第22話:恋敵

 いつもの挨拶。

 けど、なにかが違う。

 なんだろう?

 いつも、もっと明るく返事してくれたと思う。

 けど今日のしょうは、どこか浮かない気がする。

 何かが…違う。

「あのね、翔」

「おーっす、おはよー」

「ああ、おはよう。まもる


 わかった。違和感が何か。

 名前を呼んでくれないんだ。

「すまん、ちょっと眠れなかったから、少しだけ寝るわ」

 そう言って、翔はそのまま机に突っ伏して寝てしまった。


 もしかして、眠れなかったのは…あたしのせい?


 朝のホームルームが始まっても、翔は眠そうなままだ。

 授業の合間にある休み時間も翔は眠たそうにあくびしたり、ごろんと机に体を預けていた。

 本当に眠そうだから、あたしは詩依しよと一緒に雪絵ゆきえの様子確認に行ったりして過ごした。


 そして四限が終わって、昼休み。

 今度こそ、しっかり翔と話するっ!

 気合い入れて声をかけると

「ねぇ翔…」

「おーい、銘苅めかる。ちょっと職員室来てくれ」

 あたしが声をかけた瞬間、翔は先生に呼び出されていた。

 がたんと席を立ち、スタスタ先生についていくその背中を見送る。


 なんか…タイミング悪いな、あたし


 何かとタイミングが悪くて、放課後も翔と話ができないまま帰ることになった。

 はぁ…仕方ない。来週の休み明けにしよっと。

 メッセージでもよかったけど、やっぱり直接話したい。

 やっぱり雪絵と氷空そらくんのことが気になるから、四人で帰る。

 雪絵はやっぱり恥ずかしがっていて、あまり話できなかった。


 土曜休みの日がきた。

 今日は雪絵にとって重要な日。

「で、詩依はここがオススメなの?」

 やってきたのは海沿いにある大きな公園だった。

「うん。海が近いし、水族館や観覧車があるしねぇ」

「どうせ観覧車で二人きりにするんでしょ…」

「もぉちろん」

 胸を張って言う詩依。

「いいムードだったら、顔を少し近づけて目ぇつぶっちゃっていいよぉ」

 顔の前で人差し指を立ててウインクしながら言う。

 かぁぁっ!

 思わず想像してしまったのか、雪絵の顔が真っ赤に染まる。

「ないからっ!」

 雪絵ってば、すっかり花も恥じらう乙女だな~。

「雪絵はダメだなぁ。あたしなんて付き合う前のその日にキスしたわよぉ。キスから始まる恋ってのも…」

「ないからっ!!」

 感情を荒げて反論する雪絵がすっごくかわいい。

「だいたいそれって『もう言うな』って意味の口塞ぎキスでしょ」

「それでもキスはキスでしょぉ。ほっぺじゃなくて、しっかり唇にねぇ」

 頬をリスみたいにプクーっと膨らませる雪絵。

 詩依の提案で、時間は午後二時。

 お昼は駅前で済ませておいた。

 まだ九月の最初だから、日は照りつけるし暑い。


「ほら雪絵、そんな顔しないの。氷空くんが来たよ」

 ハッとなって、雪絵はとたんに顔を赤くして恥ずかしそうにする。

「おまたせ」

「…こんにちは…氷空くん」

 ふぅ。

 雪絵、やっと挨拶できるようになったんだ。

 前のあたし以上に奥手か。

 まあ、雪絵は人と話すことなく相手のことが全部分かっちゃうから、そのクセは簡単には抜けないようね。

『こんにちは』

 二人の声が揃った。

「今日はよろしくね。緋乃ちゃんに詩依ちゃん」

(ほら、雪絵)

 こそっと肘で促す。


「ふ…ふつつか者ですが…」

 ………お見合いかっ!!?

 言われた氷空くんはポカーンとしている。

「あははっ雪絵ちゃん、面白いね」

 ウケた。

 けど当の雪絵は顔真っ赤。

 そういえば、さっきからあたしたちを「ちゃん」付けで呼んでるような。

 ま、同級生だし、いつまでも「さん」付けじゃ他人行儀過ぎるかな。

 あえて言わないでおこう。

「それじゃ行きましょうかぁ」


 詩依はしょっぱなから水族館に向かった。

 まぁ、水族館なら涼しいし、日にも当たらなくて済むし、これで日が傾く程度には時間が過ぎるでしょ。


 と思っていたら…結構混んでるし、一つ一つ見ていくとかなり時間がかかる。

 何度もはぐれそうになりながらも、あたしは詩依と、雪絵は氷空くんとで見ていく。

 氷空くんは先に進む時、あたしたちがついてきているかしっかり確認してくれているのがとても好印象っ!

