第12話 天使か悪魔か人間か

 誰もが黒い半透明な結界の中に囚われる。異能スキルを発動できないと分かりすぐさま結界からの脱出を試みるが、それは許されない。

 結界はビークンを中心に発動し、本人が移動すればそれに同期して結界の位置もまた動く。逃げようとした相手にビークンが近付けば逃げられないと実に単純だった。


 背を見せて逃げるならば格好の的。ビークンの銃と私の剣が襲い掛かる。


 ならばと相手はその状態で攻勢に出る。懐から取り出した銀色のナイフを数本、一直線に投げつけるが、私はそれを容易く剣で弾き飛ばす。すると相手はここぞとばかりに剣を大きく振り下ろす。

 それは速さ重視の雑な攻撃。踏み込みも弱く、腕に無駄な力が入っている――そう一目見て分かった。


 私は剣筋を見切って左へ回避する。剣は空を切り隙が生まれた相手に胴を狙って横薙ぎをすると、相手は慌てて剣で防ぎぶつかった反動を殺すため後ろに一歩下がった。


 しかしそれで重心は後ろに傾いた。チャンスだ。瞬時に追撃を行うがその一振りも剣に防がれる。しかし勢いまでは殺せない。片方の足は靴裏を見せながら地面を離れる。こうなればもう背後に倒れるしかない。


 私はもう一度胴を狙う。まるで死神が鎌を振るうがごとく風を切る一振りは腹部の前半分を横一線に切り裂いた。


 最期を見届けずに私は次の相手に迫った。



 私に異能スキルを使わずに勝てる筈がない。それだけの実力だと自負してはいる。


 たとえ死角から銃で狙われたとしても避けられるし、なんならシューヤが盾で私達に向けられる銃弾を防いでくれる。


 ただそれでも限界はある。今のように、360度を銃を構えた兵士たちに囲まれたらどうするのか。


 そんなの簡単――。






 ビークンが異能スキルを解除し、黒い結界を閉じた。そして今度はシューヤが異能スキルを発動する。


 シューヤの身体の周りに四つ、空間の裂け目のような場所が現れる。そこから、の先端が少しずつ出ていく。赤、青、白、黒。。

 

「放て!!!」


 シューヤは声と共に魔力を込めると、その裂け目から数えきれない程棒状の異能スキルが勢いよく射出された。裂け目の位置と傾きが点滅するように切り換わり、定点ではなくしっかりと敵目掛けて四色の棒は飛んでいく。


 まるで榴弾が爆発したかのようだった。突然の出来事に反応できなかった者は四肢や胴体を串刺しにされ、その痛みに不快な声を上げて絶命した。逆に、異能スキルを防いだ者は辛うじて生きていた。


 まだ、生きてはいた。



 隙を晒した相手に狙いを定めてビークンは脳天を撃ち抜く。それに続いてアリアも敵に接近する。向かう先には二人いたが、アリアの加速は止まらない。


 兵士の一人は慌ててアリアとを隔てるような幅の厚い水の壁を築き上げた。まるで激流のように動く水のエネルギーは何であろうと通さない、そんな意思が水流の勢いに変わっていた。


 隣にいた仲間が味方に称賛の声を掛けながら異能スキルを発動させる。使ったのは、闇の異能スキル


 闇の異能スキルは光と対極の存在で光を遮る性質を持っている。その闇はありとあらゆるものを隠し、光学的に確認することは不可能である。

 異能スキル自体の攻撃性は皆無であるが、補助としての性能は単純に脅威である。


 不自然な黒い影が景色を奪いながら、水の壁を通り抜けてアリアへと向かう。もし目を覆われたら異能スキルが発動している限り失明しているのと同然になる。


 それでも臆することなくアリアは前へ向かう。そして、アリアの顔を黒い闇が覆い尽くした。


 光が見えなくなるが、外界を感知する手段はまだある。だから、視覚以外のを信じてアリアは力強く剣を握る。


 低い位置からの振り上げの攻撃。その攻撃は水の壁に防がれるかのように思えた。兵士達もそれを期待していた。



 だが、あっさりとその自慢の壁は真っ二つに切り裂かれ、水の異能スキルを発動していた者にも斬撃が届いた。そして続けてアリアの降り下ろしの袈裟懸けをまともに食らい空を見ながら倒れた。


