第28話:思い出
10月20日。
注文していた品物が、今度こそ仕上がるはずの日。
あたしが注文したものは、お店の不手際で壊れてしまった。
代わりのものを取り寄せているとは言ってたけど、不安が拭えない。
ピッピッピッ…。
プルルルル、プルルルル、ガチャッ。
「あっ、本日品物を受け取り予定の
「本日中には入る予定ですが、品物がまだの状態でして…申し訳ございません」
「…はい、急いでお願いします」
ピッ。
そんな…まだ品物が入ってないなんて…。
それから休み時間になるたび電話をかけて確認してみるけど、まだ入荷していないという返事がくるばかり。
嘘でしょ…これじゃ
昼休みにも、昼食後に電話する。
答えは「まだ」だった。
まさかこのまま間に合わないなんてこと…無いよねっ!?
「あっけのぉ」
「
「どうしたの?なんか暗いよ?」
詩依もすっかり表情豊かになったよね。
前は笑顔で感情を押し殺してた詩依だけど。
あたしは感情がすぐ顔に出ちゃうから、気づかれてたんだ。
「実はね…」
「そっかぁ、バイト始めたのも翔の誕生日に備えてのことだったんだねぇ」
「もしかしてこのまま商品が間に合わなくて、今日渡せないんじゃないかって不安で…」
優しく微笑む詩依。
「だったらさぁ、ギリギリまで粘ってみなよぉ」
「えっ?」
「翔と約束はしてるんでしょぉ?だったらその写真屋の近く、ファミレスかカフェでおしゃべりして、写真屋からの連絡を待つのぉ」
「でも間に合わなかったら…」
「最悪、写真立てと一緒じゃなくて写真だけでもいいじゃなぁい。写真立ては後日になっちゃうけどぉ」
あたしは
「あたしは、こだわりたい。あの写真立て、きっと翔も喜ぶから」
「だったらこうしようよぉ。駅の近くで雑貨屋もあるでしょ?そこで同じものか、近いものを見つけておくのぉ。もし間に合いそうになければ、そこで買った写真立てを持ち込んでセットしてもらえばいいよぉ」
詩依の言うことは最もかな。
保険、代案は必要だよね。
「プレゼントって、その人の欲しいものならなお嬉しいけど、贈るのはものじゃなくて気持ちだよぉ?緋乃、ものを贈ることにこだわってなぁい?」
あたしは俯いた。
あのスッキリした透明感のある写真立ても含めて、あたしの気持ちなんだけど…。
「プレゼントは決まったようね?」
『
あたしたちの前に雪絵が現れた。
「何にしたかは聞かない」
「雪絵…まさか、戻ったの?」
「いや、たぶんもう戻らない。予兆すら無い」
雪絵があたしたちの側にやってきた。
「あたしはヒントを出した。緋乃はそれで考えたんでしょ?」
「うん」
「なら、あとは翔自身の問題よ。どれだけ
雪絵の言うことは相変わらず少しキツい。
でも…。
「緋乃の想い、翔に届くといいね」
言って、ニコリと笑う。
後押ししてくれる二人に、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「そういう雪絵はどうなのよ?」
「
雪絵が少し照れているように見える。
「もしかしてもうキスしたぁ?」
少し顔を赤くして
「想像に任せる」
「えーっ!?いつ?いつしたの!?」
「先週の日曜日」
想像に任せると言いつつあっさり認めてるし。
放課後になった。
「緋乃、それじゃ行こうか」
「うっ…うん」
結局まだ写真立てが入荷していないらしい。
お店の方も、こんなに入荷が遅いのは初めてらしく、確認してもらっても明確な時間がわからないという。
気になるのはやっぱり写真立てのこと。
「どうしたんだ?俺といるのがつまらないか?」
翔が心配そうに聞いてきた。
そんなに態度で出てたのかな…。
「ううんっ、違うよっ!とっても楽しいっ!」
「なんかさっきから落ち着きがないみたいだから。もしかして他に予定でも入っちゃったのかな?家族に呼び出されてるとか、友達と約束してたり…」
翔、あたしのこと本当に気にかけてくれてるんだ。
もうそわそわしててもしょうがないよねっ!
信じて待とうっ!
翔と一緒に、あたしの近くの駅で降りて、ウィンドウショッピングのふりして万一のために写真立てを眺めていた。
あっ!
