第21話:歪み
「ほんっとごめんっ!!」
翌朝、
「
「ううん、いいよ。
「共通点?」
「同じ中学だったよ」
話をしている内に
「おはよ翔」
「ん?おはよう。緋乃、詩依」
「そだ、緋乃ちょっと来てぇ」
詩依はあたしの腕を引っ張って教室の外へ連れ出す。
「まさか三組?」
「違うわよぉ。四組ぃ」
翔は教室から引っ張り出される緋乃の進む方向を眺めていた。
それが三組の方向とわかった途端、胸焼けしてるかのような感覚に襲われる。
「
「おう」
「一つ頼みたいんだけどぉ」
「どうした?」
一呼吸おいて、詩依が口を開く。
「昼休みや放課後、雪絵を捕まえておいてほしいのぉ」
「なんだなんだぁ?おまえらみたいな仲良しがケンカでもしたのか?」
「そんなんじゃないわぁ。ちょっと勘違いされてるみたいで、話をしたいのぉ」
考えがあって、雪絵と氷空くんのことはまだ誰にも教えてない。
「わぁった。俺にできることならやるよ」
「ありがとう俊哉ぁ」
四組の教室を出ていく二人を、物陰で雪絵が見ていた。
そして昼休み。
「わりぃ、雪絵が捕まらない」
「仕方ないよぉ。雪絵だもん」
俊哉が雪絵を捕まえようとしたけど、電光石火の速さで雪絵が姿をくらましてしまったらしい。
そうか、雪絵は人の意識を読めるから、俊哉に捕まるとわかって逃げたんだ。
仕方なく学食に移動する。
「雪絵には困ったものね」
「おまけに人の意識がわかっちゃうから、捕まえるのも難しそうねぇ。このこと、まだあたしたちの秘密だよねぇ」
「雪絵自身が本人に言うまでは秘密にしておいたほうがいいわね。下手すると居場所が無くなって、自主退学までしかねないほどの秘密だから」
「うん、そうだよねぇ…」
お昼ご飯の乗ったトレーをテーブルに置き、詩依と向かい合って座る。
「隣いいかな?」
「氷空くん。いいわよ」
返事を聞いて、あたしの横に座る。
「翔、フラれたもんどうし一緒に食おーぜ」
見ていた翔はその場で立ち尽くしていた。
「…いや、一人で食べることにするよ」
そう言って別の場所へ歩いていった。
緋乃たちが目に入らない場所へ行き、席に座る。
食べ始めた時
「邪魔するぜ」
向かいに
「気持ちはわかる。けどそんなに拗ねるなよ」
「………」
返事せず黙って食べるその姿を見て、少しイラッとしてきた衛。
「たった二日目でこれかよ。お前、緋乃に依存しすぎてないか?」
「………」
「来年、違うクラスになったらどうなるんだろうな?」
ピクッ。
わずかに眉が動いたのを見逃さなかった。
「そして来年は進路調査だ。一緒の大学に進めるとも限らねーよな」
何か言いたげに、言いたいことを押し殺すように目を閉じる。
「まだ将来のことなんてピンとこねーし、俺も含めて考えられることじゃねーけど、いずれは考えなきゃな。どんな縁があるかもわかんねーけどよ」
少し急いで食べてるように見える。
「だいたいよー…」
ガタッ。
翔が食べ終わって無言で席を立ち、食器を片付けにカウンターへ向かう。
「チッ、無理しやがって。本音ぶちまけやがれってんだ」
面白く無さそうに呟く。
「あははははっ!!なにそれ~っ!?」
意外な話に、つい大笑いしてしまう。
食器を片付けた翔は、その様子をチラッと見るものの、すぐにふいっと目を逸らして後にする。
「ほんとほんと。でさぁ…」
それからも氷空くんの話は続いた。
「はぁ…」
「雪絵には困ったものねぇ」
「せっかく雪絵のためにセッティングしようとしてるのに、当の本人があれじゃ…」
「照れてるだけなのが分かりきってるから、放っておけないのよねぇ」
また放課後ダッシュするしかないか。
今日は五時限で終了。詩依がダッシュする。
あたしは氷空くんを確保しに…行こうとしたら氷空くんが自分から教室の前で待っていた。
「あっ、氷空くん…」
「一緒に帰るんでしょ?」
「うん」
あたしと、じゃなくて雪絵と一緒に帰ってほしいんだけど…。
詩依が走っていった方向に氷空くんを誘導する。
ドアの部分で、あたしと氷空くんが一緒にいるところを翔に見られていたが、雪絵のことで頭がいっぱいだったあたしは、気づけなかった。
「翔、先生が委員の仕事頼みたいそーだ」
「わかった」
ガタッと席を立つ。
「やっと捕まったよぉ」
雪絵は走って逃げたのではなく、しゃがんで隠れていただけだったらしい。
手をがっしり掴んで確保する詩依。
「今度逃げたら、わかってるわねぇ?」
ゴゴゴゴゴゴゴ…と笑顔なのに謎の地鳴り音が聞こえてきそうな迫力の詩依に雪絵は俯いて
「…はい」
と答えたことを確認して、手を離す。
…詩依、一体どんな脅しを…?