 一秒にも満たない時間だが相対的にゆっくりと倒れていくように隣の兵士は感じた。そして瞬時に疑問が頭の中を巡る。


 どうしてあれほどの壁を剣で破れた、そんなの無茶苦茶だ――と。


 何も動けないままアリアの剣が迫るのを見てあることに気付く。アリアの凛とした青藍色の瞳と透き通るような白い肌が露になっていた。


 アリアの剣が心臓を貫いた時、血を口から吹き出しながらどうしてそうなったのか謎が解けた。


 最強の背後に黒い髪の少女が駆け寄って来ていた。


 自分達は既に結界の中にいた。






 ――私は相手の腹部を強く蹴り、剣を引き抜いた。剣は赤く染まっているので血振りをして地面に斜めの線を描いた。


 自分の手に付いた血を外套から取り出したタオルで強く擦り舌打ちをする。


「穢らわしい…」


 一刻も早く水で洗いたい気持ちを溜め息に変えた。


 周りを見渡せば立っているのは自分を含め三人だけ、メルディルの小隊規模の部隊は全員地面に伏している。


 今回は殆どシューヤが倒してくれて楽だった。ただ、当の本人は眼鏡を外して額の汗を拭っている。あれだけの事をしたのだから魔力もそれなりに消費しただろう。


「シューヤ、大丈夫?」


「ああ…、まあまあ、ってとこだな…」


 決して強がらず正直に告白してくれるのはありがたい。私は無理しないでと伝えてもう一人の方へ向ける。


 ニコニコと何かを期待した目でこちらを見ている。


「……、大丈夫ね」


「酷いですよー!!」


 何も声を掛けずに様子だけ見てそう言うと腹を立ててしまった。しかし怒っていても華奢な身体からは覇気のようなものは微塵も感じずむしろその膨れっ面が可愛らしい。妹というよりは甥っ子を見るような気分。


 もう…と不貞腐れているがそれでも疲れは見えなかった。底無しの体力の彼女なら心配は無用だろう。オトノが治した時だってそこまで疲れてはなかったし、彼女だって無理なときはきちんと報告するから。


 とりあえず頭を撫でておいた。



 シューヤの準備が整ったのを合図に走り出す。あの場に残ったオトノの事が頭を過るがそれよりも目の前の事に集中しなくてはならない。


 見上げれば空の視界の何割かを城が占めている。数分としないうちに城に辿り着くまでの距離だと分かる。そして同時に、外壁が所々崩れ、火の手が上がっているのも見えていた。


 予想よりも状況は悲惨だった。


 急いで、皆を助けに行かないと――。











 ――グチャグチャと、何度も水気を多く含んだ肉を潰すような気持ち悪い音がそこに響き続ける。


「うわああああああああ!!!!!」


 エイゼルは叫ぶ。おぞましい光景を仲間達は眉をひそめながら眺めていたり露骨に目を逸らしたりしていた。


 呼吸を荒げながら、何度も何度もその黒い剣を突き立てる。



 オトノは鋭い痛みに顔を歪ませ続ける。剣の入った部分が熱くなる感覚と内側から外側に針が広がるような痛みを繰り返し味わわされていた。指し貫かれた回数は二桁に及ぶが、それでもまだ心臓は血液を送り出し続ける。むしろ、エイゼルの方が疲れと恐怖で弱まっていた。


「ああッ!!あああッ!!クソッ、クソが!!」


 精神も体力も極限に到達しかけて、二つの意味で無理だと感じたエイゼルは逃げるように後ろへ跳び十分に距離を空けた。


 返り血で染まる手が震え、剣がうまく握れない気がして握り直した。


 オトノは痛みから解放されていく。悶えながらも呼吸を繰り返し、最後に、はあ…と感情の読めない吐息をする。


 オトノの呼吸が静かになって数秒後。仰向けの状態から手を使わずに膝の筋肉を使って下から上へゆっくりと地面と平行の身体を垂直に立てていく。

 最後に首を戻す時、しなるように頭を大きく前に振り、俯いてから再度正面を向く挙動に誰もが気持ち悪さを胸に抱く。


 そして、当然のように傷も服の破れも治っていた。


「結局………殺せないのか…?」


「黙れぇ…、黙れ黙れええええ!!!!!」


 感情の高ぶりと共に罵声を浴びせたエイゼルは咽ってしまう。ゴホゴホと苦しそうに咳き込み顔を真っ赤にしながら肩で息を繰り返す。言わなければ気が済まない、そんな風な勢いでエイゼルはすぐに言葉を放つ。


