第12話:勇気
湖から帰ってきてすぐ、水着を洗濯機に放り込んで、水着は二度目の遊泳をしている。
暑いから結局夕方くらいまで水遊びをしていた。
すぐ遊びに出たから忘れていたけど、結構ホコリが積もっているのをみんなで手分けして掃除する。
衛がキッチンに立って料理を始める。
「緋乃、手伝ってくれないか?」
「はーい」
キッチンではすでに湯気が立ち込めていた。
なぜかここだけ掃除が終わっている。
「ここ、掃除終わってるんだね」
「昼のバーベキューが終わってから軽く掃除しておいたんだ」
「そうだったんだ。呼んでくれてもよかったのに」
衛はフッと優しい顔になり、
「みんなには楽しんで欲しかったからね。特に緋乃は」
思わずドキッとしてしまった。
煮立った鍋にパララッとドライパスタを円形に入れ、すぐお湯の中で麺が踊る。
「衛、料理できるんだ?」
「簡単なものならね。冷蔵庫から野菜出して。サラダにするから切っておいて。
皿はそこにある大皿を使って」
「うん」
レタス、キュウリ、トマト、ワカメを出しておく。
レタスは手で千切ってお皿に盛り、キュウリは斜め薄切りと細切りで変化を出す。
トマトは四つ切にして円形に配置。
ワカメは水で戻して中央に盛り付けた。
「ドレッシングは各自でかけさせるから、そのままにして」
「わかったわ」
サラダの大皿はテーブルに置く。
「キャベツとベーコンをざく切りにして」
「うん」
キャベツを一枚ずつ剥がして四~六角になるようザクザクと切る。
次にベーコンを…
「痛っ!!」
「大丈夫かっ!?緋乃!!」
間違えて切ってしまった指を見るため、衛が手を取る。
「…よかった。傷は浅いな」
パスタを茹でる火を弱めて、衛がリビングに消えた。
「お待たせ」
衛が救急箱を持ってきて手早く処置する。
「もう水仕事はやめとこう。お皿を出しておいてくれるかな」
「大丈夫だよっ!やる」
「俺が嫌なんだ。そのキレイな手に傷残るのが」
ドキッ…。
無意識に絆創膏を貼った左手を右手で覆う。
やっぱり…衛は優しい。
けど、翔と一緒にいる時は…なんかトゲがあって…イヤ。
「わかった。お皿出すね」
日が落ちた頃、掃除も終わって空気も入れ替えて、夕食の時間になった。
「わぁ…これ、衛一人でぇ?」
「緋乃にも手伝ってもらった」
「あたしはすぐこうなっちゃったけどね」
ケガした指を顔の前に持ってきて、舌をペロッと出す。
「大丈夫なのぉ!?」
「傷は浅いから心配ないよ」
キャベツとベーコンのペペロンチーノ、鶏ステーキ甘酢あんかけ、サラダに麦茶。
すべて大皿に盛ってあって、取り皿で好きな量を取り分けるパーティシェア形式だった。
「デザートにアイスも用意してあるから、後で出すよ」
「え~っ!?デザートもあるのぉっ!?」
詩依が目をキラキラさせている。
「なんでもいーから早く食べよーぜ」
中学生の時はこんなこと無かったから、知らない衛の一面を知ることができた。
簡単なものって言ってたけど、十分すぎる。
楽しい夕食が終わり、片付けに入った。
「緋乃はもういいよ。詩依に手伝ってもらうから、ゆっくりしてて」
「あっ…ごめんね。あたしの不注意で…」
翔はそのやり取りにすらモヤモヤした気持ちを抱いていた。
わかっている。衛が翔に向けている気持ちの正体が。
敵意
今のところ、緋乃がどっちつかずでいるから見た目は平和に見える。
しかし水面下では激しい闘いが繰り広げられている。
実際、湖では強く牽制された。
この状態が続いている間、特に危害を加えられることは無いだろう。
今のところは
この均衡が崩れた時、おそらく何かしら具体的な何かが起きることを予感していた。
夜も遅くなり、二階の部屋で男女別に分かれて布団を敷く。
こういう時のお約束といえばやっぱりガールズトーク。雪絵も加わってきた。
「で、翔とはどうなったのよぉっ!?」
「それが…」
「えぇ~っ!?進展なしっ!?」
かあぁっと赤くなってしまう。
「二人して返事待ちかぁ…」
「うん…翔の返事は聞かなくてもわかるし、かといって今のままじゃ衛と付き合うってのも心の整理がついてなくて…」
もじもじしながら両手で指を弄ぶ。
ガシッ。
詩依はその手を両手で覆って掴み
「衛にしちゃいなよぉっ、緋乃ぉっ!!」
