第19話:真実
少し、
言葉を選んでいるみたい。
隣に
話す決意をしたけど、やっぱり…怖い。
これを教えたら、あたしはもう…引き返せなくなる。
緋乃には何度も聞かれた。
そのたびにはぐらかしてきたけど、これを伝えた瞬間にすべてが変わる。
二人がなんて思うか…それはわからない。
気味悪がって、二度と顔も見せてくれなくなるかもしれない。
…小学校の頃から仲良くしてくれた詩依。
中学校は別々になっちゃったけど、高校は同じになった。
詩依の抱えていた悩みはわかっていた。それがどうしようもないことも。
別荘で過ごした日に、衛を気にしていたこともわかった。
その夜に、緋乃が護の気持ちを受け入れたと勘違いして、心が曇ってしまっていた。
けど海に行った時、小鮒夫妻が詩依の心を暖かく包み込んで、凍りついた詩依の心を解かしてくれた。
そして
一目見て、
けどそれは絶対に報われることのない恋と確信していた。
いっそ早いうちに告白して、フラれて、翔以外の人と幸せになってほしかった。
そう願って緋乃の恋を応援していた。
あとひと押しすれば踏み越えてしまう、ギリギリで踏みとどまっていた翔に対する緋乃の気持ち。
一度目は交流合宿。二度目は二人きりのデート。
翔はその返事をすることなく先延ばしする。
返事をしない。
翔が迷っていた。
珍しく。
その翔も過去を乗り越えて、緋乃と付き合い始めた。
あたしにとって、とても大切な…みんなとの時間。
それを今、手放す覚悟で打ち明ける…。
雪絵の言葉を待つあたし。
「あたし、みんなが羨ましいんだ」
「えっ?彼氏がいるから?」
雪絵は首を横に振る。
「それは単なる結果に過ぎない」
「どういうこと?」
「あたしは…ひと目見ただけで…その人が何を求めているかわかっちゃう。そしてその求める結果を導くための具体的な方法まで悟ってしまう。意識を…記憶を読めてしまう」
…言われてみれば、思い当たる節だらけ。
あたしが翔と自然に話せるようになったきっかけも、雪絵が翔に耳打ちして…旅行の時も詩依が帰ってくる車が豆粒くらいしか見えないのに察知してた。
「よく聞く言葉に『あの人の気持ちがわかればいいのに』っていうのがあるけど、そんなのわかったら何も刺激がない」
雪絵は空を見上げる。
「ゲームでも、漫画でも、推理小説でも、目にするものや手にとったものは、すぐに結果までのことがわかる。もちろん、人の求めるものも。先がわかるからつまらない」
「それ予知能力ってこと?」
「違うと思う。多分、人の意識を瞬時に感じ取ってしまうだけ。そして感じ取った意思を実現するための方法も無意識に計算してしまう」
前に雪絵、手品を見ないって言ってた。見ただけでタネを理解しちゃうんだ…。
「そういえば…誰かの仕組んだことは見抜くけど、不測の事態は見逃してたっけ」
衛の別荘に行った時の湖で、雪絵自身が深みに落ちた時があった。
誰かの意思ではなく、仕組んだわけでもないから察知できなかったんだ。
「そう。事件は防げても、事故は防げない。それも、目の前でその事件がすでに意識的に動き出している場合だけ。見た後で事件を思い立って動き出されるとあたしにはわからない」
俯く雪絵。
「だから緋乃が翔と自然に話せるきっかけになったときの機械的な振る舞いは予想外だった。始業式から帰って、家で考えた結果でしょ?」
「うん」
「でも何を求めているかわかったし、どうすればいいかもわかった。だから翔に、緋乃を抱き寄せてキスする素振りを見せて、と耳打ちした」
見たら目を閉じていた。
「子供の頃からずっと…そうだった。友達からは気味悪がられたこともあって、それで傷ついてた。心の中を全部見透かされているんじゃないかと、避けられてもいた」
「雪絵…」
「小学校では詩依と一緒のクラスになって、そんなあたしを気味悪がらず接してくれたことが嬉しかったけど、怖かった。あの笑顔が…あたしを気味悪がって、曇ってしまうんじゃないかと。みんなの…心の傷もわかったけど、触れずにいるのが切なくて…」
ぱち、と目を開いた。
詩依の方を向く雪絵。
