第23話:誤解

 聞き違い…じゃないよな…?

 今、確かに「僕も好きだ。緋乃あけのちゃんのことが」とはっきり聞こえた。

 緋乃も、さっき「好き」と…。


 まさか…そんな…。

 しょうは返事を聞きたくなくて、ズキッと痛む胸をそのままに、そっとドアを閉めて引き返した。


「え…?」

 あたし、さっきまで雪絵の話してたよね?

 可愛らしい雪絵を好きって言ったんだけど、なんであたしに…?

「…えっと…あたしカレシがいるんだけど…?」

 あたしはタラッと垂れる汗もそのままに、苦笑いしたまま氷空そらくんへ伝える。

「知ってる。同じ二組の翔くんだよね」

 サラリと返事する氷空くん。

「付き合ってる人がいるからって、好きになっちゃダメって決まりなんて無いでしょ?」

「うっ…」

 そう言われると何も言い返せない。

 言葉に詰まってしまう。

「だから返事はいらない。僕は僕の気持ちを伝えただけで、今すぐに緋乃ちゃんと付き合おうってつもりはないから」

 氷空くんはそれだけ言うと、くるりと身を翻してスタスタ歩きだす。


 ………え~~~~~~っ!!?

 ちょっとまって!

 あたしたちは氷空くんと雪絵をくっつけようとしてきたのに、なんであたしに来ちゃうの~~~~っ!?


「待っても…無駄だと思うよっ!あたし翔ひとすじだからっ!」

 振り向かず、後ろ手にヒラヒラ振って答えた。

 う~…動じないんだ。手強いな~。

 教室に戻ると、詩依しよが登校してた。


 さっきのことを詩依に伝えた。

「え~~~~~っ!!?」

 そうだよね。そういう反応だよね。

 やっぱりあたしと同じ反応だよね。

「なんでぇっ!?なんでなのぉっ!!?」

「あたしに聞かないでよっ!!あたしのほうがなんでだよっ!!」

 だらーんと詩依の机に突っ伏す。

 水族館でも、観覧車でもあたしを見ていたのはそういうことだったんだ…。

 あれは雪絵にも優しくできるっていう、あたしへのアピールだったのかも。

「せっかく雪絵とうまくいきそうだったのに、こうなっちゃうなんて…おまけに返事はまだいいなんて余裕見せちゃってさ…」

「こんなの、雪絵が知ったら…って、あたしたちの姿見られたらすぐに気づかれちゃよねぇ。雪絵のこと知っちゃったしぃ」

「そーだよっ!こんなの雪絵が知ったら大変だよっ!」

 ガバっと起き上がる。

 そう。雪絵は氷空くんを除いて、見ただけで相手の考えてることを知ってしまう。

「あ~~~っ、このまま放っておいても雪絵が積極的になるとも思えないし、一緒にいれば知られちゃう…どうしよ~」

 思わず頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えて、頭を抱え込む。

「これは予想すらしてなかったなぁ…どうしよぉ」

 うーん、と悩むも進展を望めるはずもなく、もう行き止まりに差し掛かっていることをお互い痛感していた。


「もう、雪絵からしばらく距離置こうか…?」

「あたしたちのどちらかが、チラッとでも姿を確認されたら終わるけどねぇ」

「うーん…完全に避けるのは難しいな~」

「かといって氷空くんをけしかけるにしても、緋乃に告白してくるくらいだからぁ、そこから雪絵に気を向けさせるのは難しいかぁ」

「完全に行き詰まっちゃったね…」

「困ったなぁ…せっかく雪絵がその気になり始めてるってるのにぃ」

「おはよー、詩依に緋乃っ」

 まもるが姿を現す。


 バシャッ!

 翔はあの場面を見たあと、トイレに足を向けて顔を洗っていた。

 朝に洗い忘れたのではない。

「…くそっ!」

 思い出すだけでもイライラが募る。

「まさか…こんなことになるなんてっ!」

 付き合い始めてまだ一ヶ月も経ってない。

「それなのに、もうこれかよ…」

 いっそこのまま帰ろうかとも思ったが、衛にはもう顔を合わせている。

「仕方ない…」


「おはよー」

 翔がやってきて、そのまま席に座った。

 あれ?なんかいつもと違う気がする…なんだろう?


