第27話:誤算
「
うわー、一週間も経たずにバレちゃった。
別にバイト禁止はされてはいないけど、できれば当日までバレずに驚かせたかった。
「仕事あがるとき、連絡して」
「う…うん」
「で、彼女が何か失礼なことでもしましたかね?」
「…なんでもねーよ。邪魔したな」
翔が入ってきた瞬間、店内の女性客がザワッとしたけど、このやり取りを見てため息がわずかに聞こえた。
多分、二人の関係を察したんだろう。
とんっ。
翔があたしの背中を押した。
カウンターへ戻るために奥へ行く。
「お客様、助かりました。ですが…」
先輩の店員さんが何かを言いたげにしていた。
「わかってますって。偶然居合わせただけです。メニューは決まってるので後ろに並ばせてもらいますよ」
翔って、ほんとやり方がスマート。
さりげなく現れて、サッと引く。おまけに先回りしてる。
「店内でお召し上がりの場合は先に席をご確認ください」
「何がグーゼンだ。しっかりあいつの後を尾けて出番を狙ってたくせに」
「あっ、おまえいつの間にっ!」
えっと、スマート…なのかな?
再び店内の女性客がザワつく。
翔と付き合ってるけど、衛も翔とは違う方向でかなりのイケメンなんだよね。
「やっほぉー、緋乃ぉ」
あー、結局こーなるのね。
翔、詩依、衛の三人はあたしのバイト姿をしばらく眺めて帰っていった。
日が落ち、再び店内は閑散とする。
「
「えっ?どうしてわかったのっ?」
ふーん、と納得した顔をする先輩。
「勘よ、勘。なるほど、彼のためにバイト始めたのね」
「ま…まあ、そんなところです」
「どんなところが気に入ったの?」
「あの、仕事は…」
あたしはおずおずと尋ねる。
「こういうコミュニケーションも仕事のうちよ。相手のことを知ってこそ、スムーズな仕事もできるってものよ」
はぁ、逃げられそうもないわね。
「あたしという人見知り相手でも、しっかりあたしと向き合って、気にかけてくれるところ」
「誰にでもそうじゃなかった?」
「そうかもしれない。けど、翔は自分自身ともしっかり向き合って、そのうえであたしを受け入れてくれた」
翔が誰とも付き合わないことに決めたことについては、雪絵から聞いた。
「学校でもすごく人気で、あたしじゃ釣り合わないと思う」
「ダメよ。それなら釣り合うよう、一所懸命いい女にならなきゃ」
そう言って笑いかけてくれた。
「そう…ですねっ」
「働いてみると、いろんなことが見えてくるわよ。気づかなかった自分のこともね」
「はいっ」
「お先に失礼します」
「お疲れ様」
バイトを上がって、外に出る。
そういえば翔、連絡してって言ってたよね。
スマホを取り出して、連絡帳から呼び出し電話をかける。
プルルルル、プルルルル。
「こんばんわ。緋乃」
「うん、翔。今上がったよ。この後、会うの?」
「……律儀かっ!」
「え?」
意外な答えが返ってきた。
「あれはあの客に見せつけてやっただけで…」
「それじゃ翔は今、家にいるの?」
「いや…」
と言ってブチッと電話を切られた。
「ここにいるよ」
ふと後ろからかかる声に、あたしは目を見開いて振り向いた。
「翔…」
暗がりから姿を現す。
「ははっ」
「ふふっ、律儀はどっちよ。まさかまた絡まれたときのことを考えて待ってたの?」
「ま、そういうことにしといて。それより腹減ったな。近くで食べていこう」
「うんっ!」
「緋乃がバイトを始めてたなんてな。びっくりしたよ」
「うん、さっきは助けてくれてありがとう」
近くのファミレスに入って夕食にした。
翔はなんでバイトを始めたのかは聞いてこなかった。
察してるのか、気づいてないのかはわからない。
気づいてないなら驚かせたいし、察してるならやっぱり優しいと思う。
「そういえば翔って前に単発バイトしてたよね?」
「ああ、うちは親父が厳しくてね。学校で禁止されてなくともバイトはするなと言われてる。怒るとすっげぇ怖ぇし。単発はバレずに済みそうだったからやったけど」
「お父さんって何してる人なの?」
「製薬会社で常務取締役やってて、バイト禁止の代わりに小遣いは結構もらってる」
そういえば、前に雪絵から聞いた話だと、仕事一筋のせいで夫婦のすれ違いが大きくなって離婚しちゃったんだよね。
「あっ、もしかして緋乃?」
えっ?