「でも詩依はそのことには何も触れないで、小学校を卒業するまで変わらないままでいてくれた。途中で気づいたんだけど、あたしの持っているこの特殊性…その正体をかなり正確に把握していたみたい。ただ、詩依自身が自覚していなかったけど」
「雪絵ぇ…」
きゅっ。
詩依が握る手を少し強める。
「あたしの特殊性の正体を、詩依が無意識のうちに教えてくれた。それを知ったあたしは接する人へのアドバイスの仕方を変えて、単によく観察して勘が鋭いだけという振る舞いをし始めた。中学では、翔と知り合って…翔は何度も助けてくれた。緋乃と知り合ってからは放っておけなくて…だんだん隠しきれなくなったけど」
「それまで、辛かった…よね?」
「うん。緋乃はよく翔のことがわからないと言うけど、わかっちゃうとつまらない。その人に興味がわかない。わからないから考える。考えるから刺激になる。刺激になるから生きることのメリハリが出る。メリハリが出るから毎日が楽しい。あたしにとって、それは憧れていること。平凡な毎日というよりも、平坦な毎日を過ごしている。事故でも起きない限り、事件は察知できるし回避できるから」
悲しそうな目をする雪絵。
「だから、わからないならわからないなりに考えるの。理解しようと話し合うの。それでもわかりあえないならケンカして、仲直りして、新しい一面を見つけるの。あたしにはできないことだよ」
目線を逸らされる。
「あたしにとって恋とは刺激的ではなく、退屈そのもの。だから、あたしはみんなが羨ましくてたまらない。わからないことをわかろうと向き合うみんなが」
ということは、あたしが雪絵をどう思ってるかも、全部知ってるんだ。
もしあたしが雪絵を拒否しようと考えただけで、雪絵は知っちゃうんだ。それでどうすればいいかも全部悟っちゃうんだ。
雪絵はフッと微笑んだ
「あたしの代わりや分まで、なんて言わない。翔や衛と分かり合う時間を大切にして…ね」
きゅっと握る手を強めるあたし。
「話してくれてありがとう。やっとわかったよ、雪絵のことが」
「で、話ってそれが本題じゃないんでしょぉ?」
詩依の指摘に雪絵がわずかに目を見開く。
「わかるよね…そう。今日会った氷空くんのこと」
「彼がどうしたのぉ?」
「それが…わからないの。あたしは意識が読めるけど、彼だけはなぜか読めない。何を考えてるか全然わからない」
握る手を握り返してくる。
「こんな気持ちになったのは初めてで…なんでかわからないけど、彼のことをもっと知りたい」
俯く雪絵。
「これは…」
「恋ねぇ」
雪絵を挟んで詩依と言い合う。
「恋なんて、そんなっ」
顔を赤くしてあたしと詩依を交互に見る。
今まで見たことのない雪絵の反応に思わずキュンとしちゃう。
「わからないならわからないなりに考えるんでしょ?理解しようと話し合うんでょ?相手の新しい面を見つけるんでしょ?それって刺激的なことじゃない」
「緋乃の言うとおりよぉ。それが恋じゃない。雪絵がさっき言ったことだよぉ?」
「そうなの…かな?」
赤い顔のまま俯く雪絵。
「そうよ!これは雪絵のために」
「ひと肌脱ぎますかぁ」
ウルッと雪絵が涙目になる。
「…ありがとう、ふたりとも」
いつもは冷静で飄々として見える雪絵が、今はとても弱々しく可愛らしい乙女として映った。
やっぱり恋っていいな。
「あたしがかぶった水が、かぶり損にならなくてよかったよ」
「ほんとだねぇ。緋乃ぉ、グッジョ」
「もう接点はあるから、お昼に誘ったり遊びに誘っても自然だよね」
「うんうん。あたしと緋乃は彼氏つきだからぁ、それとなく伝えればフリーな雪絵に興味が向くはずだよねぇ」
「ちょっとふたりとも、お手柔らかに…」
『何言ってるの?今までさんざん人をプッシュしておいて』
二人して全く同じことを雪絵に言った。
………。
『あはははははっ』
顔を見合わせて、三人して笑う。
雪絵が笑った。
別荘の時にも見た、雪絵の笑顔。
「今すごぉく息ピッタリだったねぇっ!」
「雪絵のためだもん。張り切っちゃうっ!」
「よし、明日から行動開始ねぇ」
「まずどうしよっか?」
「やっぱり最初はグループ交際よっ!それで雪絵と氷空くんで会話が盛り上がるようにしてぇ」
「あたしたちはその会話をフォローして」
「慣れてきたらみんなでお出かけに誘い出してぇ」
「トリプルデートしちゃおっ!」