あたしが選んだのと同じ写真立てがあるっ!
ここに来ればあるんだ。万一の時はここにしよう。
よし、リミットの時間を決めて、もし時間に間に合わないならここへ買いに来よう。
あたしはいつでも取りに行けるよう、写真屋近くのオープンカフェへ入ることにした。
バイト先はちょっと落ち着かないかも。
翔は緋乃の様子が少し違うことに気づいていたが、気にしないことにしている。
「でね、愛海ったらもう彼ののろけ話ばっかしてくるのよ。思わずあたしも翔のこと聞いてもらっちゃったりしてね」
「そうなのか。その彼はどういう人なんだ?」
「あたしも面識無いから分からないの」
夢中でおしゃべりしてから、気付いたら夜の7時。もう時間の限界だ。
さっき見てきた写真立てが置いてあったお店に行って、そこから写真屋に行って、それから戻ってこよう。
「翔、ちょっとあたし用事があるんだけど、すぐ戻ってくるから待っててくれるかな?」
「ああ。わかった。ここで待ってるな」
あたしは急いで駅へ向かう。
あの写真立てがあったのは駅前のお店。
売り切れてなければいいけど…。
行き交う人を避けて走る。
はあっ、はあっ…。
「まだあった…」
あたしはそれを手に取り、レジに足を運ぶ。
「こちら一点で4500円です」
「はい」
ピルルルルッ、ピルルルル!
ふと携帯が鳴った。
まさか…。
「はいっ!水無月ですっ!」
「お客様、大変おまたせして申し訳ございません。ご注文の品が届きまして、今からお渡しが可能です」
やった…なんとか間に合った。
「わかりましたっ!今すぐ行きますっ!」
電話を切り、出しかけたお金をしまう。
「ごめんなさい。この写真立てはお戻しします」
「はい。キャンセルですね。では商品はここでお預かりします。またのご利用をお待ちしております」
お店を出て、あたしは写真屋に走る。
7:30…。ずいぶん翔を待たせちゃってる…。
一度連絡しておかなきゃ。
スマホを取り出して…。
「あっ!電池が切れてる…」
今日は朝から写真屋に何度も連絡してたから…電池が減ってたんだっ!
充電器もないからどうしようもないっ!
もう仕方ない。できるだけ急ごう。
ハッ、ハッ、ハッ…。
走る。ひたすら走る。普段走ってないから、脇腹がズーンと痛い。
人をかきわけて、すり抜けて、写真屋が目の前に迫ってきた。
ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ!
スマホの電池が切れるのが少しだけ遅くて、まだ助かった。
もしさっきのお店で切れてたら…。
あたしは写真屋に入るけど、ふと思い出してバッグの中を確認する。
「あっ!伝票がないっ!」
ポケット、バッグ、財布をゴソゴソと探してみるけど、やっぱり伝票がない。
もしかして…注文した日にベッドで伝票を眺めてたけど、それからしまってないんじゃ…?
考えてる暇はない。
急いで家へ向かった。
「ただいまっ!」
「あら緋乃。夕食の準備ならできてるわよ」
お母さんが迎えてくれたけど…
「今それどころじゃないのっ!」
ドタドタと自分の部屋に転がり込んで、ベッドの布団を床に放り出す。
あった…。
足元のところから、グシャグシャになった伝票が出てきた。
伝票を掴み、布団をベッドに放り投げる。
「いってきます!」
「緋乃っ!どこいくのっ!?」
お母さんの呼び止めを気にしてる時間はない。
腕時計を見ると、7:50を回っていた。
これじゃ写真屋がしまっちゃうっ!
足元がフラつきながらも必死に走る。
「そんな…」
時計は8:00を指していた。
「ここまで一所懸命、準備してきたのに…」
写真屋のシャッターはもう、閉まっていた。
もう少し、あと少し、数日早く行動していれば…決めていれば…こんなことにはならなかった…。
翔も待たせたまま…連絡も取れない。
諦めて、翔を待たせているカフェへ足を向けようとしたその瞬間。
がちゃっ。
お店のドアから店員さんが出てきた。
気がつくと、あたしはその店員さんのところへ駆け寄っていた。
「お願いですっ!この受け取りに来ましたっ!無理は承知ですっ!どうか…今日じゃないとダメなんですっ!」
あたしは必死で店員さんに迫る。
店員さんは伝票を見て
「ああ、水無月さんね。こちらこそ迷惑をかけてごめんなさい。ちょっと待っててね」
店員さんはドアの奥に消えて…数分で出てきた。
「これね。ガラス写真立て。写真はセットしてありますし、ラッピングもしてあります。こちらの不手際で迷惑かけてごめんなさい」
あたしは嬉しくて、少し涙が出てきた。
「はいっ!ありがとうございますっ!」
写真立てを受け取り、お礼をするとすぐに翔を待たせているカフェへ走る。
そこの角を曲がればすぐっ!
