。
それでも気絶していて、緊急で運ばれたらしい。
幸い外傷は無かったけど、検査のため入院することになったという。
検査入院だから数日で退院の見込みだそうだ。
でも、よかった。大事に至らなくて。
「緋乃はもういいよ。何か用事あったんじゃないの?」
はっ!そういえば翔、ずっと待たせちゃってるっ!!
「そうだね、じゃああたしは…」
病院を後にした頃、日が傾き始めていた。
翔に連絡しないと。
カバンに入れてあった携帯を取り出………ないっ!!?
そういえばカバンにしまおうとした時に電話が来て、そのまま慌てて出てくちゃったんだっ!!
急いで家に戻らなきゃっ!!
いや、家に戻るともっと遅くなっちゃうっ!!
待っててくれてるかわからないけど、すぐに向かって…。
電車に乗り込んで揺られること30分ほどすると、最寄り駅が近づいてくる。
このまま通り過ぎて、もう少し行けば翔と待ち合わせ場所に近い駅へ着く。
あれ?
もしかして…。
あたしは再びカバンをゴソゴソする。
息が止まりそうになった。
プレゼントも…忘れたっ!!
これじゃ仮に逢えても意味がないよっ!
仕方なく、あたしは電車を降りて家に向かった。
少し前。
「遅いな…緋乃…」
翔はしばらく待っていた。
約束の時間はとっくに過ぎている。
何度も電話をかけているけど、出てくれない。
待ち合わせ場所を間違えてないかLINEでも確認してみるけど、既読にならない。
バッテリーがだいぶ減ってしまったのが気になっている。
充電器を持ってない翔は、電源節約のため機内モードにして、時々解除していた。
あたしは青ざめてしまった。
家に帰って、スマホを見ると…
「翔からすっごい数の着信とメッセージが…」
電話をかけてみたけど、電源が入ってないのかつながらない。
プレゼントをカバンにしまって、スマホをポケットに入れて家を飛び出す。
空は夕焼け。もうすっかり日が傾いてしまっていた。
メッセージを送ってみたけど、既読になってくれない。
どうしよう…翔、絶対に怒って帰っちゃってるよね…。
待ち合わせ場所に着いた。
2時にくるはずだったところ。
時計を見ると、もう6時を回っていた。
周りを見渡してみるけど、翔の姿はない。
4時間も待たせちゃったから…もういないよね。
せっかくのクリスマスイブ…だったのに…。
ポロン。
メッセージが届いた。
『いまどこ?』
返事をするのが…怖い。
けど、逃げてもなんもならないよね。
『今ついた。ごめんなさい。翔は帰っちゃったよね?』
返信する。
怒られても仕方ない。
帰っちゃってても仕方ない。
翔と、ケンカなんてしたくないよ…。
祈るような気持ちで返事を待つ。
『後ろ向いてみ』
えっ!?
返信の内容を見て、あたしは振り向いた。
そこに、いた。
翔が。
思わずその胸に飛び込みたかった。
けど、その前に言うことがある。
「ごめんなさい、翔…遅くなっちゃった」
「心配したよ。何があったんだ?」
あたしはこれまでのことを話した。
「そうか。家族のことだもんな、仕方ないよ」
翔は時計を確認する。
「夕食のお店は予約してあるんだ。行こう緋乃。時間ギリギリだけどね」
「うん。急ごう」
足早に歩く。
予約しているお店は一軒家のフレンチらしい。
でもフレンチのディナーって結構するよね…。バイト代で足りればいいけど。
翔はお店の前でガックリと膝をついていた。
【配管トラブルによりしばらく休店します】
予約時間に5分遅刻して到着したあたしたちを迎えたのは、無情な手書きの張り紙だった。
「えっと…」
つい先程のことだった思う。お店の外まで水が滴っていた形跡を見て呆然とする。
「すまん、緋乃…今日はほんと、とことんだめだな」
うなだれて力なくつぶやく。
「仕方ないよ。お店の都合だもん」
よかった。お財布の心配したけど…。
翔はスマホを取り出して、電話を始める。
もうバッテリーの心配はなくなっていた。
あたしが持っていたモバイル充電器を、翔に使ってもらっている。
「そうですか、わかりました」
近くのレストランだろう。これで5件目。
やっぱり満席で断られた。
「この辺の店は全滅したよ…」
もしかすると、ここに行けなかった人たちが一足先に空席を見つけて入っていったのかも。
それじゃ、空いてるところで済ませようよ。と言おうとした瞬間…。
「仕方ない。家で過ごそうか」
「えっ!?翔の家でっ!?」
ぼっ!