 雪絵は照れて泳いでる魚をほとんど見てない気がする。

 けど、目的はあくまでも氷空くんと雪絵でくっつけること。

 一緒に見て回れば、嫌でも気になっていくはず。


 ぎゅっ。

 小さな水槽の前で、人波に押されて後ろにいた氷空くんが前にいる雪絵と密着した。

 よしっ、自然な感じで体が触れた。

「雪絵ちゃん、見えた?」

「あっ、あのっ…」

 雪絵、顔が真っ赤。

「ほら、こっち」

 氷空くんが大胆にも雪絵の両肩を掴んで氷空くんの体の前、小さな水槽の前に体を引き寄せた。


「おおっ、いい感じねぇ」

「詩依声でかいっ」

 この混雑が、自然に触れ合うきっかけになってるみたい。

「でもちょっと混んでて見失っちゃいそうねぇ」

 そう言って、詩依はあたしの手を握ってくる。

「詩依?」

「こうすれば見失わないでしょぉ?」

「そうだね。これ、あの二人が気づけば…そのまま手をつないじゃうかな?」

「きっとねぇ」

 にぱっと笑う。

 ほんと、いい笑顔するようになったよね。詩依。


 すごく混んでるところを抜けても、あたしと詩依は手をつないだまま。

「あれ?緋乃ちゃんに詩依ちゃん。どうして二人して手を?」

 きたっ!

 このまま自然な感じで手をつながせちゃおっ!

「ああ、これ?」

 握ったままの手を前に出して目線を送る。

「このほうが混んでてもはぐれなくていいかなって」

 氷空くんは「ほう」と言いたそうな顔をする。

 雪絵は「余計なことをっ」と言いたそうに、またもや顔が真っ赤になった。

「それじゃ僕たちもはぐれないよう手、つなごうか」

 言いつつ、氷空くんは雪絵の手を取ろうとしたけど、雪絵はとっさに手を引いた。

 けどそのまま氷空くんが手を伸ばして、雪絵の手を取る。

 よしっ、狙いどーりっ!

 そのまま水族館を楽しんでいたけど、途中でお手洗いへ立ち寄ることになった。


「もーっ!絶対狙ってたでしょっ!!?」

「えぇ~、なんのことかなぁ?」

「わからないけど、わかるのっ!それくらいはっ!」

 ん?

 雪絵って人の意識を読めるんだよね。なんで「わからないけど」なんだろう?

