第26話:既視感
すべてが色鮮やかに見えてくる景色の中で、雪絵はある変化が決定的になった。
(全部…話そう。友達には…)
翌日。
『え~~~~~~~~~~っ!!!!?』
雪絵は朝、笑顔を振りまきながらあたしたちのクラスに来て、氷空くんと付き合い始めたことを言いに来た。
「おめでとうっ!雪絵っ!!」
「ありがとう」
「すごいじゃんっ、雪絵ぇっ!!」
「すごいのは氷空くんだよ」
「それでそれで、なんて告白されたのっ!!?」
雪絵は照れながら
「えへへ、教えな~い」
と、のろけて可愛く笑う。
「き~に~な~る~っ!」
「おはよう。おっ、どうした?雪絵も一緒か」
いつもの調子で登校してくる翔。
「翔っ!聞いて聞いてっ!雪絵が氷空く…」
「だめーっ!」
雪絵が手であたしと翔を押し分けて入ってくる。
「まさか…」
翔が驚いた顔をして聞く。
「…うん、そのまさか」
顔をポッポと赤くして俯き気味にモジモジと答える雪絵が、すごく新鮮。
「マジかっ!」
「おはよ。どうしたお前ら?そんなに盛り上がって」
一瞬、雪絵がいることに驚いたように見えた。
「
「翔いいすぎ」
あたしがつっこむ。
「そんな笑顔で事件って言われても、全然信じられね」
そりゃそうだ。
「ううっ、とーちゃん嬉しいよっ!」
雪絵が氷空くんと付き合うことになった話を聞いて、涙をちょちょぎらせて感激する衛。
その前に、誰がとーちゃんだ。
「これはライト兄弟が空を飛んだことよりも歴史に残る事件だっ!」
『それはさすがにない』
衛を除く四人が揃ってつっこむ。
その場からトトトと離れつつ可愛らしくステップを踏んで、ひらりとスカートを揺らして後ろ手に振り向く笑顔満点の雪絵。
「それと、あとで大切な話があるから、お昼休みに話す」
「これ以上にかっ!?」
昼休み。
昼食を終えて、屋上に集まった。
「翔と衛には言うの、初めてだよね。あたし…」
「雪絵っ!それはっ!!」
あたしは何を言うか察知して止めに入るけど、首を横にふる雪絵。
「いいの、もう。過去のことだから」
覚悟を秘めたその目をみたら、何も言う気にはなれなかった。
「
翔はあたしたちに目線を送って聞いてくる。
「…うん。雪絵から聞いた」
「翔と衛も薄々気づいてると思うけど、あたしは人の意識や記憶を読み取れた。そして解決するにはどうすればいいのかも、無意識のうちに分かってしまった」
ん?何か違和感を覚える言い方が気になる。
「やっぱりか」
「そんな気はしていたが…」
雪絵はにこりと笑顔を見せた。
「でもね、それも昨日でおしまい。なぜかわからないけど、氷空くんだけはまったく読み取ることができなかった。真っ白…というか何も感じ取れない。それで、夏休み明けから氷空くんが気になって仕方なくなった頃、氷空くん以外の人の意識や記憶も読み取ることができなくなり始めた」
上を見上げる雪絵。
「最初はザラザラしたモザイクやノイズみたいになった。次第にそのノイズも薄れていって、今は氷空くんと同じように、誰にも…全く何も感じなくなった」
寂しそうな顔をする。
「多分あたし、これで普通の女の子になったんだと思う。これでもう、あたしはみんなに…アドバイスができなくなっちゃった」
「…だからか。俺や衛や俊哉のことも、全部分かってたんだな?」
感情と、事の正否を別にした面持ちで聞く翔。
「心の中を全部覗き込まれた感じでイヤだったでしょ?あたしだって好きで覗いてたんじゃない。知りたくなくても勝手に分かっちゃった…あたしを受け入れてくれる人も…拒絶する人のことも…全部…」
翔は雪絵の頭をくしゃっと撫でる。
「おかしいとは思ってたんだ。知らないはずのことも、まるでその場で見てきたような言い方してたのが気になってたけど、やっと
「今まで、イヤな思いさせちゃったよね…」
「ああ、気味が悪かったよ」
しゅんとなる雪絵。
「けどな…」
衛が先を促す。
「そのおかげで雪絵には散々助けられてきた。けどもう今までと違って、鋭い一言は出てこなくなるわけだ」
「何か残念な気がするけどねぇ」