「何が…、何が死にたいだ、殺してくれだよ。ふざけるな…!!そんな異能スキルを使っておきながらっ…、馬鹿にしているのか…!?」


 エイゼルの勢いは更に加速し声量も上がる。


「死なないだと?ふざけるな!!こんなにもやって死なないならお前は既に死んでる!!お前はもはや生きてすらいねえ!!不死者アンデッドはあの世に帰れえ!!」


 喉が枯れそうになるほど叫ぶ。


「俺が死んでる――生きてない」


 赤子のように言葉を復唱し、意味を理解して――、



 ハッ。



 そうやって鼻で笑った。



「――“死なない”、それが生きてるのと何が違うんだ?」


「死とは、生命活動を終えることじゃないのか?」


「脳が機能を停止して、身体の細胞全てが死滅する事じゃないのか?」


「何も考えられず感じることも動くことも不可能になる事じゃないのか?」


「意思はなくなり魂もその身体から抜け落ちる事じゃないのか?」


異能スキルを使えなくなることが、死ぬ事じゃないのか?」


 相手に返答を求めず、自ら答えを口にする。


「――生きてる。それなら俺はまだ生きてるんだよ。まだ生きてるから死にたいんだよ…。どうして誰にも死は平等に訪れるのに、俺には来ないんだよ。不公平だろ……ッ!」



 嘲笑、声明、失意、懇願、義憤。とてもではないが安定してるとは言えなかった。更に、それほど多彩な感情の変化があろうと、すぐにオトノは無表情に変わる。


「――どうでもいいか」


「……あ?」


「…死ぬことよりも、やるべき事があるからな」


「………は……はあ…?――そうですか。前向いて生きていくでも、見付けられましたか?なら…俺の前に現れるな…!そのやるべき事をしてろ…!とっとと消え失せろッ!!」


「…希望?」


 恐怖を隠そうとしながらも挑発するように話すエイゼル。その言葉の中に引っ掛かる部分があった。オトノは彼女を思い浮かべる。


「希望、…希望か。………どう…なんだろうな」



 アリアの事を守りたい、幸せにしたいんだ。それに羨ましくもあった。あの笑顔に憧れを感じている。そう断言できる。だから、ずっと幸せのままでいてほしいんだ。


 あれは――違う。


 あれが、幸せなんだ。


 どうしてだろうか。アリアに特別、そう思ってしまうのは。他の誰の笑顔よりも輝いて見えるのは何故だろうか。


「……そういう存在なのかもな」


 うまく纏まらずあやふやな答えを提出した。しかしエイゼルはそれを突っぱねる。


「知るか、俺にはどうだっていい!」


「エイゼル、落ち着けって…」


 エイゼルの肩を仲間が後ろから掴んだ。宥めるような態度はむしろエイゼルの気に触った。


「離せっ!この国のクズ共全員!!今すぐ殺してやりたいのにッ!!どうしてお前がいるんだよおお!!」


 仲間の手を払いのける。霧をその右腕に収縮させ、形作っていく。


 それをオトノは余裕綽々たる態度で振る舞い、挑発する。


「へえ…、ストラに……何かされたのか?」




 純粋な疑問をエイゼルにぶつけると、返ってきたのは言葉ではなく槍だった。今度は腹部ではなく顔面目掛けて投擲していた。

 避けることが不可能な速度とエネルギーを持った槍は当然のようにオトノへ直撃し、めり込んで抉り込んで貫通すると、槍は爆ぜる。


 人間の殆どが水分で構成されているというのを証明するかのように水風船みたいに破裂した。周囲に血だけでなく異物も含め撒き散らしていた。


 頭や肩、そして胸よりも上が完全に無くなったその身体は鈍い音を立てて地面の上を一回転した。


 エイゼルは膝をつき酸素を肺に送り続ける。ただ前だけを凝視して事の成り行きを見ていた。


「ぜぇ……はぁ……。ーーッ!!」


 止まった身体は動き出す。瞬く間に骨も肉も筋肉も血管も肌も臓器も再生し、黒い髪と黒い瞳を宿したオトノがゆっくりと立ち上がる。


 やはりどれだけ見ても慣れることはなく、不快感が増えるばかりだった。


「……っ?…あー、ああ…」


「ふざ…けてる…だろ……、ハァ…ハァ…」


 脳が吹き飛んだ事で視界は暗く、いつの間にか寝ていて時間が飛んだような感覚を覚えたが、すぐに状況を理解した。


「そう…当たり散らすなよ。――何が癪に触った」


 そうオトノが口にすると、エイゼルは歯を強く食い縛り睨み付ける。


「何が、だと…?」


 まともに大きな声を出す体力さえも残っていなかった。それでも怒りの収まらないので言葉を振り絞る。


「この国が、俺達にした事くらい…、分かるだろうが」


「なんだろうな」


「――村人を虐殺しただろうが!だからどれだけ許しを請うとも、粛清してやるんだよ…!悪を滅ぼすんだよ、俺達はぁ…!!」


「……」



 瞬きもせず、不気味な相手に臆する事なく睨み付けていた。その信念だけは揺らがない、誰にも止められないものだという覚悟があった。


 今の瞬間を切り取れば、紛れもない真実を口にしているようにしか思えなかった。語尾を上げて泣きそうな声だが、それがエイゼルの演技だとしたら出来過ぎている。




『ある村がストラの兵士達によって侵略された。故に我らは報復に出た。』




 いつだったか聞いたその言葉。あまり気にも止める事なく聞き流していたが、今になって強い違和感を覚える。


 もしその話が本当ならば自分達はだ。


(あの時タルサ・レドファーンの言っていたことは嘘だったのか、それとも今こいつが事実無根のでたらめを――)




 ――なら、あの夜のアリアの涙は何だったのか。あれを嘘だと思うのは不可能だ。アリアが両親を殺されたことは間違いない。――彼女が嘘をつく筈がない。


 そして、エイゼルの意志の籠った叫びも、嘘だとは思えない。


「じゃあ、どういうことだ…」


 板挟みになり混乱する。どちらかが間違っていないと成り立たず、どちらも正しければ辻褄が合わない。右と左の別れ道の間にもう一つの道が隠されているみたいだった。しかし絶対にそんなことはあり得ない。