「そっ、そんな無責任なっ!!」
雪絵は黙って聞いている。
「そういう詩依はどうなのよっ!?」
「あたしは特に恋人なんて考えてないわよぉ」
余裕の表情で答える。
ふっ。
雪絵が鼻で笑う。
「ちょ…雪絵ぇっ!余計なこと言わないでよぉっ!?」
「おっ、誰っ!?誰っ!!?」
もはや水の掛け合い状態になって、騒ぎ疲れたところで眠りにつく。
「暑い…」
あまりよく眠れない。
昼に雪絵が余計なことを言うから、余計気になって眠りにつけない。
詩依と雪絵はすやすやと寝ている。
ごろん。
寝返りを打つけど、それで涼しくなるわけでもない。
じわっとまとわりつくような空気が睡魔を退治してしまう。
仕方ない。ちょっと外の風に当たるか。
サワサワサワ…。
ログハウスから出て、夜の風に吹かれる。
風といってもまとわりつくような暑さの風だから、あまり気持ちよくはない。
近くに街灯があるわけでもなく、僅かな月明かりだけで掛け値なしの真っ暗だから、あまり遠くへ行くと迷って戻れなくなるかもしれない。
わずかな月明かりだけが頼り。
「緋乃?」
後ろから声がかかる。
「衛…」
「眠れないのか?」
「うん」
がしっ。
「えっ!?」
衛が手をつないできた。
ガッシリしてて…男の人の手ってやっぱりすごい。
「暗いから、はぐれないようにね」
「…うん」
二人で少しだけ湖まで歩いて、ログハウスの近くまで戻ってきた。
あたしは木を背にしてもたれかかる。
「緋乃…」
「なに?」
この流れ…もしかして…。
「少し、変わったな。前はもっとオドオドしてる様子だったのに、今は引っ込み気味なところがありながらも、イキイキしてる」
「…前のほうが良かった?」
「いや…今のほうが俺は好きだな」
「よかった…」
サワワッ…。
再び風が木を、葉を揺らす。
月明かりが微かにあたしたちを照らす。
「あの時の返事…聞かせてくれないか?」
やっぱり、きた。
雪絵の言ったとおりだった。
あの時の返事は決まっていた。それを今、半年近く経った今、口にする。
「うん…あたしも…衛が好き」
あっ…!!!
何も言わず、衛は顔を近づけてきた。
気づかなかった。
この近くで、眠れずにいた翔が見ていたことを。
翔は衛があたしに顔を近づけたその様子を最後まで見届けず、ログハウスに戻っていたことを。
さらに詩依も眠れなくて、ログハウスから出てみると近くで話し声が聞こえ、翔と別の場所から見ていた。
偶然起きた雪絵は、二人の姿が無いことに気づいて、二階のテラスからその様子を全部を見ていた。
この時に寝ていたのは俊哉だけ。
翔が背を向け、影から見ていた詩依が姿を消し、唇が触れるその瞬間…
「むぐっ」
あたしは自分の口を手のひらで塞いだ。
「だめっ!」
「…緋乃…」
「…だめ…なの…」
翔はギリ…と歯噛みして寝床へ戻り、詩依は胸にチクッとした痛痒を抱えて部屋に戻った。
なかなか寝付けず、寝苦しい夜を過ごした。
「おっはよ~っ!!」
朝からテンションの高い俊哉。
「おはよー…」
結局あれからよく寝られず、気分はかなり低い。
雪絵はいつもどおりだが、衛はもちろん翔と詩依もなぜか寝不足みたい。
「ど~した~!?みんなテンション低いぞ!!」
「おめーが高すぎんだ」
眠そうに鬱陶しくツッコむ翔。
あのあと、衛とは一言も話さず部屋に戻った。
「わりーけど、朝はあっさりめで済まさせてもらうわ」
衛は食パン二枚ずつのハムエッグトースト、おそらく既成品のポテサラ、コーヒーを人数分用意していた。
眠くてもしっかり用意してくれる衛。
「今日はどうするの?」
「見晴らし台が近くにあるから、弁当作ってから行こう」
朝を済ませて、みんなでキッチンに立った。
「…あの~、見晴らし台、近くって言ってなかったっけ?」
あたしが問いかける。
「この辺りの近くっていうのは、ほんとにすぐなのねぇ…」
珍しく嫌味を言う詩依。
「なんだ~っ!?これくらいふつーだろっ!!」
俊哉はまだハイテンション。
寝不足のあたしたちには正直きつい。
砂利がひかれた登山路をかれこれ二時間近く歩いてきた。
グネグネ曲がっている道をひたすら歩く。
暑い。
カラッと晴れた空から降り注ぐ日差しが容赦なく照りつける。
木が生い茂っているから、木陰があちこちにあって幾分マシになっているけど、やっぱりマシ程度でしかない。
