第11話:警告

 自己紹介を終えた衛。

 お辞儀をして、翔の姿を見ると表情が一気に厳しくなった。

 なんで………こんなことに。

 よりにもよってなんで同じクラスに…。

 ものすごく面倒なことなりそうな予感しかしなかった。


 席こそ離れたものの、早くも火花を飛ばす衛を見ると、さっきの雪絵じゃないけど嵐の予感がヒシヒシと伝わってくる。

 女子たちがキャーキャーと沸き立っている。


銘苅めかる、ちょっといいか?」

 休み時間になってすぐ、衛が動いた。顔は相変わらず厳しい。

 アゴで廊下側へクイッと指し示す。

 翔は面倒そうに衛についていった。


 比較的人が少ないところで二人立ち話をしている。

「なぁ、緋乃の事どう思ってるんだ?」

「どうって」

「告られんだろ?どうすんだ?」

 翔の眉がピクッと動く。

「お前には関係ないだろ」

 衛の顔から焦りの色が少し消えた。

「なるほど。その気は無いみたいだな」

「……」

 その場から離れようとする衛が振り向きざまに言い捨てる。

「なら、俺がもらう。邪魔すんなよ」

 余裕の表情で衛を眺める。

「ムカつくぜ。その余裕さがな」

 吐き捨てる衛。入れ替わるように雪絵が来た。

「翔」

「雪絵か」

 ツカツカと歩み寄る。


「あなたはいいの?」

 真っ直ぐな瞳で見つめてくる雪絵。

 その瞳の奥にある光は焦燥と苛立ち。

「知ってるだろ?俺は誰とも付き合わないって」

 半歩にじり寄って、翔の顔を覗き込む。


「緋乃は逃げずに勇気出して気持ちを伝えた。翔は逃げるの?」

「雪絵」

 見つめ返す翔。


「………そう、わかったわ。あなたが昨日お礼と言って一緒に過ごした時のことだいたいわかるけど、肝心なところで感謝の気持ちを返さずにいるなら好きにすればいいわ」

 雪絵は踵を返す。

「けど、そのままじゃ緋乃はこれから悩むし、苦しむよ。それだけは覚えといて。あなたを退学騒ぎから救ってくれた緋乃に対するお礼と態度、どうけじめをつけるか見せてもらうわ」