くしゃくしゃと雪絵の頭を撫でる翔。
「今まで、辛かったよな」
こくり。
雪絵は涙目になりながら頷いた。
「雪絵っ!」
「雪絵ぇっ!!」
二人して雪絵に抱きつく。
「ちょ…ふたりともっ!」
「氷空くんのこと、黙っててごめんねっ!」
「ふたりで決めたのぉ。教えたら、雪絵が諦めちゃうんじゃないかってぇ!」
「でも、雪絵に黙ったままで知られたら…心を閉ざされちゃったし…もう無理かと思った…」
雪絵はふっと顔を緩める。
「あたしこそごめん。さすがにおとなげなかった」
「まったくよ…やれやれだぜ」
「ここんとこ、詩依も緋乃も落ち込んでて大変だったんだよ」
肩をすくめる翔に、両手でやれやれの仕草をする衛。
「えっ?それじゃ四人ともあれから特に進展は…」
『ねぇ』
翔と衛が声を揃えて言う。そして交互に
「それどころじゃなかったんだ」
「ずっと自粛ムードだった」
「でもほんと、よかったよ!またこうして雪絵とお話できてっ!」
「雪絵ぇ!雪絵ぇっ!!」
涙を流しながら、思わず頬ずりするあたしたち。
「何がなんだかわからねーけど、やっと仲直りしたのか」
ふと聞こえた声。
『俊哉っ!?』
みんな一斉に振り向く。
「いつから聞いてたのっ!?」
「翔が頭撫でてたあたり」
…重要なとこ全部聞き逃してるじゃない。
「雪絵…」
あたしの吐息が雪絵にかかる顔の距離。
「あとで、俊哉にも全部話す」
そう言った雪絵の顔は、とてもすがすがしい笑みをたたえていた。
「やー、雪絵に彼氏かー」
「ふふっ、とてもクールだったからね」
「でもずいぶん感じが柔らかくなったよねぇ」
「まだ信じられね」
教室に戻って、雪絵の彼氏報告について話をした。
「翔、あんたは人のこと言えないわよ」
ジト目でつっこんでみる。
「あんなん時効だ時効」
つい忘れがちだけど、翔は中学を最後に恋人を作らないと決めていた。
それが今は…。
「ところで緋乃のどこがよかったんだ?」
「まぁいろいろあってな。俺の女性観念をまるごとひっくり返してくれたってのが大きいかな。まっすぐで、自分の感情に素直で、それが伝わってきて、前を向いてっておい聞けや。聞いてきたのお前だろ」
ごちそうさまと言いたげな態度の詩依と衛。
あたしは顔を赤くして聞き入ってた。
「で、衛。お前はどうなんだ?緋乃のどこがよかったんだ?」
「それをここで言わせるか?詩依がいる前で」
「あたし聞きたぁい」
詩依がキラキラとした期待の眼差しを向ける。
「ぐっ…」
「だってよ。期待を裏切るわけにはいかないよな?」
やり返しとばかりに意地悪な目線を送る翔。
はぁ。
大きくため息をつく衛。
「すごく、初々しいところ。気がついたら好きになってた」
「それぇ。入学したてのころの緋乃を思い出すわねぇ」
「うるさいわよ」
「ははっ、もう懐かしくすらあるな」
放課後。
「じゃ、帰ろうか」
「うん」
最初の頃は多かった委員の仕事も、最近は大分減りつつある。
雪絵のことがあって、自然と自粛ムードになってた関係をお互いに進めたくなっていた。
そういえば、まだキスもしてなかったんだよね…。
翔はどうなんだろ?
でも、聞くのは恥ずかしいし、雪絵はもう頼れない。
だめっ、もういつまでも自分の恋を他人頼りなんてみっともない。自分でなんとかする。
自問自答して首を横に振るあたし。
「緋乃、何やってんだ?」
「えっ?」
「無言で表情がコロコロ変わってるよ。何を考えてるんだい?」
ボッ!
一気に顔を赤くしてしまう。
いっ、言えないっ!翔とキスすることを考えてたなんてっ!
「なっ、なんでもないのっ!」
「熱でもあるのか?」
と言い、翔は突然顔を近づけてくる。
「えっ?ちょ…まっ…」
まさかこのまま…?
こつん。
額と額が密着する。
ぼぼぼっ!
目の焦点があわないくらい目の前に翔の顔がっ!
これっ!息がかかるっ!
どーしよーっ!
このまま少し顎を上げたら…。
「なんか熱っぽいな。顔も赤いし」
はっ!
すいっと顔が遠ざかる。
違うのっ!熱っぽいのと顔が赤いのは照れてるだけでっ!