ジワ、ではなくダラッと流れる汗で、肌に髪の毛が貼り付いて鬱陶しい。
それ以上に俊哉のハイテンションがもっと鬱陶しい。
「緋乃、きついならおぶるぞ」
「ううん、大丈夫だよ」
今日はやけに衛が気にかけてくる。
もともと優しかったけど、今日は何か違う。
あたしはまだ伝えてない。
衛に勘違いさせてしまったことを。
見晴らし台まで行ったら言おうか、帰りまで待つか…。
「待ったほうがいい」
隣りにいた雪絵がふと話しかけてくる。
「えっ!?…何が…?」
「別に」
まるであたしの考えを見透かしたような雪絵の言葉。
たぶん、雪絵が正しい。
何の根拠もなくそう思った。
「うわ~っ!!景色いい~!!」
「すご~いっ!!」
山の頂上だろう。広場があって、そこに屋根のついた見晴らし台があった。
結構登ってきたと思う。
「あれぇ、あたしたちの居たログハウスじゃなぃ?」
「どれ?」
詩依が指差す先を見ると、ポツーンとログハウスらしきものが豆粒ほどの大きさに
見える。近くに湖もあった。
「え~~~っ!?こんなに歩いてきたのっ!?」
「おまえら…置いてくなよ…」
ゼエゼエしながら俊哉が姿を現す。
「おまえ、はしゃぎすぎだ」
途中で俊哉はペースダウンして、いつの間にか追い抜いていた。
屋根のついたベンチスペースに腰をおろして、その絶景を楽しむ。
山の向こうに町並みが見えるけど、遠くは霞んでいてよく見えない。
「あっちが住んでる方角で…」
指差して言いつつ、衛が肩に腕を回してきた。
思わずパッと離れてしまう。
その様子を見て、翔は遠くに行ってしまったものを見るかのような目で見る。
詩依は見ていられず、そっぽを向く。
翔は昨日、湖で緋乃が溺れて衛に助けられた後でされた耳打ちを思い出す。
『その気も無いやつが邪魔すんなよ』
実際、緋乃は昨夜…衛に返事していたことを思い出していた。
「もう、俺の入る余地は無いんだよな…」
ボソッと呟く。
詩依も同じだった。
この泊まり企画、最初は緋乃が心配でついていったけど、昨日から衛の姿を見ていたら一気に心が惹きつけられていた。それでも、今は緋乃と…。
「緋乃…おめでとぉ…」
そっぽ向いたまま小さく細い声で祝う。
やれやれ、といった様子で雪絵がため息をつく。
このどこかギクシャクした空気を俊哉が察したものの、事情もわからないから、できることはなかった。
目の前に広がる絶景も、胸いっぱい吸い込みたいきれいな空気も、みんなで作ったお弁当も、何もかもが味気なく感じる。
衛は何か満たされた様子でウキウキしている。
けど翔と詩依がどこか浮かない感じで、それが空気を乱していた。
ギシギシした空気の中でも景色を楽しみ、昼を少し過ぎたところで山を降りて、帰路につく。
バスでも電車でも、疲れと寝不足で雪絵以外は爆睡だった。
「じゃ、ありがとう。みんな」
あたしと衛は同じ駅で下りる。
電車が出発すると、衛から手をつないでくる。
あたしは言い出すタイミングを見計らっていた。
階段を降り、改札口が見えてくる。
ジワッと手から汗が出てくる。
暑いからではない。
言いたくないことを言わなきゃいけない、その緊張から。
一歩を踏み出すたびに心臓の鼓動が早くなる。
早まる心臓の鼓動が、つないでる手から伝わってしまうのではないかと心配になってくる。
駅を出れば、あたしたちは別方向に行く。
伝えるチャンスは改札を出てから。
つないでる大きな手が、すごく怖く感じる。
昨夜、言いそびれてしまった一言。
それを伝えなくちゃならない。
階段を降りきった。
ホームからずっとお互い無言で来た。
衛は満ち足りた表情に見える。
それを、これからあたしが曇らせてしまう…。
ごめんなさい
心の中で何度も謝る。
ICカードを出すため、つないだ手を離す。
ピッ。
改札口を出る。
冷や汗がドッと吹き出す。
また手をつなごうとしてきたその時、グッと目をつぶってその手を引っ込めた。
「あのね…衛…」
「なんだい?」
「あたし……あたし…」
ギュッと両方の手で握りこぶしを作る。
衛の顔を見るのが怖い…。
「…衛とは……付き合えない…」
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