 姿が見えなくなってから、翔は片手で顔を覆い、髪をクシャッとかき分ける。

「だからって…どうすりゃいいんだよ…」

 迷いと焦りを滲ませた声で呟く。

 その顔に余裕はまったくない。さっき衛に見せた余裕の顔は強がりに過ぎない。

 苦痛に藻掻く人。その顔だった。

 珍しく雪絵が厳しい言葉を投げかけてきた。


「あの時と同じだ…俊哉が自殺未遂した時と…」

 前に雪絵が厳しい口調で迫ってきたあの時は、決断を先送りにしてきた結果、手遅れになりかけた。今回も同じ厳しい口調で選択を迫ってきた。

 何かしら、手遅れになる何かがすぐ近くまでやってきてるのか。

 けど俺は…。


 昼休み。

「緋乃ぉ、一緒にお昼食べにいこっ。翔もねぇ」

 詩依が誘ってきた。

「なら俺も混ぜてくれよ。この学校のこと、まだ全然知らなくてね」

 爽やかな口調で輪に加わってくる衛。

 教室を出て、騒がしくなった廊下を歩く。途中で雪絵と俊哉も合流して六人になった。


「ねぇ緋乃ぉ、どっちも返事まだなんでしょぉ?」

 コソッと聞いてくる詩依。

「うん…」

 衛はあたしからの返事がまだ。

 あたしは翔からの返事がまだ。


 けど翔の返事は聞かなくてもわかってる。返事が無いことが返事ということも。

 それでもあたしは翔の側にいたい。

 衛じゃなくて、翔の…。

 翔が衛の隣りにいる。一見平和そうに見えるけど、衛がすっごい火花飛ばしてる。

 火花を飛ばされてる翔はというと、気づいてないのかってくらい冷静に見える。

 言葉の端々に、翔へ対する牽制と受け取れる言い方がチクチクと刺さる。

 それでも翔は顔色一つ変えずに衛の話を聞いていた。


 学食でもあたしは衛の向かい。翔が隣にいるけど、なんか空気がピリピリしてていたたまれない。

 詩依もその空気を察しているのか、いつもの元気がない。

 雪絵は黙っている。


「でさ、向こう行ったら行ったで荷解きが大変でね。やっと落ち着いたと思ったらまたこっちにとんぼ返り。振り回されっぱなしだったよ」

「そうだったんだ。大変だったね」

 やっぱり昨日のことには誰も触れない。

 いや、触れてほしくない。


「緋乃、夏休みのことだけど」

「そういや中学で緋乃の親友、愛海はどうしてる?戻ってきたばかりでまだ連絡も取れてないんだ」

 翔の言いかけたことを衛が遮ってきた。

「ちょっとぉ、今の…」

「いいの」

 詩依の抗議をあたしが制する。

 ふぅ。

 わずかにため息が聞こえた。それもあたしと衛を除く四人同時に。


 この空気、正直どうしていいのか、あたしにもわからない。

 困ったなぁ…。

 時間を確認するためスマホを取り出す。

「おっ、緋乃ケータイ買ってもらえたんだ?」

「うん。こないだの期末で成績よかったからやっとね」

「連絡先教えてくれよ」

「…わかった」

 衛、なんか印象が変わった。

 なんというか、少しギラついてるような…。

 前はもっと控えめだったと思う。

 LINEのアカウントを見せる。

「おっけ。登録した」


「緋乃」

「雪絵…」

 昼休みももうすぐ終わり。

 あたしは雪絵に呼び止められた。

「あれでよかったの?」

「だって…断る理由が無いじゃない」

 内心、後悔してる。

 LINEのID交換をしたこと。

 あたしの好きな翔にきつく当たって、余裕の無さそうなギラついてる衛は、あたしの知ってる衛じゃない。

 もっと優しく包み込んでくれるような、暖かな空気をまとってきてくれる…そんな人だったはず。

 人当たりもよくて、誰に対してもフラットな付き合いができる…けど今は違う。

 なんかトゲみたいなものが、衛の優しい空気を台無しにしてる。

「メッセージが来ても返信は急がないことね」

 雪絵はそう言い残して教室に戻った。


 数日が過ぎ、夏休みに入った。

 LINEのIDを交換してからというもの、衛からのメッセージが多い。

 ほとんど毎日メッセージしている。

 慣れない手付きで入力しているから、あたしの返事はいつも遅くなってしまう。

 返事を打ってる最中に衛からまたメッセージが届くこともザラだった。

 そんな時…。


 ポロン。

 またメッセージが届いた。

『今度泊まりで山に行こう。親戚が別荘持ってて、貸してくれることになった』

 えっ!?まさか二人で…?

『いいけど、友達呼んでいい?』

 打つのが遅いから短く返す。

『いいよ』

 ほっ。

 さすがに二人じゃ緊張するから、詩依を呼ぼう。


 泊まりのお出かけ当日。

「で、なんでこうなった?」

 ジト目でツッコむ衛。

「あはは…」

 詩依だけにするつもりだったけど、そこから広まって雪絵、翔、俊哉が来ること

 になり、集合場所に姿を現した。

「まぁいいや。みんなで行くぞ」

 怒るかと思ったけど。


 電車に揺られ、バスに揺られ、徒歩で森を抜けた先にそれはあった。おしゃれなログハウス。

「中広ぉ~い!」

 詩依が驚いている。

「叔父の趣味でね。近くの湖へ釣りしによく使ってるって」

「湖あるんだっ!?」

「水着持ってくりゃよかったな」

「親戚が使ってるやつでよけりゃ貸せるけど。使ったらすぐ洗ってる」

 翔の一言に反応する衛。

「おっ、見して」


 一階奥のクローゼットを開ける。

「ほら」

「………なんでこんなに種類豊富なの?」

 見ると男女の水着がズラリと20~30着はあるだろうか。

「叔父の趣味」

 ……………。

 衛の叔父って一体…?

「実際には親戚がよく来るから、忘れていったり叔父が一緒に買い出し行ったりして、いつの間にかこうなってただけ」

 それがオチなんだ。


「わぁ~っ!湖も広~いっ!」

 別に水着そのものに罪は無いし、気にしても仕方ないから結局みんな借りて湖へ行くことになった。

 日差しが強くて暑いから、湖の水が気持ちいい。

 あたしの選んだ水着は、体がかなり隠れるドレスタイプ。

 さすがに肌の露出は少し恥ずかしい。


「あまり奥へ行くなよ。いきなり深いところがあるから」

「わかっ…」

 どぷん。

「緋乃っ!!」

 あたしの姿が消えたことに衛が気づいて、すぐに駆けつけてきた。

 翔も気づいたが出足が遅れる。

「大丈夫か!?」

 けほっ、ごほっ!!

 浅いところまで引っ張られてむせ返る。

「あ…ありがとう、衛…」

 出遅れた翔が側までやってくる。

「本当に大丈夫か?緋乃」

 衛は後から来た翔に何か耳打ちをしたのがわかった。

「みんな、気をつけてね。ほんとにガクッと深いから…」

「わか…」

 ごぽん。

「雪絵ぇ~っ!?」

 今度は雪絵が深みに落ちて俊哉が助けに向かう。


 すぐに救出されて無事みたいだけど、さすがに雪絵も驚いたみたい。

 って、あれ…?

 なんでもお見通しの雪絵がなんで?