いろいろと気になるけど、追求は後にして四人で帰ることに。
やっと当初の計画が実を結ぶ、と安心したのもつかの間。
「そういえば雪絵の趣味って知らないんだよね。趣味は何だっけぇ?」
「……その…」
顔を赤くして全然喋らない。
「はは、雪絵さんは奥ゆかしいんだね」
めっちゃ恥ずかしがってるだけです。
けつんっ。
「あっ!!」
「おっと!!」
とっさに氷空くんが隣で躓いた雪絵を抱き止める。
「あ…ありが…」
ボバボンッと爆発音が響きそうな勢いで顔が真っ赤になった。
あ~…あたしもあったな。あんな感じ。もう懐かしいくらいかも。
最初は翔相手に会話なんて噛みまくってたし、そもそも会話と呼べるもんじゃなかったな。
抱き上げられてキスされそうになったり、翔に副委員長を指名されたり…。
こうして一緒の時間を増やしていけば…。
そんな下校の様子を、校舎から俊哉が眺めていた。
「氷空くん、今度の日曜日遊び行こぉよ。この四人でぇ」
「いいけど、何するの?」
「考えとくねぇ」
「わかった。楽しみにしてるよ」
会話しているうちに駅へついた。
電車に乗り、最寄り駅まで行く。
「じゃ、また明日ね」
「緋乃ぉ、氷空くん、またねぇ」
あたしと氷空くんは同じ最寄駅で降りる。
「氷空くん、雪絵ってどう思う?」
あたしは雪絵に対する率直な感想を聞きたくなって、疑問をそのまま投げてみた。
「雪絵さん?すごく控えめな子だなって思う。最初はテキパキしてるかと思ったけど、いざ接してみると…あの手際はいつ発揮されるのかなって気になる」
う…これかなりオブラートに包んだ言い方してるよね…。
氷空くんって意外と女子な話し方のクセを持ってる気がする。
でも、しっかり見ていてくれてるんだ、と安心もした。
それでも問題は雪絵自身よね。
それぞれでクラスが違うから、接点は登校か休み時間か放課後か。
いつかのあたしみたいに、なにかきっかけさえあれば話せるようになるとは思うけど、あたしと雪絵じゃちょっと事情が違うのよね。
あたしは幼い頃の演劇で、休んだ子の代わりに役をやることになって、役を間違えたセリフで登場したから劇はめちゃくちゃ。
それで大恥かいちゃって、言いたいこともなかなか言えずにここまできちゃった。
交流合宿の壇上に立って少しは克服できたと思うけど、やっぱり初対面は緊張するし、まだクセがでちゃう。
けど雪絵は違う。
あの子は人の意識や記憶を読む。
だから会話しなくても相手のことはほとんどがわかる。
それで人に興味が持てなくて、分かり合う過程を大事にする人付き合いというものに慣れてない。
未成熟児が無菌室に隔離されて、お母さんの愛情どころか言葉も覚えるかどうかというくらいの、物心がついたあたりでいきなり社交界にデビューするくらいの無茶が、今の雪絵が置かれている立場だと思う。
でも雪絵が初めて人のことを知りたいと言い出した。
雪絵が他人に対して興味を持った。
だったらあたしたちは全力で応援するっ。
「そうだよね。かなり引っ込んでると言うか、一歩引いてる印象だよね」
「それも個性だと思うよ」
氷空くんって余裕があって、ステキかも。
「それじゃ僕こっちだから。またね、緋乃さん」
「うん」
少し考えながら歩く。
どう雪絵とくっつけよう…?
考えながら、道の角を曲がる。
「あっ」
「よっ」
そこに、衛がいた。壁にもたれて。
「衛、駅から逆方向じゃなかった?」
「待ってたんだよ。お前を」
えっ…?待ってた…なんで…?