 さっき渡り廊下で聞いてしまった告白について、翔は聞くのを躊躇していた。

 だから緋乃との接触も避けるようにしていることに、緋乃は気づいていなかった。


「おはよう、翔」

「おはよ」

 翔はなんか浮かない顔をしている。

「あのね…」

「悪い」

 顔をそむけられた。

「今は、緋乃と話したくないんだ」

 詩依と衛が、この言葉に衝撃を受けた。

「…えっと…じゃ、また」

 あたしはどうしていいかわからず、引き下がることにした。

 席に戻ったあたしは、何かモヤモヤしたわだかまりを胸にしている。

「緋乃ぉっ!」

 こっそり耳元で強い口調の詩依。

「何があったのぉ!?」

「わからないわよっ!いきなりあれだもん!」


「翔、ちょっと顔貸せ」

 衛は面倒そうな空気を出す翔を教室の外に連れ出した。

 いつものひとけのない場所で向かい合う。

「翔、さっきの…どういうことだ?しっかり話せ」


「いいんだ…もうことだから」

「はぁ?始まったばかりだろうがお前ら」

 翔は片手で顔を覆いながら続ける。

「俺…どこがダメだったんだろう…?なんでもいい…教えてくれよ…」

 顔を覆ったのは、涙をこらえるためだったが、それで涙が止まるはずもなかった。

「てめぇ、本気で言ってんのか」

 衛は翔の胸ぐらを掴み、翔の顔を見た瞬間に何も言う気が起きなくなった。

 涙を浮かべた情けない顔を見て。


「わーった。なら緋乃は俺がもらう。いいよな?緋乃にも言っておいたんだ。翔を泣かせたら俺がもらうって」

「…あいつを出し抜ければの話だがな」

「あいつ?あいつって誰だ?」


「なーんかパッとしないやつだな」

 衛は翔に連れられ、三組の教室を覗いていた。

「ほんとか?あいつが緋乃と付き合うって?」

「先週、緋乃たちがあいつとよく一緒にいるところを見ていただろ。どうやらそういうことらしい」

「で、お前は緋乃に言われたのか?」

「聞きたくない」

 はぁっ。

 衛は大きなため息をつく。

「単なる現実逃避じゃねぇか」

 少し思うところがあった。

「翔、この件はちょっと俺に預けろ。緋乃や詩依、雪絵やあいつとも関わるな。今日一日だけでいい」

「…欲しけりゃ持っていけばいい」

「チッ…いいな?預けろよ」


 あたしは結局、翔に拒否されてあれから一言も翔と喋っていない。

 おしゃべりしたいのに、拒否されるから…。

 一限目が終わり、休み時間。

「詩依、ちょっと来てくれ」

「何ぃ?」

 衛は詩依を呼び出した。

 ひとけの無いところで二人、話していた。

「緋乃と翔、なんか変じゃないか?」

「そうだねぇ…どうしたらいいんだろう?あたしも迷っててぇ…」

「ところで三組のあいつは一体なんなんだ?」

「っ!」

 詩依は言葉に詰まった。

 雪絵が恋した相手、氷空そらくん。

 その氷空くんがまさか緋乃に告白してしまい、雪絵の恋が危ういなんてこと、言えない。

「あいつが緋乃と付き合うことになったってどういうことだ?」

 かっくん。

 詩依の口は、腹話術の人形みたいにストーンと開いた。

「え…?なにそれぇ?」

「詩依も知らないのか」

「ちょっとまってぇ、緋乃は告白されたみたいだけど、付き合う返事はまだしてないって言ってたよぉ?そもそも緋乃は考えてもいないって」

 衛はアゴに手を当てて、しばし考える姿をしている。

「…何かがズレてるみたいだな。わかった、緋乃は他に何か言ってたか?」

「あたしも朝の時間にちょっと聞いただけだから、わからないよぉ」

「そうか、ありがとう」

 二人は廊下のざわめきのなかで教室に戻った。


 二限目が終わり、休み時間。

「緋乃、ちょっと来てくれないか?」

 翔はよどんだ瞳でその姿を見ていた。

 ひとけの無いところへ行き、緋乃と向かい合う。

 一限目の中で、衛はどう切り出すかを考えていた。普通に聞いてもはぐらかされるかもしれないのと、少し面白くしてみたくなっていた。

 衛は手で、緋乃のアゴをクイッと上げる。


「今朝、翔を泣かせたな。約束どおり俺がお前をもらう」

 顔を近づけると、あたしの顔が赤く染まる。

「いや待って待って待って待ってっ!」

 緋乃は唇を手で抑えて、一気に拒否する。

「何の話っ!?」

「いやなに、緋乃が三組のやつと付き合うって翔が知って、泣いてたんだよ」

「…えっ?」

 まさか…朝のあれ聞かれてたのっ!!?

 頭が真っ白になってて、気づかなかった!!


「だからさ、約束守ってもらうよ」

「イヤイヤイヤイヤッ!!それ違うからっ!!!」

「何が違うんだ?」

「確かにあたしは氷空くんに告白はされたけど、翔と付き合ってるから無理って言ったんだよっ!」

「知ってる」

 えっ?