 真実は目の前で大きく揺らぐ。元々実態を持たないが故に自由自在に姿形を変えていた。


「…それは本当にストラだったのか?」


 何か矛盾点が無いかをエイゼルに訪ねる。


「じゃあなんだよ…、あんな外套羽織った軍隊が他にあるのかよなあ…!」


 ストラの兵士は軍服の上にマントのような外套を羽織っている。これは日差し避けと雨を防ぐ為の防水機能だけでなく、内側に小さな武器を隠すためのホルダーやポケットを備えている。ここに包帯やタオル、小さな武器などは常に携帯しているのだ。


 話はさておき、それを身に着けていたのであればストラの兵士がいたことの裏付けとなる。しかしそれだけではまだ足りない。決定的な証言ではない。


 オトノは相手が何かボロを出さないか試行する。


「でも、先に攻めてきたのはメルディルそっちだろ?」


「はあ?!この期に及んで何をほざいてやがる!」


「セルシア・アリアの生まれ故郷をお前らが襲った、そう聞いたが」


「はあ…?聞いた……?っ、そもそも、お前は何なんだ!ストラの仲間でもなかっただろ!!」


、仲間だ。それに今は関係ない」



 エイゼルは目を丸くして唖然とする。エイゼルは後ろを振り返るが、仲間はそれがどういう反応を期待してるのか読めず見つめ返すだけだった。正面を向きエイゼルは唾を飲み込んでから話始めた。


「まさか…、お前の異能それは、他人にも…。お前がセルシア・アリアを…!」


 オトノは無言を貫く。それを悟りエイゼルも情報を得ようと質問をする。


「お前は何を聞いた?…何と言われたのか教えろ!」


「……、「ありもしない事実を理由に襲ってきた。」そう聞いた」


「ーーッ!!あれが無かったと…?!それは嘘だ!!騙されている!!事実を隠蔽しているんだよそのクソ野郎はッ!!どこまで腐ってやがる!!」


「……」


 呼吸、眼球の動き、声色、筋肉の震え、表情の変化。どれをとっても偽物と判別できない。いや、思ってはいけない。それほどに魂から訴えていた。


 どれだけ二人を比べても優劣は付かない。オトノには証拠は持ち合わせておらず、本人の証言を直接聞いた経験だけしかない。ただ直感的に正しいと感じただけではあった。


 アリアとエイゼル、どちらも疑えなかった。つまり、どちらも正しいのではないか――と。


(ストラはメルディルを襲ってない。だけど向こうはそれが起きたからアリアの村を…。なら、メルディルは確実に何かに襲われてて、それがストラだと勘違いされてる?)


 その二つの事象を同時に成立させる現象が起きている、具体的には第三者による仕業という結論を導きだした。しかしその稚拙で粗の目立つ推理にはやはり無理がある。


(…分からない……。知らないことが多すぎる…)


 情報不足、そこに帰結する。この世界に来て一ヶ月足らず。それだけの期間では覚えることに限界があった。


 その現実を受け入れて、オトノは思考を始める。


 オトノはすっかり戦意を失い掛けていた。




 何が起きているのか全くわからない。戦争の始まった切っ掛けが、どちらかが先に攻められた事によるものなのは確か。しかしその一番重要なことが謎に包まれている。第三者による介入もありえるがあくまで推測の域を出ない。


 本当は戦争なんかに微塵も興味は湧かない。けどそこにアリアが関与するなら話は別だ。アリアが不幸になってしまうならば、こいつらであっても、殺さなくてはならない――。






 ――






 また不自然な事を自然に思ってしまったことに自分で驚く。



 あ…?俺は今、こいつらに、と少なからず思った……?何故だ。おかしい。アリアにも言われただろ…!なんでそうなってしまう…!さっきもそう思ったばかりだろ…!



「おかしい」



 やはり異常だった。普通じゃない。普通の思考じゃない。異常と認識できているのも更に異常だ。症状は思ってたよりも深刻だった。



 何であろうと、こいつらは敵だ。アリアの敵で……。



 ……アリアの敵だから俺の敵じゃない――とでも言うのか。違う!アリアが幸せになれないなら絶対に悪なんだ。だから、殺さなければいけないのに。俺は……。



 待てよ…?



 ――俺が元からそんな慈悲深い人間だったら、アリアに言われて異常だと気付けたのは、おかしい……?






 なら、どういう…人間……?






 視界が目まぐるしく移動し続ける。考えるときの癖だからだ。それもいつもの比ではない。凄まじい早さで思考と眼球は加速する。呼吸も荒くなっている。酸素が必要だからだ。顔も赤くなり腕の血管も浮き出ている。鼓動が早くなっていたからだ。




「あ…、あああ……???」




 そんなことも、のか?あの時は信じたくなかったけど、本当に記憶喪失なんじゃないのか?自分のあり方さえ忘れるものなのか?




「…じゃあ………どっちだ…???」




 慈愛に満ちた心とそれを異常と認識できる心、俺は元々、どちらの人間だ?



 今、その優しさを異常と感じているのはどうしてだ?本当はそんなんじゃなかったから……?



 まさか――、



 それは紛れもなく考えたくなかった最悪。






 ――アリアを救いたいこの気持ちは、異常だと思う慈悲の心から来てるのか?