翔っ!今着くよっ!
「はは…だよね…」
この一帯のお店は8:00に閉店する。
翔を待たせていたカフェも、もうシャッターが降りていた。
ほとんど人どおりはなく、真っ暗。通りを横切る人が時々見える程度。
電話は電池切れで連絡ができない。
トラブル続きで時間ばかり取られて、必死に走って、せっかく、せっかくここまで拾い上げたのに…。
家に帰って充電しても、連絡がつくのは早くてもたぶん8:30。
さすがにその時間から翔を呼び出すわけにもいかないよね。
仕方ない。プレゼントは明日渡すか…かっこわるいな。
あたしはシャッターの閉まったお店の前から、家に足を向ける。
「緋乃っ!」
後ろからかかる声。
「し…翔………翔っ…!!」
「どこに行ってたんだ?心配したぞ。連絡もつかないし。電池切れしたか?」
あたしは胸にこみ上げてくる感情を抑えられず、涙が溢れてきた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…こんなに待たせて…ごめんなさい」
何も言わず、翔はあたしを抱きしめて胸を貸してくれている。
ひとしきり泣いて、安心したあたしは翔の胸から離れた。
「実は、これに振り回されちゃって…」
あたしは紙袋を差し出す。
リボンが巻かれた包み紙が入っている。
「お誕生日、おめでとう。翔」
「そっか…知ってたんだな。緋乃」
驚いたような顔をしている。
「雪絵に教えてもらった」
「あいつめ…」
仕方ないやつ、と言いたげな微笑みを浮かべた。
包み紙を手にした翔。
「開けていいか?」
「うん」
シュルッ、カサカサッ。
包み紙の中には、紙箱がある。
結構大きな箱だった。
「写真立て?」
「うん。あたしが大切にしてる写真なんだ。たぶん、翔も思い出深いものだよ」
ガラスの写真立てに挟まれて写っていたのは、夜の公園であたしと翔の二人。
夏休み前に新聞部の写真担当が怪我で休んでいる時に、あたしが代役で写真を担当した時に撮ったもの。
学校近くの公園で、夜に翔と二人で撮った。
それは翔が単発バイトへ行った時に知り合った女性が、翔にフラれた腹いせで「翔が通り魔だ」と濡れ衣を着せられて、犯行時刻の翔のアリバイを示す決定的証拠になったあの写真。
自宅のPCに保存しておいたのを思い出して、写真屋に持ち込んで現像してもらって、ガラスの写真立てに収めて、ラッピングしてもらった。
翔はそれを見て、空いてる片手で顔を覆う。
これじゃ表情はわからない。
「これかよ…」
…もしかして…思い出したくなかった…?
「あの…翔…」
あたしはその姿を見て、得も言われぬ不安を覚えてしまう。
顔を覆った手を離して写真立てを紙袋にしまった。
「その…ごめっ…」
言いかけたあたしの言葉は遮られた。
抱きしめられたから。
「すげー…嬉しい」
えっ?
「もし、あそこで緋乃が助けてくれなかったら、俺は今頃どうなってたか…」
ギュッと腕の力が少し強くなる。
「親父がバイト禁止って言ってたのは前に話したけど、もしあれで停学や退学になってたら…バイトがバレてた。あの時に助けてくれたのが緋乃だったな」
「うん、俊哉が乱入して、それであたしを呼びに来たよね」
「もし緋乃が居なかったら…今頃は…」
翔が、涙声になっている。
少し抱きしめる腕の力が抜けた。
あたしは顔を見つめる。
「翔…」
ゆっくり、目を閉じた。
「緋乃…好きだ」
ゆっくりと、顔が迫ってくる。
翔の優しい吐息が、あたしの頬を微かに撫でる。
唇と唇が触れた。
あたしの…初めてのキス。
また一つ、大切な思い出ができた。
大好きな翔と、また一つ。
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