ふと呼びかけられて、振り向いた。
「あっ!
「ひっさしぶり~っ!六ヶ月ぶりかなっ!?」
中学唯一というくらいの友達。
二つのドリンクを持っていた。
「そういえば衛、大阪から戻ってきたんだってねっ!?」
愛海は護のことも知ってる。あたしが告白されたことも、遠恋にすらならなかったことも。
「そうなのっ!あたしもびっくりしちゃったよっ!!」
衛、戻ってきた最初の再会はひどかったな。
翔に告白した瞬間を聞かれちゃったんだよね。
「で、その人は緋乃のカレシ?」
「…うん」
「すごいじゃん!やっと恋人できたんだねっ!あたし笹本 愛海。中学の友達です」
翔に自己紹介をする愛海。
あたしと翔は座ったまま。愛海は立っている。
にこりと微笑んで
「
「で、衛はどうしたの?」
「それがね…」
あたしはざっくりと説明した。
高校で翔と知り合って、衛に告白現場を目撃されて、衛にはごめんなさいして、翔から返事をもらった後に詩依というクラスメイトと付き合いだしたこと。
「そんなことがあったんだ」
「そういう愛海はどうしてここに?」
「おーい、愛海。なにしてんだ?」
男の声がかかった。
「あっ、
愛海がドリンクを持っていたのを思い出した。
「ドリバーに行くって言ってずいぶん経つから、何してんのかと思ったぜ。おっ、そっちもデートか」
雅士という人がこっちにやってきて、あたしと翔を見る。
一言で現すと、チャラそうな人。少し濃い目の顔立ちで、翔よりずいぶんガッチリしてる。
そっか。愛海もカレシできたんだ。
「彼は同じ高校の先輩なんだ」
ということは、全く面識のないつながりか。
お互い、近況報告はそこそこにして、愛海とID交換してお店を出る。
「翔、今日はありがと」
「いいって。あまり根詰めすぎるなよ」
「うん」
バイト先はあたしがいつも使ってる駅の近く。
翔は家まで送ってくれた。
暗い中だから、別れ際にキスを期待してみたけど、人通りが途切れなくてなんかチャンスが作れなかった。
ま、焦らないことにしよう。
翔だってあたしにしっかり向き合ってくれてる。
でも、前の海行ったときのことは残念だったな。あたしがあまりに緊張しちゃったから、翔まで緊張させちゃって何もできなかった。
10月は衣替え。
この制服を着ていた頃は、まだ翔と付き合ってなかったんだよね。
なんか懐かしい。
バイトを始めて、半月ほどが経った。
明細だけ受け取って、給与は振り込まれる。
「初めてのバイト代…」
あたしは胸の奥に何かこみ上げるものを感じつつ、明細を握りしめる。
お金は銀行にあるから、何か実感するものが足りない気がする。
「これで彼にプレゼントできるね」
女性の先輩がからかうように言う。
「はい」
「何にするの?」
はっ…。
それは何も考えてなかった。
その顔を見て、女性の先輩はケラケラ笑っている。
「水無月さん、結構抜けてると思ったけど、やっぱり抜けてるわねっ」
あたしは顔を赤くして俯く。
恥ずかしい。
「予算の都合もあるから、これから考えます」
翔の誕生日まであと10日ほど。
あまり迷ってはいられないか。
バイトを上がり、家に帰ってから詩依にメッセージしてみる。
『誕生日プレゼントって何を送ったらいいのかな?』
ピロン。
割とすぐに返事が来た。
『これから寒くなるから、手袋なんていいんじゃないかな?』
手袋か。なんかピンと来ないかな。
そうだ。雪絵に聞いてみよう。
あの子は今まで人の記憶を見てきたから、どんなの選んでるかわかるよね。
…って、雪絵は携帯持ってたっけ?