 ……………嘘だ。






 そんなの、信じたくない…………。




 もしそんな異常な心が美しいと感じたからじゃないとアリアを助けたいなんて、自分だけが不幸でいいという狂気に染まった心じゃないとアリアを美しいと思えないなら、あまりにも無様で救いようがない。

 そんな異常を理解できる普通の心がアリアを助けたいとなら、あまりにも残酷すぎる。



 そんなの、人間じゃない。



 なんでだ。自己という最も大事なものを忘れてしまうなんて。なんて愚かなんだ…。でも…仕方ないだろ……。どれだけあの塔にいたか覚えてないのだから、忘れてしまうに決まってる…。



 落ちて落ちて落ちて――、それ以外何も覚えていない。いや、それ以外何も無いんだ。どれだけ昔を順に思い返そうとしても、それで上書きされている。やっぱりそうだ。記憶喪失なんかじゃない。



 でも、俺の自我は一体…………。




 ……どうか、アリアを幸せにしたいと願う心と、敵を殺しても哀しくならない心が、一緒であってほしい……。そんな普通の人間であってほしい……。



 あの笑顔を美しいと感じる普通の心であってほしい……。



 異常で醜悪な気持ち悪い人間になんかなりたくない。天使と悪魔のどちらにもなりたくない。



 これ以上魂まで不幸に汚染される前に、今よりも醜くなる前に、まだまともなままで終わりたい。終焉を迎えたい。




 嗚呼、どうして。




 何をしても不幸になる。悩むだけでも、自分が嫌いになる。行動しても、誰かに痛め付けられる。




 辛い。苦しい。































 死にたい。































 手足が震えだす。あの時と同じだ。何かをぶつぶつと呟き、時々呻き声に似た声を出すアレは不気味で近寄りがたい存在だった。しかもその苦しむ表情はどこか哀しげに見えてしまいまるで同情を誘ってるかのようだった。


 いっそのこと、人間味を無くして欲しかった。


 化け物でしかない何かが自分達と同じように苦悩する姿は、やはり同じヒトであるということの証明。そしてヒトはこれ程までに化けるものなのだという事実に恐怖した。


 同じく人として生きている以上、自分も少なからずこんな異形に成る可能性があるのかと勘違いしてしまう。


 あまりの不気味さに直視していられず下を向いた。それでも尚、筋肉は強張り続ける。



 凍えるようなその震えはその人物の奥から響く足音を聞いてピタリと止まる。寧ろ止めてくれたと言っても過言ではない。


 仲間が戻ってきた、そう思っていた瞬間ある出来事に息を飲む。


 ガラスが割れるような音や金属を叩いたときの甲高い音、風が吹き荒れる音が同時に聞こえてきていたからだ。それは紛れもなく異能スキルによるもの。


「冗談だろ……!?」


 上にいる仲間がそう嘆いた。途端に前をみるのが怖くなる。仲間は誰かを迎撃しながらこっちに向かってきていると言った。


 だが、ここまで五月蝿くなるものなのか……?



 ……まさか。



 額に汗が流れた。唾を飲み込み息を止めて恐る恐る顔を上げた。


 そしてそのまま動けなくなってしまう。


 作戦の要である三百人は作戦中止の際に戻るこの氷の城の前に、半分程しか揃ってなかった。更に全員が何かしらの重軽傷を負っているのだ。


 それも現在進行形で。


 一人、また一人とやられていく。数秒に一人倒れていく光景はどんな災害よりも恐ろしい。なぜならそれには意思がある。


 どれだけの人数で、ありとあらゆる異能スキルを用いて挑もうと、その化け物は視界に捉えている異能スキルを全て避けていく。人間には絶対に出せない速度であっという間に距離を詰め、通り抜ける時には仲間は既に死を迎えている。


 たとえ異能スキルで道を全て塞ぐような事をしても、民家の壁を蹴り上がり、いとも簡単に飛び越えてしまった。


 表情にはっきりと怒りを宿した化け物は残酷な一撃で命を刈り取っていた。



 絶望的なまでに思い知らされる圧倒的な実力差。不意打ちで勝ったつもりでいた自分が酷くちっぽけで情けなかった。


 予言がなんだろうと、最期にはあの化け物に勝てなければならないんだ。



 だが、誰も勝てる訳がない。



 絶好の機会でさえ、運命の悪戯によって死から遠ざけたのだ。そしてその隣に、精神が崩壊した不死身の化け物がいるのだから。




 一人、剣から血を滴らせながらそこにいる。


 一人、この場には似合わないほど綺麗な格好でそこにいる。




 二人が揃ってしまった。鬼に金棒なんて容易いものではない。元から金棒を持っていた鬼が増えたという方がまだ相応しい。でもそれだけじゃ表せない。



 その二人は百倍もの人数差があっても決して挑みたくはない。



 人間では、勝てない。



 ――だから、逃げることを最優先にした。



「レン!!ゲートだ!!早く!!」


「分かってます!!!!」


 戻ってきたレンが氷の城の直下の何もないスペースへ駆け抜け、その地面に両手を着いた。他の仲間もレンを囲むように我先にと集まっていく。


 俺は力を振り絞り立ち上がる。以前よりも異能スキルを使用してから間が空いていたのであの時ほど辛くはなかった。それに一応、仲間もいた。


 ほぼ無いに等しい心理的な余裕が生まれていた。今はそれだけで十分だった。



 迎撃をしなければ、そう思って残り少ない魔力を霧に変換させて勢いよく振り向いたが、呆気に取られる。


 二人は動こうとする気配がなかった。目の前に俺達がいるにも関わらず見つめあっていた。


「…?」


 向かって来る様子が無いと思いきや、二人は急に動き出した。



 ――反対方向へ。



 セルシア・アリアが何かを耳打ちすると隣のそいつ――名前の知らない男は一緒に北へと帰っていったのだ。


(……さすがにこの人数相手じゃ分が悪い……、いや、無理…だよな?)


