第18話:決心

 あたしには親しい友達がいる。

 緋乃あけの詩依しよ、緋乃と付き合ってるしょうと、詩依と付き合ってるまもる。あと俊哉としや

 今までにも親しくしていた友達はいた。

 けど長続きはしなかった。


 学校という毎日のように顔を合わせる場が無ければ、だんだん疎遠になっていく。

 周りからはよく、浮いた話が無いクールな人だと思われている。

 他の人と違うってことは、全然特別なんかじゃない。

 あたしはいつも孤立している。

 危険なことの多くは事前に回避できるし、対処方法もわかる。

 いつも思う。

 あたしはなんでこうなったんだろう?

 でも答えは出ない。


 テスト勉強はいつもしないでいる。

 問題を答えがわかるから。

 特別に勉強を頑張っているんじゃない。

 テストではどの科目であっても100点をいつでも取れるけど、わざと間違った回答をして80点前後になるよう調整している。

 中学一年一学期と二学期の中間試験、一学期の期末試験は全科目100点を取った。

 一度目の中間試験では驚かれた。

 二度目の期末試験でも驚かれた。

 けど周りからはある噂が立ち始めた。

 あたしが何か不正をしてるんじゃないかと。

 心無いその噂に、あたしは心を閉ざし始めた。


 そんな時だった。


 がたんっ。

 ある休み時間に一人の男子生徒が、周りのヒソヒソ話に苛立って立ち上がる。

 ダンッ!!!

 思いっきり机を叩いた。

 視線がその男子生徒に集まる。

「おまえら大概にしろよっ!雪絵ゆきえが試験で不正してるだって!?」

 教室中が静まり返る。

「噂をするからには、何か証拠はあるんだろうなっ!!?」

 叫んで、周りを見回す彼。

銘苅めかるくん、いいの。こういうの…慣れてるから」

「いいわけあるか!俺が黙ってらんないんだよ!!勝手な憶測で短絡的な噂を立てて、自分で努力もせず人を除け者にするそのやり方がっ!!!文句があるやつは前に出ろっ!!!」