一気に顔が赤くなる。
「といっても父と姉がいるけどね」
姉…そういえば翔の家族構成って全く知らなかったな。
「えっ…でも、まだ早いというか…心の準備が…」
もじもじしていると…。
「あっ…そうか…」
気まずそうに頬を掻く。
しばらく沈黙する二人。
「せっかく来たけど…もう帰ろう。送るよ」
翔は今日、ずっと待っていてくれた。
午後早くに待ち合わせていて…あたしのせいではないとしても、翔と逢うことを後回しにすることを決めたのはあたし。
待ちに待った今日。
前から準備して、今日のこといっぱい考えて、予定がメチャクチャになっちゃったけど、もう少し…一緒にいたい。
ぽふっ。
翔の背中に飛び込んだ。
「行く」
精一杯、勇気を出して云った。
「えっ?」
振り向かずに聞いてくる。
「連れてって。翔のおうち」
「すごい…ここに?」
翔の住んでいるところについた。
何十階あるんだろうか。
ロビーのあるタワマンだった。
そういえば翔の親って製薬会社グループの役員だったっけ。
住んでるところが違うというか、なんか実感がわかない。
ピッ。
カードキーで自動ドアが開き、エレベーターもカードキーと指紋で認証するまで操作不可という徹底ぶり。
27階。かなりの高さだ。
玄関のドアも同じくカードキーと指紋で認証していた。
「どうぞ」
「えっと、お邪魔します」
照明が自動で点く。
パッと見ただけでもすごく広い。
廊下の奥は右へ広がるリビングがある。
途中にドアがいくつもあり、トイレやお風呂を考えると、おそらく5部屋はある。
あれ?靴がない。
気づいたけど、玄関に靴がない。
「おーい、誰かいるか?」
しーん。
返事はない。
「ま・さ・か…」
「留守みたいだな」
ボッ!
ということは二人きりっ!?
「どこほっつき歩いてんだふたりとも」
でも、それでよかったかもっ!
まだ家族に挨拶なんて早いよっ!
「あ…やめとくか?緋乃」
「ううん、いいよ」
少し迷ったけど、そう答えた。
コトッ。
「簡単なものでごめんね。ありあわせだとできるのはこれくらいだった」
翔がキッチンに立って、リビングで待つあたしに出されたのはピラフ、鶏唐、サラダにコンポタだった。
「ううん、いいの。翔と一緒に過ごせるこの時間がとっても嬉しいっ!」
「そうか。それならよかった。今日のお店、俺が払うつもりだったんだけど、まさかお店がまるごとダメになってたとはな」
そうだったんだ…そう思うと少し残念かも。
食べ終わって、翔の部屋に行く。
少し緊張してきた。
「メリークリスマス。これ、プレゼント」
「メリークリスマス。緋乃」
お互いにプレゼントを渡し合う。
「開けていいか?」
「うん、あたしも開けるね」
「どうぞ」
ガサガサと包み紙を開ける。
チャラッ。
翔は箱から取り出したのは、ペンダントだった。
シルバーリングのチャームがついたもの。
「いろいろ考えたんだ。選ぶほどに迷っちゃって、翔に似合うのはどんなものかなと思ったんだけど、あまり派手なのは苦手でしょ?」
「そうだな。ありがとう、緋乃」
優しく微笑む翔。
あたしも箱から取り出す。
髪飾りだった。
流れ星みたいなチャームに、スワロかジルコだろうか。キラキラとした石が埋め込まれている。
「素敵…」
お互いに贈り物を身につけてみる。
「翔はやっぱりシンプルなのが似合うね」
「緋乃も、よく似合ってるよ」
「えへへっ、ありがとうっ!」
ふと外を見ると、すごくきれいな景色が広がっていた。
「翔っ!外すごいよっ!」
窓に駆け寄る。
見渡すと、百万ドルの夜景とまではいかないけど、夜に映える明かりがとてもキラキラしている。
「暗くなるよ。足元に気をつけて」
パッ。
一瞬で闇に包まれる部屋。
この感じ、海沿いのホテルの時と同じ…。
前はあたしがあまりに緊張しすぎていて、翔がやめちゃったけど…。
あの頃は付き合い始めたばかりだったから仕方ないとしても、今日は覚悟決めてきたっ!