衛とはけじめがついてたはず。
付き合えないって、しっかり伝えたはず。
「緋乃さ、俺は口出しするつもり無かっただけど、さすがに見ていられんなくなってきた。だから率直に聞く。翔のことはどうすんだ?ずいぶん落ち込んでたぞ」
あっ!
雪絵のことで頭がいっぱいだったから、翔のことまで気が回らなかった!
けど、雪絵の恋の応援は秘密だから…みんなを驚かせたいから…。
「まさかと思うが、ここ数日一緒にいる三組のやつと…」
「それは絶対ないっ!」
「ならなんで二人で帰ったり、昼もあいつと一緒なんだ?」
まだ言えない…。
雪絵が氷空くんに恋してるってこと…下手に周りが騒ぐと、雪絵のことだから向きあわずに逃げちゃいそう。
今ここで言うわけにはいかない。
「それは…まだ言えない」
俯きながら答える。
「なんでだ?」
もし言ってしまえば、引き返せない。
ここで言えばいろいろな勘違いはなくなる。
けど雪絵がどう考えるかが全く読めない。
せっかく雪絵が他人に興味を持っているのに、それを教えて…周りが不自然に応援し始めると…いや、意識を読んで雪絵自らが知りたくもないのに知ってしまう。
けど、翔や衛に勘違いされたままにもしたくない。
「ごめん、やっぱり言えない…」
これがあたしにできる精一杯の返事だった。
「だったら変じゃないか!後ろめたいことがないなら言えるはずだよな?」
違う…違うの…。
あたしだけの問題なら隠すつもりなんて無い。
隠したくない…。
でも雪絵の恋は、絶対成功させたい。
あたしと詩依以外が、雪絵の秘密を知ってることを雪絵が知ってしまったら…。
それに、もし雪絵の恋について言ってしまえば、雪絵の秘密も全部バラさなきゃならない。
あの秘密は、本人の口から言うべきこと。
聞いたあたしが言っちゃダメなこと。
せっかく雪絵が勇気を出して言ってくれたのに、それをあたしが踏みにじっちゃ…それは絶対にダメ。
ここは誠意を持って、衛と向き合おう。
意を決して顔を上げる。
「ごめん、何も言えないし、伝えないあたしに説得力があるとは思ってない。けど信じてほしい…あたしは翔を絶対裏切らないって!」
衛はフッと顔を緩める。
「緋乃、いい顔をするようになったな」
「えっ?」
「最初はほんと、オドオドしてて、でも真っ直ぐ前を見つめてて…石橋を叩いて渡るどころか、石橋を叩き壊してしまうほど恐る恐る進んでたあの頃が懐かしいや」
衛…しっかりあたしを見ていてくれたんだ…。
「俺は、そんな緋乃を好きになったんだ。フラれたのはショックだったけど、そんなまっすぐな目で言われたら、信じるしかないよな」
「衛…」
ずいっと顔を近づけてくる。
「だけどな…」
かあっ!
もしかしてキスされるっ!?
とっさに口を手で抑えるけど、衛の顔はあたしの顔の横を通り過ぎて、耳元に寄せて囁いてきた。
「もし翔を泣かせたら、お前は俺がもらう」
顔を遠ざけて、微笑む。
「そうなったら詩依が黙ってないと思うけどね」
「確かにな。詩依も俺と同様に辛い過去を乗り越えた身だ。簡単に放り出せはしないさ。だから、しっかりと翔を幸せにしてやってくれ」
思わずあたしの顔から笑みがこぼれる。
「どちらかというと、あたしのほうが翔に幸せにしてもらっちゃう気がするけど」
「それを聞いて安心した。あいつと何があるのかは知らないけど、翔の気持ちも考えてやれよな」
「うん、ありがとう。衛」
そっかぁ、雪絵の初恋があまりにも衝撃的だったから、そこまで頭が回らなかったな。
少しだけ席が離れちゃったけど、明日はしっかり翔と話そう。
翌日。
「おはよー、詩依」
「緋乃おはよぉ」
詩依には話してみよう。
「ねぇ詩依」
「なぁに?」
「雪絵の応援だけど…」
「えっ?まさかやめちゃうのぉ?」
「違うよっ!それはやる。けどここ数日、雪絵のことばかりで…翔とあまりお話してなかったなって思って…」
ふぅ。
詩依が軽くため息をつく。
「じゃ、緋乃はそっちで頑張って。雪絵のフォローはあたしがしとくぅ」
普通に登校して、普通の毎日。そして翔と過ごす幸せな日々。
そう思っていたのに…。
「おはよー、翔」
翔にいつもの挨拶、いつもの…
「ああ、おはよう」
返事に、違和感を覚えた。
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