 翔の言葉に裏は無かった。

 誰一人として翔に反論できる人はいなかった。


 そして二学期の中間試験で事件は起きた。


 試験最終日。

 登校すると、あたしの机の周りで数人が集まっている。

 その姿を見ただけで事態をすべて把握した。

「来たぜ。カンニング女が」

 一人の男子生徒が嘲りの声を出す。

「そこあたしの席。どいて」

「おい、これはなんだ?」

 その男子生徒が手にしたものを出す前から、何を出すかは分かっていた。

 縦に割った鉛筆が両開きになっていて、試験の答えが書いてあるメモがサンドイッチ状にされているもの。

 消しゴムの包み紙の裏に試験の答えがメモされているもの。

 そして誰が仕組んだのかまで。

 出てきたものは寸分違わずメモ入り鉛筆と消しゴムだった。

「おまえ、そこまでして100点を取りたいのかよ?」

 嘲笑する男子生徒の問いにあたしは答えなかった。

 無駄だと分かっていたから。


 すぐに教室内ではあたしが不正をしたと騒ぎになり、その日の中間試験をあたしは別室の監視する先生がいる前で受けさせられた。

 それでも100点を取ることで、不正ではないと証明した…つもりだった。

 わざと間違えてもよかった。

 けどそれだと疑いを裏付けてしまうことになる。

 だからあたしは一問のミスすらなく回答を書いた。

 すると今度はその試験で監視した先生との関係が噂され始め、事態は深刻化する。

 それを打開してくれたのは、やはり翔だった。


 試験が終わり、新たな噂が流れ始めた数日の間で、カンニング疑惑を仕組んだ容疑者を割り出し、接触していた。

 その男子生徒を屋上に呼び出し、サシで話をする。


「雪絵、単に努力した結果かと思ってたけど、ほんとにカンニングしてるとは思わなかったぜ。潔白を示そうとして熱弁したのが馬鹿らしくなってきたよ」

「お前もそう思うか?全科目満点なんておかしいと思ってたんだ。まさかと思って朝に机調べて正解だったぜ」

「けど迂闊だよな。やるならもう少しうまくやらなきゃ」

 翔が主語を取ってぼかした表現をする。

「そう思うだろ?証拠を置き去りにするなんて詰めが甘いというか」

「いや、迂闊なのはお前のほうだ。あの縦割り鉛筆に挟んでた紙の削りクズがお前の机に残ってたぜ」

「そんな馬鹿な!あれは家で作った…」

 そこまで言って、男子生徒はハッとなった。

 翔の口元が横へ、笑みの形に伸びる。


「じゃーん。これなんでしょうか?」

 翔が悪戯な顔で胸ポケットから取り出す。

「ボイスレコーダーッ!?銘苅っ!!てめぇハメやがったなっ!!?」

「決定的な証言いただきました。こいつは証拠物件として大切にさせてもらうぜ」

 レコーダーをお手玉みたいに弄ぶ。

「よこせっ!!」

 飛びかかってきた男子生徒をひらりと身を躱し、鮮やかな手際で後ろ手にして取り押さえる。


「チェックメイトだ。諦めな」

「くっ…」

 肩越しの厳しい目線と毅然とした声で翔がとどめを刺す。

 そのまま職員室まで連行して突き出した。

 突き出された男子生徒は、必死に勉強して必死で学年二位の座を取っていたが、一位の雪絵が邪魔だからと陥れる計画を進めていたことを認めた。

 翔は取り押さえてから職員室に来るまでのすべてを録音してあり、レコーダーにある声が動かぬ証拠として認められ、その男子生徒は一ヶ月の停学処分となる。

 それでも噂というのは次々に出てくるもので、今度はあたしと翔が付き合ってるという噂が流れ始めた。


 人ってなんで、こういう噂話が好きなんだろう…?

 噂の出処はほとんどわかる。

「○○かな~?」の推測から始まり、人を経ることでそれが「○みたいだよ」と疑惑になり、人づてに伝わる中で「○○なんだって」とあたかも確定事項としてエスカレートする。

 これが典型的な噂の広まり方。

 人を介在することで、情報が曲がったり欠落したり、あるいは捏造されたりする。


「ごめんなさい。あたしのせいで…」

 下校の途中で翔の後ろを歩く。

「いいって。言わしとけ。俺は俺の正しいと思うことを貫いただけさ。それに」

 振り向きざまに続ける。

「こっちの噂のほうが、カンニング疑惑よりずっといいだろ?」

 あたしに向けてくれたその笑顔が、今も忘れられない。

 じわ…。

 思わず涙がにじみ出てきた。


「うん…」


 この濡れ衣話が広まり、その男子生徒はいたたまれなくなって停学中に転校した。

 そして中学でもイケメンで知られる翔の人気は事件を暴いたことでさらに高まり、何人かの女子生徒と交際するも、幼少の記憶が邪魔をして、付き合ってはすぐに別れることを繰り返す。


 今度は翔が心を閉ざし始めた。

 表面の優しさで女性との摩擦を抑え、けどその本質にある優しさには誰も触れることのできないその様はまるで、閉じた籠にある蜜の壺に見えた。

 決して届くことのない、閉じた籠から垂らす甘い蜜。

 一度舐めてしまえば、途中で引き返すこともできずにもっともっとと求めてしまう甘い蜜。


 それから後の試験は、怪しまれない程度に答えをわざと間違えて書くことで点数を調整して、中学を卒業する頃には80点前後で安定させた。

 翔の行動は中学からずっと見てきた。

 女性に対する優しさ以外は裏がない。

 中学三年の時、翔と付き合ってた子を俊哉が惚れていて、俊哉が事件を起こすことを予感していたあたしは、翔にこのことを伝えた。

 事件は食い止められず、次に俊哉が思いつめて自殺を図る。

 翔はなんとか俊哉の自殺を食い止め、二人の絆はさらに強まった。


 同じ高校に入ってからは緋乃についてずいぶん悩んでいたみたいだけど、やっと蜜壺を閉じ込めていた籠が無くなって、いまいち距離感が掴めずにいるものの緋乃と幸せそうな日々を送っている。


 あたしが人にあまり興味を持てない理由はわかってる。

 それがどうしようもないことも。

 けど、あの人だけは…違う。

 三組にいる一人の男子生徒。名前すら知らない。

 もっと知りたい。あの人のことを。

 何かきっかけが…。

 今日も学食で食べ終わり、その人を見る時間も終わる。

 向かいの緋乃の後ろあたりにいるその人は席を立ち、カウンターで水を汲んで戻ってきた。


「あっ!!」

 急に引かれた椅子の足にひっかけて

 ばっしゃっ!!