「いいねっ、そのまま雪絵と氷空くんを二人きりにぃっ!」
「あたしたちのデート姿を見せつければきっとその気になるよねっ?」
「その前に氷空くんが彼女つきじゃないかもしっかりリサーチしなきゃぁっ!」
「フリーだったら、フリーな内にもぉ一気に押せ押せな感じで進めよねっ!」
「うんうんっ」
女三人寄ればなんとやらと言うけど、それが恋の話となればなおこと。
雪絵と氷空くんカップリング話は延々と続いた。
当の雪絵はほとんど喋らず、二人の盛り上がりを俯きながら顔を赤らめて聞いていた。
「おーい緋乃っ!」
二階から呼びかける声に気づく。
「ほら、カレシがお呼びだよ」
「多分委員の仕事だ」
あたしは昇降口から階段を上って翔のところへ駆けていく。
「わりーんだけどこれ手伝ってくれるかな?」
「何してるの?」
資料室で翔は書類を抱えていた。
「明日配るプリントの並べ替えなんだ。先生が並び順間違えたらしくて」
「うん。いいよ」
「ごめんな。帰るところだったんだろ?」
「いいの。翔と一緒にいられるだけで幸せなんだから」
ジッと見つめてくる。
「緋乃、何かいいことあったのか?」
「えっ?」
「なんかウキウキしてる」
雪絵のカップリング作戦は明日から開始。でも今は言う時じゃないよね。
「えへへっ、今は内緒っ」
思わずにやにやしてしまう。
「気になるなぁ。そのうち教えろよ」
「うん。翔、きっと驚くよ?」
フフと顔を緩める翔。
「そっか。楽しみにしてる」
ホチキス留めしている書類の金具を外し、二ページ目と四ページ目を入れ替えて再びホチキス留めする作業を繰り返す。
まさかあの雪絵が自分の恋バナしてくるとは思わなかった。
写真撮影は夏休み後、写真部の部員が復帰したことでお役御免。委員の仕事に集中することになった。
翌日。
「おはよっ、緋乃ぉ」
「詩依おはよ」
「それじゃぁ」
「作戦どおりに」
二人で隣の教室を見に行く。
「氷空くん、まだいないねぇ」
「もう少し後に来るのかな?」
覗いてみるけど、まだ氷空くんはいない。
それどころか教室にいる人の数がそもそも少ない。
「昼休みにする?」
詩依に聞いてみる。
「前もって確認して約束おいたほうがいいと思うなぁ」
「じゃ、また見てみよう」
教室に戻ってすぐ、翔が来る。
「おはよう。緋乃に詩依」
『おはよっ、翔』
「翔にはまだ内緒ね。衛も」
あたしは詩依に耳打ちする。
「二人とも、びっくりさせるんだねぇ」
「うん」
「なんだ?二人してコソコソと」
「秘密っ!」
「ちぇー。まあいいけどよ」
それから何度か確認するが、氷空くんは来ていない。
ショートホームルームが終わってすぐに確認してみる。
いた。
詩依を呼ぼうとしたけど、一人でなんとかしてみよう。
教室のドアに立つと、何か違う空気があって入りにくい…。
勇気出して教室に入っていく。
「おはよう。氷空くん」
「ああ、えっと…」
「二組の緋乃よ」
ざわざわ…。
なんか周りが…主に女子がざわついてる。
「あの子でしょ?二組の翔くんと付き合ってるって子」
「だよねだよね」
「え~ふつー」
そんな声に若干引きつりながら本題に…。
「あの、今日昼一緒にいきませんか?」
ザワワッ!!
一気に空気が変わる。
「うそっ!まさかのフタマタ…?」
「もしかして翔くんとうまくいってないのかな?」
「チャンスチャンス」
言い方がまずかった。
「緋乃ぉ…」
詩依がズカズカと入ってくる。
むんずと襟を掴んで教室の外まで引っ張られた。
教室の中はさらにざわつき、
「まさかの三角関係…?」
「でもあの子って二組の衛くんと付き合ってるんだよね?」
「うっそ~!?となると五角関係っ!?」
なんか余計にややこしくなったような…。
氷空くんは何が何だかわからず、ポカーンとしている。
あたしはひとけの無いところまで引っ張られ、
「緋乃、あんたは翔と付き合ってるってことで有名なんだから、うかつな行動しないのぉ」
「えっ!?そうなの~っ!?」
夏休みが明けてからまだそんな経ってないのに、もう広まってるの!?
「次の休み時間に仕切り直すわよぉ」
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