「エイゼル!」


 炎のように赤い髪の女性が肩を揺さぶる。頬に切り傷を作り左目の辺りが腫れて青馴染みが出来ていても、堂々とした態度は変わらない。


「相手が去ったのなら好都合だ。あいつは危険すぎる」


「……ああガネット、分かった」


 いつも口五月蝿い彼女に今は反抗することなく従った。霧を解除し自分も氷の城の下に駆け寄る。


 そして、仲間に合図を送る。


「レン、頼む」


「…では、行きますね」



 そう言うと何人かの仲間が氷の城の四つある柱目掛けて異能スキルを放ち破壊した。バキバキと氷に皹が入り、柱を失った城は天井が迫ってくる。


 このままなら生き埋め確実、だがその瞬間に謎の浮遊感に襲われる。先程まで踏み締めていた地面は消え、いつの間にか全員落下していた。ゲートを地面に発動させ、足場をなくしたのだ。


 それもコンマ数秒の間だけ。すぐに着地した。



 本来、作戦中止の際のゲートによる帰還方法は城を崩してその瓦礫を氷の異能スキルで操り、氷で囲まれた中で使う筈だった。ゲート発動までの時間、身を守るためにはそれが安全だ。

 しかし、異能スキルを持つ全員がやられてしまった以上、ああいう方法を取るしかなかった。


 …必要無かったかもしれないが。






 見上げれば透明な氷で覆われていた視界は月の無い夜空に変わっていた。圧迫感から解放されどこか緊張が抜けて、その代わりに様々な疲れが身体中から湧き出てきた。尻餅を着く。何も考えられない。


 放心状態の自分とは違い、周りはあわただしい様子だった。北の部隊は怪我人ばかりなのだから当たり前だ。歩けるものは自力で、歩けないものは仲間に担がれてすぐ近くにいる衛生兵や医師の元へ運ばれていった。


 それを眺めていて、心の奥底から何かが込み上げてくる。



 ――どうしてこうなった。



「……チッ」


 どうやらその正体は怒りだ。自分の気付かぬ内から、そして自覚してからもずっと不満を感じ続けていた。それが今こうして強く現れた。


 予言はものの見事に外れてこのザマ。他人の怪我も治療できるあいつは完全に敵として相対する事になった。


 大成功で、終わるんじゃなかったのか?


「…ふざけんなよ……」


 握り拳を地面に強く叩きつけてから立ち上がる。そして一心不乱にのいる場所へ向かった。


 一歩一歩に無駄な力を込めて歩いていた。もうそんな体力もなかった筈なのに。足音は壁に反射し自分に帰ってくるが、それがやけにクリアに聞こえてきた。


 違和感を感じる。怒っている筈なのに自分を客観的に見ている様な気がした。いつも以上にキレてるのにそれでも冷静な気がした。


 だがそんなことでは怒りは収まらない。仲間が無能な作戦の犠牲になったのだ。立場がなんだろうと一発殴りたい。いや、それじゃ赦されない。


 部屋に近付くにつれて色んな罵倒の仕方が考え付く。もしあいつが頭を下げて全員の前で謝ったら、それとも平謝りだったら。

 どれであっても非難するつもりでいた。



 ――そして、取っ手を引き剥がす勢いで扉を開いた。




 扉を開いた先は王室の中。王座に腰掛けるたった一人をエイゼルは睨み付ける。側にいた護衛やメイドの声に耳を貸すことなくその人物に近付いていく。


「……」


 茶色い髪を持ったその人物は来訪者を捉える。エイゼルの礼節を欠いた振舞いにこれといった反応は示さなかった。


「おい、どういうことだよ……」


 護衛が行く手を塞ぐがそれでもエイゼルは近付こうとしたためついに護衛に身体を抑えられる。身体を地面に密着させられた状態でもエイゼルは顔を上げ睨み続けた。


「ぐっ……、ぐぐっ……」


「……。。では報告を聞こうか」


 エイゼルは見下される形になった。その人物は事務的な態度を取り続ける。


 エイゼルは両手を強く握り悔しさをそのまま叫んだ。


「――お前の予言は大きく外れたッ!!!!死者は半数近く出た!!!!として、作戦立案者として、どう責任を取るんだ!!!!」


 メルディルを統べる王は、その叫びにも表情を変えることはなかった。冷血漢とも思える態度を終始貫く王は一度頷き、エイゼルに告げる。




「――ご苦労、下がれ」


「……は?????」




 エイゼルは目を丸くして驚く。二言だけしかその口から聞こえず思わず言葉に詰まってしまった。もっと会話が続く、そういう自分の中にあった常識のようなものが相手には塵一つも無かった。