 緋乃の頭にコップが真っ逆さまに落ち、ビショビショになった。

「うっわ、わっり。大丈夫か?」

 転んだ男子生徒は急いで立ち上がる。

「緋乃っ!!」

 あたしは立ち上がり、緋乃に駆け寄る。

「ひっどーいっ!!もうビショビショ!!」

「ほんとごめんっ!!そこで躓いちゃって」

「詩依、緋乃のジャージを保健室まで持ってきてくれる?」

「いいよぉ」


 ぱんっ。

「このとーり。僕が悪かった」

 保健室で頭からタオルをかぶり、ジャージに着替えた緋乃と向かい合って、両手を合わせて拝むような姿勢をする三組の男子。

「ジュースや味噌汁じゃなくて助かったねぇ」

「ほんとだよ~。水道水だから乾けばなんとかなるけど、一人ジャージなんて恥ずかしいよ~っ!!」

 緋乃が自分を抱きかかえるようにして恥ずかしがる。

「次の休み時間には乾いてると思うから、取りに来て」

 保健の担当医さんが濡れた制服を干しながら言う。

「そろそろ昼休み終わりじゃない?」

「だな。僕は三組の上野うえの 氷空そら。あまりよろしくされたくないと思うけど、よろしくね」

「あたしははなぶさ 雪絵ゆきえ。水をかぶったのは水無月みなづき 緋乃あけので、こっちは御立みたち 詩依しよよ」

『えっ?』

 緋乃と詩依が同じ反応をする。

「雪絵ちゃんに緋乃ちゃんに詩依ちゃんか。じゃ」

 シュタッと手をかざして保健室を出ていく氷空くん。


 やっぱりわからない…氷空くんのこと…。

 そしてやっぱり緋乃と詩依は不思議がってる。

 なんだろう…この気持ち…。

 教室に戻り、さっきのことを思い浮かべる。

 周りを見てもいつもと変わりない。正常だ。あたしにとっては。

 ならどうして…氷空くんだけは…。

 一度気になりだすと、頭に浮かぶのは氷空くんのことばかり。

 緋乃と翔も、詩依と衛もこんな気持ちだったのかな…?


 相談したい。緋乃に…詩依に…。


 でもその前に、あたしのすべて…打ち明けるしかなさそうね。


 けど、これで関係が崩れたら…怖い。


「ねぇ、さっきの雪絵どぉ思う?」

 あたしは教室に戻った後で詩依に問いかける。

「明らかに氷空くんを意識してたよね」

「でしょっ!?これはもしかしてぇ…」

「でも雪絵だよ?あるのかな?」

 盛り上がってきたところで

「おーいみんな席につけ。授業始めるぞ」

 時間切れのゴングが鳴った。


「さて、席替えするぞ」

 ロングホームルームでどよどよと教室がざわめく。

 ついにきちゃった…この時が…。

「クラス委員の二人はでてきて音頭とってくれ。クジはここに置いておく」

「緋乃、頼むね」

 翔があたしに振ってくる。

「え~っ、翔がやってよ」

「委員長権限」

「む~っ…」


 仕方なく、また教壇に立つ。

「今度は手と足が一緒に出るようなことは無さそうだね」

「かなり緊張してるみたいだけどな」

 詩依と翔があたしを勝手に分析している。

 じっ。

 うっ…席替えになるとみんなの緊張感がすごく強いっ!!

 前の交流合宿とは別の意味で緊張するっ!!

「では席替えをします。前と同じように出てきた順で引いて、ボードに名前を書いてください」

 席は前の交流合宿と同じクジボックスを使っている。

 ガタガタと席を立ち、我先にと並ぶ人と、あえて後ろに付こうとする人が入り交じる。

 はっ。またあたしが一番最後…。

 クジを引いてはボードに書き、次々に席が埋まっていく。

 翔は…まだ席にいるっ!?


 最後のほうになり、翔が動く。

 クラスの女子はザワッとなり、なんとも言えない緊張感が走る。

「六番だ」

 六番って…窓際少し後ろ側っ!?

 って既に詩依の斜め後ろで確定してるっ!!

 あたしが六番を引けば翔の隣にっ!

「うーん、微妙な位置かなぁ」

 詩依が五番の窓際で、翔がその後ろ隣にきた。

 それから衛が引き、最後にあたしが引く。

 あたしが四番。衛も四番。

 翔が六番で詩依が五番。

 …翔が二席ほど離れてしまった。

 でもガッツリ離れなくてよかった。


 放課後。

 雪絵が教室に来た。

「緋乃、詩依…話があるんだ」

 あたしは詩依と顔を合わせて、お互い微笑んだ。


 カバンを持って中庭のベンチに腰を掛ける。

 雪絵が真ん中。あたしと詩依がその隣。

「ふたりとも、薄々気づいてると思うけど、あたし…普通じゃないんだ」

「どういうこと?やっぱり超能力者なの?」

「わからない…けど、そうなのかも」

 話しているうちに手が震えてきているのを見逃さなかった。

「あたしたち、友達でしょ?雪絵がどうでも雪絵は雪絵でしょ?」

 手を握って伝える。

「そうよぉ。あたしたち、雪絵にどれだけ助けられてきたかぁ…」

 詩依も、もう片方の手を握る。


 俯いていた雪絵が顔を上げた。

「…ありがとう。話す決心ができた」

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