明日、直接聞いてみよう。
「財布、時計、香水、指輪、バッグ…」
翌日に捕まえて聞いてみると、あっさり返事してきた雪絵。
「その五つのどれか?」
「…が鬼門だから絶対やめといたほうがいい」
がくっ。
「その五つはすごくハードル高い。おまけに日常使いするものだから、好みに合わないと無理に使うことになって、ストレスが高まる。心底欲しそうにしてるところを狙うくらいじゃないと厳しい」
そっか、確かにそうかもしれない。
「なら雪絵は何にしたの?氷空くんの誕生日プレゼント」
「今回は氷空くんに選んでもらった」
そっか、付き合ってから数日で誕生日だったから…。
「翔が欲しいものって、なんだろうね…」
ちょっとずるいかもだけど、雪絵なら確かなものを言ってくれる。
「緋乃」
少し不機嫌そうな声で呼びかけてきた。
「わかってるでしょ?もうあたしは…」
「わかってる。けど雪絵ならその前までのことはわかるでしょ?」
ふぅ。
軽くため息をつく雪絵。
「ならヒントだけあげる。翔はバイト禁止だけど、小遣いはかなり多い。自分で買えるものなら、大抵は買ってる」
あっ、そうだっ!それがあったんだ!
「だから、何を選べば良いのか分からないなら、緋乃。あなた自身が翔に知ってほしいこと、共有したいことを形にすればいい」
あたしが知ってほしいこと…。
フフッと雪絵が微笑む。
「大丈夫。緋乃ならきっといい答えが見つかる」
それだけ言うと、雪絵は教室に帰っていった。
うーん、あたしが翔と共有したいこと…。
うーーん…
うーーーん…
うーーーーん…
思いつかない…。
バイトを終えて家に帰り、あたしは自分の机でPCを起動する。
キーワードで「誕生日プレゼント」を指定してみた。
上位には…服や小物、時計、財布が出ている。
うわー、雪絵が鬼門って言ってたものが入っちゃってるよっ!
他にお酒ってあるけど、未成年だし…。
なんとなくいじってる内に、あることに気づいた。
「これだっ!」
あたしは早速準備して、カバンにそれを忍ばせる。
今日は夜も遅いから明日にしよう。
翌日。
今日は委員の仕事もバイトもなし。
翔と放課後デート。
けどあまり遅くならないようにしないと…。
貴重な誕生日前のバイトなしの日だもん。
「ねぇ翔、10月20日って予定、空いてるかな?」
「ん?空けとくことはできるけど、何かあるの?」
「ちょっとね、一緒に居たいなって思って」
理由を言わないのはさすがに怪しいかな…。
「わかった。空けとく」
「ありがとう、翔」
あたしは翔と別れたあと、近所の写真屋へ向かった。
「これにしよう」
いろいろ迷ったけど、二枚の合わせガラスと下側に金属の棒足二つが後ろに伸びている写真立てを選んだ。横から見るとL字になっている。
店内を見渡しても、お客さんはほとんどいない。
一部大きなカメラコーナーでガラスケースの中を物色してる人がいるくらいだった。
あたしはカウンターへ向かい
「これでお願いします」
と注文して、代金を支払う。
伝票を書いて控えを受け取る。
「仕上がりは10月19日ですが、よろしいですか?」
19日。翔の誕生日前日なら大丈夫。バイトもその日は休ませてもらおう。
「はい、お願いします」
「よし、あとは待つだけだ」
写真屋を出て、家に帰った。
伝票を見返してはフフフッと思い浮かべてしまう。
翔、喜んでくれるかな?
10月19日。
今日は放課後、写真屋に行かなきゃ。
ちょっとソワソワする。
ピルルルルッ。
放課後を待たずに電話が鳴る。
「はい、水無月です」
「
七時か…写真屋にはギリギリ間に合う。
「わかりました。入ります」
「ほんとっ!?助かるわっ!」
放課後は写真屋に行く予定を変更して、バイトに向かった。
夜七時に上がって、写真屋に足を運んだ。
「え~っ!?今日は間に合わないのっ!?」
「申し訳ございません。保管していた写真立てを破損してしまいまして、緊急で取り寄せていますが、明日のお渡しになりそうでして…」
申し訳なさそうにしているけど、年に一度だけの重要なイベント。引き下がるわけにもいかない。
「じゃあ他のはっ!?」
「サイズが合わないものばかりでして、お客様のご希望には遠いものになるかと…」
そ…そんな~っ!
バイト入ってなければ他のお店で代わりを探せたんだけど…今からじゃもうお店が閉まっちゃう。
仕方ない。明日出直すしかないか。
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