 落胆することも憤慨することもなく、達観していた。エイゼルにはその王の思惑が読めなかった。


 そして、王はまた告げる。







 護衛はすぐさまエイゼルを解放する。エイゼルはふっと立ち上がり目を呉れることなく速やかに王室から立ち去った。



 まるでその行動が予め決まった流れのように事は収まった。



「………」



 王はエイゼルを見送って、深く深呼吸をした。



「――まだまだ、時間が必要か」
















 アリアとオトノは夜の王都を全速力で駆け抜けていく。曲がり角さえも減速せずに最高時速を保ったまま、ひたすら走る。


 アリアは酷く焦っていた。余裕はなくひたすら心の中で祈り続けていた。



 二人は城の庭に急拵えで作られた負傷者を運ぶスペースにやってきた。アリアは一目散に誰かの場所に駆け寄る。オトノは通路の両側の怪我人に膝を折ってそれぞれ片手で触れながらアリアの場所まで向かう。

 オトノの触れた怪我人は立ち上がっていた。



「あぁあっ…あああっ……!」


 アリアは大粒の涙を流して倒れている人物の手を握っていた。赤髪の医師、ハーゼは右手の骨が浮き出る程強く額を抑えていた。肩を震わせて白衣の裾を左手で掴んでいた。



 包帯越しでもはっきりとわかるほど、胸に穿たれたような穴が空いていた。大量の血が流れ出し包帯は全て真っ赤であるが対照的に顔色は青白くなっていた。



 ベリーショートヘアの金髪の青年――セルシア・アルバはそこに倒れていた。




「ああぁあああぁぁ……!アルバ…!嘘だ…!死なないで……、そんなぁ……」



 アルバの手にすがり付きに泣きじゃくる。



「嫌だっ…!嫌だ嫌だ嫌だ……!ねえっ…オトノ…!」



 絶望に覆い尽くされそうな顔でオトノに向く。



「――助けて…ください……」



 その力に頼るしかなくて、深く頭を下げた。みっともないと理解しつつも、今はそうするしかなかった。恥も外聞もかなぐり捨ててオトノに助けを求めた。



「……」



 オトノは無言でゆっくりと近付く。アリアは顔を上げオトノを涙目で見つめた。



 右手をゆっくりと、アルバの身体に。、決心が付かないままゆっくり。






 ――そして、右手の人差し指で胸に触れてから、中指、薬指、小指、親指と来て、静かに身体に手を乗せた。その柔らかな手つきをアリアは食い入るように見つめていた。






 数秒後、



「……ッ!ゴホッ…グッ…ブハッ……!」



 喉に溜まった血を吐き出し、呼吸を始めた。



「「!!!!」」



 アルバの隣にいた二人は魂を抜かれたかのようになったが、すぐに感情を取り戻す。


 もう開かれる事の無かった重い目蓋はアルバに自身によって開かれた。



「…あ……?え……?あれ…」


「ーーーーッ!!アルバ!!!」


「うわっ…!あ、姉ちゃん……?」


 上体を起こしたアルバは姉に抱き締められた。大切な人が生きている嬉しさをその身体でしっかりと感じ、アリアはまた泣いた。アルバは少し恥ずかしそうに姉の背中を擦った。


「心臓が…完全に止まっていたのに…。…素晴らしい、素晴らしいですよ、オトノさん!!」


 ハーゼは感極まってオトノを褒める。死体同然の身体が生き返ったのだ。人の命を扱う者としての観点からも、主観でも言葉では言い尽くせず、衝動のまま喜んでいた。


「……」


 無視。


 オトノは周りを見渡し、まだ怪我人が大勢いることを確認して立ち上がった。一度姉弟の様子を横目で見てから無言でその場から離れ、怪我人の元へ向かった。


「あ…あれ、……オトノさん?」


 ハーゼは立ち去るオトノに疑問を抱えていた。その後ろ姿がどこか悲しそうに映っていた。


 オトノが怪我人を治していくのを見て我に帰る。自分にもまだやるべき事があったので、オトノに続いて立ち去った。




「……オト…ノ、あれ…?オトノは…?」


「もう行っちゃったよ」


「…そっか」


 ずっと泣き続けていたアリアはアルバから離れオトノに感謝を伝えようとしたが、既にそこにオトノの姿はなかった。周りにも倒れていた者や怪我人は誰一人としておらず、オトノも見当たらなかった。