でもそれを言ったら、今度は照れてるのはなぜってところにくるから…。
「しっ、心配しないでいいよっ!久しぶりに翔と一緒だから少し緊張してるだけっ!」
「そう?ならいいけど」
きゅっ。
並んで歩いてる時、翔が手をつないできた。握手に近いつなぎかた。
「えっ…翔?」
優しい笑みを浮かべて、こっちを向く。
「イヤ?」
「うん、イヤ」
咄嗟に離そうとする翔の手を、あたしはすかさず握り返す。
「やっぱり、こうだよね」
握り返したあたしは、指と指の間に指を挟み込んだ恋人つなぎ。
「変わったな。緋乃」
「そういう翔もね」
お互い、そう言って笑った。
まだ、いいかな。
こうして笑い合えてるのが嬉しいし、そんなに焦らなくても。
でももし迫ってきたら、その時は…。
数日後。
「おはよっ、雪絵」
氷空くんと登校してきた雪絵を見かけて、つい声をかけた。
「おはよう、緋乃」
「おはようございます。緋乃ちゃん」
「おはよ、氷空くん。あれはもう時効でいいんだよね?」
言われて、雪絵を見る。
「もちろんさ」
幸せそうな顔で答える氷空くんを見て、あたしはホッとした。
「明日は氷空くんの誕生日。急すぎてちょっと準備が間に合わなさそう」
困ったような笑顔で言う雪絵。
ほんと、表情豊かになったよね。
「さすがに悪いから、今回は普通に過ごそうって言ってるのにな」
「そうなんだ?」
「ところでそっちはどうするの?」
何か企んでいそうなニヤケ顔で聞いてくる雪絵。
「どうって?」
聞いた瞬間、真顔に戻る。
「翔の誕生日、10月20日」
「え゛?」
………そういえば知らなかったぁ!!
10月20日って、あと一ヶ月もないじゃないっ!
「緋乃…」
「こーしちゃいられないっ!すぐに準備しなきゃっ!」
というわけで、アルバイト始めました。
キャッシュオン式(代金は商品引き換え)のカフェでフロアスタッフで働くことになった。
バイト代と翔の誕生日を考えると、三週間足らずか~。
シフトも考えると、予算もあまり無い。
それにしても…カフェスタッフってやることが多いって!
基本カウンター対応だけど、軽食なんかはその席まで持っていくし、朝も夜も店前の掃除や、調理器具や食器の洗浄や、材料の管理やら補充やら…。
ほんと大変っ!
マニュアルはあるけど、スピード重視のお店だから時間に追われて安らぐ暇がない。
最初は裏で品物のチェックや食器の整頓、オーダー後出し品のテーブルお届けなんかをやることになった。
「ふー、結構慌ただしいんだ」
カウンターを拭きながら女性の先輩に話しかける。
客足にも波があって、ガランとするときと満席になるときがある。
さっきまでは満席だったけど、今はガランとしている。
「おつかれさま。緋乃さんはバイトって初めて?」
「はい。前は委員の仕事が多くてそれどころじゃなかったですけど」
「いいんちょさんなんだ?」
「いえ、副委員長です」
細かいことだけど、訂正はしておく。
「で、今回バイトを始めたのは…」
カランカラン。
自動ドアが開いて、お客さんが入ってくる。
「話はあとにしよう」
『いらっしゃいませっ!』
次々に入ってきて、カウンターに列ができはじめた。
「ホットブレンドひとつつ入ります」
「ホットレモンティーひとつ入ります」
「サンドひとつ入ります」
次々にオーダーが入り、簡単なものだけを先輩と一緒に作る。
「水無月さん、これ持ってって」
「はーい」
あたしは調理が必要な後出しメニューをテーブルに持っていく。
えっと…10番の札はと…いた。
「お客様、大変おまたせしました。こちらオリジナルサンドでございます。以上でおそろいでしょうか?」
札を回収して、確認する。
「ああ、十分だ。それよりキミ、可愛いねぇ。新人さん?」
「え?はい。今週からですが…」
なんかチャラそうな人に絡まれてしまった。
「よかったら今日にでも俺と遊ぼうよ」
「いえ、仕事中ですので困ります」
「だから仕事上がってからでいいって。何時に上がるの?」
「ああもう…」
先輩店員は気づくも、カウンター対応で動けない状態。
「あなた、早く戻ってきてっ!」
「あの、呼ばれてるので失礼します」
ガシッ。
腕を掴まれた。
「そんなツレナイこと言わないでさ、俺と…」
ふと、誰かの腕があたしの肩に回される。
「おニィさん、俺の彼女になんか用スかぁ?」
「しょ…翔っ!?」
どこからともなく翔が現れた。
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