「ごほっごふっ…確かに深かった…気をつけなくちゃ」

 …もしかして雪絵って…。


 深みに注意しながら、みんな思い思いに水遊びしている。


 ぐぅ~。

 お腹が鳴った。

 日が高く上って来た頃、衛の姿がふと消えていた。

「あれ?俊哉は?」

「そういやいないな」

 翔と詩依、雪絵はいるが、衛と俊哉がいない。

 そうだ。さっきのこと聞いてみよう。

「ねぇ翔、あたしが衛に助けられた時、衛になにか言われたでしょ。何だったの?」

 一瞬、明らかに同様の顔を見せた。

「緋乃には関係ないことだよ。それより二人を探してくる」

「待って」

 腕を掴む。

「緋乃…?」

「女の子三人を、ここへ置き去りにするの?」

 言ったら、周りを見回す。

「そっか、誰かを残すにしても危ないか。少し待っていよう」

 そう言って翔はあたりを気にして歩き回る。


「緋乃が気にしていること、教えてあげようか?」

 後ろから声がかかった。

「雪絵…ううん、いい。翔が自分から話してくれるまで待ってみる」

「ふふっ。あの二人が消えたのはお昼の準備に行ったからよ」

「へっ?」

「で、何が翔と関係あるのかな~?」

 かぁ~っ!

 思わず顔を赤らめてしまう。

「ゆ~き~え~っ!!からかってるでしょっ!?」

「ふふふっ」

 バシャバシャと飛沫を上げながら逃げる雪絵が一瞬だけ笑顔を見せた。

 っ!?

 雪絵は微笑むことがあっても、笑顔を見せることはなかった。

 初めて見た、と思う。

 思わず見惚れてしまった。


「んしょっと」

 しばらくして衛と俊哉が戻ってきた。バーベキュー用品と食材を持って。

 衛が主導して、鍋奉行ならぬ網奉行を始める。

 いっぱい遊んだ後だからお腹ペコペコ。

「ところでこれ、どこにあったの?」

「道具は別荘の倉庫にあった。食材は配達を頼んだ」

「あっ、そうか。後でお金払わなくちゃ」

「緋乃はいいよ」

「だめっ、こういうことはしっかりすべきだよっ!!」


 お腹が膨れて、湖のほとりでゆっくりしている。

「ねぇ翔…翔は、雪絵の笑顔って見たことある?」

「雪絵の…?そういえば無いな…。見たのか?雪絵の笑顔」

「うん。ついさっき」

「………これは事件だ…」

 翔が驚いた顔を見せる。

「事件って、そんな大げさな」

「これは秋●原連続通り魔事件より重大な事件だ」

「それはさすがに言い過ぎ」

 思わずツッコむあたし。

「いや、多分詩依も見たことはない。今まで誰にも見せなかった顔を緋乃に見せたってことだ」

「雪絵って、笑うとすごく可愛いの。なのになんであまり笑わないんだろう?どこか影があってミステリアスな印象が強いけど…」

 翔が湖の方を向く。

「正直言って、雪絵のことはよくわからない。時々予言めいたことを言うし、なんでもお見通しと言いたそうな空気があるけど、アドバイスはいつも的確だ。どこか近寄りがたい空気ではあるけど、接してみると柔らかで心地いい」

「そっか…翔もよくわからないんだね」


 やっぱり、あのことは無かったことにされてるのかな…?

 翔に告白したこと…。

 それを言ったら、あたしだって衛からの告白に答えてない。

 聞きたいけど…聞いたら絶対フラれる。

 偶然とはいえ他の人の告白に対して「俺は誰とも付き合わない」ってハッキリ言ってたのを知ってる。

 なんで誰とも付き合わないんだろう?

 中学時代に何かあったのはしってるけど。

 聞きたい。

 けど聞いたら、そのままあたしへの返事として言われるかもしれない。


「翔」

 後ろから声がかかる。

「雪絵か」

「少し外してもらっていいかな?」

「わかった」

 立ち上がって、軽くパンパンとお尻をはたきつつ湖面に足をつける。


 翔の耳にはまだ残っていた。

 護からされた耳打ちが。

 緋乃に衛が絡んでいるのを見るとモヤモヤする感情を自覚していた。

 心のどこかで何かの火が燃えるような感覚に襲われる。

 それが何かはわかっていた。

 心に着いたわずかな火を消すのはいつも同じ。あの記憶…。


「雪絵、お昼前に笑ってたよね」

「笑ってない」

「絶対笑ってた。つい見惚れちゃったもん」

 雪絵がわずかに頬を赤らめる。

 なんだ。雪絵もしっかり女の子らしく笑うし、照れもするんだ。

 見つめていたら目を逸らした。

「緋乃は…どうするの?」

「どうって…」

 思い出して、あたしも照れてしまう。

「…あたしにも……わからない…」

「なら、今夜は気をつけてね」

「えっ!?」

 雪絵は立ち上がり、行ってしまった。

 今夜…って、え~っ!?何に気をつければいいの~っ!?

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