もちろん勝負下着もっ!
………って、勝負下着を見られたら…その気満々って思われちゃわないかなっ!?
そう思うと緊張してきちゃったっ…!
翔が左隣にきた。
あたしの右肩に手を乗せられる。
寄り添いたくて、頭を左に傾ける。
しーん。
耳がキーンとするほど、静寂に包まれていた。
二人だけの空間。
二人だけの世界。
もう、ふたりに言葉はいらなかった。
夜景を見つめる目は、どちらからともなくお互いの顔を捉える。
緊張してるけど、震えてはいない。
ドクン、ドクン、ドクン…。
早くなる心臓がうるさく感じる。
あたしは目を閉じた。
翔の顔が迫ってくる。
かすかな吐息が頬を撫でた瞬間、唇に柔らかい感触が伝わってくる。
もっと、もっと触れ合いたい。
翔を愛しく想う気持ちが溢れてきて、気がつくと舌を翔の口に伸ばしていた。
翔も応じてきて、お互いの口を激しく求めあっている。
ぬめりのある口の中。
夢中で舌と舌を絡めあわせる。
口の中に舌を差し込み、迎える翔の舌。
ぺちゃぺちゃと音を立てて、その体温と唾液を感じ合う。
「ん…はっ…」
「ふ…んむっ…」
頬を伝う吐息も心地よい。
嬉しい。
こんなにも近くに翔を感じていられる。
好きって気持ちが溢れてきて、もっと近くに感じたくなる。
翔はあたしを肩越しに抱きしめている。
あたしは翔を脇から背中に腕を回して抱きしめている。
夢中になって舌を絡める。
でも足りない。
まだ足りない。
もっと、もっと欲しい…。
「緋乃…もっと緋乃が欲しい…」
「あたしも、翔の全部が…欲しい」
どちらからともなくキスをやめて、お互いの気持ちをぶつけ合った。
怖さはない。
ただ、欲しい。
翔のぜんぶ。
ぼふっ。
ベッドに身を預ける。
翔が覆いかぶさってきた。
再び、唇を求め合う
部屋に響く水音。
翔の体が、重みがかかってくる。
それさえも心地良い。
ドクン、ドクン、ドクン…。
心臓の鼓動が伝わってくる。
翔も、緊張してるんだ。
服越しに、手のぬくもりが伝わってくる。
触られたところがすぐ熱くなって、全身に広がっていく。
一枚ずつ脱がされていく。
キスもいいけど、素肌が触れ合うって、こんなに気持ちいい。
ふわふわとする心地の中で、あたしは翔に溺れていく。
「いくよ…」
こくんと頷く。
「きて…」
「痛っ!」
「緋乃っ!?」
「だめっ!やめないでっ!!泣いても、叫んでもっ、やめてって言わない限り、絶対やめないでっ!!」
必死に抱きつく。
「もし途中でやめたらっ!二度としないよっ!!中途半端で終わりにされるなんて悲しすぎるっ!初めてなのに、そんな悲しい思いしたくないっ!!絶対、最後までしてっ!!」
「緋乃…わかった。でも無理はするなよ」
こんな時でも、翔は優しい。
やめてなんて言わない。言いたくない。
痛い…痛い…痛いけど…翔を受け入れているってこの痛みなら…それさえも気持ちいい。
ずっと…ずっと一緒だよっ
翔っ!!
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