「ちゃんと伝えなきゃ…」


 感謝の気持ちを胸に立ち上がろうと地面に手を着いた、その時だった。


「――あっ、セルシアせんぱーい!」


 ビークンがその三編みをブンブンと揺らしながら走ってきた。後ろには自分の青い癖っ毛を弄りながら歩くシューヤの姿も見えた。


「アルバちゃん、無事だったんですね!」


「うん。オトノのおかげでね」


「はいはい、召集掛けられてるから呼びに来たぞ。…つーかお前…、殆ど瀕死状態だったのに、よく助かったな…」


「それは失礼ですよ!」


 ビークンはシューヤの脇腹を思いっきり殴った。当たり所が悪かったのか、っ…殴るな…、とシューヤは腹を抑えて苦痛に顔を歪ませた。


「たっ、確かに縁起でもない…、けど実際そうだったろ。いってえな…」


「ははは…。心臓止まってたってハーゼさん言ってましたよ…。未だに信じられません…」


「まあ何はともあれ、オトノさんがいて良かったです。やっぱりオトノさんの異能スキルって凄いですねー」


 ビークンの言葉に姉弟は深く頷いた。全員一致でそう感心していると思いきや、シューヤはそう答えたビークンから目線を逸らして明後日の方向を向いていた。


「…………ほんと、すげえよなぁ…」


「――シューヤ?」


 独り言を呟いたシューヤは唇を噛んで腕を組んでいた。その思わせ振りな態度が気になりアリアは声を掛けた。


 シューヤは眼鏡の位置を中指で直してアリアの方を向いた。


「なあセルシア、お前がオトノさん発見したとき、……どんなだった?」


 一度言葉を詰まらせてからそこをはっきり強調した。


「…何故今、それを?」


「いいから」


 あまり思い出したくない不幸の記憶。髪を掻き上げてから答えた。


「……。……私が駆け付けた時、手足を鎖で縛り付けられて…、火の中にいたわ…」


 ビークンとアルバはそれを聞いて酷く驚いた。二人は一瞬にしてアリアに顔を向けるが嘘を言っていないと悟った為、更に顔を歪める。


 シューヤも苦い顔をするが、まだ質問を続けた。




「――それは、逆さまの状態か?」




「……、えっ…………」




 一度間を置いてからシューヤの言葉を取り込み、アリアの目が大きく開いた。



「なんで…分かったの……?!」



「あー……、そうなのか…」



 あろうことか想定内だと告白し、確信した。あの時はアリアだけしかあの場に居合わせてなかった。つまりシューヤは何かの知識を基に、推測だけでオトノがどうなっているのか言い当てた事になる。




「待って、待って…!シューヤ、あなたは一体、何を…知ってるの……」



 あのさと前置きしてからシューヤは語り始める。



「マルメダ教の教典、読んだことはあるか…?」



 全員が顔を合わせて、誰もが首を横に振った。



「…じゃあ概要だけ。そのマルメダが死んだ時、神になる為の試練を受けるんだよ。まあそれで、癒しの力を手に入れて、見事に試練を乗り越える事も出来て、神になったっていう話」



「――まさか」



 シューヤは腕を組んだまま深く頷いた。



「その試練を、あの人は全部受けさせられたんだろうな…。最後の試練がだしよ……」



「火炙り…って事ですか……?」



 アルバが答えるとシューヤは再度肯定の意を示した。



「……勝手に異能スキルが発動するんだろ?だから、耐えられる訳ないのに、耐えてしまったんだろうなって……」




 オトノが一人幸せから遠ざかってしまう。置き去りになんてしたくない。




 心臓が張り裂けそうになり胸が苦しくなる。声は震えて口が閉じれなくなった。



「ねえ、オトノは…、何を…されたの………?!あいつらに…!」



「……地獄だぞ」



 聞くべきではないと訴えられるがそれでもアリアは引き下がらない。



「教えて。知らないと、いけないから…!」



「分かった……。マルメダっていうのはな――」











 ――本来、生物が転生をするには魂の浄化を必要とするため“海”に送られる。


 しかし数多の不幸が重なり命を落としたマルメダは、見かねた絶対神によって“天”に導かれた。


 多くの神が鎮座する“天”へ到達した魂は、神へと成る。だがそれは生半可なものではない。その魂が神として相応しいか、試練を与えることで見極めるのだ。


 試練は一つとして同じものはない。マルメダの民を守りたいという意思を汲んで、絶対神はどんな苦痛にも耐える強靭な精神力を持て――そう告げて試練を課した。



 一の刻、民を愛する言葉を身体に刻まれる。マルメダは“天”に向けて叫ぶと、その一言一句を全身の隅から隅に刻まれる。鋭利な金属の刃が皮膚だけでなく肉まで深く突き刺さった。



 二の刻、二刻の間液体の中に沈む。鎖で縛られ肺に穴を空けられた状態で一時間、酸の海に投げられた。



 三の刻、両足を切断され木の三角柱を背中に打ち込まれる。地面に縫い付けられたマルメダは腕の力のみで抜け出そうとする。最終的に身体を強引に引きちぎった。



 四の刻、両足を繋げるため逆さまになって傷口を焼かれる。火の勢いは時間と共に全身を包み込む業火となってその身を焼いた。神の炎は魂をも燃やすと言われている。




 四つの試練を耐え抜き神として認められたマルメダは治癒能力を授かり、現世で待つ人々を救う――。











「――図書館で誘拐されたのが大体午後一時頃。なら、……時間は足りるだろうな……」



 色んな感情がごった混ぜになって、自分がどういう表情をしているか分からなかった。


 ただ、一つだけ分かっているのは、自分が殺意を覚えていることだった。

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