 狙ってたのは確か。

「でも雪絵もまんざらじゃないんでしょぉ?嫌そうな顔には見えなかったわよぉ」

 笑顔で目を細めて少し横へ向きつつ見下ろす感じで見る詩依。

「ぐっ…」

 反論できずに雪絵が言葉に詰まる。

「ところで雪絵、さっき…」

「そろそろ出ましょ。氷空くんきっと待ってる」

「あっ、うん」

 聞きそびれちゃったけど、まあいいか。


 お手洗いを出てからも、氷空くんは雪絵の手を握って水槽を見て回っていた。

 よく目が合うけど、最後まで氷空くんはあたしたちがしっかりついてきてるかを確認しているのを見て、気配りできる人なんだなと思った。

 雪絵はまだ自分の気持ちに素直じゃないし、人に甘えることが苦手みたいだから、こういう気配りができる人って雪絵にピッタリかな。


 あっという間に夕方。ということでレストランに入って夕食。

「えっ、雪絵それだけぇっ!?」

「…うん」

 なんと雪絵はサラダ一つだけ。

 あたしなんかカレーだし、詩依はスパゲッティで氷空くんはハンバーグ。

 多分、ずっと氷空くんと一緒にいて胸がいっぱいで、食欲があまりないのかもしれない。


「えっ?氷空くんって裁縫やってるんだっ!?」

「うん、母がミシン持っててね、最初は雑巾やハンカチを作ってたんだけど、やってみると意外に面白くてね」

 と言って出したのが、握りこぶし大のシンプルな無地のポーチ。

 黒い帆布でできている。

 手にとって見てみると、意外にしっかりしている。

「これ、氷空くんが作ったんだ?」

「あちこちアラが見えるから、あまり見ないでほしいかな」

 雪絵はそのポーチをキラキラした目で見ていた。

「雪絵、氷空くんに何か作ってもらいなよっ!」

「いいよ。何がいい?」

 雪絵は顔を真っ赤にして俯く。

「…大変でしょ…作るの…だから」

「じゃあ勝手に作るね」

「いや、ほんとにいいから…」

こうして楽しい夕食も終わり、外に出る。


「うっわ、やっぱり暑いね」

 海が近いから、湿度も高くてジメジメする。

 日が落ちても気温はかなり高くて、33度あった。

 ダラダラと垂れる汗が気になってしまう。

「この後どうするの?」

「観覧車乗ろぉ」

 詩依が指差す先には大観覧車。

 思っていたほど、雪絵と氷空くんの距離は縮まってなさそうだけど、二人で過ごす時間を増やしてほしいから、やっぱり二人で乗らせよう。


「20分待ちです」

「仕方ないか」

 観覧車は待つことになった。

「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるぅ」

 詩依が列を外れてお手洗いに向かった。

「いってらっしゃい」

 ………もうすぐ順番が来る。

 けど詩依はまだ戻ってこない。

「緋乃…やっぱり三人で…」

「だーめ」

 有無を言わさず二人を一つの部屋に押し込む。

「いってらっしゃ~い」

 次の観覧車が回ってきた。

「ごめーんっ!遅くなっちゃったぁ!」

「早くしてっ詩依っ!」

 もうあたしは乗り込んでいて、詩依が行列をかき分けて進んでいる。

 階段を上がり、詩依が目の前まで迫る。

「お客様っ!もう無理です!」

 観覧車のドアが閉まりかけたところで係員が止めに入る。

 ぱたん。

「…詩依…」

 せっかく二人でおしゃべりでもして、雪絵の様子を見ようと思ったのに…。

 詩依は次の観覧車に乗り込んでいた。


 ゆっくりと上っていく観覧車。

 あたしは雪絵たちがよく見えるよう、外側の席に腰を掛けた。一周してくると内側になる。

 ピロピロ~。

 あたしのスマホに電話がかかってきた。詩依だ。

「ごめぇん、間に合わなかったぁ。トイレ混んでてぇ」

「いいよ、雪絵の様子を見ましょう。そんなに離れてないし」

「うん」

 電話を切る。

 頂上に近づいてきた。

 さて、雪絵はどうしてるかな?


 背中を見せて縮こまっている雪絵と、あたしと反対側に座っている氷空くんの姿があった。

 ん?氷空くんは雪絵じゃなくて、こっちを見てる。

 そうか。詩依が間に合わなくてあたし一人だけになってるのが気になってるんだ。

 あたしは笑顔で手を振る。

 氷空くんも手を振り返してくれた。

 まだあたしの方を見てる…?

 多分雪絵は緊張してて何も喋れない。

 そんな雪絵を見ないようにすると、自然とあたしの方に目線が向くかな。


 これで少しでも雪絵が氷空くんと近づけたらいいな。

 下りに差し掛かった後も、見える限り雪絵の後ろ姿を見届けた。

 氷空くんは相変わらずこっちを気にしてるみたい。


「それじゃまたね」

「うん、今日はありがとう」

 最寄りの駅について、氷空くんと分かれる。

 詩依と雪絵はその前の駅で降りていた。

 まぁ、いろいろあったけど、雪絵と氷空くんは一歩前進したかな?


 何事もなく週末が終わり、登校する。

 まだ詩依は来てないようだ。

 そういえば先週から翔としっかり話、まだできてなかったな。

 今日こそはっ!

 グッと気合いを入れる。

「おはよう、緋乃ちゃん。ちょっといいかな?」

「氷空くん?」

 あたしは氷空くんに連れられて外渡り廊下にやってきた。

「どうしたの?」

 これはもしかして雪絵のことで相談かっ!?

「雪絵ちゃんって、不思議な子だよね。控えめというか、一昨日一緒に過ごしてみたけど、あまり会話できなかった」

「どうも雪絵は恥ずかしがり屋みたいだけどね。あたし、あんな雪絵がとても可愛く見えて…」


 同じ頃。

「よっ、翔」

「おはよう。衛か」

 登校途中、外で衛とばったり。

「話がある。来いよ」

 校舎の脇に連れられる。

「翔、おまえしっかり緋乃に向き合ってるのか?」

 衛は先週に聞いた緋乃の決意を思い出していた。


 信じてほしい…あたしは翔を絶対裏切らないって!


 あの言葉は信じるに値するものだと、衛は確信していた。

「お前が今かかえてるわだかまりは、勘違いだと思うぜ」

 しかし翔は答えない。

「一度、緋乃としっかり話、してみろよ」

「…わかった」

 翔はその時、外の渡り廊下に緋乃の姿があることに気づいていた。


 衛に諭されるとはな。

 最近、三組の男子と仲良さそうにしていて、翔自身のことは後回しにされている気がしていた。

 避けられているようではないけど、まるでそこにいないかのような、目に入ってすらいないような気がしていた。

 それで勝手に拗ねて、妬いて、意地になってた。

 けど言われて気づいた。

 向き合っていないって。


「緋乃のやつ…外の渡り廊下に居たよな。誰かと一緒なのか?」

 走って緋乃の元へ向かう。

 階段を駆け上がり、外の渡り廊下に続くドアを開ける。

「おーい、あけ…」

 翔が声をかけようとした正にその時、氷空くんの一言が耳に飛び込んできた。


「好き」

「僕も好きだ。緋乃ちゃんのことが」

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