 あっさり言う衛に、あたしは冷静さを取り戻す。

「言ってることは一致するな…じゃあ、どこにあんなズレが…?」

 アゴに手を当てて考える衛。

「何の話?」

「あいつ、氷空って言うのか。どうやらお互いに勘違いがあるみたいだな。次の休み時間、また話そう。詩依も混ぜてな」

 そう言って、衛はその場を離れた。

「なんだったの?今の…」

 呆然と立ち尽くすあたしだった。


 三限目が終わり、休み時間。

「衛。じゃ、いこっか。詩依も一緒にね」

 翔はそんなやり取りもモヤモヤした何かを抱えていた。

 で、いつもの場所で三人囲んで話をする。

「今、翔はおそらく勘違いしてる。緋乃にフラれると思い込んでる。だからちょいと時間を追ってみるか。俺は今朝、翔に緋乃としっかり話をしてみろと言って翔を送り出した。ホームルームが始まる前までに、何かがあった。そして翔は緋乃が氷空ってやつと付き合ってるって思い込んでる。朝に昇降口から教室に行くまでの間に何があったのかは知らない」

 げっ、そんなことがあったんだ…?

「重要なのは緋乃ねぇ」

 はふっ。

 ため息をつく。

 観念するか。勘違いされたままは嫌だしね。


「あたしは登校してすぐ、詩依もまだ来てないところで氷空くんに呼び出されたわ。で、一昨日に詩依の提案であたしと詩依と雪絵と氷空くんの四人で、水族館や観覧車に行ってきたことについて、氷空くんが話をしてきたの。あたしはそこで氷空くんに告白された。返事はいいって言ってくれたけど、あたしには翔がいるからと断ったつもり…」

「やっと見えたぜ。その告白を偶然翔が聞いちまったんだな。だから翔はフラれると思って緋乃と話したがらなかったんだ」

 そっか、だから…。

「ところで前からの疑問だったんだが、なんでお前ら三組の氷空ってやつにそんな絡んでんだ?」

『うっ…』

 やっぱり、そこにくるよね。

「仕方…」

「ないかぁ…」

(でも、意識が読めるって話は絶対ナシだからねっ!)

 あたしは詩依に耳打ちする。

(もちろんだよぉ)

「なんだ~?ここにきてまだ秘密があるのか~?」

「実は…」


 雪絵が氷空くんに恋をしたことを話した。

 一瞬、世界の色が反転したような気がした。

「えーっと…」

 衛はしばらく固まったあと、天井や床、窓の外や壁を目と手で調べ始めた。

 そして詩依のスカートをまくりあげようとしたその時

「ちょっ!!!何するのよぉ!!!」

 バッとスカートを抑えながら衛にげんこつを振り下ろす。

 頭にたんこぶを作った衛が頭をさする。

「だってこれドッキリだろ?どっかにカメラやマイクがあるはずだって思ってな」

 雪絵を何だと…いや、すごくまっとうな反応だけど。

「これ、誰にも言わないでよねっ!」

「いや~、納得はできた。氷空にちょっかい出してた理由もこれで全部な」

 よかったぁ。これで疑いが晴れる。

「でもな、翔にもこれ言わないと納得しないぜ?」

 うっ…。

 ですよね~…。

「つーわけで今度は昼休みに翔も集めるか」

 う~っ、できるなら雪絵の恋は秘密にしておきたかったのに…。


 四限目が終わり、昼休み。

 暗い目をした翔を誘って、久しぶりにダブルカップルで行動する。

 で、昼食を終えて屋上に行って、翔に雪絵の恋と、衛が集めた今日のいきさつを話した。

 やっぱり世界の色が反転したような錯覚に陥る。

「えーっと…」

 翔はしばらく固まったあと、柵や床を目と手で調べ始めた。上空も逡巡する。

 そしてあたしのスカートをまくりあげようとしたその時

「ちょっ!!何するのよぉ!!!」

 バッとスカートを抑えながら翔にげんこつを振り下ろす。

 頭にたんこぶを作った翔が頭をさする。

「だってこれドッキリだろ?どっかにカメラやマイクがあるはずだって思ってな」

 衛とおんなじ反応だ~。


「つまり、二人は雪絵の恋を応援しようと、先週からいろいろ動いてたわけか」

『うん…』

「びっくりさせたくて黙ってたけど、勘違いはされたくなくて…」

「は~っ、よかった~。めっちゃへこんでたぞ俺」

 ホッと胸をなでおろす翔。

「ほんっと、手のかかる奴らだよな~」

「ごめんなさい」

 そういえば何か忘れてるような…。


 雪絵はその時、詩依を探していた。

「詩依~、どこにいるの~?逃げないで詩依のところへ来たのに~…氷空くんと二人きりはまだ無理~…」

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